第286話 世界樹3

「魔王軍がエルドランに?」


 報告へ眉根を顰めたのは、現エクセレイ王メレフレクスその人である。

 周囲にはエイブリーやイリスを含めた王族達がいる。王族達の傍には護衛が一人のみ。現状、危険人物がどこに潜んでいるかもわからないため、会議への参加人数を最小限に抑えるためである。幼少から身分が確かな者のみ入室を許可されている。イリスの隣には巫女としてクレア。その保護者としてカイム。レギアの代表としてドラキン・ジグ・レギア皇とその護衛。その他、重鎮の貴族が参加している。


「エクセレイよりもエルドランを優先するとは」

「こちらよりも与し易いと考えているのか?」

 数名の王族が言葉を紡ぐ。


 この場の人間に、エクセレイがエルドランよりも軍事力が劣っているなどと考えているものはいない。それでも、巨人の国は強力だ。フィジカルは随一だろう。間にレギアという強国が緩衝地帯として存在しなければ、エクセレイは発展に集中することは出来なかっただろう。


「魔王軍の歩兵は魔女の帽子ウィッチハットというゾンビだろう? 巨人相手にそれを多くぶつけるだけでは戦力としては足りないだろうに」

「いや、待て。魔王軍には移動する城と空飛ぶ鉄竜もいると聞く。地と空で攻めるのだ。持久戦に持ち込めばエルドランも苦戦するだろう」

「持久戦だと? 消耗した状態で我らの国を滅ぼせるとでも思っているのか?」

「それか」

 桜色の唇が動く。


 視線が一斉にエイブリー姫に集まる。


「あの巨大な巨人達を、全てゾンビにする算段がついているか、ですね」


 彼女の言葉で、場に沈黙が降りる。

 イリスが不安そうに横で見つめる。


「問題をシンプルにしようか。援護するか、しないかだ」

 メレフレクス王が述べる。


 全員が頷く。

 王の命令だから、だけではない。妥当な提案でもあるからだろう。


「援護することを支持します。エルドランが落とされることは痛い。友好的な国ではないとはいえ、レギアを占拠されている以上、彼らの戦力の保存は優先事項かと」

 一人の貴族が述べる。


 レギアの王、ドラキンが苦い顔をする。

 メレフレクスが彼の表情を一瞥した。

 人の機微に聡いイリスは、双方の表情に気づき罰が悪そうに目を伏せる。


「異論がある」

 グラン・ミザール公が口を開いた。


「援護するにしても距離が遠すぎる。最短を行くならばレギアを通る必要がある。危険だ。あそこは既に魔王の手中だからな。であればレギアの北東を迂回しつつコーマイを訪れ、同国の協力を得てエルドランに乗り込むことが現実的であろう。だが」

「時間がない」

「左様でございます」

 第一王子が言葉を挟み、グランが頷く。


 エイブリーも静かに頷く。コーマイには足の速い種族が多い。協力を得れば援護自体は可能だろう。だが、向こうに到着できる戦力が限られる。コーマイのムカデ族に乗り、魔法使いや前衛を運ぶことが出来るだろう。エクセレイ内には獣人族も多いので、彼らも自慢の足や翼で援護出来るだろう。

 では、それらの戦力が抜けたエクセレイの守りは?

 危険だ。

 ここにいる人間はエクセレイの国益のために会議へ参加している。その上、エルドランとは最近協定を結んだばかり。軽いフットワークで助けるには、両国間の歴史があまりにも浅い。

 おそらくグラン公の意見に傾くだろう。

 そう、エイブリーは当たりをつける。


 彼女の予想通り、会議は彼の意見に追随する者が多かった。

 最初に意見を述べた貴族もあっさりと引き下がる。

 おそらく、最初からこうなると考えていたのだろう。エルドランの兵士達がまとめてゾンビとなり本国へ壊滅的な打撃を与えた場合、「前もって自分は異論を述べていた」と責任逃れするためだ。狡猾だが、貴族としては正しい。むしろ、こういう人間がいない国は政治的に弱いといえるだろう。

 結果として、グラン公はある程度の責任を負わされた形になる。そして彼もまた、知った上で提言したのだろう。彼にとっては国益が全て。自分が後ろ指を向けられることなど、歯牙にもかけていない。

 流石は仕事の鬼である。現状、意見をし辛い立場にいるエイブリーとしては有難い存在だ。

 一定の責任を彼が負ったとはいえ、最終決定を行うのは当然、王である。

 話が煮詰まった頃に、周囲の視線が自然と彼に集まる。


「ふむ。決定であるな。皆の意見を尊重し、エルドランの援護は取りやめとする。ただし、動向は確実に追わなければならぬ。エルドラン付近の斥候スカウトを増やす。それでよいな?」


 その場の全員が賛同する。


「よろしい。細かい点はエイブリーとグラン公、私で決定しよう。では、解散」


 王の声に従い、位の高い王族から順番に退席していく。


「姉様。これでいいの?」

 イリスが不安そうに尋ねる。


 後ろではクレアも同様の表情を浮かべ、カイムは難しい顔をしている。


「たられば、はなしよ。決断していくだけ。私達王族の仕事は、そこから生じた結果への責任を背負うことよ」


 その言葉にイリスは頷くことしかできない。

 彼女は言い終わるや否や、近衛騎士隊長のイアン・ゴライアと共に退室する。


「でも、エイブリー姫殿下は既に背負いすぎているわ」

 隣でクレアがつぶやく。


「クレアも同じよ」

「え?」


 イリスは颯爽と退室する。

 やっと。

 やっとだ。従姉妹と親友、彼女らが背負ってきたものを自分も負える。それは今ここにいない小さな少年についてもそうだ。不謹慎かもしれないが、自分に明確な役割ができつつあることに、イリスの心は奮起していた。







「ルアーク長老、何故ここにいるのですか? というかどうやってここに入れたんですか? 深層の魔物を倒しながらここへ来たんですか? というかここはどこですか? 世界樹の内部ですか? 俺、ここに来たことある気がするんですよね。何なんだろう。懐かしい感じがします。あ、もしかしてあれですか。マギサ師匠の差し金ですか? あの婆ぁ、絶対許さん。ガキの時も何度も死にかけたけど、今回の修行が死とのエンカウント率一番高かったんだけど。というか、助けに来てくれた、でいいんですかね?」


「君は焦ると多弁になる癖があるようだね。赤子の時からそうだった」

 ルアーク長老が枯れてはいるものの、清らかに笑みを浮かべて言う。


 その言葉に思わず押し黙る。


「赤子、というよりも。転生したての時と言った方が分かりやすいかな」

「……じゃあ、一つ目の質問です」

「いいとも。時間はある。いや、実はないかもしれないな。君の知りたいことは今日中に回答しよう」

「?」


 時間がない?

 どういうことだ?

 いや、今はそこについて考える時じゃない。湯水の様に湧き上がる疑問を消化しなければならない。


「では、その転生についてです。何で俺が転生者だと知っていたんですか?」


 そうだ。あの日、ルアーク長老は俺が転生者だと気づいていた。それがなければ、すぐに忌子いみごとして処分されていただろう。悪魔の托卵児として。


「それは簡単だとも。我々エルフの仕事が、君らの観測と監視だからだよ。正確に言えば、我々エルフの長老だがね」

「転生者の監視が、エルフの仕事?」

 俺は目を丸くする。


「我々エルフから、託宣夢の巫女が輩出される理由については知っているかい?」

「……他の種族と違い、自然と調和する種族だから?」

「その通り」


 虫や動物には、災害を予知する力があるとされる。異常気象が起こる街からネズミが消える。大雪の年はカマキリの卵のうが高い位置にある。津波が起こる前にはリュウグウノツカイが浅瀬へ来る。

 それらの本能は人間にも備わっていたが、文明を得ると同時に失われてきた。それは俺がいた世界でも同じだ。

 だが、この世界には自然から離れずに文明を築いた種族がいた。

 それがエルフだ。

 その動物的な予知能力を固有魔法として昇華し継承するのがエルフだったのは、当然の流れだったのかもしれない。


「神はこの世界の安定を図るために、いくつかの種族にバランサーとしての力を与えた」

「神様は直接、管理しようとは思わなかったんですかね?」

「……例えばの話をしようか。君がゲームを開発するとして、それをプレイヤーが楽しんでいるのに自ら参加するような無粋なことはすると思うかね? 攻略法を完璧に知り尽くした人間が、だよ」

「それはあり得ないですね。知ったストーリーをなぞるだけのゲームなんて、糞ゲ…………今、何て言いました?」

「何がだね?」

「ルアーク長老。今、あんた、ゲームと言いましたよね?」

「あぁ、言ったね」


 絶句する。

 神語の自動翻訳は作動していなかった。つまり、この人は異世界の言葉としての「ゲーム」を使ったのだ。


「どういう、ことです?」

「あぁ、済まない。私は君の世界でいうゲームをしたことはないよ。知識として知っているだけだ。筐体の中に存在する立体的なボードゲーム、のようなものだと認知している」

「……いや、俺達を監視するのが貴方達の仕事か。それなら、ゲームを知っていてもおかしくない、のか?」

「そうとも言うね」

「……ゲームのことを知っている転生者が昔、いたということですか?」

「観測はされていない。昔の文献をなぞると、そういう記録があるというだけだよ」

「記録?」

「アーカイブだよ。巫女の託宣夢のね」

「アーカイブ」

 脳空のうからの鳥みたいにルアーク長老の言葉をオウム返しする。


「託宣夢の中には稀に君らの存在を示唆するものがあった。その手記の中に、ゲームという単語があっただけだとも。こちらの世界でいう、魔物退治の狩猟ゲームとは違うのだろう?」


 ビッグゲームハント。この世界にもゲームという言葉はあるけども、あっちの世界とは異なるものだ。


「……似た意味ではあるんですけどね」


 魔物みたいなものを倒すゲームなんて、元いた世界にはごまんとあった。


「そうか。言葉の定義とは難しいね」


 長老の言葉に無言で頷く。


「待ってください。エルフの巫女の託宣夢に、時々俺たち転生者が登場する。それは分かりました。でも、何でそれが俺達の監視につながるんです?」

「それは簡単だよ」


 ルアーク長老はどこからか木製の丸い椅子を取り出し、座る。


「君たち転生者の誰かが、この世界を滅ぼすからだ」


 その言葉に。

 俺は唖然とした顔で黙りこくるしかなかった。

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