第77話 vsアラクネ
「全く、フィルは酷いなぁ。僕に相談もなく奴隷に墜ちるなんて。」
「奴隷にしようとしていた張本人がそれを言うのか……。」
俺たちはカンパグナ村の外れの森へと侵入した。普段は俺もトウツも音を殺しながら動くが、アラクネに気づいてもらうために堂々と喋りながら歩く。
脇には瑠璃と、その背中に乗るふりをして遊ぶルビー。
「全く、迷惑をかけたフェリちゃんにも後で補償するんだよ?」
「言われなくともするよ。お前こそ、フェリさんに殺気飛ばしまくったのを謝ったのか?」
「もちろ~ん。」
俺は後ろのフェリさんを見る。無言で手をひらひらとふるフェリさん。どうやら和解できたようだ。
あの後すぐ、フェリさんは「このクエストが終わったら奴隷契約を解除する。」と言った。それを聞いたトウツは、すぐに大人しくなった。
フェリさんはいい人だ。
トウツはこれを機に学習してほしい。積極的に年端のいかない男児を奴隷にするのは自分くらいだという事実を。
ちなみに、トウツは俺が焼き印をどこにいれたか気になっていたので、太ももだと教えた。火傷が心配ということで、ズボンをまくって太ももを見せることになった。「あんなに綺麗な、きめ細やかな肌だったのに。」と残念そうにするトウツ。さりげなく俺の腰元に来るトウツ。太ももに抱き着くトウツ。太ももに頬ずりするトウツ。俺の膝蹴りをかわすトウツ。そこは大人しく膝を食らっとけよ。
そんな一幕もあった。
「手前ら呑気に話してるがよ、ちゃんと索敵してんのか!?」
「おっさんの目の前、蜘蛛の糸。」
「な!?」
スキンヘッドが慌てて空をナイフで切る。ぷつんと何かが切れる、小さな音がした。
「マジであった。」
「ちゃんと見てるでしょう?」
「お。おう……。」
「首に巻き付いていたら首つりコースでしたね。置きトラップもするのか。ルーグさん、アラクネは基本、このくらい賢いんですか?」
俺は赤錆びた刃のリーダーに話をふる。
「頭を使っているというよりも、連中の常とう手段だな。罠をかけるのは知能が高いというよりも、種族としての習性だ。あいつらは魔物の中でも特殊だ。人種への憎悪から生まれた種族だからな。自然と戦い方も対人になる。首つりトラップなんて、森に多くいる四足歩行の魔物は引っかからねぇ。」
「全力で人類の敵なんですね。」
「経典通りの敵だとしたらな。」
ふん、とルーグさんは鼻を鳴らす。
こちらが情報を求めれば、ルーグさんは普通に持っている情報を開示してくれている。でもそれは俺たちと協力しようだとか、仲良くしようということではないのだろう。協力した方が自分たちのクエスト成功率が上がるし、生存率も上がる。それだけが理由なのだ。それはフェリさんを差別する言葉が目立ったり、子どもの俺を軽んじたりする彼らの言動からわかる。
それでも彼らがB級である理由は、公私を分けることが出来ていることだろう。俺たちに対して友好的ではないが、クランを組んだ。ビジネスパートナーになった。ビジネスでは疑ってかかるよりも、とりあえず信頼した方が成功することが多い。もちろん、後ろから撃たれることを警戒しつつも、だ。彼らはそれをわかっているのだろう。
ちなみに俺は知識でわかってはいるが、経験ではわかっていない。そういう点も含めて、彼らは俺の格上なのだろう。
ただ、俺とトウツ二人であれば彼らに負けるビジョンは全く浮かばないのだが。
問題はフェリさんだ。今回限りの帯同者とはいえ、パーティーを組んでしまった。なるべくこのクエストを安全に、そして気持ちよく終わってもらいたい。
あらゆる迷惑をかけた俺の切なる願いである。
「おい手前。」
ルーグさんが話しかける。
「はい、何でしょう。」
「さっきの糸、どうやって気づいた?」
「……企業秘密なんですけども。」
「話せ。ここの全員の命がかかってんだ。出し惜しみするんじゃねぇ。」
迷う。
彼らが信頼できるかといえば、信頼できるだろう。ガラは悪いが、B級に上ることが出来たほどの実力者たちだ。ギルドマスターのシーヤさんも認めていた。規律を破るようなことはしないはずだ。
だが、気になる点はあった。赤錆びた刃のメンバーほとんどから死臭がするのだ。魔物ではない、同族の人間を殺したことがある人間特有の、死臭。アルシノラス村ではいろんな冒険者と交流した。ゴンザさんの手引きの元、危険人物の判別はある程度出来る。その本能が告げていた。彼らは黒であると。
だが、ここで彼らと敵対するのはもっと危険だ。
「俺には魔素の色が見えます。」
「マジか。」
「嘘だろ?」
「できるわけねぇ。そんなことができるなら冒険者なんかする必要ねぇ。」
「ましてや奴隷なんて。」
奴隷は特殊な事情があるって、お前ら見てただろうが。
見ると、ルーグさんは真顔で俺を見るだけだ。
「……信じるんですか?」
「信じるしか、ねぇな。逆に得心がいったくらいだ。6歳で冒険者なんてやるわけだぜ。そっちの兎人も東の果ての民族みたいだしな。正直、このクエストが終わったらお前らとの関りは断ちてぇ。面倒事が多そうだしな。」
ルーグさんがちらりと、瑠璃とフェリさんを見る。
「助かります。これは生まれつきなんですけど、他の人が出来ないと聞いて俺も驚いてたので。」
「生まれつきか。冒険者やってるとお前みたいな、例外が服着て歩いてるような化け物とは時々遭遇する。いちいち驚いてられねぇよ。」
「そうなんですね。」
「ふん。こっちの
ルーグさんは無言になる。これ以上は慣れ合わないということだろう。
『何か感じ悪いね!』
ルビーが瑠璃の背中の上で腕を組んで悪態をつく。
『そうか? ドライな関係も悪くはないと思うぞ? 無理して慣れ合うよりかは、はっきりしていていい。』
『それもそうだけどさぁ。』
ルビーは可愛い顔をくしゃっと歪める。
『フィオ。気づいておるようだがの。奴らは殺生の経験が多いようじゃ。気をつけろよ。』
瑠璃が言う。
『もちろん。』
「ねぇ。」
「何ですか?」
声をかけてきたフェリさんに振り向く。
「私って、後衛でいいの? 確かに華奢だけど、貴方よりかは少なくとも接近戦、出来ると思うの。」
「安心してください。リーチが短いだけで、割と戦えますので。」
「……そう。」
昨日、宿で作戦のすり合わせを行ってみてさらにわかったこと。フェリさんは自分よりも他人の心配事を考えの中心に据える人だ。この性格で被差別の種族育ち。苦労が偲ばれるというものだ。人のせいにすれば楽なのに。世界のせいにすれば楽なのに。でも、この人は自分の責任を第一に考えて、いらない心労を抱えているようにみえる。
俺よりかは長生きっぽいので、特にそれについて深く踏み込もうとは思わないが。
彼女とは今回きりのクエストなのだ。呉越同舟。一期一会。合縁奇縁。出来れば良い別れをしたいものだ。
森に入った時より、陣形は変化している。赤錆びた刃の斥候が、俺とトウツに探知役を譲り、後ろと横に下がったのだ。トウツが先頭、次に俺、隣に瑠璃、後ろにフェリさん。それを囲むように赤錆びた刃のメンバーが取り囲んでいる。フェリさんが金魔法の錬金術の使い手だ。便利な魔法を一番扱えるのは、この中では彼女だろう。そのフェリさんが安心して魔法を行使できる陣形だ。突然の参入者にも柔軟に対応できている。B級の面目躍如だ。
「上空注意。空襲。」
トウツが短く指示をとばす。
俺は両手に風魔法を作る。隣では瑠璃がアーマーベアの盾を展開。赤錆びた刃の射手が弓を構える。
上を見ると、アラクネがいた。女性の上半身に、蜘蛛の下半身。憎しみがこもった目でこちらを見下ろし、すでにボルテージが高まっている。
俺が何度も探知用の糸を断ち切っていたからだろう。しびれを切らして直接見に来たのか。
横で射手が弓を放つ。強化魔法も乗せているようだ。一直線に矢は登っていく。アラクネはそれを素手でつかみ取る。
「何だと!? 魔法で強化しているんだぞ!?」
射手の男が驚く。
「おかしい。人間の部分はそこまで頑丈じゃねぇはずだ。」
ルーグさんが呟く。
「糸の攻撃は俺とトウツが読めます!斥候以外は俺たちから離れないでください!」
「「了解ぃ!」」
赤錆びた刃のメンバーがそれぞれ臨戦態勢に入る。
俺は両手に作っていた魔法を放つ。
「
樹上を跳ね回りながら、アラクネはかわす。
「くそ!巨大樹が高すぎる!」
「移動するぞ!立体的な場所であれと戦うのは危険だ!」
ルーグさんが叫ぶ。
「先導は僕がする。」
トウツさんと
斥候職の人間は森での安全なルート取りも技能の一つだ。アラクネが罠を仕掛けづらい立地を選びながら森を走り抜ける。
「
俺は眼前に現れる糸の罠を風の刃で切り裂いていく。
空中の水を集める暇はない。火魔法も引火してしまう。今は風魔法がベターだ。
「やるじゃねぇかガキ!」
「どういたしまして!」
「ギギギギギギ!ニクイ!」
頭上から叫び声が聞こえる。
鳴き声ではない。怨嗟の声。知能はあるが、狂気と憎しみに支配されている声。
「ニクイ!ニクイ!ニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイニクイ!!」
怨嗟の声を頭上で聞きながら俺たちは走る。
「頭痛くなるぜ。何だありゃあ。」
「前戦った個体はあそこまでラリってなかったぜ?」
「森の浅瀬に降りてきたし、特殊な個体なのかもな。」
「前は効いた俺の弓もつかみやがった。」
赤錆びた刃のメンバーが口々に言う。
「アアアア!…………クモノコチラセ。」
アラクネの腹が肥大化した。
「おい何だありゃあ。」
どんどん腹が肥大化していく。
あの現象は師匠の図鑑で見た!俺の記憶違いでなければ、腹から子蜘蛛が大量に湧き出るはずだ!
「
「はぁ!? ギルドの調査じゃあ、ただのアラクネだったろうが!」
「糞糞糞!また報酬上乗せしてやる糞ったれがぁ!!」
アラクネの下腹部が破裂する。一斉に、30センチ程度の蜘蛛が飛び出して巨大樹を駆け下りてくる。
「ふざけんな!各個撃破だ!糸にも注意しろ!」
「紫と赤、黄色の模様があるやつは毒の生成に成功している個体です!気を付けて!」
「「おう!」」
降りてくるタラントを魔法や弓矢で次々と撃ち落とす。だが、後衛の攻撃では追いつかない。すぐに数匹地面に降りて、攻撃を仕掛けてくる。
前衛のメンバーが応戦して、斬り落としていく。瑠璃はアーマーベアの鎧を刃物に変形させて切り刻んでいく。
「
ルーグさんがガントレットに火魔法を乗せて、蜘蛛を殴り燃やしている。殴られた蜘蛛は一瞬で炭化して絶命していく。魔力の消費も抑えられる、いい魔法だ。
「数が多すぎる!どういうことだ!」
「樹上に巣が作ってあったんだ!潜伏してやがった!」
「はぁ!? 知能はあるが、そこまで戦略的な種族じゃねぇはずだぞ!」
「実際来てんだからつべこべ言わず殺せ!」
怒声を掛け合いながら、蜘蛛を処理していく。
俺は毒対策に、カイムのナイフに浄化魔法をかける。近くの前衛がもつ剣にもかける。
「やるじゃねぇか坊主!」
「いいからどんどん倒して!放っておいたらこいつらもアラクネに進化します!」
俺は風刃で蜘蛛を切り裂いていく。
射手が上の蜘蛛を撃ち落とすので手一杯だ。俺は射手の前に立ち、蜘蛛を蹴散らしていく。近くでは斧持ちの前衛の男が蜘蛛に噛まれていた。
「糞!いらねぇ出費だ!」
男はポーションを飲む。
見ると、足元に既にポーションの空き瓶が3本転がっている。
赤錆びた刃のメンバーに
「注意しろ!アラクネの狙いは物量戦じゃねぇ!消耗戦だ!噛まれるな!」
ルーグさんが指示をとばす。
「無茶言うなボス!」
「やらねぇと死ぬんだよ!」
怒声が飛び交う。
「包囲網作ってる。」
トウツがぼそりと呟いた。
見ると、巨大樹の間に蜘蛛の巣が形成されていくのが見える。アラクネと戦闘に参加していない蜘蛛たちが、自然の檻を作っているのだ。
トウツは俺や瑠璃の近くにきた蜘蛛はさばいているが、赤錆びた刃のメンバーはフォローしない。どういうつもりだろう。
いや、おそらくトウツは既に「助ける人間」と「助けない人間」を選別しているのだろう。納得は出来ないが、冒険者として正しい。
「ふざけんな!アラクネにそんな知恵はねぇはずだ!」
ルーグが怒鳴る。
「トウツ、あの巣は斬れる?」
「よゆ~。」
「私の錬金術でも、巣を分解して壊すことは出来るわ。」
トウツとフェリさんが答える。
「聞こえたか!作戦を変更!今から脱出する!ギルドに報告し、作戦をレイド攻略に移行するよう申請する!」
「「おう!!」」
赤錆びた刃のメンバーが撤退陣形に切り替わる。
「判断はええな。」
「普通の冒険者はこうだよ。
「俺、そんなに我儘じゃないんだけど。」
「どの口が言うのさ。」
『本当だよ!』
『全くである。』
みんなボロクソに言い過ぎじゃない?
「
トウツの周囲の蜘蛛が一瞬で粉みじんになる。毎回思うけどあれ、どういう抜刀術なんだよ。
「すごい。」
「何だあの化け物女。」
フェリさんと前衛の男が驚く。
「お、糸みっけ。蜘蛛の巣が防壁になってるし、山火事にはならんだろ。」
俺は蜘蛛の巣に繋がっている糸を発見する。
「頑張って巣を守り給えよ。
糸に炎を伝わらせる。みるみるうちに蜘蛛の巣に燃え移り、樹上の蜘蛛たちがパニックに陥る。
走っている途中、上から「ニクイニクイニクイニクイ!!」と悲鳴が聞こえる。
「坊主、えげつねぇなお前。」
「命かかってますんで。」
魔法使いの男に適当に返答しつつ、走る。
「かぱっ?」
斜め後ろから変な声が聞こえた。
「は?」
後ろを見ると、斧をもったゴブリンが男の頭を握っていた。
「嘘だろ!? ここで新手かよ!」
赤錆びた刃のメンバーが慌てて迎撃態勢をとる。
俺は混乱する。嘘だ。ゴブリンの接近程度、トウツが気づかないはずがない!アラクネに気をとられていたとはいえ、俺も気づかなかった!
慌ててトウツを見ると、すでに彼女はもう一体のゴブリンと切り結んでいた。気づかなかったのではない。報告する余裕がなかったのだ。そのゴブリンは、トウツとほぼ互角にやりあっている。少しずつトウツが押しているが、本来ゴブリンがついてこれる剣技ではない。
よく見ると、そのゴブリンの衣服は赤かった。斧のゴブリンと剣のゴブリン、どちらもまるで、返り血を浴びたかのような赤い帽子と腰布をしている。
斧持ちのゴブリンが、男の生首からしたたる血を指ですくい、自分の帽子に擦り付ける。そして下卑た顔を恍惚に歪ませた。
「レッドキャップだ!逃げろ!」
ルーグさんが叫ぶ。
「くそ!」
赤錆びた刃のメンバーは戦うことを放棄し、逃げに徹する。
当たり前だ。こいつらは歴戦のゴブリン。返り血を浴びすぎて衣服が赤いことから、レッドキャップと呼ばれる存在。単体でBプラス。複数いるならばA以上のクエスト対象だ。Bプラスのアラクネどころではない敵が来てしまった。そのアラクネも、討伐ランクが上がるA級のアラクネ・マザーと判明している。
その場にいるほとんどが恐慌状態に陥る。
「ああ、もう。貧乏くじだ。どうして私ばっかりこんな。」
後ろでフェリさんの嘆きが聞こえる。
謝りたいが、今は余裕がない。
斧ゴブリンが、地面がえぐれるくらいの力強さでダッシュする。剣ゴブリンに加勢するつもりだ。
「させるかよ!
斧ゴブリンの膝下に風の鞭を叩きつける。が、ハンドスプリングでかわされる。斧ゴブリンが着地した瞬間を、ルーグさんが強襲する。余裕の表情で、斧で防ぐゴブリン。
「糞!」
ルーグさんはバックステップで距離を置く。
一瞬ゴブリンとにらみ合うが、ルーグさんは
「待ってください!まだトウツが!」
「悪いな坊主。」
太ももが熱くなった。
「え?」
一瞬遅れて気づく。
太ももにナイフを突き立てられたのだ。
『フィオ!!』
『わが友!』
ルビーと瑠璃が慌てて駆け寄る。
「レッドキャップの囮、頼むぜ。」
そう言って、赤錆びた刃のメンバーは逃走を始めた。
斧ゴブリンは俺を無視してトウツの所へ行く。
アラクネが樹上から降りてきた。
子蜘蛛たちも続々と降りてきて、周りを囲む。
「糞!」
俺はナイフを太ももから引き抜く。
「来いよ!糞野郎どもが!」
俺は大声の鬨之声(ウォークライ)で挑発する。
蜘蛛たちを引き付けるために。斧ゴブリンを振り向かせるために。
そして、逃げた
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