第232話 忍者のドレスコード

「出来たわ」


 ずっと旅館に籠っていたフェリが、巨大な十字架を背負って現れた。

 ファナの十字架だ。よく見ると、外装がわずかに青く光っている。オリハルコンでコーティングしたのだ。


「本当に出来ましたのね。教会の付与魔法を阻害せずに、しかもオリハルコンの加工だなんて。やるべきことが全て終わったら、これ一本で巨万の富を得ることが出来ますわ。ダークエルフだなんて、デメリットになりえませんの。どの国も貴女を囲いますわよ」

「貴女に素直に褒められると気持ち悪いからやめて頂戴」

「あら、辛辣ですわね。でもお礼はきちんと申し上げますわ。ありがとう」

「どういたしまして」


 すごい。フェリとファナが普通の会話をしている。ちゃんとキャッチボール出来てるじゃないか。お兄さん感心したぞ。


「フィオ、嫌な感じがするからその子を見る父兄のような顔をやめてくださいまし」

「え~、そんな」


 酷い。


「トウツははい。脇差を渡しておくわ」

「さんきゅ」


 フェリが全力で投擲したオリハルコンの脇差を、トウツが軽々と二本指でキャッチする。

 え、何今のパス。殺意こもりすぎじゃない?


「途中までは手伝ったけど、結局どうやってオリハルコンを加工したんだ?」

「私の今の技術だけでは、厳しかったわ。だから偽青龍海牛ブルードラゴンモドキに手伝ってもらったわね」

「手伝う? どういうことだ?」

「こういうことよ」

 フェリが小瓶を取り出す。


 そこには毒々しい、青みがかった液体が入っていた。粘度が高いのか、小瓶の中で波打つ感じはしない。


「これはあれの胃液、といったところかしら。身体の仕組みが分からずじまいだったから正確には消化液の何かね。これでオリハルコンを一旦溶かしてから体表に出したり、体内にしまったりしていたのよ。これを活用してオリハルコンを液体にして、錬金術で再び形を作った。それだけよ。面倒だったわ。普通の素材と違って削ったり研いだりできないもの」

「あ~、なるほど。そういうことか。確かに、自分で加工出来ないと武器になんか使えないもんな。それは盲点だった」


 倒した後に言うのもなんだけど、相当なユニークモンスターだったんだな、あいつ。


「フィオは良かったの? 素材は足りなかったとはいえ、何か作れれば良かったのだけど」

「いや、ここはトウツとファナを強化するのが正解だろう。それと、武器選びに困っているアルに、壊れない武器を渡すことが優先だ。俺にはほら、紅斬丸があるし」


 ほんと、イリスには助けられた。世界樹の流木がなければこんな刀、作れなかったもんな。


 トウツやファナを優先した理由はシンプルだ。託宣夢通りにいけば、俺は魔王との戦いの途中で死ぬ。であれば、俺の死後もエクセレイの為に戦える彼女達を優先するのは当然だろう。

 もちろん、完全に諦めているわけではない。抗ってみせる。これは優先順位だ。俺よりも、クレア。俺よりも、トウツ。俺よりも、ファナだ。


「それを言うなら、フェリだって新しい武器はいいのか?」

「私はあくまでも金魔法がメインだから。武器は現地調達できるわ」

「心強いこって」

「それとこれ。フィオのルームメイトの男の子の剣よ。細身だけど怪力なのでしょう? 注文通り、シールドソードよ」

「かっこいい!」


 俺は手渡された剣をとる。大きくて、面積も広い。盾としても機能するように、横にも広く作ってある。アルは魔力の塊だ。「斬る」よりも「叩き潰す」くらいの作りで十分だ。長すぎるが、もう少しアルの身長が伸びれば扱うことが出来るだろう。いや、もしかしたら今既に身長が伸びているかもしれない。一年近く会っていないからな。

 俺は丁寧に亜空間ローブにしまう。


 その場の全員が、気配が近づくのに気づいた。


「誰かな」

「この足音はベルちゃんだねぇ」

『鱗粉の匂いがするの』

 トウツと瑠璃が応える。


 ノック音が聞こえる。


「はい、どうぞ」


 俺がドアを開けると、そわそわした様子でベルさんが頭を下げる。今日も今日とて、綺麗な触覚と雪のようなもふもふだ。触りたい。セクハラになるかな? ならないなら今度ワンチャン頼んでもいいだろうか?


「あの、ジゥーク様から連絡がありますので、中へ入っても?」

「構いませんよ」

「失礼します」


 おっかなびっくり部屋へ入り、ベルさんがいつもの椅子へ座る。もう一年近くここへ通っているのに、相変わらず緊張を崩さない人である。だからこそ俺たちのお目付け役になったのだろうけども。


「今日は何の用ですか?」

「えっと、その。女王が是非王城へ来て欲しいとのことです。書状がこちらになります」

「本当ですか!」


 俺の後ろにパーティーメンバーが集まる。肩越しに見られながら、手紙を開く。そこには招待が遅れて申し訳なかったことや、十分な報酬を準備していること、日取りなどが書かれていた。書状には王家の紋章。間違いない。


「ありがとうございます!これでこの国でやることはほぼ全て終わりますね。助かりました!」

 俺はニコニコして言う。


「え?」

「どうしました?」

「あ、いえ。そうですよね。女王様に謁見出来れば、みなさんは帰るんですよね」

 しゅんとして、ベルさんが言う。


「……ベルさん、よろしければ」

「「ストップ」ですわ」


 トウツとファナに拉致されて、壁に追いやられる。ダブル壁ドンの体勢である。やだ、ドキドキしちゃう。命への危機感から。


「どうしたんだ?」

「まさかフィル、あの娘を使者としてエクセレイにお持ち帰りするんじゃないよね?」

「お持ち帰りって、どういう言い回しやねん」

「言い回しはどうでもいいですわ。これ以上女を囲うのはやめなさいな」


 囲うとは、人聞きの悪い。いや、はたから見ればそうとしか見えないかもしれない。このパーティー、俺以外女所帯なんだよなぁ。フェリが加わった後は男性メンバーを探していたのに。どうしてこうなった。


「まぁ、でも、冷静になって考えてほしいんだ」

「何を冷静になれって?」

「この国で、徹頭徹尾安心してエクセレイに連れて帰れる人物って、ベルさんくらいしかいなくないか?」

「……確かにそうだねぇ」

「そうですわね」

 トウツとファナがすっと下がる。


 良かった。怖かった。それで忍者は無理でしょみたいな大きな胸と腹筋板チョコバレンタインのプレッシャーが怖かったよう。


 俺たちはそれぞれ元の席に戻る。


「そういうわけで、エクセレイに来て欲しい」

「どういうわけですか!?」

 ベルさんが驚く。


「詳しくは、そうですね。女王への謁見が終わった後に話します。これだけは覚えておいてください、ベルさん。俺には貴女が必要です」

「ひ、必要!? わ、私がフィル様に? でもどうしよう、フィル様はまだ10歳だし……」


 何か変な勘違いしてないか?


「必要、ということは夜伽も?」

「それはないねぇ」

「何言ってますの、神が許しませんわ」

「ちょっと調子に乗りすぎね、貴女」

『夜はわしをブラッシングする時間じゃ』


 君ら一斉に喋るじゃん。


「ともかく、謁見が終わったらお話しましょう。いいですか? ベルさん」

「は、はひっ!」


 可愛い人だなぁ。うちの女性陣はみんな強かだから、こういう庇護欲かきたてるタイプの女性は珍しく感じてしまう。前世では、茜にもリードされてばかりだったもんな。年下なのに。


「書状に書かれていること以外では、申し訳ありませんがドレスコードは自前でお願いします。何分、虫人族ホモエントマ以外の種族の正装というものがわからないのです」

「え」

「ドレスコード?」


 俺たちは顔を見合わせた。


 ベルさんに帰ってもらった後、俺達は会議を開いた。


「ドレスコードかぁ、考えてなかったなぁ」

「冒険者には基本、必要ないものね」

『わしは外で待機だからどうでもいいのう』

「わたくしは教会のシスター服があるから平気ですの。種族によって着こなしは違えど、基本は同じですのよ」

「ファナ、流石に」

「もちろん、いつもの修道服ではなくてロングスカートの方ですわよ」

「お前、いつもあれ着ておけよ。ちゃんと聖女に見えるぞ」

「いやですの。こちらの方が動きやすいんですもの」


 お前それ神様の前で言えんの?


「そう考えると便利な職種だよなぁ。困った時はそれ着ればいいんだもん」

「そうですわ。だからフィオも引退した後は教会へ来て下さいまし」

「えぇ、怖い」

「何故ですの?」


 きょとんとした顔するなよ。教会の怖いもの筆頭はお前だよ、お前。


「フィオはどうするの~」

「ん~、エイブリー姫からもらった正装があるから、それでいいかな。サイズも変わってないし」


 悲しいことに、変わってないし。くすん。不老の薬はいつか克服したい問題である。この先生き残れたら、父親カイムのような美丈夫になるんだ。


「私もドレスはあるわ。フィオと一緒にあの姫様からもらった、あの紫色のドレス」

「あぁ、あれか!フェリ似合ってたよなぁ!」

 俺はフェリのドレス姿を思い出して笑みを浮かべる。


 普段から美人だけど、やはり衣装というものは更にその人を引き立ててくれる。メイドのパルレさんは着替えさせられるとき面倒だったけど、そこは王室のメイドだ。最高の仕事をしてくれたと思う。


「ふふ、似合ってた? ありがとう」

 フェリが幸せそうに微笑む。


 それを憮然とした顔で眺める兎が一匹。


「……ない」

「はい?」

「なんですの?」

「僕だけ、ない!正装がない!ドレスがない!なんでだっ!ずるいぞフェリちゃん!自分だけフィオと一緒に着飾りおって!」

 ぷんぷんと擬音が出そうな勢いでトウツがわめく。


「駄兎貴女、お洒落のおの字もなかったではありませんの」

「今、お洒落のおに目覚めたもんね!フィオ!」

 ガバっとトウツのドアップが俺の顔面の前にくる。


「な、何?」

「デート!デートせれ!僕のドレスを見繕って!今すぐ、直ちに!ハリーハリーハリー!」


 その日、俺は一日中トウツに街中を引きずり回されることになった。

 やっぱり、女性の買い物は嫌いだ。

 超長いもん。

 その上散々試着した挙句、最初に俺が「それがいい」と指さしたオレンジ色の、腰元に綺麗なコサージュがついたドレスを選んだのだ。

 俺の一日は、一体なんだったんだ。


 それでもまぁ、買い物袋を大事そうに抱えるトウツの笑顔を見ると、これで良かったと思えてくる。


 不思議なものである。女性という生き物は。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る