第126話 戦果は

 目が覚めたら割と知っている天井だった。


 この部屋は、確かトウツとフェリが泊まっている宿の一室だ。首を横に振ると、犬型になった瑠璃が一緒に寝息を立てている。黒くてつやつやした毛並みが美しい。初めて会ったときは時は野犬のようだったが、今ではすっかり家犬である。魚類の形をした尻尾が優しく俺の腹の上に乗っている。


「お早う。」

 横合いから声が聞こえる。


 フェリだ。


「お早うぶ。」


 目の前がグレーの色に覆いつくされる。フェリに抱きしめられたのだろう。


「心配したんだから。」

「ごめん。」

「2日寝ていたのよ。」

「すまん。」

「いい加減、学習して。」

「……はい。」


 満足したのか、フェリが俺を離す。

 戦いが終わる度に魔力切れ起こしている気がする。いい加減、まともに生還したいものである。


「フェリも、無事だったんだな。」

「何とか、ね。黒豹師団の人たちが壁になってくれたから。私一人だったら、大けがしてたと思う。」

「……そうか。トウツは?」

「クエストの報酬を受け取りに行っているわ。私を助けたこともあるし、黒豹師団にいくらかの分け前を配るつもり。」

「そうだろうな。」


 俺は黒豹の男を思い出す。そうか、あの人、フェリを守ってくれたのか。

 今度会った時は礼を言わなければ。


「ねぇ、フィオ。」

 フェリが俺を本名で呼ぶ。


「何だ?」

「貴方のその癖、どうにかならないの?」

「癖って?」

「トウツはフィオよりも強いわ。本来、フィオが庇う必要なんて、全くないの。これは私があの女とそりが合わないから言っているんじゃないのよ。」

「——わかってるよ。」

「初めて私と会った時も、ゴブリンメイジの死光線トート・ルーチから庇おうとした。ゴブリンアーチャーの呪いからもね。瑠璃と初めて会った時も、敵なのに命がけで救おうとしたと聞いたわ。貴方、自分の命を簡単に捨ててかかるけど、その癖は止めた方がいいわ。私もトウツも瑠璃も、フィオに守ってもらうほど弱くはないわ。」

「それはわかっているけど。」


 もやもやした、名状しがたい気持ちがせり上がってくる。俺は託宣夢で10代半ばまで死なないことが決まっている。だからこそ、こういった判断も躊躇なくできるのだ。

だが、それを説明するには俺の死にゆく未来をトウツやフェリ、瑠璃に教えなければならない。

 それは嫌だ。もしそれをして、死ぬ人間が俺だけでなく彼女たちも加わるのだとしたら、俺は死んでも死にきれない。


「とにかく、自分を大切にして。フィオが私たちを守りたいくらい、私たちも貴方を守りたいの。私たち、パーティーでしょう?」

「……ああ、わかったよ。」


 太ももからずくずくと鈍痛がする。奴隷印がフェリのお願いを命令と判断している。それも、かなり強い命令だ。痛みの質が今までとは違う。

 この痛みはフェリの優しさなのだと思うと、喜ばしいものだと思えてくる。


「フェリ。」

「何?」

「ありがとう。俺を大切にしてくれて。」

「……今更よ。」


 フェリがぷいっと明後日の方向を向く。

 尖った耳の先が赤い。相変わらず分かりやすくて、優しい人だ。


「ラブコメの波動を感じたので、壊しに来た。」

 バアン、とドアを開けてトウツが入ってきた。


 瑠璃が跳び起きる。


『な、なんじゃ? 敵襲か? む、わが友起きたのか!』

「心配かけてごめんよ。」

 俺は顔を懐に潜らせた瑠璃を抱きすくめる。


『ルビーも飛び回っておるぞ。』

「ありがとう。」


「フェリは心配性だな~。ギルドの回復役ヒーラーも安静にしていれば大丈夫って言ってたじゃん。」

 トウツがフェリに言う。


「フィオを抱きかかえて、私たちを放って先に帰った貴女が言うことかしら。私や黒豹師団もけが人だらけだったんだけど。」

「いや、そこはほら。優先順位があるじゃん?」


 トウツが目を泳がせる。

 こいつ、フェリを庇ってくれた黒豹さんたち放置したんか……。


「ちょっと黒豹師団にお礼言ってくるわ。」

 ベッドから跳び下りる。


「寝て。」

「寝なさい。」

『寝るんだわが友。』


 速攻でベッドに戻される俺。解せぬ。


「心配しなくても、そこの迷惑料含めてかなりの配分を黒豹師団に割いたよ。向こうが遠慮するくらいの報酬を押し付けたから、快調してから尋ねればいいんじゃない?」

「そっか。ありがとう、トウツ。」


 トウツが目を細める。


「あ!」

「ん?」

「そういや、報酬はどうなった!?」

「…………。」

「…………。」

『…………。』

「いや待って。何でみんな黙るの?」


 他の3人が気まずそうにアイコンタクトをする。時々瑠璃が虚空に目線を送るのは、ルビーがいるからだろう。何か、嫌な予感がする。


「それがね、フィオ。アースドラゴンの最後の吐息ブレスはね、自爆技だったんだよ。」

「自爆。」

「そう。」

「つまり?」

「素材がほとんど残ってなかった。」

「え“。」

「でも安心して。プラス収支だから。瑠璃がちゃんとはがれた鱗を地中に埋めてたみたい。折れた片方の角もね。それだけで、普通のB級以上の素材価値があった。角の一番固いところと、状態のいい鱗は加工すれば武器になるので、そのままもらったよ。それ以外を黒豹師団と折半して売り払って、手元に残ったのは1500万。」

「ということは?」

「おめでとう。フィオの借金は返済です!」

「やったあああああああああああああ!」


 ベッドの上で頭と足でブリッジして喜ぶ。腰が痛んですぐにうずくまったが。

 でも、やった。やっと借金漬けから解放される。トウツに定期的に体を要求される生活からも解放される!命をかけた甲斐があるってものだ。


「もうしばらくは借金してても良かったんだけどね~。僕的には。」

「嫌だね!2度と借金するかばーか!」

「時々フィオは年上じゃないんじゃないかと思えてくるよ。」

「フィオ、おめでとう。」

『よかったのう。わが友。ルビーも喜んでおる。』

「ありがとう!フェリ!瑠璃!ルビーも!」


 頭上で飛んでいるであろう、ルビーに向かって、喜びの声をあげる。


「ありがとう!ありがとう瑠璃!お前はやっぱり出来たやつだなぁ!」

『当然だ、わが友。療養期間は存分にわしの毛づくろいをすると良い。』

「言われなくとも!」

「でも、あのアースドラゴン輝石種をまとめてギルドに持っていけば、本当に一生働かなくていいくらいのお金が入ったんだよなぁ。」

 トウツが座りながら言う。


「…………マジ?」

「マジ。」

「鱗だけで2千万くらいしたもの。あの鱗は言ってしまえば宝石の塊よね。錬金しがいのある素材がたくさんあったわ。全身あればどのくらいになったのかしら。」

「あの個体だけの特徴だから、比較できないらしいんだよねぇ。」

「そっか。そうかぁ……。」


 喜びがさっと引いていく。

 それだけのお金があれば何を出来ただろうか。冒険者としての装備とか、もっと整えられた気がする。


「でも気を取り直して、フィオ。アースドラゴンの角と、宝石ではない頑丈な鱗は手に入ったから。これで私と一緒に武器を作りましょう?」

 フェリが言う。


「……わかった。そうだよな。落ち込んでも意味がない。」


 そこで、俺の頭の中にふと疑問が浮かび上がる。


「なぁ、トウツ、フェリ。」

「うん?」

「何?」

「ドラゴンって、そもそも自爆する種族だっけ?」


 違和感の正体はそれである。竜は魔力の塊であり、魔物の中では絶対的な力を誇る種族だ。ゆえに、敵と戦う時に自分が負けることなど想定の範囲にいれない。自爆という、負けることが前提の戦術など持ち合わせるわけがないのだ。

 そういった攻撃は、爆弾魚ボマーフィッシュのような弱い種族の専売特許である。


「ないねぇ。僕は聞いたことも見たこともない。」

「私もないわ。」

「だよなぁ。学園の本にも、師匠の書斎にもそんな竜はいなかった。」


 頭の中で疑問が更に匂い立ってくる。


「————魔王?」

「かもね。」

「あり得るわ。」


 少しずつ、着実に魔王とやらはこの世界に根をおろし始めている。

 気づいて動き出しているのは俺たちやクレア、エイブリー姫と一部の人間のみだ。

 この変化に世界は付いていくことができるのだろうか。


 不安が俺たちの頭の中を支配し始めていた。

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