第267話 世界樹行こうぜ!世界樹!10

「ポーション、よし。薬草、よし。退路、よし。魔力、よし。とりあえずよし!」

『最後雑すぎやせんかの?』

「計画は実行しなければ意味がない!完璧な計画ばかり立てようとしたら実戦に移れず、戦いは机の上だけで終わるのだよ瑠璃君!」

『どういうテンションなんじゃ』

『カー!』

「ナハトお前!そのカーは馬鹿にしてるカーだろ!」


 がーっ!と俺が威嚇すると、ナハトがバサバサ飛び立って俺をあおる。マギサ師匠、どうやってこいつを手懐けてたんだよ。意味わかんねぇ。


 今日はチャレンジの日だ。

 サラマンダー討伐の、である。ジガンテファイアゴーレムはおおかた狩り尽くしてしまった。魔力量は跳ね上がったが、いい加減他の魔物も倒さないと、天井が来てしまう。安定して倒せる魔物からもらえる魔力で、自身が望むべく急成長などありえないのだ。


 サラマンダーはゴーレムの次に動きが単調だった。それでも速すぎてかわすのがやっと。頑丈すぎて攻撃が通らない。

 いや、雷魔法を使ったり、後のことを考えずに魔力を消費したりすれば倒すことだけはできただろう。でも、それをしたら漁夫の利を狙う魔物に食べられるのがオチである。

 でも、算段がついた。

 この作戦は、ともすれば対人でも使えるかもしれないのだ。やってみる価値はある。


 ということでサラマンダーである。


「お〜い、サラマンダーやーい」


 生息域でぽてぽて歩きながらサラマンダーを探す。群れで過ごさない種族なので、安心して堂々と探すことができる。神語を使ってないのも、それが理由である。もし群れで生息する連中であれば、群れから離すところからしなければいけないので、とても手間がかかるのだ。奴が単独行動でよかった。


「へいへいビビってんのかよ!かかってこいよ!俺にかかればちょっとジェット噴射できるトカゲ程度、ちょちょいのちょいちょいちょいよ!」

「わん!」「カー!」


 俺の叫び声に瑠璃とナハトが合わせる。

 ナハトのやつ、空気読まないように見えてこういうのは乗ってくるんだよな。


「ガア!」


 溶岩窟の角から現れたトカゲには、余計な羽が生えていた。


「ワイバーンお前じゃねぇよ!」


 ぎゃあぎゃあ叫びながらまた、俺たちは逃げる羽目になった。







「いやだね。ぜったいに、いや!」


 港町の家屋の柱にしがみ付き、みっともなくわめく人間がいる。何を隠そう、無彩色に来たる紅モノクロームアポイントレッドのメンバー、トウツ・イナバである。


「何を子どもみたいに駄々をこねていますの!再三行くと言っていたではありませんの!」


 そのトウツを後ろから腰に腕を回して引っ張っているのは聖女ファナ・ジレットである。トウツが柱から手を離してしまえばジャーマンスープレックスになってしまうのだが、ファナはもうそうなってもいいやと思いながら全力で引っ張っている。後ろにいるフェリファンもそうならないかな、などと期待している。


「はは。あい変わらずトウツは我が儘じゃのう!」


 船の上から声が聞こえた。

 トウケン・ヤマトだ。

 船の縁に両腕を乗せて、楽し気にかつての部下を眺めている。


「頼むから、そのみっともない姿を晒さないでくれない? 御庭番のブランドが傷つくんだけど。糞兎」

「いやアズミよ。その口の悪さもハポンの権威を落とすからな?」


 横でトウツに悪口を唱える部下に、トウケンが突っ込みを入れる。

 後ろでは、ハンゾーがため息をついている。


 トウツもアズミも、ハポンの将来のホープだ。罪人であるところのトウツがハポンに戻れる日が来るかはわからないが、これだけの才能の持ち主である。衆目でトウツがトウケンへ謝罪。トウケンが受け入れるパフォーマンスをすれば、十分国へ戻れるだろう。たぶん。もしかしたら。めいびー。

 それにしてもである。

 将来を担う若手2人がこうもアクが強い人間だと思うと、先行きも不安になるというものである。


 ここはエクセレイの港町。船の行き先はハポンだ。ヘンドリック商会の人間たちは、船に積荷を乗せながらトウツ達の問答を困った顔で見ている。積荷が終わればすぐに出航だ。他のお客さんも既に乗っているので、急いで欲しいという表情を浮かべている。


「マギサお婆様に言われたじゃありませんの。私たちが更に強くなるには、ハポンが最適だと」

「い・や・だ・ね!あっち行ったらクソ親父と顔合わせる羽目になるじゃん!絶対いや!いーっだ!フィル!フィルはどこ!? フィル吸引したい!」

「貴女ね……」

 呆れてフェリファンがつぶやく。


 彼女は週に一度、猫吸引ならぬフィル吸引をしていた。結果として定期的にフィルをキメないと落ち着かない体質になってしまったのである。何だそれ。ちなみに吸引されているフィルは、悟ったような表情でされるがままであったことをここに記述しておこう。


「アズミ、ハンゾー。聖女どのを手助けしてやれ」

「いいのですか?」

「旅の道連れじゃ。仲良くなるに越したことはない」

「若様、そうなれば今まで以上にトウツに避けられると思いますけど」

「アズミよ。元上司である余にとって、あの兎の監督責任が問われておるのじゃ。これ以上ハポンの醜態を晒させないでおくれ」

「あの兎は存在自体が醜態だから、今更遅いと思いますけどね」


 そう言い残し、アズミが船から飛び降りる。

 周囲の人間が驚く。ゆうに10メートルの高さから飛び降りたからだ。


「全く、忍びであれば少しは忍ばんか」

「若様、今更です」

 トウケンの苦言にハンゾーが畏まって応える。


 音もなく着地したアズミは、すたすたと柱にしがみつくトウツへ近づく。


「えい」

「いって」


 柱に捕まっていたトウツの手を、アズミが手刀で弾いた。手の力が抜けるトウツ。そのまま、ファナがブリッジしてジャーマンスープレックスを成功させる。トウツは頭を強かに石畳の地面に叩きつけられた。


「う、ぐ、おおお」

 美女が出してはいけないうめき声をしながら、トウツが四つ這いに頭を抱える。


 その横では、ファナとアズミが無言でエルボータッチをして連携プレーを讃えあう。


「何なのかしら、これ」

 横でたたずむフェリファンが、独り言のように呟いた。




「先ほどはお見苦しいところを、申し訳ありませんわ」

「よいよい。旅の道連れは元気がある方が楽しいからの」

 ファナの言葉にトウケンが鷹揚に答える。


 ファナは狂人だが聖女だ。自身の狂気をある程度コントロールできる。トウケンという、異国の要人の機嫌を損ねるのは教会としてはあまりよろしくない。特にハポンは珍しいテラ教以外の宗教が混在する国だ。対応を誤れば国そのものがテラ教の障害たりうるのだ。

 彼女は潜在的にこういった場面では常識的なやりとりができるのだ。ちなみにラクタリン枢機卿はいくらでも馬鹿にしていいし、地元の教会は定期的に焼き討ちして良いとする。


「トウケン様たちは、なぜ一度帰国しますの?」

 海を眺めながら、挨拶ついでにファナが尋ねる。


 ちなみに後ろでは、トウツとアズミがアクロバットにクナイを投げ合って軽い殺し合いをしている。

 フェリファンが錬金した壁の後ろでヘンドリック商会の人々が「おお〜」と歓声を上げつつ観戦している。


「父上に呼び戻されたのじゃ。こっちは今危ないからの。全く、引き際くらい心得ておるのに」


 トウケンがげんなりと呟くと、出航した。




 トウツ達一行がハポンへ訪れる理由は、本人達の実力を上げることが主目的である。トウツのもたらした情報によると、ハポンには良質なクエストが多く残っているとのことだ。トウツはお庭番としての鍛錬を全て終了せずにハポンを追われることになった。本人は認めたがらないが、例の「糞親父」とやらから学べることはまだあるはずというのだ。それはエクセレイに滞在していたハンゾー・コウガ達でも教えられないことらしい。


「有用なクエストだと、例の8つ首の竜とかですの?」


 客室でファナがトウツに尋ねた。


「あれは本当に稀にしかでないから、見つけるのも難しいのかも」

「そうですの」

「ちなみにあっちでは、魔物ではなく魍魎と呼んでいるねぇ」

「文化がだいぶ違うのね」

「フェリちゃんも、イヤリングつけずに堂々としていいと思うよ?」

「……それは本当かしら? ダークエルフが大手を振って歩けるところがあるなんて」


 フェリファンが驚き、訝し気にトウツを見る。


「そもそもあっちにエルフはいないからねぇ。似た役割を担う種族はいるけども」

「さしものエルフも、海を越えようとは思わなかったのね」

「森に引きこもってるからね。あの引きこもり種族」

「それ、私の前で言う?」


 トウツの直線的な物言いに、フェリファンが苦言を呈する。


「それと協力の申し出、ですのね」


 ファナが書状を見つめる。

 そこには王家の紋章で封がしてあった。

 対魔王の協力を求める書状である。エクセレイが落ちれば、近海のアトランテも恐らく落とされるだろう。そうなれば、周囲を海で囲まれたハポンは水生の魔物から甚大な被害を受けるだろう。魔物の力を活性化させることが出来る魔王だ。必ずそうするだろう。ハポンは島国ということから大陸の情勢に大きな影響を受けずに今日こんにちまで来れたが、今回はその限りではない。

 そう、書状にはしたためてある。


 聖女であるファナが持っていくことで、この書状の信頼性を担保してほしい。

 そう、エイブリー姫に頼まれたのだ。


 特に断る理由もないので、彼女達は了承したのである。

 マギサ・ストレガがハポンへ行けと言ったのは、おそらく最初からこの頼み事も織り込み済みだったのかもしれない。などと、フェリファンは考える。


「個人的には、もう少しおばあちゃんに魔法を教えてほしかったんだけど」

「後は実戦しかないって、お婆ちゃん言ってたじゃん」

「それはそうなのだけれどもね」


 戦争関係なく、知的好奇心を満たしたい。マギサ・ストレガの傍にいればそれが可能だ。などと言ってもトウツには理解してもらえないだろう。

 フェリファンはトウツが魔法が好きで魔法を極めているわけではないことをよく知っている。それに彼女は理論派ではなく感覚肌だ。本質的に分かりあえないだろう。


「ハポンの協力を取り付けられれば、トウツのお父様も出てくるのではありませんの? 確かトウツよりも強いんですのよね?」

「それは無理だと思~う」

「何で?」

 フェリファンは尋ねる。


「あの男は自分の欲求にしか従わないからねぇ。我がままなんだよ。将軍の言うこと以外は聞かないよ。そして将軍は国の安全のためにあの糞親父は絶対国内から動かさない」

「自分の欲求にしか」

「我がまま」


 ファナとフェリファンが意味ありげにトウツを見る。


「何で僕をそんなじっと見るのさ」

 トウツが心底不思議そうな顔をする。


「いえ、何でもありませんわ」

「大したことではないわ」


 お前、多分父親にそっくりだよ。そう2人の口から出かかったのだが、何とか押しとどめた。恐らくそれはトウツにとっての地雷である。事あるごとに彼女は父親を嫌っている素振りを見せていたからである。

 ここは船の上。


 喧嘩して沈没しましたでは、笑い話にもならないのである。

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