第78話 vsアラクネ&レッドキャップ
包囲網が狭まっていく。蜘蛛たちがじりじりと距離を詰めながら、アラクネの攻撃指示を待っている。俺は太ももに
「フェリさん。」
「何?」
フェリさんは今、俺をかばうように前に立っている。アラクネをにらみつけ、対峙している。
「どうして逃げなかったんですか?」
彼女はこのクエストとは本来、無関係だ。赤錆びた刃のメンバーよりも先に、逃げの選択を選んでも良かったはずだ。
「……貴方は私の奴隷だもの。所有物をどうするかは、主の勝手でしょう?」
そう言って、彼女は肩越しにほほ笑んだ。
いい人だ。彼女は絶対に生きて返さなければならない。
「瑠璃!作戦Bだ!」
『作戦Bってなんじゃい!?』
「
『あいわかった!!』
俺は後ろからフェリさんの腰に抱き着き、後ろに退き寄せてから瑠璃の横に尻もちをつく。
「ちょちょ。ちょっと何!?」
フェリさんが慌てた顔をする。
『鋼鉄の
瑠璃がアーマーベアの表皮を翼のように広げて、俺たちを覆い隠す。
瑠璃がアスピドケロンとして俺たち相手に行った攻撃。防御を固めて、身の回りを焦土に変える戦法だ。
ただし、瑠璃に爆弾魚のストックはない。俺の魔法で代用する。
「さっきから思ってたけど、この子何!? ただの犬じゃないよね!?」
フェリさんが慌てた声を出す。
返答する余裕がないので、俺は魔法を行使する。
「
その鉄の壁の隙間から、俺は火炎放射を噴き出す。
「
火炎放射の線を五本に増やす。
「
大文字型の火炎放射が、瑠璃の壁の向こうで高速スピンする。不規則に五本の火炎放射が回転しながら暴れる。横に、縦に、斜めに。
「ギギギギギギ!!」と、蜘蛛たちの断末魔が聞こえる。瑠璃の壁の隙間から、本体のアラクネが樹上に逃げるのが見える。
「そっちに逃げるのは知ってた。
空中の赤い魔素に俺の魔力をありったけ流し込み、食い潰す。俺たちの真上の視界は、炎で全て見えなくなる。蜘蛛たちには、銀山が噴火しているように見えるだろう。
「すごい。貴方、ここまで出来たのね。」
俺の前にいるフェリさんが呟く。
彼女に抱き着きっぱなしだと気づき、俺は慌てて離れる。
「すいません。」
「いいのよ。」
瑠璃の壁の隙間から、外を伺うとまだ蜘蛛が大量に押し寄せてきていた。
「あいつらがいるということは、まだアラクネは死んでいないわね。」
「手ごたえはありました。少なからず負傷しているはず。」
「燃やされるとわかっているのに、特攻してくるのね。」
「あのアラクネは頭がいいみたいです。こっちのエースがトウツだと気づかれている。レッドキャップ2体でトウツを討ち取る。それが向こうの勝利条件でしょう。」
「——逆に言えば、私たちで蜘蛛を倒せば。」
「俺たちの勝ちです。」
俺たちは顔を見合わせる。
「任せて。」
フェリさんはローブの隙間から、いろんなものを取り出した。
ローブに直接亜空間ポケットを張り付けているのか。
彼女はポケットから次々と物を取り出す。木炭、黄色い結晶、白い塩の塊のような岩、瓶詰されている透明な油のようなもの。
鼻に異臭がついた。隣で瑠璃が咳き込む。これ、昔家族旅行で行った温泉街の臭いだ。つまり、この黄色い結晶は——。
「硫黄?」
「よく知ってるわね。」
フェリさんが目を丸くする。
「
フェリさんが魔法を展開する。
地面に置いてあった素材が浮遊し、空中で合体し、織り交ざる。空でしばらく回転すると、黄色や白、黒、透明が混ざっていき一色に統一される。
出来たのは黒に近い灰色の丸い球。大人の拳よりも少し大きいくらいだ。それをあっという間に何個も量産していく。
嫌な予感がしてきた。
「フェリさんそれ、まさか。」
俺は今多分、青い顔をしている。
「金魔法使いでもないのに、察しがつくのね。末恐ろしい子。」
そう言って、彼女は黒い球体を壁の外に放る。
発破音が聞こえた。球体が次々と魔法で外に投げ込まれ、爆発していく。外は蜘蛛たちにとっての阿鼻地獄と化していた。
ダイナマイトだ。彼女は素材だけを亜空間ポケットに保存し、即席で爆弾を作ったのだ。金魔法は戦闘に使いづらいから避けていたが、こんな使い方があるなんて。俺の発想にはなかった。
「私がエルフに追われてるのは、この魔法を体系化しちゃったこともあるのよね。」
「確かに、この魔法は流通したら駄目ですね。絶対。」
魔法というよりも、この素材の組み合わせのことだが。
「当り前よ。この魔法は墓まで持っていくつもり。」
「それを聞いて安心しました。」
『翼が熱いんじゃが。』
『すまない、瑠璃。耐えて。』
『今夜は毛繕いじゃ。』
『生きて帰れたら二時間相手してやる。』
『わふ!』
最近犬化が激しくない?
瑠璃が翼を折りたたむ。俺とフェリさんは外に出て警戒した。蜘蛛たちの気配はしない。ほとんど焼き尽くしたのか。逃亡したのか。はたまた、機会をうかがっているのか。
「よし、トウツのところへ——。」
そう、振り返ると死が飛翔してきた。
「っ!」
俺は慌てて
一人ならばかわしたが、後ろにフェリさんがいる。
今の魔法は闇魔法の
「ありがとう。」
「俺は貴方の
見ると、森の奥に赤い帽子が見えた。もう一体だ。もう一体レッドキャップがいた。しかも魔法使い。ゴブリンメイジだ。醜悪な老人のような顔をしており、不揃いな牙を見せながら嗤っている。
それだけじゃない。そのゴブリンメイジのすぐ斜め上に、巨大な手が見えた。その巨大な手は、巨大樹の幹を握りしめ、握力だけで粉砕する。手の次に顔が見え、巨大な胸板が見え、巨大樹の幹に負けないくらい太い足が見えた。ズシン、とあたりに重い足音を響かせる。
「マジかよ。レッドキャップ・オーガ。」
「勘弁してほしいわね。厄日よ。」
フェリさんが隣で爆弾を生成し始める。
長く、幽鬼のように垂れ下がった髪。燃えるような赤い目。口元には巨大な牙が隆起している。そして人間の足が見えた。食ったのだ。赤錆びた刃のメンバーの誰かを。
「あの様子だと、彼らは全滅ね。」
フェリさんが言う。
「俺が引き付けます。フェリさんは退路を確保して先に逃げてください。アラクネがいない今がチャンスです。」
「……必ず追ってきなさい。」
「イエス、マスター。」
俺とフェリさんは逆方向にダッシュする。
これで彼女は逃げてくれるだろうか。いくらお人好しでも、このタイミングならば逃げるはずだ。俺の火力でレッドキャップ・オーガを押し切るのは難しい。
それに女性がゴブリンに負けることは、ただの死では生温い結果が待っている。ゴブリンメイジが俺を先に狙ったのは、つまりそういうことだろう。殿は俺がすべきだ。
「ギャギャ!」
ゴブリンメイジが
「そりゃもう慣れたよ。」
俺はステップを刻みながらかわす。
ゴブリンメイジがアウトレンジから攻撃を仕掛ける間に、ズシンズシンとオーガが距離を詰めてくる。
オーガが俺の近くまで肉薄してきた。太ももの筋肉が膨張し、一気に瞬発して加速してくる。
「お勤めご苦労。
加速したオーガの顔面に、カウンターで土のドリルをぶちかます。
「っしゃあ!討ち取った、り!?」
かみ砕かれた。オーガは口に突っ込まれたドリルを顎の力でかみ砕く。そして、地面に残ったドリルの土台をサッカーボールキックで蹴散らす。
「頑丈すぎんだろ!」
人型の魔物でトップの耐久を誇るとは図鑑で見たが、思ってた以上に化け物だった。知識は経験に勝てない。自分の経験の浅さを呪いつつ、俺は後退する。ワイバーンとのインファイトどころじゃない。オーガは人間と同じで掴むことができる。捕まったら終わりだ。
「ギャギギギ!」
視界の奥でゴブリンメイジが樹上へ登るのが見える。上から狙い撃ちする気だ。
「くそ!」
巨大樹の隙間を縫うように後退する。
流石フェリさんだ。オーガが通りづらい退路を作ってくれている。地面には森の中で目立つ、赤いビーズが散りばめられている。彼女が逃げている道しるべだ。
オーガは巨大樹をものともせず。タックルでへし折りながら俺に近づいてくる。
「
俺は毒づく。
『樹上のゴブリンは、わしが引き付ける!』
瑠璃が魔猿に変身しながら言う。
前足が伸び、指も細く伸びる。足の形はコンパクトに。細長い顔は猿人のように短く。牙が下顎から突き出る。長い耳はそのままに。腕や太ももにアーマーベアの鎧をつけたまま、瑠璃が木を駆けあがっていく。
『頼む!だが無理はするな!ルビー!樹上で瑠璃の目になってくれ!』
『あいあい!』
二人が上に消えていくのを見て、俺は前を見る。
オーガは憤怒の顔をして俺を見下ろしている。敵が逃げるのを面倒だと思っているのだろう。俺も逃げるつもりはない。
レッドキャップのゴブリンメイジはBプラス相当の敵。アスピドケロン時の瑠璃ならばともかく、今は厳しい相手だ。トウツが速さで斧ゴブリンや剣ゴブリンにおくれをとることは想像がつかない。危なくなったら逃げるはずだ。全員が生き残るには、俺がこいつを倒して瑠璃に加勢する。それしかない。
俺はポーションを一気飲みして、オーガに対峙した。
「来いよ、デカブツ。俺が、お前を、潰す。」
第二ラウンドを始めよう。
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