第251話 始まる最悪7

「クレア!」

「パパ!ママ!」


 トウツから放り投げられたクレアが、風魔法で飛んでカイムとレイアの元へ行く。

 慌てているのだろう、いつもはお父さんお母さんと呼んでいるのに、パパママ呼びだ。


 周囲にいる暴徒を一瞬でトウツが両断する。俺も横に着地し、男1人の手足を砕く。無力化したはずなのに、すぐに自爆しようとするので、紅斬丸で首を落とす。

 脳裏にシュミットさんが浮かぶ。「この刀を、人相手に使うのか?」と、あの人は問うてきた。俺はもう、何度もこの刀で人を斬ってしまっている。


「くそっ」

「躊躇したら駄目だよ、フィル」

「でも、この人たちは洗脳されているだけだ」

「知らないうちに人殺しになるよりも、死んだ方がマシさ。フィルには僕になってほしくないけど、それで心が潰れるのはもっと良くない」

「……わかったよ」


 それでも、嫌なものは嫌なのだ。肉を切った時の手元に返ってくるこの感触は、いつもで経っても慣れない。


「怪我はないかっ!?」

「大丈夫!フィルが守ってくれたから。ねぇ、学園に行かないと!みんなが危ないの!」


 横では家族が話し合っている。

 ひとまず、クレアの安全は確保した。その達成感が、人を殺めた罪悪感を少しだけ塗りつぶす。


「それは後だ!どうして巫女であることを話してしまったんだ!」

 カイムがクレアを叱りつける。


 クレアが口をひき結んで父親から目を逸らす。逸らした先には、俺がいた。

 カイムとレイアも、一瞬こちらを見る。


 なるほど。やっぱりそうだ。クレアは押し潰されそうだったのだ。俺の代わりに生き残る罪悪感に。だからエイブリー姫の提案に同意した。巫女であることを公表し、獅子族の男のターゲットを自分へ向けたのだ。

 そして、その手段を仄かしたのはエイブリー姫だ。

 彼女への怒りが沸々と湧いてくる。あの人は、クレアの罪悪感につけ込んだのだ。

 何故俺を選んでくれなかったんだ。クレアよりも、俺の方が自衛の手段は持ち合わせているのに。


「……話している暇はないな。ひとまずはクレアが無事でよかった」

 カイムがクレアを抱きしめる。


 厳しさは優しさの裏返しだ。クレアはされるがままに、瞳に涙を溜めている。


「フィル君、クレアを守ってくれてありがとう。私たちは今から、学園の援護に行くわ。貴方はどうする?」

 レイアが話しかけてくる。


「市中の河川に毒を撒いた人間を探します。多分、今俺が探さないと、犯人は逃げおおせてしまうと思うので」

「そう、分かったわ。ありがとう、小さな騎士さん」

 レイアが俺を抱きしめる。


「母さん、父さんに気づかれるよ」

「あら、抱きつくには自然な流れだったと思うけど」


 レイアが、俺の肩に頭を乗せる。


「生きてね、フィオ。私の大切な息子」

「お母さんも」


 名残惜しそうに、レイアが離れてカイムたちのところへ行く。


「フィルはいいねぇ。僕はどっちの親ともハグするのは御免だね」

「私もね。今どこにいる分からないけど、父と今みたいなスキンシップをすることはないわ」

「お前ら殺伐とし過ぎだろ……。2人とも、屈んで」

「何?」


 少し躊躇した後、屈んだトウツとフェリの頭を両腕で抱き寄せる。


「一応、お前らも俺の家族なわけだし」

「ほう、フィルがデレたね」

「デレてない!」


 だからちょっと嫌だったんだよ!


「さて、毒投げ込んだ犯人探すぞ。俺の眼なら痕跡も追える。後……シュミットさんとタルゴさんを殺した人物は絶対に許さない」


 きっと、俺は今、酷い表情をしているのだろう。

 トウツとフェリが複雑そうな顔をする。

 瑠璃が俺の脇の下から顔を出し、頬を舐めた。


「ありがとう、瑠璃。大丈夫。落ち着いてやれるよ。ちゃんと私怨に潰されずに、この復讐は完遂してみせるさ」

「復讐はするのね」

 フェリが寂しそうに笑う。


「当たり前だろ。シュミットさんには刀と知恵を貰った。タルゴさんには米と味噌とお茶をいつも融通してもらってた。米だぞ? 食べ物の恨みは怖いんだ」


 3人で、静かに笑う。

 笑っていられる状況じゃないのに、笑う。だって、俺たちが悲しんでもあの人たちは帰ってこないんだ。


「2人があの世で安心して鍛治と行商が出来る様に、俺が落とし前をつける。手伝ってくれるか?」

「もちろん」

「家族だからね」

『あい分かった』

「ありがとう。行こう」

「フィル!」


 出発しようとした俺を、クレアが呼び止める。


「気をつけて。私はイリス達のところへ行くわ」

「そっちこそ、気をつけて。クレア」


 愛すべき実妹が、うなずく。

 俺たちは市中を猛スピードで駆けた。







「シスターさん!こっちです!」


 都の憲兵が修道女を案内した。


「そんな、これは酷い」

 修道女は思わず口元を覆う。


 その水路は汚染されていた。大量に毒を投げ込まれたのだろう。紫の危険色に発光している。

 マギサ・ストレガの整備により、たいていの毒物は自然浄化出来るようにしてあるはずだが、浄化しきれていない。


「魔法毒ではなく、自然由来のものですか……英雄マギサの浄化システムでは対処できないもの。恐らく、浄化出来ないものを選んで投げ込んでいます。すぐに薬草を調合します。薬を投げ込んで中和するしかありません。ギルドへ在庫の薬草をお願いしてください。教会の倉庫だけでは量が足りません」


 そう言うと、修道女はすぐに指に浄化魔法をかけて、河川に手をつける。手元の触覚で水質を検査するためだ。


「……?」


 修道女は、憲兵から返事がないので後ろを振り向く。

 そこには、一人の女が立っていた。


「あ、あの、貴女は? 憲兵さんはどこですか?」

 修道女は訝しげに尋ねる。


 その女は静かに右下を指さした。

 修道女がそこを見ると、そこには憲兵だったものが転がっていた。


「ひっ」

 短く悲鳴をあげる。


 ついさっきまで話していた憲兵は、鎧ごと身体の半分がごっそりと無くなっていた。縦に半分になった顔が、ぴたりと地面に引っ付いている。修道女はすぐに気づく。要人がこの騒ぎで次々と亡くなっていること。全員、身体の一部がごっそりと無くなっていること。


「う、噂の暗殺者?」

「……ねぇ」


 女が話しかける。

 修道女は、身動きが取れない。蛇ににらまれた蛙である。



「彼は幸せになったよ。貴女も、幸せになろう?」



「な、何を言っているの?」


 それが、修道女の最期の言葉だった。

 次の瞬間、修道女の上半身は、まるで最初からなかったように消し飛んだ。







全て飲み込む蒼オリハルコンフリュウ


 アルの次の斬撃が飛び出した。

 温室にいる植物型の魔物がまた、ごっそりと数を減らす。


「ひ、ひぃいい!何だ、何だあのガキはぁ!」


 地面を転げながらオゾスは逃げる。

 背後では心血かけて育てた魔物達が次々と吹き飛ばされている。それをかえりみず、自身の命を優先して逃げる。蔦を斬られただけで激昂していた彼はもう、いない。


「天才だとは思っていた!でもあんな化け物だなんて聞いていない!竜種に匹敵する魔力による、形をもたない光魔法の暴力!知っている!僕はあの化け物を知っている!魔王様が言っていた勇者そのものじゃないか!ルーク・ルークソーンじゃない!マギサ・ストレガでもない!魔王様が本当に警戒すべきなのはあのガキだっ!」


 学園のメンバーは、自然と陣形をアル中心に組んでいた。

 間違いなく、アタッカーとして最も優秀だったのがアルだからだ。その場に教師が3人いるにも関わらず。

 ショーとロスの竜人二人が前衛で露払いをし、中距離の敵はイリスが凍結する。

 オゾス・ダシマは手も足も出ていなかった。


「まだ、まだだ!地中に埋めた大量の魔物の種が今から芽吹く!あのガキはまだ発展途上だ!逃げ回れば後少しで魔力切れだ!物量で時間稼ぎをする!」


 オゾスが手を地中にかざし、魔力を注ぎ込む。植物の発芽は水に反応して行われる。オゾスが品種改良した植物型の魔物達は、彼の魔力に反応して芽を出すように作られているのだ。

 だが、地中から反応が返ってこない。


「な、何故だ!何故芽吹かない!貴様ら、何をしている!何をしているんだ!ご主人様が呼んでいるんだぞ!ご主人様を命をかけて守れぇえええ!」

 オゾスがみっともなく地面を這いつくばり叫ぶ。


 そして気づく。

 地中の種達は、芽吹かないのではない。芽吹けないのだ。

 耕したはずの腐葉土を手で触る。それはまるで金属のように、高密度に固められていた。

 土魔法だ。土魔法で地面を固められたのだ。そして、オゾスは知っている。これだけ高度な土魔法が出来る人物を。

 その人物を悪鬼のようににらむ。


「貴様ぁあああ!リラ・セーニュマン!」

「今はセーニュマンではなくミザールです。いい加減覚えて下さい、ゼータ先生。後、学園の子どもたちに手をかけたこと、地獄で後悔してくださいね」

「お前こそ覚えろ!僕はオゾスだ!くそぁあああああ!」


 叫ぶオゾスを、蒼い衝撃波が襲った。







身体強化ストレングス


 弾丸のように小人が肉薄した。


「ぬ!?」


 巨漢のゴン・バーンはシュレ学園長の高速ヒット&アウェイに全く反応が追い付かない。顔面を殴られ、返すパンチを繰り出すころにはシュレは数メートル離れたところに着地している。


小人族ハーフリングは身体が小さい代わりに魔法に長けてる種族じゃないのかよ!何でそんなに肉弾戦特化なんだ!?」


 ソム・フレッチャーは弓を構えて照準を合わせようとするが、残像のように動くシュレを追いかけきれない。

 シュレ・ハノハノ。その素早さで魔物の大氾濫スタンピードを生き残った猛者である。


「よそ見していいんですかね」


 フィンサーがスーツの内ポケットから斧を取り出す。同じパーティーの戦斧旅団アックスラッセルメンバーであるウォバルやゴンザとは全く違うタイプの斧。サイズが小さく刃が鋭く、風を切り裂く形状をしている。

 手投げ斧である。


 それを亜空間ポケットになっている内ポケットから次々と取り出し、偽称の英雄達に投げつける。


「くっ」


 ソム・フレッチャーとボウ・ボーゲンは慌てて立ち位置をかえる。

 敵も味方も前衛は一人、後衛は二人の編成だ。つまり、前衛が痛んだ方が負けだ。

 エクセレイ側のシュレの動きにゴンは全く対応できていない。その上、フィンサーの投擲が正確で、射手であるソムとボウは狙撃ポイントの切り替えを余儀なくされている。苦戦しているゴンを援護できない。フィンサーにそうさせられているのだ。


「くそ!何だこいつら!何でこんなやつらが教師なんかやってるんだよ!」

「当り前たい!ここは魔法の国!魔法のトップが学び舎にいなくて、何が魔法立国か!」


 ゴンの脇腹にシュレの拳がめり込む。

 衝撃波が背中を貫通して後ろに漏れ出る。


「がっ」

 ゴンが吐血する。


「くそ!」


 慌ててソムとボウが弓を連射するが、ヴェロスが障壁魔法で阻む。


「老師のおかげで斧を投げるだけですね。お手軽で助かります」

「何。あやつらが英雄を名乗れていたのは前衛がルークだったからじゃよ。全く、国王は慎重過ぎる方でのう。必要ないと言うておるに、後衛を足しおったのよ」

 ヴェロス老師がため息をついて言う。


 正確に言えば、国王が憂慮していたのはヴェロスの年齢である。マギサ・ストレガを除けば国内最高の後衛。その後衛が寿命の問題で突然抜ける場合、勇者パーティーへの国民の信頼が揺らぐと考えていたのだ。

 もっとも、そのヴェロスはというと、普人族であるというのに百歳までは現役と豪語しているのだが。


「くそ!」


 ソムとボウが亜空間ポーチから新しい弓を取り出す。


呪術魔法具カースドアイテムじゃのう」

「当たったら終わりと考えてよかね」

「シュレ、大丈夫かい?」

「いらん心配たい。うちは神速のシュレとよ?」


 シュレが呪いの弓を見てもなお、一気に3人へ肉薄した。

 戦いは終盤に差し掛かった。






「くそ、くそ、くそがっ!」


 ルーグは敗走していた。

 脇腹と太ももには、ぽっかりと穴が空いている。このままでは出血多量でまずいことになる。

 教会の援護に行くつもりだったのに、逆に自分が治療を受ける羽目になりそうだ。


「最悪だ。あの通り魔は不味い。相性が悪すぎる。特にフィルとロッソは駄目だ。俺だから、俺だから初撃をかわせた。あいつらには無理だ。絶対にかわせない。早く、早く誰かに知らせねぇと……」


 足をずるずると引きずりながら歩く。

 カウンターで爆散掌底バーンナックルを一撃叩き込んだ。敵も即座に反撃されるとは思わなかったのだろう。不意打ちアンブッシュに長けていた敵だからである。でも、すぐに回復するだろう。敵はタフだ。ルーグはそれをよく知っている。


「くそ」


 べしゃりと、地面に倒れ伏す。

 目がちかちかする。この兆候は不味い。アラクネ・マザーとレッドキャップ達に、かつてのパーティーメンバーが全滅させられた時と同じだ。血が足りず、死にかけているのだ。


「誰か、来い。せめて報告してから死なねぇと。俺は借りを返せていない」


 脳裏に小人族の少年が思い浮かぶ。あの少年に貰ったポーションの恩を、返せていない。かたくなに恩はもう返してもらったと言うが、ルーグは納得していない。

 ここは教会近くのはずだ。誰かいるはずなのだ。

 地を這いつくばりながら、何とか手を伸ばす。


「だ、れ、か」



「あら、貴方は学園の子どもたちのお守りではありませんの」



 そこを通りかかったのは、テラ教の聖女ファナ・ジレットであった。

 背中に妙に徳の高そうな老人神父を背負っており、後ろには腹黒そうな顔をしている初老の神父がいる。


「…………チェンジ」


 そう呟き、ルーグは顔を伏した。


「聖女を捕まえてチェンジとは、あんまりじゃありませんの?」

 ファナは渋面を作る。


 だが、次のルーグのひと言を聞くと、シモン教皇をラクタリン枢機卿に押し付け、フィルのいる方へ鉄砲玉のように走り出した。

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