第201話 コロニー攻略5(後始末)
「酷いよ瑠璃ちゃん。僕を見捨てるなんてさぁ」
トウツがぶつくさ言いながら、森の奥から現れた。
「そうだぞ、瑠璃。謝りなさい」
俺が言うと、瑠璃はぷいとあちらの方を向く。本当、気難しいやつだよなぁ。可愛いから許すけどさ。
『わが友に二度とセクハラしなければ、今後しないと約束すると言ってくれ』
「俺にセクハラしなければ、もうしないって言ってる」
「わかった。許す」
「俺へのセクハラ権って、そこまで重要なのかよ……」
呆れた兎である。
「フィル、そんな駄兎と会話していないで、急いで解体してほしいですわ。イナゴがたくさん戻ってきていますの」
ファナが火炎放射でイナゴを焼きながら言う。
徹夜で戦った後にあれだけ火魔法使えるとか、ほんとタフだよなぁ。伊達に聖女やってない。
「すまない。急ぐよ」
「頼みますわよ。駄兎、むっつり、手伝いなさいな」
「火薬がもったいないわ」
「僕、ハイキングしたばっかりなんだけど」
「フィル、何か言ってあげて下さいまし」
「約束の膝枕はファナだけ、かな」
「やるやる!斬ります!」
「予備の火薬を出しましょう」
現金な奴らめ。後、フェリは別に膝枕するなんて約束してないんだけども。
『最近、わが友は自分の身体を交渉材料に使いすぎじゃのう』
「これで簡単に動いてくれるんだから、いいだろ」
『安売りしすぎると、要求が大きくなってゆく。努々注意すべきじゃ』
「わかってるよ、瑠璃」
『本当かの?』
「本当だって。本当本当」
「前から思ってたけど、フィルってその使い魔と話せるの?」
ムナガさんが話に入ってくる。
うお、ムナガさん達の解体めっちゃ手際いいな。そっか手足が多いからか。いいなぁ、昆虫って。ムナガさんは多足類なので、普人族でいう腕は同じく二本しかない。他が移動用の足である。それに対して、パスさん達は二本足で立ち、腕が四本である。手数も多いうえに、解体の作業能率も二倍だ。
うーん。
知れば知るほど、エクセレイ王国と同盟を組んでほしくなってくる。絶対、対魔王に必要な人材が多くいると思うんだよなぁ。俺はそこまで頭はよくないけど、彼らに多くの役割が生まれることは想像出来る。エイブリー姫であれば、もっと具体的に有用な人材登用が出来るんだろうけども。
まぁ、それは俺の仕事ではない。考えるという、大事な労働を放棄することはないけども、頭脳労働は本来俺の本分じゃない。前世の俺だったら、何も考えずに全て投げてたんだろうなぁ。少しは、責任感というものが身に付いた気がする。それは歳を取ったということなのか、この異世界が育ててくれたのか、わからないけども。
「話せますよ」
「どうやって?」
「企業秘密です」
「ははっ。フィルはそれが多いねぇ」
「よく言われます」
「私の背中に乗りな。そこの鱗をはぎ取ってくれないか?」
「分かりました」
「ちょっと待ってフィル。その女の背に乗る必要はないねぇ。僕が椅子になろう。さぁ!」
「ここの鱗、軽いわりに固いですね。虫の甲羅の特性と竜鱗が合わさるとこうなるんですね」
「あの兎の姉ちゃん、無視していいのかい?」
「相手してたら疲れるので」
「ああんっ。放置プレイ!」
トウツが四つん這いになったまま悶える。
何なんだあいつ。やめて欲しい。ほら見ろよ、
なお、トウツの四つん這いはファナがかかと落としを見舞おうとして中断された。2人はぎゃあぎゃあ喧嘩しながら、ついでにイナゴ共を殲滅していく。徹夜明けだよな? あいつら。
「フィル、外骨格や鱗は半分貰っていいか? 俺たちも、そろそろ武具を変えるべきと思っていたのだ。A級に昇格した時の竜の素材は、ほとんど換金してしまったからな」
「構いませんよ」
「助かる」
パスさんが礼を言う。
この人、躁鬱が激しいだけで割と常識人だよな。
「羽はこれ、貰っていいですか?」
「ほう、どんな素材に使えるのだ? そこは確かにそこらの魔物よりも頑丈だが」
「瑠璃」
瑠璃が
「……何というか、エキセントリックな使い魔だな」
珍しくファングさんが小さい声でつぶやく。
「自慢の友達ですよ」
「そりゃ、あれだけ戦力になるなら自慢したくもなるわね」
ムナガさんが苦笑する。
瑠璃の生態の異常さは、異国でも通じるらしい。
「鎌も貰っていいですか? これ、素材そのままでも滅茶苦茶切れ味いいですよね」
「その通りだな。
「もちろんです」
でも、何に使うべきか考えてないんだよなぁ。使い道がないならないで、瑠璃に食べさせればいいんだけども。ほんと瑠璃って万能だな。
「よし、解体はこのくらいにしよう。魔力が枯渇している面子も多い。魔甲虫翼竜が死んだことで、他の魔物が動き出すかもしれない。一旦ギルドに戻り、そこでまた素材の分け前を決めよう」
「分かりました」
パスさんの決定に応じる。
俺は亜空間ローブの中に、竜の残りの胴体をまとめて収納する。
「わお、すごい容量だな」
「とてつもなく強かったけど、竜種としては小型でしたからね。俺のローブであれば入ります」
「おっけ。じゃあ行こうか」
俺たちは帰路についた。
コロニー攻略クエストが、終了した。
「クエストの受領ですね!わかりまし……あれ?」
ミツバチ族のお姉さんが、後ろのトウツとファナを見て困惑した。
「あれ? 今朝まで
ああ、トウツとファナが徹夜明けにクエストしてたから混乱したのか。そりゃそうなるよな。冒険者業でこんな働き方するやつなんて、ほとんどいない。基本、命がかかった仕事だもんなぁ。こいつらくらい狂ってないとしない所業だろう。
「あれが今朝、イナゴ共を千以上葬った2人組か」
「異国の英雄はおっかねぇ」
「でも助かったな」
「ああ。実入りのいい仕事がとられたけどな」
「あの小さい子どもがリーダーなのか?」
「マジ?」
「本当だよ。ギルドマスター室に招かれてた」
「というか、もう次のクエストしたのかよ」
「ハポン人は死ぬまで働く民族らしいからな」
「本当かよ?」
「ああ、カロウシという言葉もハポン国から流れてきた言葉らしい」
ぼそぼそと、
俺たちを噂している連中も、体の外骨格に土が付いていた。おそらくクエスト帰りだろう。今、冒険者は突発的な繫忙期である。ここで働かなければ怠け者の烙印を押されること必死だ。
有名になるのは好都合だ。少しでも多く、信頼を勝ち取らなければならない。そのためにも、どんどん高難度クエストをこなしていかねば。
「よろしく頼む」
パスさんがどさりと、
「え!? これは
受付のミツバチのお姉さんが驚愕の声をあげる。
「マジかよ!」
「
「でも異国の英雄も一緒だぜ!?」
「何のクエスト受けて
周囲がざわめく。
「えっと、その。
「ああ、ついでにこれも倒した」
「ついで!?」
複眼でもミツバチのお姉さんが目を白黒しているように見える。よく考えてみれば、A級並みのクエストを2つまとめてこなしたことになるのか。それは確かに驚くよな。
最近、本当に感覚がマヒしている。でも、それでいいのだろう。魔王を倒すのが最終目的ならば、常識は投げ捨てるくらいが丁度いいのかもしれない。
「す、すぐにクエスト完遂調査いたします!解体場に素材を全て並べていただいていいですか!?」
「構わんよ」
そう言うと、パスさんが振り向いた。
「というわけで、今日の飲み代は俺たち
「「「うおおおおおおお!」」」
「流石だ兄貴!」
「やるじゃねぇか!」
「輝いてるぜ!」
「ああ、さんさんと輝いてやがる!」
「ははは!そうだろうそうだろう!」
冒険者たちの中心で鷹揚に構えるパスさんとファングさん。ムナガさんたちも、のんびりと席について酒を注文し始める。
ミツバチ族のギルド受付嬢は、慌てて調査隊にコロニーが本当に壊滅しているのか確認を命じている。まさかその日のうちに壊滅させてくるとは思っていなかったのだろう。調査隊も慌てて冒険用の装備に着替えている。
「フィルたちは飲まないのか?」
リュカヌさんが話しかけてきた。
寡黙な人だから、話しかけてくることに驚いた。
おっかなびっくりトウツ達を見る辺り、俺に話しかけるのが吉とでも思ったのだろうか。
「こっちは徹夜明けが2人いるので、素材を解体場に広げたら休みますよ」
「そうか、しっかりと休むといい」
「ありがとうございます」
「あの、フィル様!」
パタパタと、ミツバチ族のお姉さんがまた戻ってくる。
「はい、何でしょう」
「お客様が先ほどお見えでした。騎士団長ケーファー様からの伝令役とのことです」
「本当ですか!? 有難いです。その方は今、どちらに?」
「フィル様方の不在を確認したら、ご自身の待機宿に戻られました。呼びましょうか?」
「よろしくお願いします。俺たちの滞在場所に呼んでいただいても?」
「はい、構いません。旅館スワロウテイルですね?」
「えぇ」
「いつ頃にしましょう?」
「今日は遅いので、明日の昼前にお願いします」
「承知いたしました」
ミツバチ族のお姉さんが会釈をする。
俺も会釈を返して、解体場へ向かった。
「全く、もしやとは思ったが、すぐに完遂してしまうとは。頭が下がるよ」
解体場で、ギルド職員が
その長い触覚、歩くときに不便じゃないのかな、と思ってしまう。ドアに引っ掛かりそう。
ちなみにトウツとファナは休むために先に帰った。カプリさんが現れた瞬間、フェリはすっと後ろに下がる。俺もコミュニケーションは得意な方じゃないから、手伝ってほしいんだけど……。
「……予想外の実入り、ですね」
「普通はこの予想外は、死ぬのだがな。コロニーを潰すついでに討伐できる竜ではないはずだが」
「そこは、優秀な現地民の冒険者たちも一緒でしたので」
「何を言う。
「そうなんですか?」
工夫次第でいけそうだと思うけどなぁ。
「狐の面で分かりづらいが、予想外とでも言いたそうな雰囲気だな」
「ええ、パスさんたちは強いです」
「ふむ。フィル君は、彼らがもし単体パーティーとしてあれに挑むとして、勝率はどのくらいだと考える?」
「7割は固いと思います」
「それは固いとは言わないのだよ。7割勝てるということは、3割死ぬということだ」
「あ」
「ふふ、異国の英雄はやはり考え方が一味違うな。命を賭けた戦いに慣れすぎていると見える」
「そんな、俺なんてまだまだですよ」
「その言葉は、A級が言うと嫌味になるからギルド内で言わないでくれたまえ」
「はぁ、わかりました」
「なんにせよ、コロニーを落としてくれて感謝する。ギルドの代表として礼を言う」
「いえ。ケーファーさんと繋いでくださったんですね。こちらこそありがとうございました」
「何、構わんよ。仕事だからな」
そう言うと、カプリさんは解体場を出て行った。またあのデスクワークに戻るのだろう。忙しい間を縫って話しかけてきてくれたのだ。感謝しなければ。
「さて、俺たちも帰るか。行こう、フェリ、瑠璃」
「えぇ」
『あいわかった』
今日は疲れる一日だった。
明日はもう少しのんびりした一日になるといいなぁ。
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