第261話 世界樹行こうぜ!世界樹!6

 イリスは王宮をクレアと共に歩いていた。


 後ろにはクレアの両親と、数名の騎士が護衛として付いている。最初はこの仰々しい集団での行動をクレアは慣れていなかった。しかし、子どもは慣れが早い物で、今はイリスと共にすまし顔で歩いている。


 前方からエイブリーが歩いてくる。

 後ろにはイアンやメイラ、パルレ。そしてシャティを始めとした雷撃隊が数名。つい先日のレギア併合で、活躍した主力メンバーである。


 イリスは顔を伏せる。

 エイブリーは目も合わせずに廊下を過ぎ去る。


「イリス。お姉さんと話さなくていいの?」

「……わからない」

 表情を暗くして答えるイリスに、クレアは二の句が繋げない。


 レギア併合後、イリスとエイブリーは口を聞かなくなった。友人であるロスの国民を、従姉妹が併合のために討ち取ったからである。ほとんどのレギア国民は平和的にエクセレイと合流したものの、幾らかの遺恨は残ったままである。

 エイブリーが行ったことは、非人道的な手法である。事実、国内からもレギアからも非難の声は上がっている。もしこれを行ったのがエイブリー以外の人物であれば、イリスは堂々と非難しただろう。

 だが、尊敬する従姉妹がやってのけた。やってのけてしまった。

 感情の処理が追いつかない。

 イリスはやっと、エイブリーと肩を並べて戦える時が来たと思っていた。クレアの悩みに一緒に向き合える時が来たと。でも、感情がまた暗礁に乗り上げる。


「姫様。イリス様はいいので?」

 パルレがエイブリーに問いかける。


「私がやったことに、あの子が納得いかないのはわかっていたことだもの。あの子は私と違って真っ直ぐだから。お婆様が私じゃなくてあの子を気に入ったのも、そういうことよ」

「…………」

 エイブリーの返答に、パルレが不安そうな表情を浮かべる。


「大丈夫よ。あの子は強いもの。ちゃんと自分で心の整理をつけて、この国を導くわ。私は今回のことで、女王の座は遠のいたから。魔王との戦争が終われば、王族は私を日の当たらないところに追いやるでしょうね。国民感情が許さないもの」

「ですがそれは」

「いいのよ。これは私しかできないことだから」


 横にいるイアンは、やり取りを黙して聞くのみである。シャティは水色の瞳で彼女たちの背中をぼんやりと眺めている。


 王宮内には、冷たい空気が漂い続けていた。







 俺は瑠璃と一緒に湖に沈んでいた。

 瑠璃は鯨のような魔物の姿をしている。彼女の最初の「我が友」の姿である。

 彼女の背中にコバンザメのように張り付き、俺たちは魔物の観察を行っていた。巨大雷鯰ジガンテイカヅチシルーロだ。

 巨大な鯰の魔物だ。敵を察知するのが非常に得意で、水に足を取られた動物や魔物を食している。無差別に人間も食らうため、害ありと判定されて魔物と呼ばれている。やつの特徴は、徹底的に水生の魔物とは戦わないことにある。陸上の獲物が水に足や舌をつけた瞬間、放電し感電させる。気絶したものはそのまま食らう。体が大きい魔物でも電気ショックで身動きが取れなくなるので、生きたまま踊り食いをする。自身は大した運動もせずに食事にありつけるため、頭部は食べることに特化しており大きく、口も横に広い。見た瞬間俺が思ったのは、魚版口裂け女だ。まるで常に笑っているような薄気味悪い表情をしている。退化した魚類の目が、不気味さを一層引き立てる。そして巨大な口の下からは長い髭が海底ケーブルのように湖の底に横たわっている。


 何故俺たちはやつを観察しているのか。

 やつの潜伏とハンティングを学んでいるのである。

 深層のワイバーンとの戦いで分かった。初撃にて致命傷を負わせなければ、俺たちはここらの魔物に太刀打ちできない。であれば、その最初の一撃を出来る限り強力な攻撃にする。

 そこであの巨大な鯰である。奴は俺と同じで電気を攻撃に使える。それを真似すれば、俺たちも安全にここで魔物を狩れる。ここの魔物を倒し、いくらか存在の力を吸収しさえすれば、魔力不足による火力問題は解決する、はずだ。あのワイバーンとも戦えるだろう。


 巨大雷鯰ジガンテイカヅチシルーロは俺たちに気付いてはいるが、攻撃する気配はない。瑠璃が魚類の姿をしているので、戦っても逃げられると判断しているのだろう。

 そして、奴が俺たちに気付いていることを知ることができた理由。それは、俺もまた電気を操ることができるからだ。

 奴が敵を探知する方法は2通り。一つは水の振動をあの長い髭でキャッチしていること。もう一つは、微弱な電気だ。生き物は全て、体に弱い静電界を持っている。あの鯰は弱い電気を体から放出して、電気と電気がぶつかった位置を把握している。水面で溺れるものは、すぐさま髭が振動を感知。水中で息を殺しても、電気のソナーで感知。

 敵を見つける。敵から逃げる。これらの方法でこの2つを両立させているのだ。


『瑠璃。息が切れそう』

『だから、何でこんな深いところに来たのじゃ。もっと浅瀬から確認で良かったろうに』

『なるべく近くで見たかったし。空気をくれ。この穴から出せるだろう?』

『確かに出せるのだが、いいのかの?』

『何が?』

『そこは人間でいうと、口じゃ』

『……無理。もう潜水出来ない』

『仕様がないの』


 ボコボコと、瑠璃の背中の穴から泡が出てくる。俺はそれに口をつけて、むせながら空気を飲む。流石は瑠璃だ。体内に貯蓄できる空気の量が、人間とは全然違う。


『よく考えれば、俺も風魔法で空気を持ってくれば良かったな。もしくは亜空間ローブに詰め込めば良かったのか』

『我が友は思慮深いのか考えなしなのかわからないことが多々あるの』

『ぐ、ぬぬ』

『しかし、これでわしが初じゃのう』

『初って何が?』

『我が友の唇を奪ったのがじゃよ。あの兎と聖者の悔しがる顔が楽しみじゃのう。あ、待てルビー。怒るでない』

『……え、これってカウントされるの?』

『されるのう』


 あ、されるんだ。そっかー。


『あの電気の探知方法は真似できるかも。振動も、水と空気を伝わるよな。だったら、水魔法と風魔法で模倣できる』

『何を言っているのかわからぬが、我が友ならあれも出来るということじゃな?』

『あぁ、完璧にマスター出来るよ。楽しみにしておいてくれ』

『そうしておこう』

『ところで』

『何じゃ?』


 俺は楽しげな表情を浮かべる。

 あの鯰は深層にいる割には、戦闘力は高くないようだ。それに反して、賢くこの辺の魔物を食べているから魔力はとても多い。

 つまり、最高の獲物である。


『鯰って美味い?』


 それを聞いた瑠璃はこう答えた。


『コクがあって美味いのう』


 2人して、水中で笑い合った。

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