第105話 宮殿訪問

「えっぐいな。」


 そうつぶやいたのは、宮殿の目の前のことである。絢爛豪華とはこのことである。元いた世界の城とは形が大きく違うので驚いた。城壁というものがない。その代りにあるのは、アンティーク調の柵である。見た目だけならば、防衛としての役割を放棄しているように見える。が、付与魔法のレパートリーが恐ろしく豊富であることがすぐにわかった。堅牢、腐食防止、敵意感知、毒感知など様々だ。俺が読み取れない付与魔法も、おそらくいくつかあるだろう。伊達に王族が魔法で成り上がりしていない。

 宮殿もそうだ。ガラス細工が多く、多彩な光を乱反射させている。もろそうに見えるが、これも魔法の補助により成り立っている。

 物理法則を無視した建築が出来る。この宮殿を建てた建築家は、さぞ楽しく設計図を描いたに違いない。


 俺は保護者としてフェリを帯同してここに来た。

 王族に謁見するのだ。瑠璃を連れて行くわけにはいかず、お留守番をお願いした。トウツは何だかんだ常識はある人間だが、今日はフェリを連れて行きたかったので、いつも通りクエストに向かっている。

 何故フェリを連れていくのか。

 彼女は最近、外出が出来ていなかったからだ。

 都のどこかに俺とクレアの両親がいる。フェリからすれば徘徊型のラスボスのようなものだろう。見つかったら最後、フェリは俺たちから離れてしばらく単独行動を余儀なくされる。迫害される人間の暮らしぶりというものをまざまざと見せられ、同情的になってしまったのだ。

 カイムとレイアは冒険者のふりをしているという。冒険者という生き物は無法者も多く、基本的には高級住宅街とは隣接しない。それは都も同じこと。

 つまり、宮殿とギルドは距離が開いているのだ。予想されるカイムたちの行動範囲に被っていないはずなのである。

 だから、引きこもっていたフェリを息抜きがてら来てもらった。


「えぐいってどういう表現なの?」

「すごすぎて言葉にならないって意味。」

「若者言葉はわからないわ。」

「フェリはエルフ換算だと若者だろう?」

「そうだけども。」

「俺たち、場違いかもなぁ。」

「大丈夫かしら? 私たち、変な恰好ではないよね?」

「冒険者の格好で結構だと、エイブリー姫自身が招待状に書いていたから大丈夫なはず。」


 私服で面接オッケー!はいざんね~ん!面接にスーツで来ないなんて世間知らずですね~。お祈り申し上げます。という、前世の就活トラップみたいなことはないはず。

 高校を卒業した先輩のゆー君が引っかかったトラップである。今頃どうしているかな、ゆー君。面倒見がよかったゆー君。サッカーが上手だったゆー君。クラスマッチで調子に乗って失敗しちゃったゆー君。今頃サラリーマンで社会の歯車かな、ゆー君。


「いい加減、俺たちはドレスコードを覚えた方がいいのかもしれない。」

「そうかもしれないわね。私は一生根無し草をすると思っていたから、こんなことになるなんて思わなかったわ。」

「誘ったの、迷惑だったか?」


 心配で横にいるフェリを見上げる。

 彼女は俺の表情から憂いを読み取ったのだろう、穏やかな笑みを返す。


「いいえ。フィオに頼られるのは嬉しいことよ。」

「俺の方が奴隷なのに、頼み事ばかりだ。」

「構わないわ。私は好きでここにいるの。貴方と、瑠璃と、見えないけどルビーちゃん。不服だけど、あの兎がいるこのパーティーが、私の居場所。初めての居場所よ。」


 初めて、か。

 俺は前世を含めてそんな経験はしたことがなかった。何かの集団に所属したことがないという、孤独。経験のないことは心の底からおもんばかることはできない。彼女に出来ることは、他にはないだろうか。


「なぁ、フェリは俺にして欲しいことはあるか?」

「急にどうしたの?」

「いや、何となく。」

「……とりあえずは、そばに居てほしいわ。フィオは私の大切な奴隷サーヴァントでしょう?」

「早く借金返さないとな。」

「ゆっくりでいいのよ。」

「首が回らなくなりそうだ。よろしく頼むよ、ご主人様。」


 フェリが静かに笑った。


 俺たちは衛兵にエイブリー姫の書状を見せた。

 2人とも屈強な衛兵だ。俺ではおそらく、勝てない。タイマンに持ち込まなければ厳しいだろう。トウツは余裕だろうけども。

 フェリの肌色に警戒心を少し見せたが、エイブリー姫の書状を見てすぐに居住まいを正した。訓練されている衛兵のようだ。


「まずは客間に通します。主に言伝を致しますので、しばしお待ちください。」

「はい。」


 衛兵のうち一人が横につき、俺たちは宮殿へと向かう。


「プリンセスファボリの方ですね?」

 同行する屈強な衛兵が尋ねてきた。


「はい。どうしてわかるのですか?」

「エイブリー第二王女殿下は人材発掘に奮励ふんれいしてあらせられる方でございます。お客人がフィル様のように若い方の時は、位の高い貴族の子息か第二王女殿下の案件であることがほとんどです。」

「そうなんですね。」

「はい。お恥ずかしながら、近衛兵の方からプリンセスファボリの顔は覚えておけと命令が下っておりまして。」

「何故です?」

「第二王女殿下の慧眼は間違いないと評判でございます。殿下の眼鏡にかなった方。ほしくない組織はいないでしょう。」

「それは……正直に話してもいいので?」

「知っていただきたいのは、既にフィル様という人材を欲しがっている組織が宮殿内にもあるということです。」


 身の振り方を考えろ、ということか。

 この衛兵は職務に忠実な人間に見える。ともすれば、無意味に世間話をするとは思えない。おそらく、エイブリー姫が言わせているのかもしれない。それか、他の誰か。

 イアン・ゴライアさん辺りだろうか。

 俺は森に来たエイブリー姫の護衛隊長を思い出す。忠誠、忠実、勤勉、剛健な騎士。


「こちらです。」


 宮殿内に入って、すぐに右へ曲がる。おそらく直進した先が王族の間だろう。左は宮殿で職務をする人間の詰所か。

 玄関に入った瞬間、体全体がスキャンされたような感覚がした。全身を一瞬柔らかい羽毛で撫でられたような感覚。厳重だ。


「今の。」

「フェリも感じたのか?」

「お二人とも素晴らしい魔法の使い手ですね。ほとんどの人間は感知魔法にかけられたことにも気づきません。」

 屈強な衛兵が称賛する。


 俺もフェリも人に褒められ慣れていないので、お互いをちらちらと見て困惑する。うちのパーティー、割とトウツでもっているところが多いにある。コミュニケーション能力どこ? ここ?


「こちらの部屋になります。メイドがお召し物を替えますので、着替えて客間にてお待ちください。」


 そう言って一室の扉を開けると、衛兵は行ってしまった。

 扉の向こうには、たくさんのメイドさんがうきうきした表情で俺たちを見ている。何か嫌だ。心の平穏のために、屈強な衛兵には残ってもらいたかった。横にアンティークみたいに突っ立ってもらうだけでいいから。


「お客様、ようこそおいで下さいました。本日の持て成しを務めます、パルレ・サヴィタと申します。」

 メイドさんが丁寧にお辞儀をして出迎える。


 ロングスカートタイプのメイド服を着用しており、長い髪を綺麗に後ろに束ねている。明るいブラウンの髪をしており、温和なまなざしが俺たちを見ている。

 その目に宿っているのは職務への使命感と、俺たちへの好奇心といったところだろうか。


「姫様に謁見される前に、お召し物を替えますね。フィル・ストレガ様はこちらへ。お連れの方は?」

「フェリファンといいます。保護者です。」


 ご主人様とは、わざわざいうまい。


「まぁ、女性用の服も準備しないとですね。」

「事前に連絡できず、すいません。」

「構いません。我々も腕の見せ時ですね。」


 そうパルレさんが言うと、周囲のメイドたちが一斉に動き出した。

 あれよあれよ更衣室に連れていかれ、見目麗しいメイドたちが俺の服に手をかける。


「自分で着替えます!着替えますから!」

「きゃー、可愛い!」

「照れてるわ!」

「新鮮なリアクションね。」

「これだからファボリの子が来るのは楽しいのよ!」

「貴族の子息は慣れているから。」

「こら、しー!」

「冒険者なのに肌も綺麗ね。」

「顔も可愛いわ。」

「大人になったらハンサムになるわね!」


 俺の抵抗を軽く無視してメイドたちはあっという間に俺の服を脱がし、新しい服を着せる。やめて。恥ずかしい。俺は高貴な生まれでもないし、自力で着替えられない幼児でもない。いや、見た目は幼児みたいなもんだけどさ。うわ、何だこの服。前世を含めてもこんな着心地いい服を着たことないぞ。ブランド物ってちゃんと意味があるんだな。お金がある人が高い服を買う気持ちもわかるというものだ。いや、お姉さんちょっと待って。下着くらいは自分でするから。


 何度も服を着せ替えられて、疲労困憊になった。最終的な結論は、「元の顔立ちがいいからシンプルな装いでいいわね。」というパルレさんの鶴の一声だった。それならその一着だけ着せればよかったじゃないか、とは口が裂けても言えない。女性にそれは禁句だと知っている。主に前世の姉のおかげで。


 向かい側から、同じように憔悴した顔のフェリが現れた。紫のドレスを着ている。身体のシルエットを綺麗に出すデザインで、腰から足にかけて花柄のコサージュがあしらってある。胸元が少し見えるが、品の良さを絶妙に保っている。紫は濃すぎず、フェリの白い髪を綺麗に際立たせていた。服ではなく、人が主役。フェリの容姿とプロポーションを生かした選択のように見えた。


「…………。」

「…………。」


 お互いに見合って、固まる。

 こういう時に、どういった言葉をかければいいのだろう。前世の姉には「はいはい綺麗綺麗。可愛い可愛い、服が。」と言って吹っ飛ばされていた。彼女には何といえば正解なのだろう。

 見合ったまま固まっていた俺たちにしびれを切らしたのか、パルレさんが近づく。


「フィル様、褒めてください。」

「どのように?」

「思ったことそのままでいいんです。」

「俺、女性を喜ばせる言葉を知りません。」

「それが誉め言葉であり本心であれば、そのまま話せば女性は喜ぶものです。」

「わかりました。」


 俺は前に少し出て、フェリを見上げる。


「フェリ。」

「何?」


 フェリが不安そうな顔をする。

 落ち着こう。彼女はドレスを着るのは初めてのはずなんだ。思ったままのことを言おう。思ったまま、思ったまま。


「すごく、綺麗だ。フェリに合ってると思う。」

「…………そう、ありがとう。」


 弾けるような彼女の笑顔を見たのは、これが初めてだった。

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