第4話 妖精からのレクチャー
『俺、エルフだったんですね……。』
喜ばしいことなのかわからない。
俺は人並みにはファンタジー小説や映画は好きだ。
そして、どの作品でもエルフという種族は主人公のお供であったり、重要なキーマンであったりした。
そう考えると、喜んでいいのかもしれない。
だが、それはあくまでも俺がいた世界でのイメージの話だ。この世界での実態は全く違うかもしれない。
『エルフ?ああ、人間たちが使う俗称のことだね。というか君、自分の種族に気づいていなかったのかい?』
『すいません。若輩者でして。』
つい先日生まれたばかりなのに、若輩もなにもあるのだろうか。
『いや、ヒト型の種族は遺伝ではなく学習で適応する生き物だったか。そう考えると仕様がないのかもしれないね。』
『どういう意味ですか?』
『君らエルフは教育されて大人になるんだろう?』
妖精はシニカルに口元をゆがめる。
『はあ、まあ。』
『だから自分がエルフだと気づかない。君が自分をエルフだと自覚するには、エルフの親に、エルフとしての教育を施された時だよ。』
それは、なんとなくわかる。
中学の時だったか。狼に育てられた少女の話を思い出す。
『対して僕ら妖精は生まれた時から。というよりも発生した時から自身が妖精であることを知っているんだ。』
『何故ですか?』
『君はウミガメを知っているかい?』
『知っています。』
『彼らは生まれてすぐに月の光の方へ歩き出して、海へと入っていくんだ。そういうことだよ。』
『そういうことですか。』
『そういうこと。』
どういうこと?
俺の雰囲気から疑問を感じ取ったのか、赤い妖精は言葉を繋げる。
『最初から遺伝子に情報が組み込まれているのさ。僕らはこんな種族。こんな生き物ってね。だから、生まれてから自分がどんな存在なのか、考えなくていいのさ。』
『へえ。それは……。』
何というか、何だろうこの感情は。
そうだ。「羨ましい」だ。
俺は目の前の妖精とウミガメという生き物に嫉妬している。
何者かになりたかったけど、何者になるための熱もなければ、努力もしなかった俺。生まれた時からどうあるべきか予め知らされている彼らに、俺は嫉妬しているのだ。
『羨ましいですね。』
隠すことでもないので、俺は素直に羨望の感情を吐露する。
『そうかい? 何者か、自分で決められる君たちこそ、自由度があって羨ましいね。まあ、ないものねだりなんだろうけどもさ。』
そう、赤い妖精は返答する。
『それと、ええと、何の話をしていたんだっけ?よくわかんないから優先順位を君の中で決めてくれよ。幸い、僕にも君にも時間はたっぷりある。いや、ある意味君にはないかもしれないけども。』
『俺に時間が、ない?』
『直にわかるさ。』
赤い妖精はシニカルに笑う。
『えっと。じゃあ、まず自己紹介を。』
『ああ、そうだね。自己紹介は大切だ。』
『俺の名前はソウマといいます。アカシ・ソウマ。いや、ソウマ・アカシかな。ソウマがパーソナルネームで、アカシがファミリーネーム。』
『ほう? 君の名前はフィオではないのかい?』
『え、俺の名前ってフィオなんですか?』
『今世での名前はそうだね。君の母親がそう喋りかけていたよ。』
『そうなんですね。』
『そうなんだよ。』
『では、これからはフィオと名乗ります。』
『切り替えが早いねえ。エルフはもう少し名残や郷愁を愛する一族だと思っていたけど。前世に未練はないのかい?』
『もしかしたら、あるかもしれません。でも未練があれば前世に戻れるわけでもないので。』
嘘だ。一つ。いや、二つほど未練はある。
傷つけるような別れ方をしてしまった茜という女の子。主体性も、人間としての中身もない俺を好いてくれた人。
そして、そんな俺を家族として普通に育ててくれた両親と姉貴。
でも、初対面の妖精にこの話をするつもりはない。しても仕様がないことだから。
『ドライだねえ。』
『そうですかね。』
『そうなんだよ。』
『次の質問、いいですか?』
『どんと来なさい。』
赤い妖精が胸をたたく。
『俺と貴方は、何で話すことができるんですか?』
『神語をわからずに喋っていたのかい。』
『シンゴ?』
『あらゆる言語の根源たる言語さ。今では話せる種族も限られてるけどね。君のところのエルフも、長寿の連中しか話せないよ。ほら、さっき言った通りさ、君らは親から学ばないと継承できない種族だからね。』
『君ら妖精は遺伝子が覚えている。』
『ザッツライト!』
赤い妖精が宙をくるんと一回転し、サムズアップする。
『でもどうしてだろうね。君は生まれたばかりなのに話せる。遺伝子が覚えているわけでもないねえ。おやおや、これは。もしかして君、根源を通過して転生したのかい?』
『根源?』
『この世界を生み出した大元さ。君らの言葉だと神ともいう。』
いや、仏かな?と、妖精が眉を吊り上げ首をひねる。
『よくわかんないですけど、僕の前世に神様は架空の存在としては認知されてたけど、実物がいるという確証はなかったですね。』
『ほう。ということは、君は異世界から来たのかね。』
『魔法もない世界だったので、おそらくは。』
『なるほど、面白いなぁ。』
面白い、面白いと呟きながら、妖精は空中をふよふよ浮きながら歩くふりをする。
『となると、こっちの世界に来るときに根源にあてられて神語を取得できたのかも。』
『ログインボーナス的なあれですか?』
『ログインボーナス?なんだいそれは。』
あ、通じないのか。異文化、いや、異世界に適応しなければ。
『行きがけにもらえる駄賃みたいなものですかね。』
『なるほど。変な言葉だね。』
『そうですかね。』
『そうだよ。』
赤い妖精は、深くうなずいた。
『そうなると、君はこの世界では生きやすい存在かもしれないね。』
『何故です?』
『魔法の取得に言葉が重要だからさ。この世界では種族ごとに使う言語が微妙に違うからね。つまりは語彙に限界があるのさ。でも、君は根源の言葉を知っている。』
『すごいんですか?』
『すごいねえ。とてつもなくすごいよ。』
ありがたい。転生ボーナスとかいうやつだろうか。
『でも、残念ながらそれも発揮できずに終わるかもしれないね。』
『何故ですか?』
『いや、君たぶん、数日後には殺されるから。』
さらっと、明日の朝食のメニューのように死を宣告された。
だが、妖精にはふざけているようにも冗談を言っているようにも見えない。
『え、何故ですか!?』
流石に焦る。
せっかく生き返ることができたのに。茜や家族と別れを告げてまで新しく得た命なのに、あまりにも早い。そんなのってないじゃないか。
『それは自分で確かめなよ。君は神語が話せるんだ。周りの言葉がわかるはず。』
赤い妖精が身にまとう光が、じわじわとしぼんでいく。
『え、ちょっと。何消えようとしているんですか!時間はたっぷりあるんじゃなかったんですか!?』
『君の親が家に帰ってきた。彼らの祖は僕らの親近者でね。勘がいい個体は僕ら妖精に気づきかねない。悪いけど隠れさせてもらうよ。』
『そんな!消えないでください!待ってください!』
俺は宙に手を伸ばしてばたばたと暴れた。
だが、短い手足は妖精に触れることすらできない。
宙にいた妖精は、一瞬の赤いフラッシュと共に消えてしまった。
部屋のドアが開く。
二人の人間、いや、エルフが入ってきた。
「あらあら、フィオはまた泣いているの?仕様がない子ね。」
先に入ってきた女性のエルフが、俺を抱き上げる。
おそらく、この人が今世での俺の母親。
ドアの横に寄りかかっている偉丈夫な男がおそらく父親だろう。
視界はセピア色で、すりガラスごしのようだけど、俺には二人が疲れているように見えた。
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