第188話 出発前の悶着3(ギルドの人々)

「この可愛らしい赤子に、神の祝福を」


 静謐な女性が、銀皿の上に乗った赤子の足を聖水で洗う。新生児特有のぷっくりした肌が、光魔法で清められた水を綺麗に粒状に弾く。赤子は不思議そうな目で女性を見ているが、足を水で洗われるのを身じろぎしながら気持ちよさそうに受け入れている。女性の柔らかい雰囲気がそうさせているのだろうか。


 この世界の神様は、足元にいるという。

 この星の中心で、世界中を見守ってくれているらしい。だから、この世界での幼児洗礼は、足を洗う。地面に接地しているのは、当然足である。神様に最も距離の近いものを汚すのは失礼だという理屈らしい。

 俺がいた世界、というか日本では「足を洗う」は犯罪から離れることだけども、この世界ではポジティブな意味のようだ。

転生するとき、俺は神様のそばを通ったらしい。エルフの長老ルアークや、マギサ師匠が言っていたことだ。この目の前にある教会のラクタリン枢機卿も。

 俺の魂は地殻からにょっきり出たということだろうか? マントルでも貫通したのだろうか? いや、そもそもこの星って球体なのか? 地球と全く同じ構造なのだろうか。

 などと益体のないことを考えながら、赤子が清められる姿をぼうっと見ていた。


「ありがとうございます。この子もきっと幸せになります!」


 そう言って、若い夫婦が満面の笑みで礼を言う。


「いえ、神の使途として当然のことをしたまでです。赤ちゃんだけでなく、素敵な両親にも祝福を」

「あ、ありがとうございます!」


 静謐な女性が光魔法で若夫婦を祝福する。運気を上げる魔法である。当然、茜さす加護のような永続の魔法ではない。それでも、今日はこの両親は幸せなひと時を過ごすだろう。

 それほどの光魔法。それほどの祝福。

 その女性の横顔は美しく、慈愛に満ちていた。

 聖書に出てきそうな、まさしく聖母のような表情をしている。


「いや、誰やね~ん」

「同意ね。教会は詐欺師を囲ってるのかしら」

『普段からそれならば、仲間に入る時もすんなり受け入れたものを』

「貴女たち、辛辣すぎではなくて? それと瑠璃。言葉がわからずとも不満を漏らしているのはわかっていてよ?」

「きゅうーん」

「おい、ファナ。瑠璃をいじめないでくれ」

「フィル、いじめられているのはわたくしですわ」


 突っ込んだトウツ、フェリ、瑠璃にファナが言い返す。

 すまないファナ。俺は基本、瑠璃の味方をすると思うぞ。というか、ファナの先ほどの様子をトウツが詐欺師と評するのは、割と俺も同意である。クエストでバイオレンスな一面ばかり見ているからなぁ。


「ファナ。お前本当に聖女だったんだな」

「今まで半信半疑で同行していましたの?」

 ファナが顔をしかめる。


「というか、わたくしの仕事を待っていてよかったですの?」

「長い旅になる。準備はみんなで一緒にした方が、かえって効率がいいだろう?」

「間違ってはいませんが、もう少しロマンチックな言い回しを所望しますわ」

「俺の買い物にはお前が必要なんだ、ファナ」

「70点」

「辛口採点すぎない?」

「買い物にお前が必要ってさ~、フィルが言うとヒモ発言みたいだねぇ。」

「やめろトウツ。俺はもうとっくの昔に借金地獄から脱出できたんだ」


 え、そうだよね? ギルドの口座にそれなりの蓄えがあるよね? 自信なくなってきた。


「惜しいですわね。フィルが借金漬けの時に出会っていれば、いくらでもやりようがありましたのに」

「恐ろしいことを言うなや。大丈夫か聖女? ここ教会なんだけど、そういうこと言っていいの?」

「大丈夫、フィル。私が保護するから」

「フェリ!お前と瑠璃だけが味方だよ!」

「解せませんわね。その女もわたくしたちと大して変わりませんわ」

「そ~だ、そ~だ~。待遇の改善をよ~きゅ~する~」

「俺に薬盛ったお前は絶対言ったらならんだろうに」


 今日、俺たちはファナの聖女としてのお勤めおさめを眺めてから長旅の準備を終わらせる予定だ。

ファナが半年以上留守にすると言ったら、ラクタリン枢機卿が慌てて大量の仕事をファナに申し付けたのだ。教会を追放されたとはいえ、聖女は聖女。彼女は教会のシンボルでありアイドルだ。切っても切れない関係性なのだろう。

 長らく聖女がいなければ、都の教会は求心力を失う。せめて人助けを多くしてから出立したという名目が欲しいのだろう。


「さて、今日はここまでですわね」

「いいのか?」

「わたくしがやりすぎると、有難みが薄れますの。それと、修道女見習いの子たちの仕事が減ってしまいますわ。ワークシェアリングは大事ですの。時代は働き方改革ですわ」

「割とサボってばかりだと思うぞ?」


 それと、お前の場合はワークシェアリングというよりもワークプレスって感じがする。


「あら、フィルは買い物にわたくしがいなくてよろしいの?」

「いや、お前の光魔法の知識は助かる。いないと困る」

「最初から、そう素直に言えばよろしいですの」

「へーへー」

「終わった~? 行こうよ~」


 見ると、トウツとフェリと瑠璃は既に教会の出口にいる。特にフェリは人混みに酔って気分が悪そうだ。


「わかった。行くよ」


 俺とファナは、膝のほこりを払って立ち上がった。


 教会を出ると、露出度の少ない修道女服を脱ぎ、ファナが露出狂に戻る。


「いや、何で脱ぐねん。そのままでいいだろ」

「これはわたくしのこだわりですの。いくらフィルでも言うことは聞けませんわ。それとも、目のやりどころに困りまして?」

「いや、貧相だからそれほどではない」

重すぎる愛シュヴィエドゥアー

「うおあぁ!?」


 街中で兵器を出すんじゃない!







「フィルは手伝うと言ったのだ。」


 パーティーメンバーで食事をしていると、テーブルの下からにゅっと顔を出して呟いたのはノイタだった。


「手伝うって?」

「一緒にクエストすると言ったのだ!」

 ノイタがバンバンとテーブルをたたく。


 前世のゲームセンターで見たな、こんな人。


「ちょっと待てって、ノイタ。食事中に失礼じゃないか。」

 慌てた様子のロッソも現れる。


 すっかりこの二人はセットになっているようだ。


「うわ、でましたわね」

「何でそんな幽霊みたいな言い方するんだよ」

 ファナの発言に俺が返す。


「いえ、この娘、よくよく考えたらわたくしとキャラが被っていましてよ。やはり魔人族は根絶やしにしなければいけませんわ」

「血の気多すぎて怖いわ!どこが被ってるんだよ!」

「服の露出度がかぶっていますわ。正直心外ですの。わたくしは神への愛を試す敬虔な理由で露出していますのに、そこの青肌の娘は単純に動きやすいという頭の軽そうな理由で露出してそうですもの」

「露出趣味であることに変わりはないんじゃ」

「何かいいまして?」

「いえ」


 ファナに笑顔で睨まれたロッソが目を逸らす。

トウツもそうだけど、うちの女性陣は笑顔が怖い。

 高身長のロッソが、決して高くはないファナに言い負かされるのは妙な感じがするが、そこは教会の狂犬聖女である。周囲の冒険者も、突然噴き出した闘気に何事かと身構えるが、「何だ聖女か」と構えを解く。訓練されすぎだろお前ら。


「心配しなくてもいいねぇ。キャラは被ってないよ? ノイタちゃんは露出してサービスになるけど、筋肉板のファナちゃんはサービスにならないねぇ」

「丁度パーティーのエースを決めるいい機会ですわね。表出ろや三下兎」

「なます斬りにして神の供物にしてやんよ、似非聖女」

「はいストップ。ウェイトウェーイト。お前らが決闘したら店が消し飛ぶ。双方鉾を収めるように」

「鉾じゃなくて刀だねぇ」

「十字架ですわ」

「そういうことを言ってるんじゃないんだなぁ。フェリも何か言ったげてくれ」

 俺はもう1人の温厚派に助け舟を求める。


「一向に構わないわ。潰し合えばいい」


 あ、こいつも温厚派じゃなかったわ。当社比温厚派だわこれ。他所に出したら過激派だわ。


「ロッソ、助けて」

「俺を巻き込むなよ……」

 ロッソが苦笑いする。


 ロッソもノイタも、いつの間にか席について食事を始めていた。

 周囲の冒険者は近づいてこない。俺のパーティーメンバーに危険人物が多いことと、魔人族のノイタが原因である。

 ちなみに、ノイタが会話に入ってこなくなったのは、スパゲッティーに意識を奪われているからである。口元にべったり付けては、ロッソに拭われている。こいつら、本当に同い年か?


「やぁ、ストレガ君」

「ナミルさん!」


 物怖じせず話しかけてくる人がいた。黒豹師団パンサーズディヴィジョンのリーダー、ナミルさんだ。流石はA級。このままファナとトウツの調停もお願いしたいところである。

 ちゃんとした大人を見ると安心してしまい、体年齢に精神年齢が引っ張られて子どものような反応をしてしまう。


「異国のクエストを受けるんだって?」

「えぇ、ナミルさんたちとクエストの取り合いをするわけにはいきませんので」

「謙遜を。だが、他所の方がレベルアップできると考えたんだね」

「はい。しばらく留守にします。こちらの高難度クエストはお願いしますね」

「任された。しかし残念だね。君のパーティーは火力があるし、個々の力が段違いだ。一緒にクエストする時はこちらが世話になっている方だよ」

「うちとも、帰ってきたらまた一緒にクエストしましょうね」

「よろしくねー!」

「お土産話、聞かせてね!」

 ナミルさんの脇から狐耳のお姉さんたちが出てきた。


 狩猟せし雌犬カッチャカーニャのメンバーだ。倒立するねずみオモナゾベーム討伐で斥候をしてくれた狐の獣人族、その女性オンリーパーティーだ。一番年若い娘なんかは、大胆にナミルさんの腕をとっている。


「はぁ、あの、タウラヴさん。これはどういう?」

 俺はリーダーの綺麗な狐耳の女性に話しかける。


「え、フィル君のパーティーから彼の紹介をされたのだけれど」


 あの合コン計画って酒の勢いの話じゃなかったんかい!


「紹介人は誰です?」

「フェリファンさんよ」

「本当に?」

「ええ、本当よ」


 意外だ。トウツやファナはともかく、人見知りのフェリが人様の合コンをマッチングするなんて。

 俺はちらりと彼女を見る。


「どっちのパーティーも、いい人ばかりでしょう?」

「まぁ、それはそうだけども」


 確かに、黒豹師団と狩猟せし雌犬では変なカップリングは出来ないだろう。どの取り合わせでも幸せになりそうである。種族は違えど、どっちも獣人族だし。

 不思議なところでコミュ力を発揮するダークエルフである。


「その、腕を離してほしい」

「え〜」


 まとわり付く狐っ娘を困り顔で対応するナミルさん。


「その、うちのフェリがすいません」

「いや、構わない。メンバーも催し自体には喜んでいた。我々には気分転換が必要だったからな」

 紳士的に狐娘の腕を外しながらナミルさんが言う。


 俺はジータさんを思い出す。話したことはないが、アースドラゴンの爆風からフェリを守ってくれた人。


「……現在進行形では不幸せそうですけど」

 俺は食堂の一角にいる集団を、ちらりと見て言う。


 彼らは焼け酒をしていた。何故かそこに戦士めいた木こりファンテランバージャックス羊重歩兵団ムートンホプロンの男性メンバーも混ざっている。

 クバオさんが「隊長は禁止カードだろ!隊長がいると、女子全員持っていかれるじゃねぇか!」と叫び、酒を煽る。


「……ナミルさん、モテるんですね」

「いや、うーん。どうだろうな。確かに故郷の村では女性から好かれていた気がする」


 転生していないのにハーレム形成出来るとか、この人こそチートでは?


「フィル君は小人族だから分かりづらいかもしれないけど、ナミルさんは顔が整っているのよ。獣人族同士なら、わかるんだけど」

 タウラヴさんが言う。


「あー!リーダーそう言ってさりげなくナミルさん持ち上げるんだぁ!」

こすい、狡いわリーダー!」

「そうやって合コンの日も一番高感度上げて!」

「魔性の女!性悪女!」

「ちちもげろ!」

「貴女たちだまって!」


 ぶーぶー言う狩猟せし雌犬カッチャカーニャのメンバーに、タウラヴさんが困り顔で怒る。何だろう。この人が怒っているのを見ると謎の落ち着きを感じる。多分、ナミルさんもタヴラヴさんも素のいい人っぽさが合コンで出たんだろうなぁ。

 俺はちらりとトウツを見る。


「兎人族から見てもそうなのか?」

「確かに相当なイケメンさんだけど、僕はフィル一筋だから琴線には響かないかなぁ」

「へー、へー」


 視界の隅では、ウッカさんが「この世のイケメン全て死すべし!」と叫び、周囲の普人族と黒豹さんたちと羊さんたちに「そうだそうだー!」と賛同を得ている。何だあれ。新興宗教かな?


「そうだ!フィル!クエスト!クエストするのだ!」

 ノイタがスパゲティから顔を上げて、思い出したように言う。


 隣でロッソが「え、今更言うの?」と言い、フォークをくるくるさせる。


「すまない、ノイタ。また今度でいいか? 半年以上先になりそうだけども」

「どうしてなのだぁああ!」


 ノイタの絶叫がギルドに響いた。

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