第233話 謁見

「ようこそいらっしゃいました、異国の英雄よ」


 仰々しく述べたのは、コーマイ国の女王である。彼女はスズメバチ族だった。玉座に人型のスズメバチがふんぞりかえって4本の腕を動かす様は、虫の国に慣れた俺でも少し怖い。

 前世で刺されたことがあるんだよなぁ、スズメバチ。アナフィラキシーショックという言葉をお医者さんに教えてもらって以降、道端でスズメバチを見るたびにアルコールに酔ったような不格好なシャドーボクシングをしてかわしたものである。

 周囲の兵士もまた、スズメバチ族が多い。続いて、カブトムシ族やクワガタ族。頑丈な甲虫の種族が多くいる。エクセレイでは騎士が整列すると、頭上に大量の槍が掲げられていて壮観だった。ここでは自前の顎や角が上に掲げられている。これはこれで、野性味があって荘厳である。


 それにしても、女王を含めてスズメバチ族全員から、既視感のある魔力の波動がある。はて、この感覚は何だったか。


「お招きに預かり、光栄至極にございます。エクセレイ王国にて冒険者をしております、フィル・ストレガと申します。後ろに控えるのは聖女ファナ・ジレット、元ハポンの御庭番トウツ・イナバ、そして金魔法使いのフェリファンです」

 俺は片膝を立てて挨拶する。


 トウツの経歴は調べればわかる。変に隠すのも危険なので、正直に紹介することとなった。


 彼らは虫人族ホモエントマだ。獣人もそうだが、彼らは自身の威光を示そうとする時に体を大きく見せる慣習があるらしい。トウツが興奮した時に垂れ耳がピンと跳ね上がるのがそれだ。

 女王に敬意を示すためには、こちらが体を折りたたんで小さくする必要がある。そのために片膝をついた。普人族でいう、頭が高い控えおろうという慣習だろう。根本の理由が若干ずれているものの、結果として片膝を立てることがどの種族でも敬意を示すポーズであるという共通点になっている。面白い。種族間に違いは多くあったが、似通っていることもまたあるのだ。


「これはこれは、丁寧な挨拶いたみいります。異国の人間であるというのに、こちらの作法に合わせていただいているのですね」

「案内役のベル・ア・ソア様の手ほどきが上手だったからですよ」

「あら、彼女も素晴らしい仕事をしていらしたのですね」

 女王がギシギシと笑う。


 ベルさんを持ち上げたのは、ちょっとしたアピールだ。彼女の株を上げることもそうだけど、俺たちは彼女を使者としてエクセレイに連れて行きたい。そのためには、「異国の英雄はカイコガ族の案内役をたいそう気に入っている」とさりげなく伝える必要がある。

 そしていざ国を離れる時になれば、自然に切り出せるはずなのだ。彼女も連れて行きたいと。


「申し遅れました。私の名前はスフィカ・ヴァスピノエ・コーマイです。よろしくお願いしますね」

「女王直々の挨拶、痛み入ります」


 確かスフィカはめい、ヴァスピノエは家名、コーマイは国姓こくせいだったはずだ。この国では種族が多すぎるので、主要種族が持ち回りで国王や女王を務めているらしい。今はオオスズメバチ族の番というわけだ。オオスズメバチ族は党首が必ず女性なので、そのまま女王として就任しているのだろう。エクセレイはもちろん、他所の国にも中々ない仕組みだ。よくできている。我を通しすぎた政策をすると、次の政権で自分の種族が冷遇されるのだ。その代わり、先進的なことに着手しにくいところがデメリットといったところか。全ての種族を納得させる変革は難しいだろう。


「畏まらずともよいです。今日はあなた方が客人であり、主役です。見て下さい、私の兵士たちを。全員、あなた方に武人として敬意を示しているのですよ?」


 俺達は周囲を見回す。

 甲虫種の騎士達が、こちらを見て敬礼する。複眼だけどわかる。彼らは確かに俺達に敬意を示してくれている。

 ジゥークさんと目が合った。

 俺は小さく頭を下げる。


「座りましょう。女王である私が対等に接するということで、最上級のおもてなしをさせて頂きます。申し訳ありませんが、あなた方がこの国のために成しえたことは前代未聞でして、どう報酬をお渡しするか考えあぐねていたのです」

「無理からぬことと思います」

「ありがとう。さぁ、同じ目線の高さで食事をいたしましょう。この話の終わりに、報酬も差し上げますわ」

「身に余る光栄です」


 女王が座るのを確認して、俺達も座る。周囲の騎士たちは立ったままだ。ジゥークさんですら直立不動である。

 なるほど、敬意を報酬にしたのか。

 女王を除いてこの空間において、俺達は最も社会的身分が上である。女王を立てることによりコーマイ国の価値を落とさず、かつ異国の貢献者を最大限に歓待する。落としどころとしては十二分だと思う。これなら報酬がちょっとした装飾品や儀式用の剣であってもケチがつかない。


 その後は和やかに歓談が進んだ。

 俺達はこの国での活躍をたくさん話した。国境での魔暴食飛蝗グラグラスホッパーとの戦いのこと。大顎暴竜メントゥムドラゴン魔甲虫翼竜ドラゴマンティスのこと。偽青龍海牛ブルードラゴンモドキの話にはジゥークさんにも加わってもらって、面白おかしく話した。実際は命がかかっていたので笑いごとではないのだが、全員生き残ったので、ここは笑い話にさせてもらう。

 女王は楽しそうに話を聞いては、質問を挟んでくる。


「それにしても鎧虫の逆鱗デルゥ・ポカ・レピですか。優秀な冒険者パーティーのようですね」

「えぇ、いい奴らなんです!実力は折り紙つきですよ!」


 俺はすかさずパスさんたちを持ち上げる。彼らが望むかはわからないが、国のトップに快い評価をもらうことは良いことであるのは間違いない。

 それにしても、タイミングがつかめない。エクセレイとのホットラインを繋いでほしいと早く交渉したいのだが。

 隣ではファナがちらりと目配せしてくる。大方「早く切り出しませんの?」とでも言っているのだろう。俺も目をパチパチさせて「もうちょっと待って」と思念を送る。


「いやぁ、それにしても素晴らしい手腕でした。流石は魔法立国エクセレイのA級冒険者ですね。あの憎くき空の大魚を仕留めてしまうのですから」

「いやぁ、はは。そんな」

「そちらのお面も精工ですのね。申し訳ありません、私達に配慮して顔を隠してくださっているのでしょう?」

「いえいえ、気になさらないでください」


 お面というワードで気づく。

 女王や他のスズメバチ族から感じていた魔力パターンの正体だ。

 何のことはない。俺の千両役者の仮面やフェリのイヤリングと同じだ。

 変装魔法。正体を隠すための魔法である。はて、暗殺対策か何かだろうか。

 これはすごい。マギサ師匠ほどではないが、素晴らしい付与魔法だ。


「それにしても素晴らしい変装魔法ですね、皆さん。やはり階級が高いと素顔をさらすのは危険なのでしょうか?」


 俺は、なんとなしに思ったことを口に出した。

 いや、出してしまった。


 場の空気が凍る。


「フィル様、今何と?」

 女王が震えた声で言う。


「あ、えっと。言っちゃいけないことでした? 全員していらっしゃるので。この国の変装魔法は素晴らしいなぁ、と。たはは。」

 ちらりと横のファナを見る。


 見たこともないジト目をしていた。その奥ではフェリがあわあわと慌てている。

 反対側を見ると、トウツが笑っている。

 あ、これ楽しくて笑っているわけじゃないな。攻撃的な笑顔だ。「お前、やっちまったな」という顔である。


「こ」

 女王が声を絞り出す。


「こ?」

「殺しなさい!この場にいる冒険者4名、そして外にいる使い魔を殺すのです!情報を持ち帰らせてはなりません!」

「え、すいませんすいません!何かいけないこと言いましたか!?」

「女王様何を!?」


 突然のスフィカ女王の豹変に、ジゥークさんやクワガタ族カブトムシ族の騎士たちが慌てる。

 だが、その命令に素早く動く者たちがいた。

 スズメバチ族だ。

 巨大な槍を、座っている俺たちの頭めがけて弧を描くようにスイングしてきた。

 椅子から転げ落ちる俺。優雅に伏せるフェリ。素手で槍をキャッチするファナ。手刀で騎士の首を切り落とすトウツ。


 え、トウツ!?


「お前何してんの!?」

「何してんのはフィルの方だね~」

「馬鹿やりましたわね」

「敵地でそんなことするからそうなる」

「敵地って……!」


 慌てて俺は魔力視の魔眼マギヴァデーレで彼らを注視する。襲い来る彼らをトウツとファナが徒手空拳で何とか対応している。王宮なので武器の持ち込みは禁止されたのだ。刀も十字架も、外にいる瑠璃に渡してある。

 窓から飛び降りるスズメバチ族の騎士がいた。瑠璃の所へ行くつもりだ!


 そして俺は気づく。

 スズメバチ族の変装魔法の先にある魔力の感覚。おれはエクセレイの魔女の帽子ウィッチハット工場で見たことがある。そして、ノイタという冒険者仲間からも。


「こいつら、吸血鬼と魔人族か!」

「だからそう言ってますの!」

「今更気づいたの!?」

「え、気づいてたの!? 言ってよ!」

「フィルも気づいた上で話を合わせてると思ったのよ!」


 フェリが叫びながら、手に小型の岩盤爆弾ロシェピュロボロスを取り出す。


「フェリ殿!?」

「お前それどうしたの!? ここ武器持ち込み禁止なんだけど!?」

 ジゥークさんと俺が叫ぶ。


「流石王宮ね。武器庫の品ぞろえが完璧だったわ。今素材を組み合わせたわ」

「それ泥棒やんけ!」

「いえ、冒険者としては正しいですわね」

「当たり前でしょ、フィル。礼儀より命の担保の方が大事だよ」

「え、俺がおかしいの!?」


 え、俺間違ってないよね!? あれ!?


「爆破」


 ズドン、と俺達と女王の間にある豪奢なテーブルが木っ端みじんに吹っ飛ぶ。


「ゲホッ、ゴホッ!おのれぇ!」

 煙の向こうで女王の怨嗟の声が聞こえる。


「フィル君、これは!?」

「ジゥークさん待ってください!」


 悩みつつも俺達相手に臨戦態勢をとるジゥークさんに待ったをかける。

 俺はトウツが殺した騎士の亡骸に近づく。

 落ち着け、すぐに解除するんだ。変装魔法は闇魔法だ。逆方向のシグナルで魔力を流せば解除されるはず。黒い魔素マナの配列パターンは……わかった!千両役者と基本骨子はやはり同じだ!これならこの場で出来る!


 俺は騎士の死体に手を置く。

 死体は薄く発光して、形を変えた。それはスズメバチ族ではなく、魔人族の男の死体だった。青黒い肌に、青い血がテラテラと光る。


「な、これは!?」

「ジゥークさん、この国は乗っ取られています!」

「どういうことだ!?」

「詳しくは後で!まずは生き残ってください!俺たちは瑠璃の所へ行かないと!」

「フィル、早く!」


 トウツ達が既に扉の方へ移動している。


「今行く!」

「くっ!」


 ジゥークさんが俺と騎士たちを交互に見る。そこは地獄絵図だった。スズメバチ族が次々にクワガタ族やカブトムシ族の騎士達に襲い掛かっている。突然の事態に困惑するものは槍の餌食になっていた。実力があるものは慌てて応戦している。


 扉の前に立って俺は叫ぶ。


「そこにいる女王は吸血鬼です!俺の目にはわかる!この国はとっくの昔に乗っ取られている!俺たちを王宮に一年呼ばなかったのは、バレるのが怖かったからです!」


 俺の言葉を聞いた瞬間、騎士達の剣に迷いが消えた。スズメバチ族の攻撃を次々とかいくぐり始める。

 それを確認して、俺は廊下に飛び出す。


「どうする!?」

「まずは瑠璃のところへ!」

「あの兵士くらいなら、瑠璃は平気だと思いますわ」

「万が一があるだろう!」


 もしかしたら魔女の帽子ウィッチハットだってあるかもしれない。エクセレイのゾンビ工場にいた吸血鬼の男が平均戦力だとしたら、複数いたら脅威だ!


「というか何であんなこと言ったかなぁ!言う必要なかったよね!?」

 トウツが走りながら叫ぶ。


「いや、あんなん無理やん!予想しろという方が無理だろ!まさか城の要人全部入れ替わってると思わないじゃん!」


 脇に控えてた貴族っぽい連中もほとんどそうだったし!


「変だと思いませんでしたの!?」

「思ったけどさ!」

「じゃあお口を閉じて下さいまし!」

「え、俺が悪いの!?」

「「「フィルが悪い!」」」


 あぁ、いいですよーだ!どうせ俺が悪いもんばーかばーか!


「安心して。こういうこともあろうかと、城壁に幾つか爆弾をしかけておいたわ。」

「よそ様の国の城に爆弾仕掛けるんじゃねぇよ!というかすげぇな!? セキュリティ厳重だったよな!?」

「エクセレイの王宮に比べれば簡単!それと私はフィルともトウツともファナとも違う!ちゃんと計画的に仕掛けた!帰る時にちゃんと解除する予定だったわ!」

「それでもやっていいことと悪いことあるだろう!?」

「自分たちの安全の方が大事!」

「そうだけどさぁ!」

「それに爆破したら綺麗に倒壊しそうなこの城も悪い!」

「何言ってんのお前!?」

「どうでもいいですわ!フィルの失態に比べれば些細なことですわ!」

「それに関しては何も言えねぇ!」

「フェリちゃん、この先のポイントが爆弾仕掛けてたとこ!」

「トウツ!お前も爆弾仕掛けてたのに気づいてたんかい!」

「いやフェリはいつも色んなところに仕掛けてるよ? 僕らの住んでる旅館も、いつでも自爆できる!」

「ほんと何してんの!?」

「ポイントについた。発破」


 ズガーンと、白の壁が吹っ飛び空洞ができる。


「うわぁ!俺を巻き込むとこだったじゃねぇか!」

「フィルならかわせると信じてた」

「そんな形でパーティーの信頼を確認しとうなかったわ!」

「跳ぶよ~。」

「先に行きますわ」

「わぁ!俺を置いて先に行くなし!」


 トウツとファナが先んじて壁から飛び出す。ちなみにここは四階である。

 俺は慌ててフェリを抱えて風魔法で飛ぶ。


「フィル、私も身体強化ストレングスくらいは使えるから。」

「いやごめん、何となく!」


 着地して、優しくフェリを王宮の中庭に降ろす。


『一体何があった!?』

 瑠璃が駆け寄る。


 口元には血がべっとりと付いていた。自力で敵を倒していたのだ。


「短く言うとフィルがやらかした!」

『なるほどあいわかった!』

「いや何でそれでわかるねん!というか瑠璃お前、何でこういう時だけちゃんとトウツの言うこと聞くの!?」


 いつも俺以外にはデレないツンだったじゃんお前!


 俺達はぎゃあぎゃあ叫びながら城壁を目指し全力疾走した。






「くそ、くそくそくそ!何なのあの小人族!私の計画を台無しにしやがって!レイミアお姉さまに怒られるじゃない!」

 スフィカ女王は指を噛みながら呪詛を唱えた。


「女王様!これはどういうことですか!?」

 ジゥークがスズメバチ族の騎士を張り倒しながら問う。


「どういうこと? どういうことですって!? こういうことよ!」


 女王の背中がぱっくりと空いた。その中から、まるで羽化するように少女が現れる。幼さは残るが、男を惑わす不思議な色香がある少女だ。緑色のミディアムに切りそろえられた髪がふわりと揺れる。


「……ジゥーク騎士団長、今までお勤めご苦労」

「な、女王……いや、貴様は誰だ!?」

「貴方達を支配する者よ、お馬鹿なカブトムシさん!」


 吸血鬼が、コーマイ国に牙をむいた。

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