第76話 討伐準備5
「ふっふっふ、ふふふふ。くくくくく。あはははは。はーっはっはっは!」
俺は高笑いしながらギルドへ歩いていく。
気分は最高。ハレルヤだ。頭で変な脳内麻薬がどばどばと出ているのがわかる。初めてバトルウルフを倒した時の高揚感に似ていた。後には戻れない。だが達成感はある。そして俺は今日の出来事を反省こそすれ、絶対に後悔しないだろう。
「ねぇ。お願いだから静かにして。目立つ。」
後ろでダークエルフのお姉さん、もとい、フェリファンさんが言う。ダークエルフの彼女は目立つことを嫌うのだ。
「すいません、フェリさん。俺は面白くて面白くてたまらないんですよ。」
「奴隷になった自分の状況を、面白いなんて言う人、初めて見た。」
「奇遇ですね。俺も初めてです。」
フェリさんがため息をつく。呼びづらいので短く呼んでいいかと彼女に相談し、フェリさんと呼ぶことになった。俺は奴隷だから、彼女に何かお願いすることは本来出来ない立場である。だが、心優しい彼女は了承してくれた。奴隷だが、ほぼ対等な立場である。こんな幸せがあるだろうか。トウツの奴隷になる何十、いや、何百倍も素晴らしい未来を俺は引き当てたぞ!アーメン!ハレルヤ!ピーナツバター!
「それで、次は何をすればいいの?」
フェリさんが疲れた顔で言う。
「アラクネ討伐です。」
「ええ!? 巷で噂になっているやつの!? ああ、もう。貧乏くじ引いたわ。」
フェリさんがその場にうずくまる。
「いや、本当。ごめんなさい。この恩は必ず返しますので。」
彼女の落ち込みようを見て、流石に俺も冷静になる。そうだよな。彼女からしてみればトラブルが転がり込んできて、通過せずに巻き込み事故を続けている状況である。俺は今、彼女の所有物だ。彼女がアラクネ討伐のクエストを受理しなければ、俺はクエストに参加できない。つまりは仮面の権利を得ることができない。
でも彼女はソロのC級だ。アラクネとの戦いにはついてこれるはず。むしろ俺よりも強いまである。
「本当頼むわよ。小さい子どもに焼き印をつけるなんて、正直辛かったんだから。」
そうなのだ。奴隷になるには奴隷商の許可がいる。そしてその証とは、身体に刻印される焼き印だ。
この国では奴隷は合法だが、その理由が「ルールを厳しくして違法者がのさばるならば、合法にして国が管理してやれ」というものである。スワガー奴隷商というところに奴隷志願をしたところ、固まったお金を払い、念書にサインすることで許可がもらえた。これで文字通り、俺は無一文になったのだった。
結果として、フェリさんは嫌々俺に焼き印をつけることになる。「早く!早くやってください!」と懇願する俺。涙目で、熱で真っ赤になった鉄印をもつダークエルフ。奴隷商の人間にも奇異に見えたのだろう。その寸劇には見物人までいた。焼印をつけたあとは謎のどよめきと喝采が起こり、俺とフェリさんは何故かおひねりをもらった。見世物じゃないんだけど。
ちなみに見た目通りの年齢じゃないことは余裕でばれた。そりゃそうだ。詳しい事情は聞かないでほしいと言うと、二つ返事で了承してくれた。この人、何でダークエルフに堕ちたんだろう。今のところ転生至上最高の好感度の持ち主なんだけど。
「辛い思いをさせてしまい、申し訳ありません。」
「いえ、いいのよ。次はクエストすればいいんでしょう? わかったわよ。」
天使かよ。
「天使かよ。」
「え?」
「何でもないです。」
つい声に出てしまった。
「ギルドに行くと、B級冒険者のパーティーと、俺のパーティーメンバーがいます。メンバーといっても、今は俺とその人と使い魔だけなんですけど。」
ルビーのことは念のために伏せておく。
「今日は目立ち過ぎたから、森に籠れるならもうなんでもいい。」
うなだれながらフェリさんが言う。
「アラクネの討伐は経験ありますか? ちなみに俺はないです。」
「私もないわ。でも、金魔法が得意だから糸対策はしやすいわ。力になると思う。」
「助かります。」
俺たちはギルドに入る。
「僕、大丈夫? さっき泣いて出て行ったけど。」
「おいそこの
「後ろのやつ、ダークエルフだよな? 大丈夫か、お前。こっちのテーブル来るか?」
「君、さっき本官に追われていた者だよね? 話を——。」
俺はスルーしてギルド応接間に向かう。
後ろでフェリさんが「え、いいの?」とあわあわしていたのだが、いいのだ。今大事なのはシーヤさんに事情を伝えることである。物事には優先順位があるのだ。
しかし、この村はガラの悪い人と気のいい人のギャップが激しい。ゴンザさんは「玉石混交の村。」と評していた。それがたった一日で実感として身に染みてくる。
応接間に着くと、バアン!と俺は扉を開ける。その場にいた面々があ然と俺を見る。それを無視して俺はずんずんと上座へ向かう。後ろで申し訳なさそうに続くフェリさん。男衆がフェリさんの顔を見た瞬間、たじろぐ。そして、スワガー奴隷商の奴隷契約書をシーヤさんの目の前のテーブルにスパアン!と叩きつけた。
気持ちいい。俺、今最高に輝いてる。謎の感動を俺はかみしめた。
「…………フィル君といったかの。これは正気かのう?」
シーヤさんが困り顔で俺に確認をとる。
「もちろん。俺は正気です。いつだって真面目ですから。」
「ちょちょちょ、ちょっと待って。」
トウツさんが慌てて出てくる。
彼女が慌てる姿はレアだ。俺は彼女の慌てようをじっくりと見ることにする。高みの見物といこうじゃないか。シーヤさんから契約書を奪い取り、文字に目を通していく。トウツさんの目が文字を追うごとに顔が険しくなっていく。額に汗が噴き出てくる。
愉悦。これが愉悦というものだろうか。彼女と出会って一年以上。かつて俺がこれほどまでにアドバンテージをとったことがあるだろうか。いや、ない。身分を奴隷に落とすという社会的地位をも犠牲にした諸刃の剣だが、俺は彼女の焦り顔を見て充足感を得ていた。
「お前か。」
ゆらりと、トウツが契約書を置いてこちらを見る。
正確には、俺の後ろにいるフェリさんだ。目線に殺気が籠っていた。嘘だろ、おい。瑠璃と戦った時もそこまで本気の殺気飛ばしてなかっただろお前。
後ろのフェリさんがたじろぐ。
「お前か売女あああああああああああああ!僕のフィオを奴隷に堕としたのは!僕が堕とす予定だったんだぞ!」
キャラ変わりすぎだろお前。もっとぼんやりしたキャラだったろお前。何で熱血キャラみたいになってんだよお前。俺、お前のじゃねぇし。
冷静に考えたらパーティーメンバーを奴隷に落とす画策をするやつって普通じゃないよな。国外追放されるわけだよ、本当。
というか興奮して俺の本名言ってんぞ。どう訂正すればいいんだよこれ。そもそも、この場にいる人間でトウツを止められる人間、いるのか?
「イナバ。ギルドでの戦闘はご法度じゃぞ。」
いた。シーヤさんだ。ギルドマスターの権力がぎりぎりトウツに届いたらしく、フェリさんに跳びかかろうとしたのを寸でのところでやめる。目が血走り、歯を食いしばる音がこちらまで聞こえてくる。こえぇよ……。
フェリさん半泣きじゃねぇか。
「ぐううううううううう!」
トウツが抜刀して机を粉みじんにする。
「フィルとやら、この机は備品なんじゃがのう。」
シーヤさんが困った顔をする。
マイペースを崩さないあたり、この人も大物だ。脇では男たちが壁に張り付いている。トウツの闘気に当てられたのだろう。耐えたのはルーグさんとフェリさんくらいか。どちらも青い顔をしている。フェリさんは肌の色のせいで分かりづらいけど。
「すいません。彼女の口座から引き落としてください。」
「こやつ、興奮して話が出来なさそうなんじゃが。」
「落ち着いたら話は通じるやつなんで。」
「そうかいのう。」
袖を引かれる。見ると、後ろのフェリさんが困り顔をしている。
「何でしょう?」
「フィル。このクエストが終わったらお別れしよう。あれは正直、エルフの
そうですね。俺もそれがいいと思います。
閑話休題。
話し合いは異様な雰囲気で続いた。
原因はトウツだ。血走った目でぶつぶつと呟いていて気味が悪い。変態だとは思っていたが、これほどとは。狂気すら感じる。いや、狂気そのものである。
その場にいる人間は、トウツをなるべく意識に入れないようにして話をする。
「それにしても、スワガー奴隷商かの。あそこもいい加減な仕事をしよるの。奴隷に志願する変わり種は確かに稀にはおる。が、その日のうちに許可を出したのは初めてじゃのう。おおかた面白そうだと思ったのじゃろう。いい迷惑じゃ。」
「スワガー奴隷商。」
ピクリとトウツが反応する。
「頼むから強襲するなよ……。」
俺は釘を刺す。
「いい、いいよ。大丈夫さ。フィルたんは最後には僕のところに戻ってくる。ちょっとした浮気くらい許そう。僕は正妻だからね。ふへへへ。」
トウツが今まで以上に輪をかけて気持ち悪いことになっている。うわぁ。悲しいけどこいつ、俺のパーティーメンバーなんだよね。
「ちっ。まともに話せるのが俺しかいねぇじゃねぇか。討伐の作戦をまとめんぞ。」
ルーグさんが仕切る。
見た目不良っぽいルーグさんだが、相対評価でまともな人枠に浮上しつつある。何だこの現象。
「アラクネが巣を作った以上、隙をついての強襲は出来ないとの判断になった。そこの兎人の姉ちゃんは『うちのメンバーは全員探知されずに近づける。』と豪語していたがな。生憎、こっちのメンバーはそこまで隠密に長けてねぇ。それに戦力のすり合わせが出来てねぇそこのダークエルフも入ってきた。よって堂々と侵入することにする。」
妥当な線だ。俺たちは頷く。
「ま、堂々と侵入して襲われたところを返り討ちってところだな。俺たちには俺たちの戦い方がある。変に足並みをそろえる必要はねぇ。だが最低限、協力すべきところはする。
非情に聞こえるかもしれないが、妥当な線である。特に擦り付けをギルドマスターの目の前で堂々と言う胆力はすごいと思った。中々出来ることではないと思う。ちらりと見ると、シーヤさんは顔をしかめているが、黙している。消極的な肯定ということだろう。
不文律をわざわざ声に出すということは、「お前らは信頼できない。」という意思表明だろう。向こうのパーティーメンバーがフェリさんを見る目が険しい。差別と言ってしまえばそれまでだが、冒険者には教育を受けられていない人間がほとんどと聞く。そんな彼らにフェリさんを
「構いません。それで行きましょう。出立は明日の朝でいいでしょうか。タルゴさんの依頼内容を聞くと、早い方がいいでしょう。」
俺が言う。
男たちは怪訝な顔をした。「お前がパーティーの代表かよ。」という疑問の表情だろう。当然だ。俺は子ども。被差別者のフェリさんを含んでも、ここにいる人間で一番信用できないのは俺という存在だろう。
「ちっ。そこの飛び入りの黒い女ともミーティングしておけ。足だけは引っ張るんじゃねぇぞ。」
「フェリファンさんです。」
「あ?」
「彼女の名前はフェリファンさんですよ?」
「知るか。ガキ。」
そう言って、ルーグさんのパーティーはぞろぞろと退室しようとする。
「あの。」
「ああ!? まだ何かあんのか!」
ルーグさんが声を荒げる。
えらい嫌われようである。
「そちらのパーティー名は何ですか?」
「……
日本に置いてきたはずの俺の厨二心がわずかにうずいた。
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