第5話 どちらかが死なねばならぬ

「よしよーし。いい子ねフィオは。すぐ泣き止んだ。」


 赤い妖精を大声で呼んでいた俺は、彼女には泣いているように見えたようだった。

 俺は今、されるがままに抱きかかえられている。


 白く透き通るような肌。アーモンドのような形で、人懐っこい瞳。目の色はエメラルドのようだ。色素の薄い金髪が肩下まで綺麗に流れている。服は白い簡素なワンピースのようなかっこうをしている。鼻筋はきれいに通り、神様が設計したかのような美しい造形をしていた。

 俺のいた世界のおとぎ話でも、エルフは美形に描写されていた。ここは異世界だけれども、そこに関しては大きく変わらないようだった。


 隣に立っている父親らしきエルフもそうだ。よくよく見ると、骨格が男性だから男だとわかるが、ありえないほど顔が整っていた。少し筋肉質で、色白の肌が健康的に隆起している様は、変なアンバランスさを感じさせる。墨のような綺麗な黒髪を肩下までおろしている。


「レイア。いい加減にしなさい。」

「カイム。何故そんなことを言うの。」


 今世の俺の両親はレイアとカイムというのか。苗字とかはあるのだろうか。

 というか、言葉が聞き取れている。

 赤い妖精の言った通りだ。

 一度神語というものを意識したら、するすると彼らが話していることがわかるようになった。吹き替えの映画を見ているかのような違和感に少し、知恵熱がまた出そうだ。


「どちらかとはお別れしないといけないんだ。情が移るだろう。」

「そうなっても、この子たちは私がお腹を痛めて生んだ子どもです!子どもを慈しむことの何がいけないのですかっ!」


 やはりこの人たちは俺の両親のようだ。

 母が父に激高している。

 よく見ると、二人とも目に隈が出ている。


「いけないとは言ってないだろう!これ以上は君が傷つく!やめるんだ!」

「いや!いやです!」

 母が子どものように首を振り乱し、俺を抱きかかえたまま座り込んだ。


 おそらく、実年齢は転生前の俺よりも少し上くらいだろう。エルフだから見た目通りではないかもしれないが。

 今の彼女の顔は道に迷う童女のようだった。


「レイア。君は嫌かもしれないが、聞きなさい。」

「嫌っ!」

「日取りが決まったんだ。」

「聞きたくないっ!」

「この子たちのどちらかと、お別れする日取りだ。」

「嫌よ!そんなの嘘!」

「嘘じゃない!決まっているんだ!掟が!俺たちは誇り高きエルフの一族!掟は守らなければいけない!双子は忌子なのだ!どちらかは…………殺さなくてはならない。」

「わかってるわよ!そんなこと!わかってるのよ!」


 俺の頬に、ぽたぽたと雫が落ちてきた。今世の母親は泣き顔すら美しかった。

 どうすればいいのか、俺には何もわからなかった。

 わかっていることは一つだけ。

 俺か、俺の兄弟のどちらかが死ぬ。


 何をすればいいかわからなかったから、俺は「あうー。」と声を発して母親の指をつかんだ。母親は壊れ物を扱うように、俺の手のひらを掴み返した。


「日取りは、三日後だ。」


 父親の言葉が、虚しく部屋に響いた。




 俺と妹に食事を与え、寝かしつけると二人はまた部屋の外へ出て行った。

 おそらく父親、カイムがそう計らっているのだろう。

 俺たちと一緒にいると、母親、レイアの心が崩れていく様が手に取るようにわかった。レイアの心を守るために、子どもと彼女をできるだけ遠ざけようとするカイムの優しさが、俺には見て取れた。


 しばらくすると、入れ違いで赤い妖精がまたふよふよと入ってくる。


『や。』

『あうー。』

 短い挨拶に幼児語で返答する。


『君、神語ができるのに何で赤ちゃん言葉なのさ。』

 妖精が眉をひそめる。


 目のパーツが大きいからか、挙動が某米国アニメーション会社のキャラクターのようだ。


『いや、いろいろありすぎて思考を投げ出したい気分。』

『なるほどね。』

『もうどうにでもなれ。』

『いいね。』

『どこがいいのさ。どこもよくない。』

『その投げやりな感じ。敬語もとれていい感じだ。そのまま僕にも敬語を抜いて話しなよ。』

『いいんで……いいのか?』

『かまわないよ。僕が見える連中はどいつもこいつも神聖視してくるから、話すのが億劫でかなわない。』

『妖精にも苦労があるんだね。』

『妖精だからさ。』

『そうなのか?』

『そうなんだよ。』

 赤い妖精はニヒルに目じりを歪めた。


『これで僕と君は友達さ。』

 妖精は俺の小さな手を、それよりも小さな手で挟み込んで上下にふる。


『人間と妖精なのに?』

『エルフと妖精なのに、さ。というか君、前世は人間だったんだね。道理で時々会話がかみ合わなかったはずだ。』

『そういえば言ってなかった。』

『ま、些末な問題さ。大事なのは僕と君が友達ということさ。まあ、エルフの連中は仲間に前世が人間のやつがいると発狂するかもだけど。』

『え、エルフって人間が嫌いなのか?』

『嫌いというよりも、無関心だね。ただ、血が混じるとそうではなくなる。』

『血が混じる、とは?』

『子どもを作ることだね。』

『わあお。』

 けっこう直球な話題だった。


『彼らは他種族の血が混ざるのを忌み嫌っているからね。いや、呪っているといっても過言ではないかな。実際、呪っているし。』

『呪いって?』

『他種族と交わると、肌が黒くなるのさ。』

『それって、ダークエルフとかいうやつ?』

『そう、それ。』

 妖精がラッパーみたいに指を前方に掲げる。


 ダークエルフか。

 子どもの頃流行ったトレーディングカードゲームを思い出す。それにはダークエルフをモチーフにしたモンスターもたくさん出ていたけども、かっこいいという印象しかなかった。

 穢れているだとか、呪われているというイメージは全くない。


『話を本題に戻そうか。』

『俺が死ぬかもって話?』

『いや、僕と君が友達って話。』


 そうか。

 …………そっかー。

 今世初の友人は、俺の生き死によりもフレンドシップが優先らしい。


『そもそも妖精の友達はいないの?』


 異種族が妖精にへりくだり気味というのはわかった。であれば、同じ種族で仲良くすればいいだろうに。


『いや、僕らって個体であり群体みたいな生体でさ。個としての自分はもっているんだけども、他の個体の妖精が完全な他人とはいいがたいんだよね。想像してみてよ。自分の人格を切り離して、そいつを友達と呼ぶんだぜ?気持ち悪いだろう?』


 想像してみた。空想の友人を作り出し、それを友と呼び笑顔で語らう自分。何というか…………その。


『痛いやつだな。』


『痛いやつ!そう!それだよ!異世界の言い回しかな、それは。僕は痛いやつにはなりたくないのさ!』

 妖精が空中でケタケタと笑う。


『そういうわけで、よろしくね。フィオ。』

『よろしく。えーと。そういえば君の名前は何だっけ?』

『個体を識別する名詞か。そういえば僕にはないなぁ。』

『マジで?』

『マジで。』

 これも異世界の言い回しかー!と、妖精がカラカラと笑う。


 異世界の妖精さんはバイタリティが高い。


『というわけで、フィオがつけてよ。』

 赤い宝石のような瞳が俺をのぞき込む。


『俺でいいの?』

『君がいいのさ。』

 妖精はにんまりと口角を上げる。


『じゃあ、ルビー。』


 俺は、初対面の時の瞳の色の印象をそのまま伝えた。


『ふうん。それは人間たちが装飾品にしているあの赤い石が由来かい?』

『そうなるね。』

『ほう、つまり君は僕を宝石のような宝物だと思っている、と。』

 訝し気に妖精が僕を見る。


『そうともいう。』

『いいね…………いいね。僕はこの名前が気に入ったよ。今日から僕はルビーだ。よろしく!僕の友達、フィオ!』

『こちらこそよろしく。』


 そしてさようなら。ソウマ・アカシ。

 この世界で俺をフィオと呼ぶ友人ができてしまった。親もいる。

 であれば、俺は今日からソウマではない。フィオなのだ。


『それにしても、お前も友達なら俺の心配くらいしてくれよ。』

 俺は話題をまた、本題に戻す。


『どうしてだい?いや、そうか。すまない。君らエルフや人間は死生観が僕らと違ったんだね。』

『妖精は違うのか?』

『違うよ。肉体がなくなるか否かの違いだからね。魂に戻るだけさ。そして僕の魂はいつか、別の個となってこの世に生まれる。僕としての個の記憶はなくなるけども、世界はそれを覚えていてくれるし、他の群体の個が僕を覚えてくれる。』

 そこに大きな違いはないのさ、と、ルビーが肩をすくめる。


『なんというか、壮大な種族だな。』

『そう?僕らからすれば、個として生きることに拘る君らの方がよっぽど壮大だよ。』

『そうかな。』

『そうだよ。』

 妖精は、ルビーはそう言って笑った。


『それに、君は死なないからね。』

 だから僕は落ち着いていたのさ、とルビーが続ける。


『何で?』

『簡単だよ。君の両親は、というよりも母親の方だけども。君の血筋は特別だから必ず子を残さなければならないんだよ。そして君は男の子だ。君の兄妹は?』

『……女の子。』

 僕は思わず、隣で眠るエルフの幼児を見た。


『ほら。そうなればさ、普通に考えて種の存続のために男を残すだろう?よかったね。死ぬのは妹ちゃんの方だよ。』

 そう言って、ルビーは嗤った。

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