第260話 世界樹行こうぜ!世界樹!5

「死ぬ!死ぬ死ぬ死ぬ!」


 俺は森の奥を全力疾走していた。

 木々の間をすり抜け走る。

 背後には手負いのワイバーン。


 何故この状況になったのか。シンプルな話、戦いに勝ち目が見つからず敗走したのである。身体強化ストレングスまとった鱗があそこまで硬いとは思わなかった。それだけでなく、竜鱗りゅうりんを逆立て、全身を凶器にしてきたのである。まともに攻撃が通るのは、紅斬丸の斬撃と瑠璃のオリハルコンブレードのみ。最初の不意打ちのドリル攻撃がなければまずかった。


『やはり挑戦するのが早すぎたのう』

「でもいつか挑戦しないとだろ!?」

『それもそうじゃが』

「カー!」

「ナハト馬鹿にしてんのかお前!?」


 お前はほんと呑気でいいよな!

 ふいに。

 横あいからつるの鞭が飛んできた。


「うお!?」

 前転しながら攻撃をかわす。


 後ろを見ると、ワイバーンにも蔓が絡まっている。


「植物型の魔物か!」


 周囲にぽつぽつと魔力が吹き上がり始める。スリープ状態に入っていた植物たちが一斉に起きたのだ。そのメカニズムが俺には見えた。最初にワイバーンに触れた個体から、一気に魔素が霧のように放出された。それを浴びた植物が同じように魔素を散布。一斉にここら一体の植物型魔物が目を覚ましたのだ。外敵の情報をすぐに共有して迎撃するシステム。

 生きている。

 この一帯の森は生きている!


「ガアアア!」

 ワイバーンが叫びながらまとわり付く植物を焼き払う。


「ワイバーンの側につく!」

『正気かの!?』

「俺の目には見える!ここから数キロ先までこいつらのテリトリーだ!ワイバーン一体の方がましだ!」

『二つの地獄から、よりマシな方を選ばされとるだけじゃの!』

「そういうこと!」


 本当、魔境だよここは!


 すっと、頬に一本の線が引かれた。

 ぽたぽたと、地面に赤い斑点が水玉模様を作る。


「え?」


 足元を見ると、一枚の葉っぱが地面の石ころを両断している。

 慌てて周りを見ると、木々がゆり動き、葉を落としている。その葉は地面に落ち切らずに、宙に浮いて高速回転を始める。


「植物型の魔物が身体強化ストレングス追風操作ウィンドプロモーションだと? そんなもん聞いたことねぇよ!」

『呆けておる場合か!』


 瑠璃の叫び声に弾かれるように動き、亜空間ローブからタラスクの盾を取り出す。

 すぐさま手元に鋭い衝撃が走る。


「タラスクの盾に突き刺さった!?」


 何て切れ味だ!


「ガア!?」


 見ると、ワイバーンはもっと大変そうだ。体の的が大きいからか、葉が次々と体に突き刺さっている。竜鱗でほとんど弾いているが、身体強化のムラを突かれて攻撃が通っている。


「くっそ!」


 俺と瑠璃はワイバーンの下にスライディングして盾にする。

 ワイバーン君には悪いが、生存戦略ゆえ許してほしい。攻撃されるかと思ったが、余裕がないらしく暴れるのみである。


「脱出するぞ!ワイバーンを強化する!」

『何を言っておる!?』

「ままよ!」


 ワイバーンの背中に飛び乗り、両手をばしんと背中につける。魔力を注ぎ込む。脚力の強化。そして竜鱗の強化。巨大な首を掴み、最も安全なルートに無理やり目を向けさせる。


「ガア!?」


 下にいるワイバーンが自身への強化に困惑するが、すぐに加速して移動を開始する。一気にこの森を抜けるつもりだ。


「瑠璃、タラスクの盾を出来る限り出してくれ」

『これも、けっこうストックが心もとないのじゃがの』

「どうにかして補充しないとな」


 2人で盾を構え、身を固めながら森をかき分けるワイバーンにしがみつく。巻き付く蔦を、火魔法で燃やす。まとわりつく枝葉や蔦が勝手に消えることに気づいたのだろう。ワイバーンは前方の森をひたすら燃やし尽くしながら駆け抜ける。


「これ、山火事にならないよな?」

『森の浅瀬とは作りがまるで違うようじゃの。魔物の地力が違う。見ろ、わが友』

「……わーお」


 見ると、周囲の森から水魔法が降りかかる。植物型の魔物たちが魔法を使っているのだ。

 エルフの森深層は湿地帯でもある。探知魔法で地下に水脈があることもわかる。奥に不死鳥フェニックスがいることで、ここはちょっとした火山地帯だ。天然の水ろ過を担う山脈が続き、地下水を貯蓄。それをこの「森」という魔物達は根から吸い上げ、鎮火に役立てているのだ。

 ついでにワイバーンの口元に水砲ウォーターカノンを叩き込み、火魔法を封じようとしている。魔力の差でワイバーンが押し勝ってはいるが、森を抜けるまで魔力がもつだろうか。


「ここで2年生き残る? マジで言ってんの? あの婆ぁ」


 俺はワイバーンの頭上で途方にくれた。







「では、ご調印を」


 メレフレクス・エクセレイが促す。

 それに応じるのはドラキン・ジグ・レギアである。厳めしい顔。絵具の原色のような赤い髪と瞳。眉は太く、髭は濃く、体格はがっしりとしている。こと体術に限れば大陸随一の国、その皇族らしい見た目をしている。

 今はその厳めしい顔で、机上の紙面を見つめる。

 ちらりと、観衆を見る。

 エクセレイの王族、貴族。そしてレギアの武官や文官達である。


 ここはエクセレイとレギアの境界である。

 書面に書いてあることは、レギア国民の安全と職の確保を引き換えにレギア国土の東部にエクセレイの騎士隊や傭兵を配置すること。両国は平等な立場での調印となるが、実質植民地化のようなものである。

 全ては魔王討伐の為である。

 でも、魔王討伐の後は?

 全ては目の前にいるメレフレクス王の胸三寸で決まるのだ。この男を信用していいのか。いや、今は選択肢がない。

 もし、もう一度魔物の大氾濫スタンピードが起きればレギアの武力だけでは対抗できない。以前は隣国が増援に来た。それが次もあるとは限らないのだ。コーマイにもエクセレイにも内部に敵はいた。今はどの国も常在戦場の心持である。他所の国の救助に駆け付けたら、自国が滅びていたなんてことはあってはならないのだ。

 助力は乞えない。


 ドラキン皇は、メレフレクス王の後ろにいる桜色の髪をもつ若い女性を見る。

 この調印を取り持った人物、エイブリー・エクセレイ第二王女だ。

 レギアがこの条件を蹴った場合、彼女はレギアに侵攻していただろう。他ならないエクセレイの安全の為に。それは向こうがベンチワークの時にわざと見せてきた情報でわかっている。

 言外に交渉してきたのだ。「お互い敵がいる間に不毛な戦いはしたくない」と。

 だが、残念ながらその願いは完全には叶わない。


 ドラキンは調印した後、自国民を見る。

 その中には鎧に身を包んだ武官達がいた。


「調印は行った。ただ、私の国も一枚岩ではないのでな。ただでは土地を明け渡したくない頭の固い連中がいるのだ。許してほしい」

「いえ、彼らは祖国を愛しているのでしょう。残念だ、彼らと共に魔王と戦えないのは」

 メレフレクス王が寂しそうに言う。


 ドラキンの背後にいる武官達は、保守派の中でも自国第一主義の面々である。たとえ魔王が敵という事情があろうと、他国の人間に自国の安全の手綱を握らせるのは決して許さない人種だ。その中でも、筋金入りの軍属の者達である。

 そして彼らの派閥はレギア国内でも多いわけではない。当然、エクセレイと戦って勝てるわけでもない。

 つまり、彼らはここを死に場所に選んだのである。

 「レギアはタダでエクセレイに土地を明け渡したわけではない」という誇りを保つ。ただ、それだけのために挙兵しているのだ。

 ドラキンは彼らの誇りを尊重し、止めなかった。

 メレフレクス王も彼らの愛国心に応えようとした。


 誰かが憎しみ合っているわけでもないが、ここは後少しすれば戦場になるのだ。


「エイブリー。実地の予行演習だ。慈悲に駆られてはいけないよ。それを考えた瞬間、自国の民の死人が増える」

「分かりました、お父様」


 メレフレクス王が小声でエイブリーに助言し、彼女は顔を硬直させて応える。

 そして、静かにエクセレイの騎士隊や傭兵達の前に出る。


「始めましょう」


 両陣営が動き、合戦が始まった。




「私、こんな事するために軍属に入ることを了承したわけじゃない」

「申し訳ありません」

「いや、いい」


 シャティの小言に、エイブリーが謝る。

 王族に謝られたとなれば、伯爵婦人の立場であるシャティは何も言い返せない。理屈ではわかる。レギアは自国民の誇りを保つためにこの合戦をしている。そして喧伝するのだ。祖国のために立ち上がった人々がいたのだと。それでも、納得は出来ない。彼女は冒険者だ。魔物との戦いにそんな取引などなかった。ただ、生き残るための命の取り合い。冒険者はシンプルだった。そして、その単純さがシャティには合っていたのだ。

 ため息をつき、シャティが前に出る。


「雷撃隊、前へ」


 戦場に雷鳴が鳴った。




 合戦を少し離れた所でロプスタン・ザリ・レギアが見ていた。

 意思の強い瞳で、自国の兵士たちが次々と討ち取られる様子を見ている。その中には、幼少の自分を鍛えてくれた武官もいる。単騎での肉弾戦では、ほぼ確実にレギア兵が勝利を挙げている。

 だが、エクセレイの戦術はそれを上回っていた。

 前衛と後衛のバランスがとれている。

 レギア兵とエクセレイの前衛の力量差を見るや、前衛に補助魔法をかけたり遠距離魔法による攻撃を放ったりして援助する。探知に特化した人員は、レギア兵の一兵卒単位で動きを把握して、常に多対一で戦えるシチュエーションを生み出している。魔法信号による隊列の整理が途轍もなく早く、レギア兵の得意な一騎打ちによる肉弾戦を組ませてもらえない。彼らは苦手とする集団戦を常に強いられていた。

 これがエクセレイの戦力。人種のるつぼであるがゆえに、多くの種族の特性を取り込んだ戦略の幅をもっている。

 そしてあの雷撃隊。あの騎士隊の攻撃を防ぐ手段が、レギアにはなかった。

 合戦の中心では、ルーク・ルークソーンが悠々とレギア兵を斬っている。寂しそうな表情を浮かべながら。


「坊ちゃん、見なくてもいいんですよ」

 隣にいるショーが言う。


「坊ちゃんはよしてくれよ、ショー。あと2年もすれば俺も成人だ。それに、最後まで見させてくれ。俺は皇族だぞ? 彼らの最期を見届けないと。それが俺の役割だと思うから」

「……分かりました」


 ショーは不安げにロスの横顔を見る。

 ロスは瞳に涙を溜めながら自国民の戦いを見ていた。拳を握り、唇が震えている。


「……イリスは悲しむだろうなぁ」


 ロスは言葉を吐き出す。あの優しい王族の少女は、謝ってくるだろう。この戦いの指揮を執っているのは、尊敬する従姉である。そのことに彼女は少なからず責任感と罪悪感を背負うだろう。その確信が、ロスにはあった。

 今からどうやって彼女を慰めるか、悩ましい問題である。


 ショーはその姿を見て、少し安心する。

 ロスが大人になれば、きっと良き皇帝になるだろう。芯が強く、慈悲がある子だ。レギアは暗礁に乗り上げている。それでも、この子ならば、そこから国を引き上げることが可能だ。

 自分の悲哀よりも、学友の心を心配する。この心の広さこそ、ショーが主君と定め、生涯傍で支えようと志した理由である。


「魔王と戦う時は、俺が坊ちゃんを守りますよ」

「だから、坊ちゃんはやめろって」


 ロスが悲哀の混ざった笑顔で、ショーの言葉に返した。







「し、死ぬかと思った……」


 森を抜けて草原地帯に入ると、俺は瑠璃と一緒にワイバーンの背中から転がり落ちた。

 森から蔦の触手がこちらへ伸びようとするが、しばらく逡巡したかと思うと、引っ込んでいく。追い打ちをかけても実りがないと判断したのだろう。


「ガルル……」


 ワイバーンが頭を振りながら、こちらを見てくる。

 腹にはドリルで穿たれた裂傷が残っている。貫通できずに横に皮膚を引き裂いたのだ。


「や、やぁ。さっきはどうもありがとう。異世界にさ、こういう言葉があるんだよ。昨日の敵は今日の友って。一緒に協力してあの森を抜けたわけだからさ、ここはほら。もう俺達友達じゃない? そうじゃない?」

「ガアアアアア!」

「ですよね!」


 ガバっと俺は立ち上がり、逃げ出した。


『逃げるんかの!?』

「当り前だろお前俺は逃げるぞお前!」


 冒険者の不文律!命大事!

 勇猛であることは是!蛮勇は否!


 逃げ切った俺は、知る由もなかった。


 このワイバーンとこれから先、そこそこ長い付き合いになることに。

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