第237話 コーマイのこれから
「何? フィル君達から連絡?」
髪をときながらそう述べたのは、エイブリー・エクセレイ第二王女その人である。豪奢だが、品のある小窓から朝の日差しを浴びつつメイドのパルレ・サヴィタの話を聞く。
「姫様、窓の傍には寄らないでくださいといつも申しております」
「狙撃魔法で殺されるから? うふふ、おばあ様の防御魔法が張り巡らされたこの城の防御を過小評価しているわ、貴女は」
「ですが、従者としては主が危機感を持たないことは不安でございます」
「貴女ももう少し魔法を学びなおすべきね。この窓にかけられた付与魔法の質がわかれば、私と一緒に窓際で日向ぼっこも出来るわ」
「分かりたくもありません」
パルレは不安そうに眉根をひそめる。
「心配させてごめんなさいね。それで、フィル君達から何かしら?」
「はい、こちらに」
「ありがとう」
エイブリーはデスクに書簡を置き、眺める。
解析魔法にかける。何者かが開封した形跡はなし。トラップ魔法もない。この書簡を開くのは、間違いなく自分が初めてである。
「開きなさい」
エイブリーが魔力を書簡に込める。
すると、ひとりでに封が外れる。
「フィル君の個人認証魔法はすごいわね。こうやって、私にしか読めないようにしているのよ」
「どういう原理ですか?」
「魔力で個人を識別しているの。ギルドとか大がかりな組織では当たり前にあるけど、個人でこれを作るのは至難の業よ。
「ストレガというものは、規格外なのですね」
「一番納得いかないのは、師弟そろって当たり前な顔をして、こういうことをしてのけることね。時々腹が立つわ。飄々とした顔をして、このくらい誰でも出来るとかいうのよ、あの人達」
「それは何というか、世間知らず過ぎますね」
「おばあ様の方は確信犯だったけど、フィル君の方は天然ね。おばあ様は常識の方も教えてほしかったわ」
でもまぁ、わざとだろうとエイブリーは思う。あの捻くれた大叔母のことだ。常識をもたない真っ白なフィルを弟子に引き入れたとき、どこまで非常識を吸収するか楽しんでいたのだろう。マギサがフィルを見るそれは、初めてイリスと出会ったときの表情に似ていた。原石を見つけた時の顔。それに加えて、魔法の実験動物を見る研究狂いの表情である。
エイブリーは書簡から紙を取り出し、しばらく字を目で追いかける。
「…………」
「姫様、何と書いてあるのですか?」
パルレが恐る恐る尋ねる。
何故遠慮しながら訪ねたのか。
理由は簡単だ。目が字を追うごとにエイブリーの表情が険しくなっていったのである。
「姫、様?」
「コーマイが半壊したわ」
デスクに紙を置いて、エイブリーが呟いた。
「今、何と?」
「コーマイが半壊した」
「……交渉に行ったのですよね?」
「えぇ」
「それで何故、国が半壊することになるのですか?」
「そんなこと、私が聞きたいわよ」
エイブリーが頭を抱える。
手紙を簡単な火魔法であっという間に消去する。彼女は水と風の二属性だが、従妹のイリスに感化され、簡単な火魔法だけは体得したのだ。
「姫様、内容は?」
「頭の中にあるわ。これはあまり人に知られない方がいい情報だもの。私が選別した人物に優先して知らせるわ」
「はい。まずは誰を呼びましょう」
「そうね……とりあえずは、イアンを読んで頂戴。それと、出来ればシュレ学園長とフィンサー先生も」
「分かりました」
パルレがすぐさま廊下へと急いだ。
「……マギサおばあ様。貴女の弟子は、性格は違いますが、間違いなく貴女に似ていますわ」
ため息をつきながら、エイブリーは着替えを始めた。
俺達は暗い日々を過ごしていた。
コーマイ国が荒れに荒れたのだ。
王女と多くの国の中枢を担っていた政治家、文民が今回の事件で亡くなったのだ。ピューリ・ヴィリコラカスは詰めが甘い敵だったが、狡猾だった。この国の文民でも、特別優秀な人間を的確に選び、殺し、成り代わっていた。
当然、国の機能は空転した。
スズメバチ族の生き残りは、新しい女王を擁立しようと躍起になった。ジゥークさんを始めとして、政権に残っている者たちは反対した。王の器である人材がスズメバチ族に残っていないからである。その資格がある者は全員、王城で働いていた。そして更に、その人たちは既に全員ゾンビとして処分されている。
次の王位継承を予定していたハンミョウ族も、躍起になって国王を擁立しようとするが、まだ候補が定まっておらず、ハンミョウ族の中でも揉めている。当然である。前王が自分の退位する期間を指定し、それまでに次の種族が代表者を選定、もしくは育成するのだ。スズメバチ族は即位したばかりであり、ハンミョウ族は準備が出来ていなかった。
結果として、王城で働いていた貴族達が台頭する。保守派と革新派である。保守派はあくまでも
保守派は吸血鬼や魔人族という外敵によって国が滅びかけたと主張。革新派は外部勢力である
双方に言い分があり、国民の支持は割れた。
権利を手放そうとしないスズメバチ族。代替わりがしたいハンミョウ族。新王の擁立を押しとどめて権力を手にしようとする王城内の保守派と革新派。
この国はまるで、切り刻まれたピザのように瓦解しそうになっていた。
ピザの中心で必死に踏ん張って形を保とうとしているのは、ジゥークさん達を始めとした騎士達である。今のところ、俺達
今までは上手くやっていた。種族が多いからこそ、お互い妥協して絶妙な距離感を保っていたのだ。そのバランスを、ピューリ・ヴィリコラカスが木っ端みじんに破壊したのだ。
死んでも迷惑をかけ続ける。魔王の手先が全員これだと思うと、先が恐ろしい。
「酷い有様だな」
「えぇ、そうね」
街中の荒れ用を見て、俺とフェリは呟く。
ここは旅館スワロウテイルの手前の街道である。コーマイで一番の高級旅館であるここの前ですら、暴徒が殴り合い、ごみがそこかしこにまき散らされている。高級住宅街であるはずの、ここがである。
まともな市民は怖くて家の外へは出ない。
この国の狂乱に俺達が巻き込まれないのは、今までの実績とファナのおかげだ。
だから街の人々が頭に血を上らせても、俺達に殴りかかることはない。むしろ崇拝する人々さえいた。
街の暴徒達も、ファナが現れれば喧嘩をやめた。
そのファナは、市民を落ち着かせるためにジゥークさんと共に城下町を練り歩いている。今や彼女は再生の象徴なのだ。
だが、それは長く続かない。
あくまでも彼女は異国人なのだ。
この国の人々は、他の精神的な支柱を探さなければならない。
「あの」
ベルさんが不安そうな顔をして現れた。
「ベルさん!危ないですよ!一人で出歩いては!」
「大丈夫です。騎士さんがついてくれたので」
「騎士さん?」
見ると、彼女の後ろにはリュカヌさんとムナガさんがいた。
「どうも、久しぶりです!」
俺は嬉しくなって話しかける。
騎士さんとは、リュカヌさんのことか。確かに、元とはいえ彼は騎士だ。
「やぁ」
「大変なことになったみたいね。大丈夫? フィル」
ムナガさんが心配そうな顔をして言う。
「大丈夫ですよ。大変なことはあったけど、全面的にジゥークさんが援助してくれました。おかげで、すっかり俺たちは救国の英雄扱いですよ」
「扱いじゃなくて、英雄そのものの間違いだろう?」
「はは、そうですかね」
俺が視線を落とす。リュカヌさんとムナガさんが同じ方を向くと、そこには大量の食糧や野菜、果物が置いてある。
「お礼の品ってやつかい?」
「そんなところです」
ムナガさんがギシギシと笑う。
この辺に住んでいる人達がくれたのだ。国を救ってくれたお礼だと。スワロウテイルからクエストに出かける度に、よく挨拶をかわした人々である。
「一つ、要ります?」
リンゴのような果物を手に持つ。
「あんたたちが貰ったんだ。自分たちで食いな」
「生ものでして、5人だと食べきれないんです」
「じゃあ、有難くいただくとするよ」
俺は赤い果物を投げる。ムナガさんが器用にキャッチする。
横に大きく開く顎で、あっさりと一口で食べてしまう。わお、もしかして一つじゃ足りなかったかな。ムナガさん、体が長いし。
リュカヌさんは静かに果物の水分を抽出していた。こっちは頑丈そうに見えて、食べ方が大人しい。
「これからどうするつもりだい? この国でやることはもうないんだろ?」
「えぇ。ですが、この国はまだファナを必要としているみたいです」
「違うね。あんたもさ」
「俺も?」
自分を指さして言う。
「当り前だよ。救国の英雄パーティーのリーダーだ。コーマイの人たちは、多分まだあんたにいて欲しいと思っているよ。あんた、この国の道行く人々をとても好いていただろう? 人は普通、自分を好く人間を好くものさ」
「そうですかね」
「わ、私もそう思います!」
ベルさんが手をぐっと握って言う。
「ありがとうございます。今日はどんな用件ですか?」
「あの、これが届いたので。王城向けの書簡です。今はジゥーク様が代理で受け取ったようですが、フィル・ストレガ様しか開けないと書いてありまして。エクセレイ王家の印があります」
「待ってました。ベルさん、ありがとうございます」
俺は書簡を受け取る。
それはエイブリー姫からのものだった。
俺は手紙を開く。
後ろからフェリが覗いてくる。
「どれどれ……」
俺が読む間、周囲の三人はのんびり果物を食べながら待ってくれた。今は国がクエストどころではないらしく、冒険者はみんな暇なのだ。ベルさんの護衛依頼も、ムナガさんとリュカヌさんからしたら渡りに船だったのだろう。
「何て、書いてあります?」
ベルさんがおずおずと切り出す。
彼女がおっかなびっくり聞いてきたのは、俺とフェリが気難しい顔をしてきたからだ。
「来る」
「へ、誰が?」
ムナガさんが言う。
「うちの第二王女、エイブリー・エクセレイ姫殿下が、コーマイに来ます」
俺の言葉に、ベルさん達が目を丸くして見合わせる。
現状、コーマイは滅茶苦茶な状況にある。この状況を作ったのは俺だ。あそこで白昼堂々と吸血鬼達の正体を看破しなければ、今こんな酷い状況にはなっていなかったはずだ。
「イヴ姫、怒ってるだろうなぁ」
俺は他人事のように、空を見て呟いた。
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