第285話 世界樹2

「いや、生きてるぅ〜」


 普通に生きてた。

 快調だ。

 むしろここ最近で一番元気がいいくらい、体の調子がいい。まるで体内全てオーバーホールされたかのような感覚。爬虫類でもないのに、脱皮して汚い皮をつるりと脱ぎ捨てたかのような爽快感がある。

 一体どういうことだろう。ここが世界樹の中だから? 質のいい魔素が俺の体を整えてくれているのだろうか。

 というか、この感覚はおそらく初めてではない。

 俺はどこかで、この空間に出会ったことがある。

 はて、どこだろうか?


 快活な気分に対して、環境はまさに暗黒だった。

 辺り一面が漆黒の世界だ。

 知覚できるのは自分の体の輪郭だけ。不思議なことに、これだけ暗いのに自分の体と周囲の暗闇との境目がはっきりとわかる。薄く自分が発光しているかのような、妙な感じだ。


「で、どこに行けばいいのかしらん?」


 神語は使わない。瑠璃やナハトも入れなかった空間だ。よもや魔物がいるわけないだろう。

 久々に肉声を使うので、オカマバーの店員みたいな口調になってしまう。行ったことないけどね。オカマバー。


 ひたひたと歩く。

 歩く。歩く。歩く。

 俺の身長は低く、1メートルを少し越えるくらいだ。当然、歩幅も短い。

 それにしても。

 それにしてもだ。

 ここまで歩いても歩いても進んだ感覚がしないのは気が滅入る。というか、不安になる。

 え、大丈夫なのこれ? 変に動かない方がよかった? スーパーでお母さんとはぐれた子どもや海で流されてしまった人は、その場から動いてはならない。最悪という状況が、更に悪化するからだ。

 今の俺って、まさにそれなんじゃないだろうか。

 大人しく留まって、瑠璃たちの助けを待つべきだったのだろうか。


「お〜い!誰か〜!」


 わずかに声が反響する。


「一応、空気はあるということか? いや、そもそも物理が通じる空間なのか? これ。どう見てもマジカル空間だよな」


 ところでマジカル空間って何。

 自分で言ってて意味わかんないんだけどー!ウケる!


「誰かー!助けてー!ルビー!瑠璃ぃー!ナハトでもいいぞ!クレア〜!お兄ちゃん寂しいよ〜!この際トウツでもいい!今ならセクハラし放題を許可する!フェリィ〜!一緒に錬金しようよ〜!今なら何ヶ月も一緒に籠って研究出来るテンションだぜ!ファナは……子種とか言い出すからパァス!イヴ姫もパス!シャティせんせ〜!一緒に読書しようよ〜!抱きしめたいなぁ、アルゥ!ロス〜、組み手しようぜ!イリス〜!夜会でも何でも付き合うからさ〜!レイア〜!カイム〜!母さ〜ん!父さ〜ん!パパー!ママー!」


 あれ、何これ。寂しい。やばいぞ。孤独感極まってきた。


「一人でそこまで楽しそうに過ごせるとは。慌てて追って入る必要もなかったようだね?」

「誰だ」

 声が聞こえる方へ紅斬丸の切先を向ける。


「素晴らしい反応速度だね。うちの若い狩人ハンター達にも見習ってほしいくらいだ」

「ルアーク……長老?」


 そこにいたのは意外な人物だった。

 転生直後、死ぬはずだった俺を上手いこと逃してくれた人物。コヨウ村の長老、ルアークその人だった。






「で、あれが噂の魔王ってやつかい」


 巨人の国エルドランの王、ティッターノはそう呟いた。

 物見櫓ものみやぐらなどには立っていない。巨人族である彼は、背伸びするだけで大抵の敵情視察はできる。仮に彼が普人族であっても事情は変わらなかっただろう。

 何故ならば、魔王軍は城ごと移動してきたからである。


「ほっそなげぇ城だなぁ!」

「なんだありゃ、ハリボテかぁ!?」

「全力で攻撃チャージすりゃ、折れるんじゃねぇの!?」

 巨人の兵士たちが笑う。


 ティッターノ王はたしなめようかとするが、思いとどまる。

 彼らが軽口を叩き合うのは、心理的負荷を和らげるためだ。敵が生半可ではないことを既に察知している。古今東西、戦場では品のないジョークやアンモラルな言い回しが流行るものである。命の取り合いをする。その心理的負荷は、どこまでも人を野蛮な思考に書き換えるものだ。

 自分の部下の軽口は、まだ品を保っている方である。


「攻城戦の陣形へつけ。ただし、敵地は常に動いている。各小隊長の指揮官は臨機応変に陣形を変えることを許可する。部下はしのごの言わず、上官の命令厳守だ。わかったか」


 自らの胸を拳で叩き、兵士たちが返事を返す。

 音の振動が空気を揺らす。

 先ほどまでヘラヘラと笑っていたのが嘘かのような、規律正しい動きで巨人兵たちが散っていく。

 満足そうにそれを見送り、もう一度動き寄ってくる城を睨みつける。

 針のような頂上近く。

 そこにいる存在感。


 明らかに自身よりも上の存在だ。

 王にして、国一番の武人でもある彼は既に気づいていた。斥候スカウトや勘のいい腹心たちもそれに気づいているだろう。

 だが、巨人の王は冷静だ。

 強いから、勝つのではない。

 世の中がそれほど単純ならば、とうの昔に巨人族は覇権種族に君臨していたはずなのである。

 勝ち目は、ある。


「大方、本命のエクセレイの前に巨人のゾンビが欲しいといったところか。俺たちは前座かよ。舐めやがって。お手並み拝見といこうじゃないか、魔王とやら」


 エルドランと、魔王軍の戦いが始まる。

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