第127話 フィオ、8歳
「え、本当ですか。」
「うむ、おめでとう。これよりフィル・ストレガ、トウツ・イナバ、フェリファンの3名が所属するギルドのA級への昇格を認める。なお、フィル・ストレガ君に関しては、満14歳の誕生日に、即日A級ライセンスが与えられることを確約しよう。」
「いやったぁー!」
ラクス・ラオインギルドマスターの認定の言葉に、俺たちは跳びあがった。
とは言っても、跳びあがったのは俺と瑠璃だけである。トウツは相変わらずニマニマしており、人に祝福され慣れていないフェリはおどおどとしている。
俺は8歳になった。
相も変わらず身体と魔法を鍛える日々。学園と冒険者の二重生活を続けている。先のアースドラゴン輝石種の討伐と、その後の冒険者としての活動が認められ、ついにA級として認められたのだ。
「やるじゃねぇか坊主!」
「流石伝説の婆さんの弟子!」
「学園の至宝!」
「エクセレイ王国は安泰だ!」
周囲の冒険者たちが口々に褒めたたえてくれる。
だが、彼らが俺たちを褒める意図に俺は気づいている。
男衆たちがバーの酒樽と俺を交互に見つめている。気持ちは分かるが、あからさますぎない?
俺はちらりとトウツを見る。
「トウツ。音頭を取って。」
「え~、嫌だよぉ。そんなことしたら酔った男たちに勢いでセクハラされるじゃん。」
「わ、私も無理。こんなたくさんの前で喋るなんて……。」
「瑠璃。」
『喋れないわしに振るとは、焼きが回っとるのう。わが友。』
えぇ。いやだって、恥ずかしいじゃん。
ええい、ままよ。
「マギサ・ストレガの弟子、フィル・ストレガが宣言する!今日のここの酒代は全て俺たちがもつ!好きなだけ飲め!」
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」
俺の号令に合わせて冒険者たちがバーカウンターに殺到する。
うわっ。バーテン吹っ飛ばされたぞ。大丈夫かあれ?
いや、大丈夫だ。
「少し前まで借金漬けだったのに奢りなんて、フィルも出世したね~。」
トウツがカクテルを傾けながら言う。
「今日の酒代で、またゼロになりそうだけどな。」
「今回は3人でもつから、大丈夫よ。」
フェリが果実の水割りを飲みながら言う。
飲めはするらしいが、ダークエルフなので加工されたものは好まないのだ。お酒も然り。
「おいストレガの弟子!主役が飲まないでどうする!」
屈強な冒険者の男が俺に絡む。
「いや、俺は未成年ですから!」
「いいから飲め!」
「未成年つってんだろ!アルハラすんな!」
身体強化してドロップキックをして男を蹴り飛ばす。
他の冒険者たちが吹っ飛んだ男をキャッチして狂ったように笑う。俺に吹っ飛ばされた男も地面でじたばたしながら笑っている。何だこれ。
こういった風景はよく見たことがあるが、自分が参加するのは初めてだ。
「フィル、ここに馴染んできたね。」
フェリが言う。
「そうかな?」
「でも、野蛮すぎるところには染まらなくていいと思うわ。」
「いや、ごめん。」
でも、あのくらいしないとあの人たちわかんないんだよ、本当。冒険者という生き物は、人の話を聞かないやつがほとんどなのだ。
「あー、そのいいか?」
ラクスさんが話しかけてくる。
「あ、すいません。終わったら掃除手伝います。」
「いや、それはいいのだ。その仕事も含めてギルド職員はそれなりに高給取りにしてある。」
「なるほど。」
「そうじゃなくてな、お前さんら——。」
ラクスさんが俺たちを眺める。
「いい加減、パーティー名決めてくれないか? 事務処理の時面倒なんだ。」
「え、パーティー名まだ決まってなかったの?」
そう言ったのは、ルークさんだ。
「何だ、決めていたと思っていたのだが。まだだったのか。」
隣では、黒豹師団のリーダー、ナミルさんが言う。
ちなみに、二人とも自分の酒代はちゃんと出していた。大人だ。
いや、他の冒険者が子どもというわけではないけども。
ちなみに、これも冒険者の慣習である。先に出世している冒険者は、後輩からの施しは受けない。自力で稼げる人間は自分で金を払う。
稼ぎのいい人間が奢る慣習があり、逆に稼げない人間は奢ることが出来ない。
言ってしまえば、力の弱い冒険者を経済的に援助するセーフティネットのような考えから来ている。この不文律のおかげで、力の強い冒険者が弱い冒険者をカツアゲすることも防いでいる。完全に防げているわけではないけども。
「実は、そうだったんです。」
「何でよ。パーティー名は顔よ。貴方たち、今まで顔なしで活動してたっていうの?」
小人族の魔法使い、アルクさんも言う。
「顔なし」という言葉に一瞬心拍が上がる。千両役者の仮面で、実際顔なしのようなものだから、変な罪悪感が胸の奥からせりあがってくる。
その罪悪感を抑えながら、俺は口を開く。
「すいません。何かずっとすることがあって、考えてなかったので。」
「そっちの兎はどうなのよ?」
「アルクちゃん、僕にネームセンスを求めるのはお門違いだな~。」
「アルクちゃん!?」
アルクさんが目を丸くする。
「すいません。距離感が近いやつなんですよ。」
「いや、ちゃんとしつけときなさいよ!というか、あんたの方が子どもよね? 何でこっちの兎の方がいつも自由なのよ!前から言いたかったけど!」
「それは、もう、トウツなんで。すいません。」
「意味わかんないし。そっちの魔法使いは!?」
「ひぃ。あ、あ、あ。」
急に話を振られたフェリが慌てふためく。
フェリ、自分に話が来ると思ってなかったな。
「え、ごめん。聞いちゃいけなかった?」
「い、いえ。大丈夫です。」
フェリがローブできゅっと顔を隠す。
「子どものあんたがリーダーしてるの、何となくわかったわ。」
「分かりますか。」
「えぇ。うちのルークみたいなやつね。」
「はうあ!」
突然の流れ弾にルークさんがうめく。
この人、あらゆる悪運を吸い取ってそうだよなぁ。民衆の前ではカリスマの塊なんだけども。
「酷いじゃないか、アルク。」
「五月蠅いわね。大体、ルークの足がもっと速ければとっくの昔に
何故か矛先がルークさんへと向かう。
「うう。」
「まだ、捕まえてないんですか?」
「何よ。自分らなら捕まえられるっていうの?」
ぶすっとしてアルクさんが言う。
「いえ、そういうわけではないんですけども。」
「あいつ。ルークに勝てないってわかってる。賢いわよ。腹立つほどにね。感知の範囲内に入れば、全力で逃げの一手を取られるわ。難しいのよね。戦う気のない敵を倒すの。都のA級パーティーで、足の速いやつらも連れて行ったんだけど、これも駄目。高速で移動しながら死霊高位騎士にダメージを与えられる人材がいないの。」
「でも、諦めるわけにはいかない。」
隣から、ルークさんが言う。
移動制限の撤廃。
それも
不思議なのは、この国から脱出しないという点。本当にルークさんたちから逃げたいのならば、とっくの昔にエクセレイ王国を出ているはずなのだ。素体がこの国の近衛騎士の鎧だから、故郷を出ることがはばかれるのだろうか。
「僕らが追いかけている間は、あの死霊高位騎士の被害はほとんどない。次は捕まえるよ。必ず。」
「……うちのトウツを使うのは、どうですか?」
隣で「え、僕?」とトウツが言う。
トウツならば、高速で動きながらの戦闘が出来るはずだ。俺の見立てでは、都で一番のはずだ。
フェリは会話に入るのが怖いのか、瑠璃の毛づくろいを始める。
「それよ。あんた、普段どこにいるの? 個人で仕事とって、いつも留守なのよね。」
「えへへ~。それは秘密だなぁ。」
「え、そうなのか? トウツ。」
「はぁ? あんた知らないの?」
「はぁ。」
「あのね、子どもに言うのもなんだけど、リーダーならパーティーの現状把握くらいしておきなさい。同じ小人族として恥ずかしいわ。」
「すいません。」
「アルク。大人気ないよ。」
「ふん。」
ルークさんにたしなめられ、アルクさんが鼻を鳴らす。
「で、パーティー名は結局どうなんだ?」
ナミルさんが口を開く。
声は小さいが、低く通る声なので皆が反応する。
「え、トウツ、つけてよ。」
「い~やだよ。僕のネームセンスはハポン由来だもん。この国の人が聞いてもなんじゃそりゃって言われるよ。」
「そうか。フェリは?」
「む、無理。」
他の人に顔を合わせたくないのか、ローブから顔を出さないフェリ。
都に来てから人見知りが加速してない?
「じゃあ、フィル。お前が決めるしかないな。」
「ゆっくりでいいんだよ。」
ナミルさんとルークさんが優しく言う。
「あんたは人のこと言えないでしょ、ルーク。いつまで経っても決めないから私らのパーティー名だって、ソムとボウに投げたじゃない。」
「う、ごめん。」
「そんなんだから英雄に担ぎ上げられるのよ、あんた。」
「うう。僕だってしたくてこんなことしてるわけじゃない……。」
ルークさんがさめざめと泣き始める。
いつの間にか、テーブル上のグラスが4つも空になっていた。弱いのにペースが早い。というかこの人、泣き上戸だったのか。
「まぁ、あれだな。フィル、これは宿題というやつだな。」
ナミルさんがそう言ったところで、酔った黒豹師団の面々が超高速でテーブルに被弾してきたので、俺たちは転がり出る様にギルドを後にした。
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