第128話 学園生活19
「フィル、Aランクパーティーおめでとう。」
「おめでとうフィル!」
「あたしが14歳になったら、すぐ追いつくけどね。」
「フィル君、えっと、おめでとう。」
アルと俺の部屋で、いつものメンバーで小さな祝賀会をした。
まだ俺との距離をとりたいのか、控え気味に祝福する妹がとても可愛らしい。
クレアと俺はどうしてもアルやイリス、ロスという共通の友達がいるため、こういった付かず離れずの関係が続いている。
いつも一緒にいるのに、友達と知り合いの間のような関係。
俺としては、日々実妹の姿を見れるだけで幸せというものだ。
部屋のソファの脇では、瑠璃が気持ちよさそうに居眠りしている。
「A級と言っても、俺はまだ冒険者じゃないけどね。」
「それでもすげえじゃんか!
元気よくロスが言う。
「フィル、えっと、これ。」
アルがおずおずと本を取り出す。
「これは?」
「うちの書庫の奥にあったやつ。学園にない本をフィルは読みたいだろうと思ったから。」
「いいのか!?」
本は高級品だ。こんなもの、もらっていいのだろうか。
「うん。父さんも、お友達が喜ぶならって。僕も、リラ先生のこと、ちゃんとお礼出来てなかったし。」
「そんな事いいのに。というか、俺のせいで二人で奉仕作業になっちゃったもんな。」
「おいおい、何も悪いことしてないのに一緒に掃除した俺が一番偉いんじゃないの!」
「確かに、ロスの言う通りだ。」
「ちなみに、俺は何も考えてなかった!今度組手の相手になってやるよ!」
「ははっ。ロスはそれでいいよ。」
誕生日プレゼントを準備しないという所が、子どもらしいし、ロスらしい。
「はい。」
「え?」
「え? じゃないわよ。はい、これはあたしから。」
「イリスが?」
「そうよ。」
「俺に?」
「そうよ!何か変なの!?」
「いや、変じゃないけども。」
まさかイリスに祝福されるとは思わなかった。
「A級のお祝いだけじゃなくて、誕生日プレゼントでもあるのよ。アルもそう。あたしたち皆慌ててプレゼント準備したんだからねっ。ロスはすぐに諦めてたけど。大体、何であんた誕生日言わなかったのよ。クレアと10日違いなら、一緒に誕生会をすればよかったのに。」
「いやぁ、ごめんごめん。忘れてた。」
「普通自分の誕生日忘れる!?」
「森暮らしが長かったんだ。」
「あんたそれ、困った時の言い訳に使いすぎ。」
げ、ばれてた。図星を突かれた。8歳児に。小癪な。
ちなみに誕生日はわざと違う日を学園に報告している。クレアと同じ誕生日にするわけにはいかないからな。
「開けていいか?」
「いいわよ。」
包装を開けると、そこに入っていたのは俺の二の腕ほどの大きさの木片だった。
でも、俺はすぐにそれが何かわかる。
「魔法具の媒体か!すげえ!こんなに魔素の密度が高いものなんて見たことない!加工すればいいものになる!」
「イヴお姉さまがそれをやれば一番喜ぶって言ってたけど、本当なのね。」
「ありがとう!イリス!」
俺は満面の笑みを浮かべた。
「う、まぁ、そのくらい喜ぶなら準備した甲斐もあるわねっ。」
「イリス、さっきまで『これでいいのかしら。あいつ喜ぶかな。』とか言って痛ぇ!?」
口を挟んだロスがイリスにローキックされる。何してんだこの2人。
「わ、私からはこれ。」
クレアがすっと俺に木箱を手渡す。
箱にはコヨウ村でよく見たエルフの幾何学模様があしらってある。
「いいのか?」
「……いい。」
そう言って、クレアはイリスの後ろに下がる。
「開けても?」
「いいよ。」
「あんた達、いい加減あたしを挟んで会話するのやめてくれる?」
「すまん。」
「ごめん、イリスちゃん。」
「全くもう。」
イリスがため息をつく。
クレアが俺を微妙に避けているのは、事情を知らない人間から見れば奇異に映るはずだ。イリスも、アルもロスもそれには深く言及しない。
優しい子どもたちだ。俺が8歳の時なんて、鼻垂れてたぞ?
俺は木箱をそっと開ける。
「これは?」
「櫛よ。フィルは綺麗な髪をしているのに、全然手入れしてないから。」
「あー、それ、あたしも気になってたわ。一つ結びにしているし、綺麗なかんざしもしているのに、何でそんな適当なのよ、あんた。」
「え、手入れした方がいいのか?」
「そんだけ伸ばしてるなら手入れしなさいよ。」
「え、俺別に伸ばしてないぞ?」
「は?」
「切らずに過ごしてたらこのくらい伸びただけ。」
「はぁ~。」
イリスがため息をつく。
「あんた、こっちに来なさい。」
「何で?」
「いいから!」
言われるがままに俺はイリスの方へ行く。
「椅子に座って。」
「はい。」
髪を優しく引っ張られる感じがした。イリスが手で俺の髪をすいているのだ。妙にくすぐったくて、身じろぎする。
「動かないで。」
「はい。」
「大体、何で手入れしていないのよ。使い魔の瑠璃ちゃんにはいつもブラシしているじゃない。何で自分にしないのよ。」
「いや、女の子ならわかるけど、俺男だぞ?」
「汚い男の子は嫌い。」
「めっちゃ刺さること言うやん。」
俺はされるがままになる。頭からかんざしが抜かれる。
クレアからもらった櫛で髪を綺麗にすいていく。
小さな女の子に髪をいじられるというのは、かなり気恥ずかしいものがある。だが、イリスの好意を無視するわけにはいかず、俺は石のように固まる。
おい、ロス。ニヤニヤするんじゃない。
「イリス、それ、持ってていいか?」
「これ?」
イリスがかんざしを顔の前に持ってくる。
「そう。」
返事しながら受け取る。
「ふーん。大事なもの?」
「ああ、とても。」
「そう。」
「へー。フィルにも宝物ってあるんだな。」
ロスが会話に入る。
「そりゃ、俺にだって宝物くらいあるさ。」
「いつも身に付けてるよね。」
アルも会話に入る。
「ああ、これだけはなくしたくないからな。」
「……それ。」
「どうした? クレア?」
「エルフの民芸品?」
「……あー、貰い物なんだ。」
困った。どう言い訳したものか。
「エルフの民芸品が人の町にあるのは珍しいわ。」
「そうなのか?」
「ええ、それと、ずっと思ってたんだけど。そのかんざし、私見たことがある気がする。」
「そうか。気のせいじゃないか?」
「そうかしら?」
「そうだよ。」
そう。きっとそう。だからクレアちゃん。マイラブリーシスターよ。その浮かび上がった疑問に蓋をしておくれ。
少し考え込んだクレアは、しばらくして思い出すのを諦めたようだった。
せーふ。
認識阻害の魔法でも練習した方がいいかもしれないな。滅茶苦茶難しいけども。
「そういやさ、そろそろ実地訓練だよな。」
ロスが言う。
「そうね。あたし、クレアと同じ班がいいなぁ。」
「私も。」
「同じくらいの力になるようにされてるから、難しいんじゃないかな。」
イリスとクレアにアルが言う。
「だよなー。そうなると、ここの5人はバラバラになるよな。」
「実地訓練って何だ?」
俺がロスに尋ねる。
「ああ、そういやフィルは初めてだっけ。」とロス。
「でも、今さらフィルに必要かしら。」とイリス。
「が、学校の決まりだから。」とアル。
「油断は出来ないわ。人はいつ死ぬかわからないもの。」とクレア。
「いや、だから結局なんなのそれ。」と俺。
ロスがにぃっと笑う。そこ抜けた人懐っこい笑顔だ。
「魔物討伐の実地訓練だよ。」
思い出した。アルにトラウマを植え付けた訓練だ。実力を過信した上級生に巻き込まれ、アルが魔力暴走を起こした訓練である。
俺は思わず、アルの方を見た。
「大丈夫だよ、フィル。僕も何とかするから。」
「本当か?」
「うん、僕、今なら出来ると思う。」
「……強いなぁ、アルは。」
「フィルがそうしてくれたんだよ?」
アルが爽やかに笑う。
可憐でいて、凛々しい性別誤認スマイルである。
俺は思わずその笑顔の虜になってしまう。絶対こいつ生まれてきた性別間違えてるわ。俺が転生したこと以上の世界のバグだろう、これ。
ふと見ると、イリスの隣に俺と同じような恍惚とした顔でアルを見つめている人物がいた。
クレアである。
妹様である。
マイラブリーシスターである。
え、ちょっと待ってクレア。その顔は何? めっちゃアルの顔凝視してるやん。
「——アル。」
「何? フィル。」
アルは相変わらずキラキラした笑みをしている。
「みんなが帰ったら真面目な話がある。」
「え、何の話?」
「ここでは言えない。大事な話なんだ。お兄さんとの約束だよ?」
アルの細い肩をつかんで、顔を近づける。
周りの3人に気づかれないように、こっそり
威圧の魔法はアルをまとっている白い魔力にあっさり掻き消された。え、威圧ってオートガードされる魔法なの? 何この子。同じ人間?
「う、うん。わかった。」
剣呑な雰囲気を感じたのか、アルが神妙に頷く。
よしよし。今晩はお兄さんがみっちり恋のイロハを叩き込んでやろう。
妹の幸せのためならば、俺はルームメイト相手でも容赦はせんぞ。今夜は寝かせないからな!アルゥ!
「フハハハハハ!」
「フィル、何か怖いよ。」
「時々壊れるよな、フィル。」
「あたし、こいつに決闘で負けたのよね。」
今日も学園の夜が更けていく。
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