第187話 出発前の悶着2(学友と)

「あんた、本当に行くの?」


 そう、学園の休み時間に話しかけてきたのはイリス・ストレガ・エクセレイ第三王女である。

 目は憮然としているが、若干赤みがかっている。つい先週末に従姉の性悪な姫様から彼女の様子を聞かされたので、何というか、反応に困る。


「そうだけど」

「しばらく帰らないの?」

「短くて半年。長くて一年以上かな」


 国からの信頼を得るなんて、壮大すぎて予測がつかん。でも、これも魔力量を増やすため。戦況を良くするため。気分は単身赴任するお父さん。お父さんになったことはないけどな。え、置いていく嫁さんは誰だって? アルに決まってるじゃないか。


「……ふん。勝手にすれば」

 そう言って、イリスが離れていく。


「素直じゃないのな、あいつ」

 ロスが俺の後ろに現れる。


「おい、ロス。俺の頭に手を置くのをやめろ」

「すまん。こう、肘置きみたいに丁度いいところにあるんだよな」

「一人だけ身長伸びやがって、許さん。身長よこせ」

「あはは、フィルは相変わらず変だなぁ。小人族ハーフリングで低身長を気にしているのなんて、フィルくらいだぜ?」

「学園長」

「すまん。2人だったな」

 ロスが目をそらす。


「でも、やっぱりフィルがいなくなるのはやっぱり嫌だなぁ」

 ロスの横にきたアルが言う。


「マジで? じゃあトウツたちに任せて俺は残るわ」

「おい!」


 ロスが突っ込んで、みんなが笑う。


 学園のみんなには、クエストの遠征だと話してある。魔王の話はおろか、魔物の大反乱スタンピートの話もしていない。エイブリー姫は、12歳辺りになれば話すべきかもしれないと言っていた。

 俺はその時になったら、アルたちに「一緒に戦ってほしい」と言えるだろうか。

 ちなみに、イヴ姫がイリスのことを心配していた。俺のクエストの話をする時に、「クエストだけじゃないわよね? お姉様は、フィルと一緒に何かを隠しているの?」と聞いてきたらしい。イヴ姫は従妹の成長を喜びつつも、真実を知られることを恐れてもいるようだった。

 あの王族姉妹も、壁に当たる時期が近いのだろう。

 その時に、俺も彼女たちを支えるために何かしら出来ればいいのだが。

 いや、やっぱ無理かもしんない。俺に出来ることなんて限られている。


「でも、アルは大丈夫か? 俺がいなくなるとまた一人部屋だろう? 俺がいなくて寂しくないか?」

「んー、それは平気だよ? ロスと相部屋になったし」


 そこは「フィルがいないと眠れない」と言ってほしかった……。


「そういうわけだ、ごめんなフィル」

 ロスがアルと肩を組む。


 ロスを困った顔で押しのけるアルを見て、嬉しくなる。アルが俺以外の人間と相部屋になるというのだ。俺が相部屋になった理由は、アルが魔力暴走をしても対処できるからだ。もう魔力暴走の心配はない。そうアルが思っているからこそ、ロスと相部屋になるのだろう。

 大切なルームメイトが成長している。

 これの何と嬉しいことか。


「ロス。アルを頼むな」

「何か嫁を送り出す父親みたいになってんぞ、フィル」

「よくわかったな。それに近い」

「ははは!」

「はっはっは!」

「もう!ロス!フィル!」


 頬を膨らませるアルは可愛いなぁ。


「いつ、出発するの?」


 袖を引っ張り聞いてきたのは、愛しのマイラブリーシスター、クレアである。クレアの肩越しにイリスが見える。おそらく代理で聞いてきたのか。面倒なミニ姫である。出会ったばかりはイリスの方がクレアの伝言役をしていたというのに、今では逆だ。

 ちなみに、決闘でアルの腕を折ったことはやっと許してもらえた。決まり手は「フィルのこと無視するクレアは嫌い!」というアルのひと言である。

 アルすげぇよお前。このクラスのリーダーって、俺でもロスでもなく、アルなんじゃないかな。


「今週の日曜かな。早い方がいい」


 虫の国コーマイでのクエストを、エイブリー姫やラクスギルドマスターと見積もったが、早く始めれば始めるほど実入りのいいクエストが見つかったのだ。今週には荷物と必要なものをまとめて、出発するつもりだ。


「ずいぶん急ね」

「魔虫害が起きているらしくてね。早くいかないと、コーマイ国の農産物がやられるらしい」

「魔虫害? 虫人族ホモエントマの国なのに?」

「そう。虫人族の国なのに」


 不思議な話だけど、そういうことらしい。虫のような見た目をした人種が住み、虫のような見た目をした魔物に作物を食い荒らされている。

 なんだそれ。

 大丈夫かな。一緒に戦うにしても、敵と間違えて現地の虫人の冒険者をフレンドリーファイアしそうで怖い。

 俺がそれを不思議に思っていたら、イヴ姫が「獣人族は普通に獣型の魔物を狩っているじゃないの」と言われた。それはそうなんだけども、違和感がぬぐえないのだ。それはクレアもそうらしい。良かった。俺だけの疑問じゃなかった。異世界カルチャーショックではないらしい。

 あ、でもよく考えたら猿型の魔物を普通に討伐しているな、俺。そう考えるとしっくりくるものだ。近いけど、全然別物だよな。遺伝子レベルでは猿と人間はほとんど変わらないと、前世の化学の先生が言っていたことをぼんやりと思い出す。


「虫人族かぁー。少しだけ、会ったことはあるけどな」

「本当か? ロス」

「時々レギアの本土に里帰りするんだけど、交流は少しだけ残っているみたいだからな」

「へぇ~」


 言われてみれば、もっともな話である。巨人族ジャイアントの国エルドランと、コーマイはレギアの周辺国である。だからこそ、エイブリー姫は国交を結ぶのに奔走している。既に、エクセレイ王国と地続きの国とはホットラインが出来ているが、レギア皇国を挟んだこの二か国とはホットラインが出来ていなかったのだ。

 そう思うと、画が出来てくる。

 何故、レギアの皇子であるロスと武官のピトー先生がここにいるのか。レギアをエクセレイ王国に取り込むだけでなく、レギアを通して他の国へ交渉しやすい土壌を作ろうとしていたのだ。

 したたかである。

 半壊したレギアに手を差し伸べているように見えて、国力を伸ばす。現国王は評価が低いらしいが、目立っていないだけで国益になる行動をしている。

 と、トウツとファナが言っていた。

 俺? 言われるまで気づかなかった。勘弁してくれよ。俺は、地頭はそんなに良くないんだ。

 フェリ? 彼女は何というか、頭の良さのジャンルが違う。研究者肌とかいうやつなのだろう。


「ふーん、虫人族ってどんな感じだ?」

「えーっと、関節が多い? それと、ゴツゴツしたやつが多い、かな?」

「へー」


 昆虫型と出会ったのかな。


「あと、彼らと会う時は、こっちは竜化した方が仲良くなれたかな」

「え、どうしてだ?」

「何か内骨格の生き物は貧弱に見えるから嫌いなんだって。竜化すれば、皮膚が固く見えるからかっこいいんだって」

「何というか、美的感覚がわからんな」

「そうか? 俺も体は固い方がかっこいいと思うけど」


 異世界文化吸収しないと。すーはー、すーはー。


「不思議な人たちだね」

「そりゃそうよ。価値観が合わないことも、虫人族が一つの国に固まっている理由よ」

 アルの言葉に、イリスが答える。


 このミニ姫様、結局寂しくなって話に入ってきたな。


「どういう意味だ?」

「私たちはほら、苦手な虫とかいるじゃない? えっと、その、ゴ、ゴ、素早い頭文字がGのやつ。」

「ゴキブリ?」

「言わないでよおぞましい!」

「フィル、お昼前。」

 女子からブーイングを食らう。


 虫の名前言っただけやん……。


「で、それが何か?」

「虫人族からしても、他の種族は気持ち悪く見えるらしいわね。さっきロスが言ったみたいに、内骨格がなよなよして頼りなく見えるとか。」

「触覚がないのは意味がわかんないとも言ってたな。」

「そーそー。」

 ロスの言葉にイリスがうなずく。


「関節が少ないのも不便に見えるとか。」

「足が少なくて、どうやって安定して立っているんだとか。」

「複眼じゃないのに狩りはどうやっているんだとか。」

「何か、そう言われると俺たちって不完全な生き物なのかなって思えてくるな。」


 大丈夫かな。腕とか増やした方がいいかな。そういうポーション作った方がいい?


「フィル、腕増やそうかとか考えてないか?」

「何故わかったし。」

「ほんとに考えてたのかよ!こえぇよ!」

 ロスが声を荒げる。


「フィルが出ていく前に、お別れ会していい?」

「いや、別にいいよ。一生分かれるわけじゃないんだし。」

 アルの問いに答える

 

 すると、ロスに脇腹を肘でつつかれた。

 目線の先にはイリス。こちらを伺いながら、髪をいじっている。


「……あー、そうだな。するか、お別れ会。しばらく会えないもんな。」

「やった!」


 アルが太陽のように笑った。







「むーん」

「さっきから、何を悩んでいるの?」


 寮の部屋で俺が悩んでいると、アルが話しかけてきた。


「いや、亜空間リュックを改造しようと思って」

「そんなこと出来るの?」

「フェリから解説はしてもらったから、理論上は俺でも出来る、はず」

「パーティーメンバーの人だっけ?」

「そう」


 フェリの亜空間グローブってかっこいいよな。まるで手から錬金用の素材をぱっと出しているように見えるもん。

 俺も作りたい。

 理由? シンプルにかっこいいからだ。理由なんてもの、それで十分だろう?

 だが、俺の手は小さい。俺の手の大きさとなると、フェリにもミニマイズできないらしい。技術の限界というやつだ。

 つまりは、手袋以外の形にする必要がある。

 となると……。


「ローブしかないよなぁ」


 目下、俺の装備品で一番頑丈なものはワイバーンのローブである。師匠が付与魔法エンチャントした一級品。問題は、師匠が組んだ魔法に俺の魔法を滑り込ませることが出来るか、だ。


「むむむ」


 リュックに張り付いている亜空間魔法をローブに移そうと躍起になる。魔素の結合がとてつもなく強固で、分解しにくい。

 それはそうか。ちょっとした亜空間を閉じ込めたオーパーツなのだ。そんな簡単に分解できたら、そこかしこに極小のブラックホールが出現してパニックになる。

 でも、いける。少しずつ魔素の絡まりをほどくことが出来ている。

 何だ、俺もやればできるじゃないか。師匠の魔法にすら、少しづつ干渉出来るようになっている。とはいっても、これはあくまでも永続魔法だから、師匠の実力のほんの切れ端に過ぎないんだろうけども。


「フィルが構ってくれないから寂しいなぁ」


 俺のメインヒロインが可愛らしいことを呟いた。

 思わず気を取られる俺。手元が狂う俺。その手元で暴れる魔素。


「やっべ」

「どうしたの? フィル」

「アル!対ショック体制!」

「え!?」


 驚きながらも、魔力で体をコーティングするアル。俺はその隣に飛び込み、アルを抱きしめる。


 部屋が爆発した。

 亜空間リュックから貯蔵していたものが暴発して飛び出す。


 その日、寮の庭ではザナおじさんにしこたま怒られる初等部の児童が2名いた。片方は黒髪の少年、片方は金髪の少年。

 というか、俺とアルである。

 俺とアルが怒られる頭上では、亜空間リュックに貯蔵されていたワイバーンの頭部が寮から突き出ていた。


 俺たちがザナおじさんをマジ切れさせたぶっちぎりでぶっ飛んでいる初等部生という伝説として、寮内でもてはやされるのはまた、後の話である。


 え、亜空間ローブ? 完成したよ?


 フェリに「何で私と一緒に作らないの」と怒られたけども。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る