第249話 始まる最悪5

「急げ!カイムのところへ!」


 俺を先頭に都を駆け抜ける。

 カイムとレイアが都に構えている家を知っているのは俺とクレアだけだ。友達付き合いと称して、レイアに時々顔を出すよう言われていたので、俺も家の場所は知っている。

 トウツに脇に抱えられながら、クレアが道を指示している。


 前方に冒険者の集団が見える。

 黒い魔素が体にこびりついている。傀儡魔法だ!


「どけぇー!」


 ドリルで突貫しながら、家屋ごと冒険者を3人ほど吹っ飛ばす。

 加減はしない。この場合、手加減すると逆に彼らが危険だ。ドルヴァさんはそれで自爆を選ばされた。あれで大人しくなってくれるといいのだが。いずれにせよ、今は傀儡魔法の対処方法がない。無理やり押さえつけるしか方法がないのだ。魔女の帽子ウィッチハット以外にも、えげつない兵士の作り方しやがって。憤りが激しすぎて、どうにかなってしまいそうだ。


「フィルか!?」

「ナミルさん!」


 見ると、黒豹師団パンサーズディヴィジョンのメンバーが狩猟せし雌犬カッチャカーニャと共に暴れる冒険者たちと戦闘していた。


「一体何が起きている!? 騎士団の連中は魔王の仕業だと喚いていたが!」

「傀儡魔法です!捕縛は諦めてください!魔力を使い切って自爆してきます!」

「マジかよッ!?」

 横でクバオさんが顔を歪める。


「勘弁してほしいわね。私、あのパーティーとこないだ合同クエストしたばかりなんだけど」

 タヴラヴさんも愚痴をこぼす。


「それは……!」


 俺は次の言葉を選べない。もどかしさと焦りが喉元を締め上げてくる。


「いいのよ、フィル君。私にとって大事なのは、あくまでも私のパーティーメンバー。そして彼らも冒険者よ。いつ死んでもいいくらいの覚悟は出来ているわ」

「その子は巫女だね? 行きなさい、フィル君。暴徒の始末は我々がつける」

 タヴラヴさんとナミルさんがこちらを見る。


「お願いします!」


 風魔法で飛び上がり、先行するトウツ達を追いかける。

 眼前では爆発音が聞こえる。フェリが暴徒と化した冒険者を爆破しているのだろう。死人が少なければいいのだが。






「どういうこった、こりゃあ」


 ショー・ハイレン、旧姓ピトーは渋面を作って独言ひとりごちた。


 目前には植物型の魔物が跋扈していた。学園の一角にあった温室から蔦や根が飛び出し、キャンパスの面積を3割ほど浸食している。成長速度が異常だ。

 子ども達の学習のために、確かに植物型の魔物は飼育していた。だが、当然ここまで凶悪なものはいなかったし、数も少量だったはずだ。誰かが細工したのだ。温室に。


 ショーを最も怒らせているのは、その魔物達が作り上げた惨状である。数名の生徒が魔物の蔦や枝に串刺しにされて、宙に浮いている。地面に叩きつけられて人の形を保っていない者もいる。その死体には根がおろされ、血を養分として吸い取られている。

 左右に4、5メートルほどのギザギザの葉を広げ、その上に垂直に伸びた茎が十数メートル延びている。頂点には、真っ赤な赤い大輪が、腹立たしいほどに鮮やかに咲いていた。

 ショーは直観する。あの鮮やかな赤は、生徒の血液の色であると。


「ロプスタン様を避難させて正解だった。こりゃ危なすぎる」


 ショーがため息をつく。

 植物の根に潰されている生徒を見る。マギ・アーツが苦手な子だった。それでも、才能以上の成績を出していた真面目な子だ。優しく、いつも温室の水やりを手伝っていた。どうやら、その優しさが彼女の命を奪ってしまったようだが。


「吐き気がする。糞が」


 ショーが唾棄する。


「綺麗だろう? 地獄宿根草ヘルゲウム血濡れの女王プリンセスブラッドショーという魔物なんだ」


 ふいに、温室から人影が現れて話しかけてきた。


「……ゼータ先生」


 温室から現れた人物は、魔物植物学講師のゼータ・ダシマだった。フィルが初等部2年の時の実地訓練で、共に死霊高位騎士リビングパラディンと戦った人物である。


「獲物の魔力と、血液を糧に生きる魔物でね。吸血した獲物が良質であればあるほど美しい華を咲かせる。やはり国一番の学園は素晴らしいね。子どもでも魔力が一級品だ」

「何講釈たれてるんだよ、あんた」


 ショーの額に青筋が浮かぶ。


「何。ピトー先生、いや、今はハイレン家に婿入りしたんだっけか。君が知りたそうにしていたから解説したに過ぎないよ。いやぁ、生徒たちは私のうんちくは眠くなるらしくてね。ショー先生にはいつも話に付き合ってもらって助かっているよ」

「何言ってんだゼータ。お前、自分が何をしているのかわかっているのか?」

「君こそ何を言っているんだい? ショー。ここにゼータなどという男はいない・・・・・・・・・・・・・・・・

「……どういうことだ」


 ショーの体表に鱗が小さく逆立ち始める。感情に引っ張られて竜化をコントロールできないのは、竜人族では未熟とされている。ショーは、そんなことどうでもいいほどに憤怒している。

 ゼータの姿をした男がぴくりと反応する。ショーが臨戦態勢に入ったことに気づいたのだ。


「少し、話をしようか。本当は植物型の魔物の談義をしたいのだがね。君はそれを望んでいないようだ。代わりの話は、そうだね。ネタばらしといったところか」

「ネタばらし?」

「そう、何故が当たり前の様に学園に侵入出来ていると思う?」


 ショーは警戒しつつも考える。

 そうだ、おかしい。

 この国には、生ける伝説であるマギサ・ストレガが悪意探知魔法を仕掛けているのだ。国境と、都の入り口、そして王宮内部だ。目の前にいるこの男は、研究のためによくフィールドワークに出かけていた。それは都オラシュタットの外側だった時もあったし、国外へ足を運ぶこともあった。

 つまり、定期的に悪意探知魔法で調査されているはずなのだ。


 それが今、のうのうとここにいて生徒を殺している。


「……考えが及ばないようだね。昔話をしよう。幼少の私は変わった人間だったらしくてね。人間や動物よりも、植物との方が仲が良かった」

「何言ってんだ手前」

「草花を踏み潰す者がいれば、気絶するまで殴ったこともあった。あの時は何歳だったか。そうだね、丁度今のフィル君たちくらいかな」


 ゼータらしき男が空中に水平に手をかざし、当時の自分の身長を再現する。


「僕ら人間は気色が悪い、最低最悪の生き物だよ。この世界は彼らがいれば完結しているのに、気持ち悪い皮、気持ち悪い毛、気持ち悪い鱗を体中に生やしている。何二本足で歩いてるのさ。しっかり母なる大地に根をおろしたまえよ。全く持って理解しがたい」


 後ろにいる植物を彼らと表現し、ショーの体表を気持ち悪い鱗と表現する。

 ショーは目の前の男の考え方が、根本的に自分たちと違うと確信する。


「そういうわけでね、人間を根絶やしにして僕も死のうと思っていたんだ。最後は彼女に血液を全て抜いてもらって臨終する予定だったのさ。あぁ、素晴らしく気持ちのいい絶命なのだろうなぁ。今から楽しみだよ」


 ショーが完全に竜化する。

 ロプスタンとは違い、黒い鎧のような鱗。トカゲではなく、蛇型の光沢のある鱗だ。


「わお、気持ち悪いね。その姿。まぁ、そんなわけでね。こんな思想をもつ僕がエクセレイに入れるわけなかったんだ。でも、魔王様と出会った」


 ショーの眉間がぴくりと動く。


「僕もたいがい反社会的な人間だとは自任しているんだがね、いやぁ世の中はすごい。上には上がいるもんだね。魔王様は僕よりも壊れていた。驚きなのが、僕は最初から壊れていたけど、魔王様は自ら壊れてあれなんだからすごい。草花以外で尊敬したのは生涯彼だけだよ」


 彼、という言葉にショーが反応する。

 魔王は男だ。この情報は必ずシュレ学園長に報告しなければならない。つまり、生き残ることは最低条件。


「魔王様が提案したのは、もう一人の僕を作ることだった」

「もう一人……?」

「そう、その顔。僕も最初はその顔になったよ。要は人格をもう一つ作るんだね。僕は人殺しが好き。ゼータは人助けが好き。僕は植物が好き。ゼータは人が好き。僕はエクセレイを破壊したい。ゼータはエクセレイを守りたい」

「……二重人格か」

「ご名答。だからこそ、かの生ける伝説のマギサ・ストレガの包囲網にも引っかからなかった。僕というテロリストをこの国に運んだのは、何を隠そう優しい子どもたちの味方、ゼータ先生だよ」


 男の口元が悪辣あくらつに歪む。


「手前」

 ショーの鱗が逆立ち、魔力が噴き出す。


「楽しみだねぇ、あの能天気なゼータが次起きる時は。守りたかった子どもたちを、自分が丹精込めて育てた植物たちが食い荒らす姿を見るのさ」

「貴様は殺す」

「ゼータごとかい?」

「……あの人は、この惨状を知らないまま死んだほうがいい」

「はは!その通りだね。そうだ、まだ自己紹介をしていなかったね。初めまして、マギ・アーツ担当教官、いや、レギアの軍の犬と言った方がいいかい? まぁ、いいや。初めまして、ショー君。僕の名前はオゾス・ダシマ。君を殺す者の名だよ」

「死ぬのは手前だ!」


 ショーが植物の魔物の群れに突っ込んだ。






 ロッソは都を疾走していた。


 街中では暴徒と化した冒険者がギルドや民間人を襲っている。先ほどはテラ教の教会も強襲したと聞いた。ルーグ師匠はそれを聞き、すぐさま教会の援護へ行った。あそこを守らなければ、この暴動が終わった後も治療が受けられずに死亡する人間が多発する。そして、川や水道に投げ込まれた毒を浄化できる人員が不足し、オラシュタットの都市機能が停止する。


 冒険者は選択を迫られた。

 自分たちの所属先であるギルドを守るか。

 オラシュタットを守るか。

 ルーグ師匠はオラシュタットを選んだ。


 自分はどうする?


「どこにいるんだよ、ノイタ!」


 ロッソはパーティーメンバーを選んだ。


 学園が魔物の襲撃に対処している時、教師の静止を振り切り学園を飛び出したのだ。あそこは安全だ。自分が逆立ちしても敵わない教師がたくさんいる。

 高等部二年にして、マギ・アーツ実技の首席をとったロッソだからこそわかる。魔物に襲われている今でも、学園は都では安全な方だと。


 街道では襲われて絶命する行商の男がいた。


火柱滑走小道バーニングレーン!」


 ロッソは歯ぎしりしながらそれを見て見ぬふりして先を急ぐ。


 あの少女を守らなければならない。

 コーマイでは彼女の同族が国家転覆を諮った。それ以来、街を歩く彼女に石を投げる者すら現れた。都が混乱している今、気が動転した人間が彼女を攻撃する可能性は大いにありうる。

 彼女の傍にいられる人間はもう、ほとんど限られているのだ。


 まずは自分が傍にいなければ。


 ロッソはがむしゃらに足を動かし続けた。


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 魔物のモデルは、ミセスブラッドショーというバラ科の花です。

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