第3話 幼児期
俺は憮然とした顔でベッドに横たわっていた。とはいっても、しわくちゃな顔だから表情を作れているかも怪しいが。
恐らく俺はまた産まれなおしたのだろう。こういうのを何というのか。輪廻転生だっけか。生まれ変わりだっけ。まぁ何でもいい。大事なのは俺が今、ここにあるということだ。
神様でも仏様でもどちらでもいいが、いるとしたらサービスが過ぎるのではないだろうか。
頬をぺちぺちと叩かれる。
「あうー。うー。」
横から小さな幼児語が聞こえる。
どうやら俺には双子の弟だか妹がいるらしい。
何故俺の方が兄とわかるのか。それは俺が取り上げられてしばらく後に、けたたましい泣き声が聞こえたからだ。耳がキンキンして死ぬかと思った。たぶん俺も負けじと泣いていたのだろうけども。
————こいつ、俺と同じ転生者じゃないだろうな?
空恐ろしい可能性が頭をちらつく。
いや、もしそうだった場合は二人仲良く過ごせばいいだけだ。
頭が熱くなってきた。どうも脳がまだ発達していないらしく、難しい考え事をすると知恵熱が出てしまう。
恐らく俺は産まれて一週間近く経っているはずだ。その間に知恵熱を何度も起こすものだから、俺は下の兄弟だか兄妹よりも多く抱き上げられていた。お手数かけてすいませんね。
俺が浄土だと思っていたのは今世での母親の腹の中だったということだろう。この歳にもなって母のお腹が恋しかったとか、完全に黒歴史である。俺はマザコンではなかったはずだ。いや、マザコンの人を悪しざまに言うつもりはないが。それでもショックという気持ちは隠しきれない。
確か、海外には胎内回帰リラクゼーションなる商法があったはずだ。暗い容器の中に人の体温と同じ温度の塩水と一緒に入り、眠るサービスだ。羊水を再現するわけだな。ああいうものがあるのだ。俺が感じていた安堵は恥ずかしいものではない、はず。そう思いたい。そうだよね?
切り替えていこう。
今日俺は一つのことにチャレンジする。
目を開けることだ。
今の所、俺は外界の情報を音でしか拾えていない。その上、周囲で大人が話しているようだが何を言っているのかわからない。
これでは情報収集ができない。わからないは怖い。怖いは不安。
ゆえに、俺は目を開くのだ。
よし、いくぞ。覚悟完了。せーの、だ。せーので目を開くんだぞ。せーのっ!
————目を開くと周囲はセピア色だった。それだけでなく、すりガラスを通したように輪郭がぼやけている。ほへー。赤ん坊の視界ってこんな感じなのか。
俺は座っていない首を懸命に動かし、周囲を観察する。
身体のすぐ横にはベッドの柵。木製。木のいい匂いがする。落ち着く。きっとこれがフィトンチッドの香りとかいうやつか。ところでフィトンチッドってなんだっけ。
隣にはマイブラザーオアシスター。
ミルクの匂いがする。
「あうー。」と発声したので「うあー。」と返答しておいた。
部屋は中々に広い。15畳くらいはあるだろうか。子ども部屋予定にしては広すぎるのではないだろうか。
いや、それは日本人基準か。土地が余っている海外はこのくらいの部屋もあるだろう。たぶん。知らんけど。
ということは、ここは海外か?
手を不格好に上にかざし、自分の肌を見てみる。真っ白だ。うーん。でも、日本人の幼児も色白の子はこのくらいあるよな。
そういえば俺と遺伝子をわけたサンプルが隣にもいるではないか。よしよし。マイブラザーオアシスター、君の瞳を見せてくれ。黒なら日本人。いや、中国人? 茶色や青だったらどうしよう。どの国か特定できないぞ。
なんでもいいや、その可愛いお目目を見せてくれ。
げ、君まだ開眼してないのね。そりゃそうか。大人並みの知能がある俺が意図的に無理やり開けているわけで、普通の子はまだ開ける時期じゃないのかもしれない。
引き続き、周囲を観察する。
どうもこの部屋は全部木製のようだ。
前世での幼少期のキャンプを思い出す。ウッドデッキの家の内装が、丁度こんな感じだったように思う。ベビーベッドの隣にある椅子も木製だ。おやおや、我が両親は中々に過保護かもしれんな。ケミカルなものは子どもには触れさせないってか?
空中を妖精が横切った。
へー。いるんだ。妖精。
妖精と目が合う。
宝石みたいな目してんな、妖精って。ルビーみたい。
妖精がふわふわと飛んでこちらへ来る。
え、妖精!!!?
「あうー!」
妖精!? 妖精って妖精!? あの妖精!? 妖精が妖精!? でも小さいし、うわっ、俺よりも小さい!? 羽あるし!透明で向こうが透けて見えるやん!え、その
俺は幼児としての限界まで腕と足をばたばたさせる。
『驚いた。当代の巫女は産まれてすぐに僕が見えるんだね。』
こいつ!? 直接脳内に!?
『というか、言葉がわかる!?』
気づいたら俺は相手と同じ言葉を喋っていた。いや、送るといった方が正しいのか。というよりも通信か?
なんにせよ、何故か俺は目の前の妖精が話す言葉がわかってしまった。まるで初めから知っていて、今思い出したかのように。口は動いていない。でも伝わった。
『おや、妖精の言葉までわかるのかい。将来有望だね。』
『あ、あの。聞きたいことがあるんです!』
俺は降ってわいたチャンスに慌てて言葉を繋ぐ。
『構わないよ。僕に聞きなさい。』
ふふーん、と妖精はつぶやき、空中で機敏に一回転し、腕を組む。顔は得意げだ。
『俺、何で生まれ変われたんですか!? 貴方は何ですか!? 妖精ですか!? どうして俺と話すことができるんですか!? その羽でどうやって飛ぶんですか!? ここはどこで、俺は誰ですか!? というか、当代の巫女って!?』
『速い速い速い!多い多い多い!そんなんじゃあ答えられないよ!』
空中で妖精が頭を抱えて横にふるふると動かす。
『す、すいません。興奮してしまって。』
『よくわからないけど、聞き取れた範囲で答えるね。』
『はい、お願いします。』
『まず、僕の種族は君の言う通り妖精で間違いないね。ちなみに妖精は魔法を使って空を飛んでいるねぇ。羽は始祖が虫だったことの名残だよ。』
『え、魔法ってあるんですか!? というか妖精って虫なの!?』
『二つ答えたら新しい疑問が二つ出来たねぇ。』
『すいません……。』
『謝る必要はないよ。僕は君という存在を興味深く見ている。この会話に興じているのさ。』
『ありがとうございます。』
『かまわんよ!』
えっへん、と妖精が空中で胸を張る。ちなみに胸は平坦だ。というか、妖精に雌雄ってあるのだろうか。
『あと、妖精の中には虫呼ばわりされるのを嫌うやつもいるから気をつけるように。』
『はい。』
『うむ。僕は素直な子は好きだよ。』
さわさわと、妖精が俺の頭をなでる。
『それと魔法についても答えようか。というか、魔法は世の中にあるのが当たり前じゃ————いや、君は産まれたばかりだからその辺の知識がないのか。うん? そういえば君たちって産まれてすぐ話せるっけ?』
『いや、人間は普通産まれてすぐは話せないですよ。』
『そうだよねぇ。というか人間?』
『え?』
『え?』
二人して顔を見合わせる。
ルビーの瞳が乱反射して、俺の顔を赤く染める。
『何を驚いているの?君は人間じゃないでしょう?』
何を言っているんだと思い、ふと隣を見る。そこにはおそらく俺とうり二つの双子が、もぞもぞと動いている。ちらりと見えた耳がとがっていた。
とがっている!? 耳がとがっている!?
『妖精さん!妖精さん!』
『はいはい、何だね幼子よ。』
妖精さんは鷹揚に宙で手を制した。
『耳!耳がとがってる!』
『そりゃそうでしょ。君ら耳長族なんだから。』
そこで俺はようやく気付いた。というか、妖精と出会った時点で気づくべきだった。ここは恐らく、日本ではない。地球ですらない。異世界のどこか。ファンタジーな世界なのだ。
というか俺、エルフだったのか……。
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