第100話 学園生活9
その日の学校が終わると、俺はクラスの子たちから質問攻めにあった。
先週消化できなかった転校生イベントとかいうやつだろう。
クレアはそれを、羨ましそうにちらちらと見ている。
拝啓、前世の姉へ。今世の妹はお前と違って可愛げがあるぞ。
俺はそれをするすると流しながら、教師棟の方へ向かう。
シュレ学園長先生と会うためだ。
今日すべき最優先案件は、シュレ先生とフィンサー先生を味方に引き込むこと。
うちのパーティーのジョーカーはトウツだ。単純な火力であればフェリも追随するが、純粋な戦力でいえば彼女になるだろう。そのトウツが勝てないと評した人物。しかも学園長という権力者でもあり、貴族に対しての一定の実権も持っている。
味方にできれば百利しかない。
「フィル!」
声をかけてきたのはアルだった。ロスではなく、アルが話しかけるのは珍しい。
「どうした?」
「いや、ちょっと学校終わった後に時間あるかなって。」
アルがもじもじしながら言う。
何だい? 愛の告白かい? どんとこい。
「ロスやイリス、クレアと一緒にいつも魔法の訓練をしてるんだ。フィルは寝る時に魔力切れ起こすほど練習しているんでしょう? せっかくなら一緒にどうかなって。」
「行く!絶対行く!」
「わかった!何か用事?」
「シュレ先生に用事があるんだ。」
「学園長先生に?」
「そう。」
「へぇ。僕たちは第3闘技場にいるからさ、後から来てね。」
「もちろん。」
メインヒロインのためなら何処へでも駆け付けるさ。
一つ、モチベーションを上げるイベントができた。
シュレ先生への交渉にも力が入るというものだ。
何よりも、妹のクレアがいるのだ。彼女と知己を結ぶためにも、是非とも練習には参加したい。
「やぁ、フィル君。どうかしたかい?」
教師棟の職員室では、フィンサー先生がコーヒーを飲んでいた。
「シュレ先生に用事がありまして。フィンサー先生でもいいのですが。」
「学園長かい? 一応時間はあると思うけども。私も同伴した方がいいかい?」
「はい。その方がいいです。」
「こないだの話の続きかい?」
「そうなります。」
その場ですっくとフィンサー先生が立ち上がり、残ったコーヒーをあおる。粗野な仕草だが、この人がやると妙に様になる。
「行こうか。」
「よろしくお願いします。」
「な~る、なる。なるほど~。ようわかった。いや、ようわからん。フィル君がクレア嬢の双子? 巫女? なして?」
「とりあえず、耳を見せましょうか。」
俺は千両役者の仮面を顔から外す。
「ほう。」
「はぁ~。」
2人が目を丸くする。シュレ先生はともかく、フィンサー先生が驚くのを見るのは初めてなので、してやったりといった気分になる。
「なるほど。クレアとうり二つやね。」
「これは驚いた。そっくりですね。」
「信じて、もらえます?」
「まだやね。顔なんざいくらでも変えられる。その仮面も、何となく察していたがわざと見逃してやっとったのよ?」
ばれていたのか。
だが不思議と納得がいく。国一番の魔法学校のトップに座しているのだ。そのくらいできるだろう。
「では、クレアが報告した夢の内容を当てましょうか。俺がクレアを庇って死ぬ。殺した相手は獅子族の大男です。魔王軍を名乗っていました。」
「ふむ……フィンサー。」
「夫使いが荒いね。」
「はよいってこんか。」
「了解。」
そう言いながら、フィンサー先生が退室する。
「何をしに行ったんです?」
「知れたことを。クレア嬢の安否確認たい。クレア嬢を拷問にかける。もしくは洗脳する。今フィル君が言った方法はいくらでもクレア嬢から抽出できる。この情報を持っている人間は限られている。その中で一番力が弱いのはクレア嬢よ。」
そういうことか。
俺は絶対的なクレアの味方である。
だが、ほぼ初対面のシュレ先生やフィンサー先生が無条件で俺を信じてくれることはイコールではない。エルフという特異な種族に生れた双子。しかも巫女だ。
疑ってかかるのが当然だろう。
「入学するときに、俺の身辺は調べたんですよね。」
「そうやね。今の話が本当だとすれば、身辺捜査で何もほこりが出なかったのが納得いくわい。そりゃそうだ。転生者だから、そもそもほこりを生み出す実体すらなかったんやからね。」
「納得いったようで、何よりです。」
「フィル君、君は実年齢は何歳ね?」
「……23歳です。」
「リラ先生の少し年上やね。」
リラ先生って年下だったのか。この世界の教師は、日本よりも若い歳で教師になれるのか。だが、考えてみれば当たり前だ。この世界での平均寿命は、どう考えても元の世界よりも短いだろう。成人、結婚、そして就職。それらが早く来るのは当然か。
「あの
「守ります。」
「何故?」
シュレ先生の
「兄だからです。兄が妹を守ることに理由がありますか?」
シュレ先生の髪が少し逆立った。しばらくすると、シュレ先生は笑いだす。
「ふふ。そうか、兄か。兄だから守る。そうやね!兄妹は守らなあかんね!間違いない!間違いない!ふふふふふ!」
ツボに入ったのだろうか、シュレ先生は元気よく笑い続ける。
「ただいま。どうしたんだい。ずいぶんとご機嫌じゃないか。」
「お、早かったの。どうやった?」
「白だね。クレアさんは何もされていないよ。」
「よし、わかった。フィル君、君のことを信頼すっばい。」
「本当ですか!」
「
「ありがとうございます!」
「でも小人族と嘘ついてたのは許さんけんね!」
「あ、はい。」
スイマセンデシタ。
「状況を整理しとくかね。」
「状況、ですか。」
「フィル君は私らの味方になるんやろ? だったら、共通の味方と敵は把握しとかなん。とは言っても、かなり難しいの。今の所、確実な白はフィンサー経由で就任したシャティ先生。私がヘッドハンティングしたリラ先生。エイブリー姫の肝いりで学園に就職したピトー先生やね。他はわからん。グレーにしとこうかの。」
「思った以上にわからないですね。」
「私らもそれなりに権力はある。が、貴族全員をコントロールできるほどではない。それは当然、この学園に多く出資いただいているエイブリー姫も然りやね。ピトー先生、リラ先生、シャティ先生は私らの権力が及ぶうちでの采配だったが、他の教員はその限りではないけんね。」
「なるほど。」
雇用しているのは学園だが、出資が違うのか。この学園は思った以上に一枚岩じゃない。
「面倒な採用システムですね。」
「意をくんだ、と見せるのは大事なのよ。仮に全く意をくんでいないとしてもね。」
「なるほど。」
この国の中心はあくまでもエクセレイ王族。だが、貴族も一定の権力を手中にしている。そのバランスの中で成立している国なのだ。そしてそのバランスを担うギアのどれかに魔王の手先がまぎれることは十分にある。
「これから先、情報がある場合は私かフィンサーにするとよい。リラ先生やピトー先生はまだ話しかけない方がええね。あの2人も、私とフィンサーがヘッドハンティングするまでの動向全てが白かと言えば、そうでもないかもしらん。シャティ先生は、ほぼ白とは思うばってんが。」
「わかりました。」
「……フィル君。」
「はい?」
シュレ先生が俺を覗きこむように見る。
彼女は大分年上だが、身長は俺よりも低い。下から見上げられているはずなのに、俺の方が矮小な存在に感じてしまう。
「クレア嬢から聞いた。未来予測を変革したとね。あの娘が生き残る未来を堅守するつもりと?」
言外に「お前は死ぬつもりなのか?」と、シュレ先生は聞いてくる。
「当たり前じゃないですか。俺は兄です。」
「そうか。報告ご苦労やった。気を付けて帰りなさい。」
「ありがとうございました。」
「ああ、あと——。」
ドアに手をかけたところで、シュレ先生が俺を呼び止める。」
「フィル君はもうこの学園の生徒たい。そして私は学園長。——死なせはせんよ。私の目が黒いうちは、目の前で教え子を死なすことなんて、絶対ありえん。」
「……いい学園長ですね。」
「知っとる。」
上品にほほ笑むフィンサー先生の横で、シュレ学園長先生が「ふんす。」と鼻を鳴らした。
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