第250話 始まる最悪6
「あった」
オラシュタットのギルドマスター、ラクス・ラオインは散乱した紙の山の中で呟いた。
「ギルドマスター!何悠長に書類点検しているんですか!? 早く逃げましょう!」
ギルドの面では爆発音が聞こえた。
暴徒が火魔法で玄関を焼いたのだ。
「君こそ逃げたまえ。私は元冒険者だから戦いの心得くらいある」
「ギルマスが逃げないなら俺も逃げれませんよ!」
この職員は事務担当で、非戦闘員だ。本来は最優先で避難すべき人間だ。ラクスは部下の責任感の強さに少しほくそ笑む。全くもって笑っていられる場面ではないのだが。
「表では
「ギルマスみたいに誰も彼もが腹括れると思わないでくださいよ!何で笑っているんですか!」
泣き言を言いながらも逃げない事務員に、ラクスはついつい笑みを浮かべてしまう。
会話をしながらも筆を高速で走らせる。
「この地位に長くいるとな、有事も平時に感じてしまうのだよ。ほら、書き上がった」
「何ですか、これ?」
「今暴れまわっている連中のリストさ」
「どうやって特定したんですか!?」
「暴れている連中はパーティー単位で洗脳されている。何処かで一緒に洗脳されたんだ。彼らの共通するクエストを洗ってみたら、ほら出てきた。レギア国境付近のゴブリンレイド討伐。クエストの発注者は不明。妙に報酬が高い。しかもゴブリンなら都の冒険者を使わずとも、西の冒険者を使えば事足りる。これは魔王とやらの釣り餌クエストだな」
「そんな!」
「逃げずに残った事務員総出でこれを複製。市中で戦う冒険者と憲兵、教会関係者に回しなさい。今すぐにだ」
ラクスは身支度を整えて扉へ向かう。
「ギルマスはどこへ!?」
「私も戦おう。今は猫の手どころか、鷹の老骨も必要な場面のようだからね」
その数分後、ギルド前の戦闘状況が一気に攻勢へ回った。
「勘弁してほしいわね。ハネムーンもまだなんだけど」
ヒル・ハイレンは魔物に追われていた。サボテンのような見た目で4足歩行。手足は丸っこくてファンシーなのに、顔は狼そのもののアンバランスな見た目の魔物だ。毒入りの針を飛ばしながらヒルに迫る。
「子ども達には目もくれずに私を狙いにきた。おそらく、
補給路と
だが、好都合だ。
こいつらが保健室を強襲した時にヒルが真っ先に確保したかったのは、その場にいた生徒の安全だ。それが自分を優先して攻撃してきた。正直、ヒルにとっては助かった。教師としての本分は全うできたわけだ。
「後は私が生き残れば万々歳なんだけど」
ヒルは毒針を全てかわさない。食らった先から自己治癒している。上級の
「この分だと、教会も一斉攻撃されてそうね。あそこは
ヒルは自分の状況を棚に上げて、教会を心配しながらショーのいる方へ走った。
「あぁ、私の教会が……」
「まだ君の教会ではないよ。その腹黒いところがなければ、今すぐにでもわしは隠居するんだがね」
焼き討ちされている教会を見て呆然とするラクタリン枢機卿に、教皇が突っ込む。
フィオが初めて都の教会に訪れた時、掃除夫のふりをしていた人物である。
「ファナ以外の人間にここが焼き討ちされるなんて……」
「冷静に考えると、身内に定期的に焼かれる教会はおかしいね。わしらは少々、感覚が麻痺しすぎている」
「セキュリティは完璧だったはずなのに」
「いうたであろうに。こういった有事の時のために
「申し訳ありません、シモン教皇」
慌ててラクタリン枢機卿が頭を下げる。
「起きてしまったことは仕様がない。私たちに出来ることは、慈悲をもって1人でも多くの
シモン教皇は、
暴力的なまでの真っ白な光が周囲を照らす。
「
ラクタリン枢機卿が慌てて止めにかかる。
「ふむ。伝承の魔王再来とは、あながち本当かもしれんのう。わしでも、この呪いの根元が掴めぬ。まぁ、わからないことも含めて全て治せば良い」
枢機卿の静止を聴かず、教皇は治療を続ける。
周囲のものが絶句する。教皇がやっていることは、原因がわからなければ呪いのない状態に完全復元すればいいというもの。完全な力技である。当然、便利な魔法には代償がある。その魔法は、際限なく教皇へ魔力と生命力を要求し続けている。
「魔力切れで死んでしまいます!やめてください教皇!」
「異なことを言うな、ラクタリン枢機卿。わしのルーツを知っておろうに」
「……元冒険者でありますな」
「そう。冒険者には不文律がある。困ったときは年寄りが若者の盾になる。わしにとっては今がその時と思った。それだけのこと。そういうわけだ。今日から君が教皇だよ。ラクタリン教皇」
「ふざけるな!」
ラクタリンの怒鳴り声に、シモン教皇だけでなく周囲の人間が驚き、一瞬動きを止める。
「私が教皇になる時はお前を超える時だ!何を勝ち逃げして死のうとしてやがる老いぼれ爺い!生きろ!生きて俺に負けて教皇の座を譲って悔しがりながら這いつくばって老衰で死ね!」
「……ふふ、くははは!」
「何が面白い!老いぼれ教皇が!あんたの在任期間が長いせいでこっちはこの歳まで枢機卿なんだよ!陰で私が何と言われているか知っているのか!? 万年枢機卿だぞ!万!年!枢機卿!」
ラクタリンの罵声を聞きながら、教皇が
「ラクタリン、君を推薦してよかったよ。教会はまだ安泰そうだ」
シモン枢機卿は、魔力の範囲を一気に広げる。
「シモン教皇!?」
ファナが慌てた表情で教会の方角を見た。
俺も
が、少しずつ萎んでいく。
術者が弱り始めているのだ。
「行け!ファナ!」
「ですがっ!」
「こっちは大丈夫だ!トウツもフェリも瑠璃もいる!大事なホームなんだろ!?」
「……申し訳ありませんわ!」
ファナが離脱し、教会の方へ急ぐ。
「見えた!」
クレアが叫ぶ。
彼女の指の先には、暴徒と戦うカイムとレイアがいた。
「掃討する!トウツ!」
「はいよ〜」
脇に抱えていたクレアを放り投げ、トウツが暴徒へ斬りかかった。
「いないと思ったら、こんなところにおったのか。おんしら」
ヴェロス老師は、ため息をついた。
場所はオラシュタット学園の外壁手前である。
老師の行く手を阻むのは、3人の男だ。
否、
「マギサ・ストレガが留守の今、あんたを殺せばここを落とせる」
「覚悟しろ、死に損ないの老いぼれめ」
「なんじゃ。わしらは文字通り、偽りの勇者パーティーだったんじゃな」
老師はロッドで地面をカツンと叩く。
「安心しな。ルーク、アルコ、キサラの馬鹿どもはそっち側だぜ」
「それもそれで、信用するのが難しいのう」
エイブリー姫の予測通りである。学園出身の3人はほぼ白。外から来た3人はグレー。彼女の危惧が的中し、グレーの3人は全員黒だったのだ。
「楽しかったぜ、爺さん。あんたとの英雄ごっこ」
「それもまぁ、ここで終わりだがなぁ!」
ゴン・バーンが構える。
「
裏切り者3人の全身の毛が、プレッシャーにぞわりと逆立つ。
慌ててソム・フレッチャーとボウ・ボーゲンが弓を構える。
「ヴェロス老師、加勢が必要ですか?」
「うちの学び舎の前で火遊びとは、けしからんたい!」
4人が上を向くと、外壁の上にシュレ学園長とフィンサー主幹教諭がいた。
「いつぞやの
「もう若者の枠ではありませんけどね」
「ぬかしおる。わしからすればまだ若手じゃ」
「それは嬉しい」
小言を叩きながら、フィンサーとシュレがヴェロス老師の横に飛び降りる。
「さて、お主ら悪党をそこの壁の先に行かせるわけにはいかん。そこは神聖な学び舎たいね。もし一歩でも近づいてみ…………くらぁすぞ?」
シュレ学園長の殺気が3人を襲う。
先の大戦の生き残りと、偽りの英雄たちの戦いが始まった。
「うへぇ、
そううめきながら、ショーは蔦の触手攻撃をかわす。
「ちょこまかとかわすな!
「うるせーボケ!」
蔑称に思わず悪口で返す。
四方八方から繰り出される、根の槍や蔦の鞭を駆け回りながらいなす。
「大人しく養分になれ!
「
絡みつく蔦をショーが切り裂く。
「がぁああ!なんて事をするんだ!こんなに美しい彼女を切り裂くだなんて!」
「そんなに大事なら一生温室育ちさせとけばよかったんだよ!」
怒鳴りながら、魔物たちの茎を次々とへし折っていく。
「だぁ、くそ!数が多い!スタミナが保たないぞ!」
「ショー!」
慌てて声がする方を見ると、ヒル・ハイレンがこちらへ走ってくるではないか!
「お前何でこっちにくるんだよ!他の職員はどうした!? 警備は!?」
「貴方がいる方が安全!」
「加勢しに来たのか!?」
「どっちかと言うと減勢かも!」
「はぁ!?」
ショーがヒルの後ろを見ると、サボテンのような犬の魔物が追いかけて来るところだった。
「こっちも手一杯なんだぞ!? オラァ!」
ショーが魔物たちをヤクザキックで蹴散らす。
「おやおや、ヒル先生ではないですか」
うやうやしくオゾス・ダシマが挨拶をする。
「……あまり信じたくなかったけど、やっぱり貴方なのね。ゼータ先生。こんな魔物を使役できるの、貴方くらいしかいないもの」
「僕の名はオゾスだよ。まぁ、覚えなくていいよ。実力を評価してくれていたみたいで何よりだね。ところで、夫婦初めての共同作業に
「生憎、レギアは土葬じゃなくて火葬だ」
「あら。
「え、そうなのか?」
「
世間話に付き合うつもりはないのか、ショーとヒルの間を鞭が弾ける。
「ご安心を。君らは仲良く
「悪いけど、2人の新婚共同作業はレギア復興なっ!
土の柱が剣山のように突き立ち、魔物たちを次々に串刺しにした。
「ロプスタン様!?」
「ロス君!?」
「へへっ!来ちゃったぜ、ショー!」
太陽のような笑みを浮かべて、レギア皇国の皇子が姿を現した。
ショーとヒルが慌てる。
彼らは他の教師の誘導に従って避難しているはずなのだ。
「何でここにいるんです!逃げて下さい!」
「
叫ぶショーを後目に、背後の植物たちが凍結されていく。
「イリス姫殿下!?」
「アルもか!」
ロスの背後から、イリスとアルケリオが走り寄ってくるのを2人は発見する。
「何をやっているんだ!子どもは自分の命を優先するんだ!ここにいても邪魔だ!」
「ショー!」
ロスがショーを見上げる。
いや、背丈に関しては昔よりも、断然近くなっている。絵具の原色のような赤い瞳がレギアの武官を見つめる。その眼力には覇気とカリスマがこもっていた。ショーは彼の父親である、レギアの皇帝を思い出す。
「俺達は、本当に足手まといか? そうなら素直に聞いて避難所へ戻る」
「……仕様がないですね、お坊ちゃんは。命の危険を感じたら逃げるんですよ」
「そーこなきゃ!」
ショーと共に、3人の子どもが戦闘態勢に入る。
「す、すいません!突然飛び出して、静止できませんでした!」
遅れて、息を荒げて到着したのはリラ・ミザール、旧姓セーニュマンだ。フィオ達のホームルーム担任である。
「リラ先生!」
「ごめんなさい!いつもはいい子たちなのに、どうしてこんな時だけ言うことを聞かないのよ、もう!」
「えぇ……」
リラ先生の愚痴に、ヒル先生は納得がいかない反応をする。フィル・ストレガとロプスタン・ザリ・レギアを始めとして、この5人組は基本的に破天荒な集まりなのである。
だが、彼女は知っている。
この5人組は、何故かリラ先生の前だけでは必死になって優等生を演じるのだ。
「ふざけるなよ、ふざけるなふざけるなふざけるなぁ!お前ら全員養分にしてやる!」
オゾスの背後で、巨大な赤い薔薇が屹立する。
その目の前に、小さな少年が青い剣を携えて歩みでた。
その青い剣は身の丈を軽く超えており、小柄な彼には似つかわしくない。
「フィルから貰ったこれ、ちゃんと使えるかなぁ。
青い衝撃波が剣から暴発した。
一撃にて、温室が半壊した。
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