第101話 学園生活10
第3闘技場に着いたら、既にアルたちが練習していた。
周囲には高等部の生徒が多いようだ。流石は魔法学園。自己研鑽に余念のない子どもばかありである。
イリスとクレアはお互いに風魔法を操って教えあっている。その隣でロスが火魔法の練習をしている。アルは魔導書を読みながら3人を眺めていた。
「フィル、シュレ先生とのお話は終わったの?」
「ああ、終わったよ。」
「どうだった?」
「上々。」
話しかけてきたアルに、適当な言葉を返す。この話を掘り下げられても困るし。
アルはすぐに関心を3人へと戻す。
「みんなの様子はどう?」
「ロスは火力が高いけど、コントロールに困っているみたい。クレアは魔法を2つ以上同時に使う時に、集中を切らしちゃうところでつまずいてる。イリスはこの中では一番難しいことをしていると思う。フィルに言われたことをずっと考えてるのかな。水と風の複合魔法をひたすらやってる。クレアからも時々手伝ってもらってるみたい。」
「なるほどなぁ。」
「しばらくしたら、またフィルに挑戦すると言っていたよ。」
「本当か?」
「うん。」
「それは何というか、光栄だなぁ。」
「そうなの?」
「ん、何でだ?」
「フィルは簡単に勝ったように見えたから。」
「確かに、イリスより俺の方が強いよ。でも、イリスがすごい魔法使いであることに変わりはないよ。あれ、この言い方だと俺がすごいってことになるのか。う~ん。」
今考えていることを7歳児に上手く話せる自信がない。俺がイリスを高く評価しているのは、彼女が本当の子どもで、俺のような、ずるをしていない正統な実力者だからだ。
「フィルはイリスがすごいと思っているんだね。」
アルが優し気な太陽のような笑顔を見せる。
体育据わりをして、頭をこてんと膝に乗せながらこちらを見てくる。この子、何でいちいち仕草の女子力が高いんだ。
「ああ、すごいよ。あいつはすごい。ぶっちゃけストレガの後継者なんてあいつでいいわ。」
「ふふ、それをイリスに言ってあげたら?」
「いやだよ。イリスにとって俺は敵だろ。」
「そうではないと思うけどなぁ。イリスが今一番褒めてほしい相手って、フィルだと思う。」
「そうかな?」
「うん。」
しばらく2人で3人の練習を眺める。
「フィルは参加しなくていいの?」
「少し休憩してからやるよ。」
「そう?」
「大人と真面目な話すると、疲れるんだよね。」
特にフィンサー先生。
「お疲れ様。」
そう言って、アルが俺の頭を撫でる。
何だお前。どう告ってくれようか。
「アルこそ、見てるだけは辛くないか?」
「ううん、そんなことないよ。」
「どうして?」
「待ってくれてるから。」
アルはロスたちに視線を向けながら言う。
「僕は今、魔法を使うのが怖い。」
「うん。」
「誰かを傷つけそうで怖いんだ。」
「うん。」
「でもね、ロスたちは何も言わずに待ってくれてるんだ。」
「…………。」
「僕の大切な友達。だから、いくらでも眺めていられるんだ。」
「そうか。」
「……もう、何で僕をなでるのさ。やめてよ。」
こんな健気で可愛い存在、愛でざるをえない。
「よし、俺も練習しようか。」
「うん、見てるね。」
アルに見送られて、ロスたちの方へ向かう。
「お、フィル来てたのか。言ってくれればよかったのに!」
ロスが明け透けな笑顔を見せて言う。
「ごめんごめん。少し見てた。」
「どうだった? 俺の魔法、どこが悪い?」
「火力はとてもいい。身体から離れるほどコントロールが乱れてるから、火魔法じゃなくて無色魔法でまず魔力のコントロールからした方がいい。」
「火魔法じゃ駄目なのか?」
「火魔法が駄目というわけじゃない。魔力の消費が一番少ないのは無色魔法だから、火魔法よりもたくさん練習できるんだよ。」
「あー、なるほど!」
だから高等部の人たちは地味な練習ばかりしてたのか、とロスが付け足す。
それを周囲にいる高等部の生徒が苦笑いして見ていた。
おそらく、彼らは意図してそれを周囲に教えていないのだろう。
彼らの幾人かは貴族出身だ。この学園では同級生でも、自身が貴族として土地を持った時、級友は政敵になり得る。そのリスクを考えると、おいそれと切磋琢磨は出来ない。
するにしても、相手を選ぶことになる。
無色魔法は、空気中に滞留する魔素にまだ干渉できていない魔法、もしくは自身の体表で事象が留まっている魔法のことである。身体強化なんかがそれにあたる。火魔法などの色がつく魔法は、滞留する魔素に干渉するときは多めに魔力を消費しなければならないので、結果として燃費が悪くなるのだ。
「やってみる!」
そう言って、ロスがまた魔力を練り始める。
イリスほどではないが、ロスもかなりの使い手だ。今日、魔法の授業に参加して他の子どものレベルを見て確信した。
火力のツートップはイリスとロス。魔力コントロールのツートップはイリスとクレアだ。
そしてクレアとロスの才能がイリスに劣っているとは思わない。イリスは常にエイブリー姫と魔法の研鑽をしているようだし、何よりも王族だ。魔法を学ぶ、もしくは訓練する環境が最も整っているのだろう。
「ちょっと、あたしとも話しなさいよ。」
そう言って近づいてきたのはイリスだ。
「いや、クレアと練習してただろ? こっちは男子でやっとくからさ。そっちでやっておけばいいんじゃないかな。」
「ロスが何かつかめてる感じだった。あたしの魔法も見なさい。」
「…………。」
「何よ。」
「いや、俺に教えを乞うのが意外だなって。」
「イブ姉さまが言っていたわ。王族たるものプライドを持ちなさい。でも下らないプライドで人への敬意を忘れてはいけないって。あんた、あたしより強いでしょ。けーいを表して聞いてあげる。」
「我儘なのか謙虚なのかわからんな。」
「教えるの? 教えないの?」
見ると、イリスの唇が少し震えている。緊張しているのか。
なるほど、この娘が師匠の親族ということに納得がいく。不器用なところがそっくりだ。師匠も幼少の頃はこのくらい可愛げがあったのだろうか。
ちなみに一人にされたクレアはどうしようかと、おろおろしている。
今世の妹は可愛いなぁ。アルとセットで鑑賞したい。
イリスは優しい子だが、やはり何だかんだで7歳児だ。俺に興味が向いて、クレアを放っておいてしまっている。
可愛いのでしばらく放っておこう。
「
「わかったわ。」
すぐにイリスが空中に水球を発現させる。
魔素を読み取る速さ。演算の正確さ。魔素に自分の魔力を伝播させる細やかさと速度。どれをとっても大人と遜色ない出来だ。
アルシノラス村やカンパグナ村で出会ったC~D級冒険者にも匹敵するかもしれない。魔力量さえ足りれば実戦に放り込んでもいいだろう。
神童、という言葉が頭をちらつく。
少し、嫉妬する。幼少から高い目標があり、それにまい進し、足る才能もある。地位もある。前世の俺が持たなかったものを、彼女は全て持っている。
「何ぼーっとしてるの? どうなの?」
「ああ、済まない。考え事をしてた。」
「あたし一応、王族なんだけど。大人でもそんなリラックスしてあたしの前にいる人あんまり見ないわ。」
「師匠にも致命的なまでに鈍感と言われたことがあるよ。」
「あら、おばあ様と同感ね。」
「お前は本当、あの人のひ孫だよ。」
毒舌なところとかな。
「で、どうなの?」
「そうだな……。イリスが作った水球は3つだよな?」
「ええ、そうよ。」
魔法の複数展開って、高等技術のはずなんだけどなぁ。俺も師匠のスパルタ教育でなければ今日までに体得できたか怪しい技術である。
「その水球の操作のために、魔力の束を3つ飛ばしているよな?」
「ええ、そうよ。3つの魔法を操作するんだから、3つ飛ばすに決まってるじゃない。」
「それ、1つに出来ないか?」
「は? あんた何言ってるの?」
そんなこと言われてもなぁ。
俺も師匠との実践訓練で見ながら気づいたことだし。
「1つの魔力のラインで3つの水球を連動させるんだよ。こんな風に。」
俺は水球を魔法で1つ作り出す。そしてその水球からそのまま魔力を伸ばし、魔素に干渉する。2つ目の水球が発現し、俺から発している一本の魔力の線で2つの水球が数珠つなぎになる。
「あっ。」
「だろ?」
そう、こうすることにより魔力の消費を抑えることが出来るのだ。3つ操作するために魔力を3つ飛ばす。そうではなく、一本の魔力のラインを作り、そのライン上で空中の魔素に干渉して水球を作り出すのだ。これで体から放出する魔力を一つに絞ることが出来る。
「確かに、これなら魔力をかなり節約できるわ。」
「だろ?」
「でも、どうして皆しないの? こんな便利なのに。」
すぐに次の疑問が出るあたり、この子は本当に地頭がいいのだろう。
「エイブリー姫の前で、今と同じ魔法を見せたことは?」
「イブ姉さまは忙しいもの。」
少し拗ねた顔をして、イリスが言う。
年相応の反応を見せられると、ほっとする。神童とはいえ、子どもは子どもなのだ。
「多分、エイブリー姫も見たら同じ指摘をすると思う。」
「そうなの?」
あの人は優秀だからな。会ったのは一度だけど、頭の良さは今世であった人の中でも五指に入るだろう。
「ああ。イリスはどうしてこの方法を他の人が使わないと思う?」
「分からないわ。でも、学園の教科書も、読んだ魔導書も、このやり方は書いていなかったわ。」
「よっしゃ。じゃあその教科書や魔導書を読む人のことを考えてみようぜ。」
「読む人?」
「そうだよ。どんな人が読むと思う?」
「そりゃあ、教科書はみんなが読むわ。魔導書は値段が高いし、貴族や商人の人がたくさん読むと思う。後は冒険者の魔法使いとか。」
「じゃあ質問だ。」
「なによ?」
「その読む人のほとんどは、エイブリー姫やイリスみたいに演算が出来る人か?」
「あっ。」
そうなのだ。3つの魔法を3つの魔力で操作するならば、それぞれに別の命令を送ればいい。だから魔力の消費は多いが、演算が簡単なのだ。
逆に魔力のラインを一本に絞ると、魔力の消費を抑えることは出来る。が、一本のラインに複数の命令を送ることになるので混線するのだ。だからこそ、高い演算能力が要求される。そしてその演算ができるほど勉学に励むもの、自己研鑽するもの、そして才があるものは数が少ない。
「わかったろ? 言っておくけどな、イリスはすごいんだよ。魔導書は読んだ人間が出来るだけ多く魔法が体得できるように出来ている。イリスはそのターゲット層から離れているんだ。大衆が出来ないことが出来てしまうからな。今度から魔導書を読むときは、自分の能力も計算に入れて読むといいと思うぞ。」
「そう。……あたしってすごいの?」
「? ああ、すごいぞ?」
「本当?」
「本当。」
「本当に本当?」
「ああ、もうマジに本当。」
「…………。」
無言になったイリスは、ぷいっとそっぽを向いてクレアの所へ行ってしまった。
一体何だったんだ……。
アルと一緒に座って待っていたクレアは、イリスと話しながら柔らかく笑みを浮かべている。
ぱちりと、クレアと目が合う。
「ふう、話しかけてみるかね。」
俺は今世の実妹がいる方へ足を向けた。
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