第262話 世界樹行こうぜ!世界樹!7
『いや、今度こそ!今度こそ大丈夫だから!勝てるから!俺に任せてくれ!』
『ほんとかの?』
森の中を音もなく進みながら、瑠璃は俺の主張に眉をひそめる。
『植物型の魔物は燃やせばいいと火を放ってあっさりと鎮火されてたのう』
『う“』
『水生の魔物は感電させればいいと言って、
『いや、あれは仕様がないじゃん!水生の魔物が雷魔法対策できてると思わないだろう普通!その上、水陸両用の魔物があんなにいると思わないじゃん!』
俺はギャンギャンと叫ぶ。
神語で。
肉声で会話をすると振動で察知して襲いかかる魔物がいるので、基本この形でやり取りをしている。いつぞやの糸の振動で察知するアラクネや、ついこないだ倒した
『そっか、鯰』
『どうしたのかの?』
『湖の魔物に電気耐性あるのが多かった理由だよ。あの鯰対策だったんだ』
『同じ湖にあんなものがいれば、そんな適応もするさのう。そりゃまた、難儀な進化の仕方をしてるのう』
『進化がガラパゴス化し過ぎだろ』
『がらぱごす?』
『限定された場所で、そこでしか起こり得ない進化をするということ』
『なるほどの。異世界にはみょうちきりんな言い回しがあるんじゃの』
瑠璃がうなずく。
『で、次をどうするかだな。深層の中でも、浅いところに留まれば安全に魔力を増やすことはできる』
『じゃが、世界樹は深層の奥の奥なのじゃろう?』
『そうなんだよなぁ』
『カー』
『え?』
思わず、横のナハトを見る。
驚いた。
今の神語だよな?
『お前、神語話せたんだな』
『カー』
『でも何で神語でも鳴き声なんだ』
『沈黙は銀』
『『!?』』
めっちゃ渋いバリトンボイスが聞こえた。
瑠璃と2人して、目を丸くした。瑠璃の背中で毛が逆立つ。
『お前話せたなら言えよ!赤ん坊からの付き合いだろ!?』
『カー』
『馬鹿にしてんのか!?』
『水魚の交わり。しかし水、耳長の小人のように良き耳持たぬ』
『あー、どういうこと?』
『わしと違って、こやつの契約者は意思の疎通がはっきりととれんということじゃの』
……ああ、そういうことか。
ナハトが契約を結んでいるのはマギサ師匠だ。師匠は神語はなんとなくしか分からないと言っていた。それでも、俺以外で理解できる人間は師匠以外には、ついぞ出会うことはなかった。俺みたいに神様という名の根元に触れていないにも関わらず、それができるというのは師匠が師匠たる所以なのだろう。ナハトからすると、使えても話す相手がいないから今まで鳴き声で済ませていたのだろう。
俺と瑠璃や、ルビーの関係性が特別なのだ。
『えー、で、何で今更話す気になったんだ?』
尋ねると、ナハトは切り株の上でつんと澄ましてホッピングする。
こいつ、本当マイペースだな。
『魑魅魍魎の谷。聖者の行進』
『瑠璃、翻訳プリーズ』
『
『頼んで言うのも何だけどさ、よくわかるな。というか、今の短い台詞でそれだけの情報が?』
瑠璃もナハトも、相変わらず意味不明な生き物である。
ナハトがゲゲゲ、と奇怪な鳴き声を始めた。え、何? 何なの? 今にもイツマデ!イツマデ!とか叫びそうな勢いなんだけど。怖い。
『え、ちょっと。大丈夫か? 何か苦しそうだけど』
すると、ナハトが喉奥から一切れの紙を吐き出した。丸めてあるそれを、俺はおっかなびっくり切り株の上で広げる。
『これ、地図だ』
『森の深層、のかの?』
『そうみたい』
『…………』
俺と瑠璃は2人で思わず、ナハトを見る。
ナハトは3回ほど横にホッピングして、首を傾げた。
『雨晴れて傘忘るる。耳長の小人は傘小僧』
『はいはい、つまり忘れてたのね。お前文字通り鳥頭かよっ!』
俺たちの苦労は一体何だったんだ!あるなら言えよ!あるなら言えよ地図があるなら!
切り株の横で、ミュートで頭を抱える。
『我が友、切り替えるべきだ。まずはナハトの言う死霊の溜まり場を探そう』
『……そうだな』
紙の上に、俺たち3人は頭を突き合わせて地図を眺める。
『
地図に指を滑らせて言う。
よく見たら、谷には川が通っている。
俺が赤ん坊の時に流された川の上流だ。この川を流れて、師匠に拾われたのだ。谷なのに上流。え、高低差どうなってんの? やはりこの世界の自然はスケールが違いすぎる。
『世界樹は……ここか』
俺の指先には巨大樹の古めかしいイラスト。葉が横に広がっているので、ねむの木に見えるが、それにしては幹が太すぎる。
『色んな木に似てるけど、どの木でもないよなぁ』
だからこそ、魔素を生み出す木なんだろうけど。
ここに近づけば世界樹の枝なども手に入るんだろうけど、それが出来るなら世話がない。何故ならば。
『これ、どう見ても
『そうじゃの』
隣で瑠璃が顔をしかめて応える。
そうなのだ。他のルートは断崖絶壁か、深い川だ。登山をすれば、足場のないところで魔物との戦いを強いられる。川のルートを使えば水生の魔物に狙い撃ちされる。自然の要塞が、世界樹の行く手を阻むように作られているのだ。
イリスから貰った世界樹の流木が高額で取引されているわけだ。あんなもん、取りに行けるわけがない。
『まずは、不死鳥手前のルートで生存を安定させることだな』
『氷山、溶岩洞窟、そして死霊の谷のルートじゃの』
『ナハト、死霊の谷を勧めてくれてありがとうだけど、そこまでの間に氷山と溶岩洞窟があるんだけど』
『急ぎの文は静かに書け』
『うんうん、急がば回れってこと?』
『わが友も順応してきたの』
『おかげさまでな』
俺は進行方向を見る。
『まずはあの氷山かぁ~』
最初、地面と平行だった俺の視線がどんどん斜めに上がっていき、見上げる形になる。
『あの白い壁、そのまま氷山なんだなぁ。参ったぜ、防寒着ないんだけど』
『ワイバーンのマントが十分機能するじゃろ』
『もうちょっと防寒したいから、まずは温かい毛皮になる魔物狩りからでいい?』
『エルフは体温調節が下手じゃのう』
『
『お前らが生き物として特殊すぎるんだよ』
俺はため息をついて、行動を開始した。
「あ」
「おう」
学園の廊下で、イリスは目線を落として、ロスは元気そうに挨拶をした。
イリスは視線を合わせることができない。その表情には罪悪感が刻み付けられていた。先日の戦いは、エクセレイが加害側でありレギアは被害側であった。事情はどうあれ、そう見えて仕方のない戦いだった。一人の王族として、イリスはその責任を負っているのだ。
イリスの後ろでクレアがアルへ目配せをする。アルはそれを受け取り、にこりと笑う。
「一緒にご飯食べよう。フィルもいないし、4人集まらないと嘘だよ」
「え、でも」
「いいからいいから」
沈んだ顔をしたイリスを、アルが押す。
その後ろを、楽し気にロスがついていく。
エイブリーの決定で、レギアの兵士が少なからず亡くなった。彼らの死体は間違っても
イリスはそのことで、ロスに負い目を感じていた。
逆にロスは、やっとイリスと一緒に居られる口実ができたと思っている。
彼も皇族の息子だ。あのレギアとエクセレイの小さな戦は、避けて通れないものだとわかっていた。彼女の従姉の強引な選択に思うことはある。
だが、自分が彼女だったらどうだろうか。自国民の安全を少しでも担保できるならば、他所の国に厳しい決定をするだろうか。その決断が自分にできるかはともかく、ある程度の合理性があることはわかる。
問題は、わずかにできたレギアとエクセレイの溝。これを魔王と戦う時に埋められるかどうかである。
それに自分は尽力できるはずだ。
ロスは、そう思っている。
イリスと一緒に食堂のメニューを眺めるクレアを見る。
彼女の託宣夢によると、2年。あと2年でレギアは滅ぶ予定だった、らしい。逆に言えば、2年も時間を許されているのだ。そのころには、自分は成人するかしないかの年ごろだ。
レギア国民への発言力も、少しは付いてくるころである。
エイブリー第二王女と仲良くできるかはわからない。でも、イリスとはこれまで通り仲良くできるはずだ。
それをレギアのみんなに見せたい。
そして協力して、魔王を倒す。
両国にくすぶっているわだかまりの解消は、そのあとでいいはずだ。
イリスは時々、ちらりとロスを見るが、目を伏せる。
それを見て、思わず苦笑してしまう。
「久々に4人集まれたね。よかった」
心底嬉しそうに、アルが話し始める。
いつもこの4人で中心になって話すのは、ロスかイリスだった。学園の外から話題をたくさん持ってくるのはフィルだったが。
アルが中心になるのは珍しい。
「そうね、久しぶり。私も忙しかったから」
クレアも続く。
「巫女は護衛も監視も多いらしいね。大変だ」
「本当よ。この歳になって四六時中両親と一緒だなんて、嫌」
クレアの物言いに、その場の3人がカイムの顔を思い浮かべる。エルフにしては体格ががっしりしている男性。あの父親は質実剛健な見た目をしているが、クレアを溺愛しているのは確かだ。それは時々、都に構えている彼らの家へ遊びに行く度に思っていたことだ。
「はは、親と仲がいいのはいいことじゃないか」
「それでも、嫌なものは嫌なの」
ロスのフォローに、クレアがぷいと横を向く。
「キサラさんも護衛についてくれるんだよね?」
「えぇ、そうよ」
アルの質問にクレアが答える。
「時々、組手もしてくれるの。騎士の型だけじゃなくて独学の体術もあるから、勉強になる」
「なるほどなぁ」
ロスがうなずく。
「アルはどうなの? 最近、ロットンさんと剣で打ち合いしているみたいだけど」
「すごいね、あの人。一本もとれないよ。僕は剣をまだ使い慣れてないから、前衛専門の人に教えてもらえるのは嬉しい。戦闘スタイルも僕と近いみたいだし」
「そうなのか?」
「うん、剣でこう、ばばーっと爆発する感じ」
ばばーっと、アルが手を広げる。
その様子が可愛らしく、それを見たクレアの口角がぐい~んと上がる。
脇腹をイリスが無言でつつき、クレアが真顔のクールビューティに戻る。
そのやり取りを見たロスが、くくくと笑う。
むっと見返すクレア。更ににやにやと笑うロス。
すると、その隣のイリスとぱちりと目が合った。
イリスは一瞬、目を逸らそうと思った。
だが、何かを期待しているロスの瞳の表情に気づく。
「……ロス」
「何だ?」
「ごめんなさい!」
イリスがテーブルに額がつかんばかりに頭を下げる。
「……あの戦いは、イリスが謝ることじゃないでしょ。というか、もう謝ってもらってるよ」
「……どういうこと?」
「エイブリー第二王女に」
「姉さまが!?」
「驚いたよ。あの人、レギア自治区の人々に挨拶して回っていたよ。俺の親父にも、俺にまで謝ってきた。仕事でかなりやつれてたね。自治区の人は混乱してる。冷徹な人なのか、優しい人なのか」
「……ロスは、どっちだと思う?」
「どちらも、かな。少なくとも俺は、あの人みたいな皇族にはなれないかな」
「……そう」
「イリスもそうだよ」
「どういうこと?」
「イリスはイリスだからさ、第二王女やマギサ・ストレガみたいになる必要はないんじゃない?」
「何言ってるかわかんないわよ」
「俺も自分で言っててそう思ってた」
イリスとロスが笑う。それを見た、クレアとアルが笑った。
「というか、一番酷いのはフィルだろ!あいつ何で俺達に何も言わずに出ていくのさ!」
「ついこないだコーマイから帰ってきたばかりなのにね」
ロスが矛先をこの場にいないフィルに向けると、アルが乗る。
せっかく3人部屋にしてもらったのに、あっという間に2人部屋に戻ってしまったのだ。瑠璃用のスペースも作っていたというのに。
「でも、マギサおばあ様に拉致されるみたいに都を出たみたいだから、仕様がないと思うわ」
「イリスはあの伝説のマギサ・ストレガに会ってるんだろう?」
「えぇ。年に一回、王宮にふらっと戻る時があるわ。おじい様に顔だけ見せに来てるみたい。あたしも魔法を教えられたことはあるわ」
「へ~、いいなぁ。どんな人?」
「優しい人よ」
「「「優しい人?」」」
3人が顔をしかめる。
マギサ・ストレガはどんな人物か。市井の人々に尋ねれば、「苛烈」「豪胆」「最強」「無敵」「無慈悲」などと返ってくる。
フィルに聞けば「鬼婆」「家庭内暴力」「修行と見せかけた拷問官」などと返ってくる。
それが、イリスだけは優しいと返す。
その違いに、3人は驚く。
「みんな、そういう反応するのよね。優しいお婆ちゃんなんだけど」
「優しい、優しいねぇ」
「フィルが聞いたら卒倒しそう」
「いつも修行の文句言ってたわよね」
「だからフィルの前でおばあ様の話はしなかったのよ。あたしも同じ人間の話してるなんて思わなかったもの」
「フィルの顔、面白かったよな。その話すると、いつもは大人みたいに落ち着いてるのにぎゃんぎゃん騒ぐんだから。どんな修行した?って聞いたとき、その場で吐きそうになったときは流石に笑えなかったけど」
4人で笑う。
「フィル、どうしてるかなぁ」
アルが窓の外を眺めて呟いた。
「死ぬ!死ぬ死ぬ死ぬー!」
『だから言うたじゃろ!深層のサラマンダーにはまだ敵わんと!』
「それでも男にはなぁ!挑戦すべき時があるんだよ!」
『時期尚早』
「それよりどうするんだよ!どこに逃げればいいの!?」
ナハトが、無言で翼を使って先を指す。
その先には溶岩。
「……え、マジ?」
『わが友の耐性魔法なら、なんとかいけるかのう』
「瑠璃まで何言ってんの?」
『会敵際遇』
「げ」
後ろを見ると、体調が20メートルはあるサラマンダーがちょうど洞窟の壁を削りながら曲がり角を曲がったところだった。身体をのたうち回らせるたびに洞窟が地響きをたてる。
「くっそぉおおおおおお!ままよ!」
前世で見せたことがない、美しいフォームで俺は溶岩へダイブした。
俺は溶岩泳をして、その日を生き延びた。
こんな調子で、俺はこの先生き残ることができるのだろうか。
もう、ほんと何? お家帰りたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます