第236話 市街地戦、そして終幕
「くそ!くそくそくそ!何なのよ!何なのよあいつ!こんなの聞いてない、聞いてないわ!」
ピューリ・ヴィリコラカスは逃亡していた。小人族の冒険者にナイフ攻撃を尽く攻略され、完封されたのである。ショートレンジに持ち込めば吸血によるエナジードレインが出来る。
だが、近づけば向こうにも日光遮断魔法を解除する手段があるのだ。こちらの方が不利だ。
最悪である。吸血鬼軍と
「報告から聞いた話と違う!エクセレイの工場を潰したのは
ピューリが叫んでいる事は、正確には違う。聖女とハポンの元御庭番のみを警戒して、他への警戒を怠ったのは彼女自身である。部下の吸血鬼は事実をそのまま客観的に報告した。それを勝手にねじ曲げて解釈したのは彼女である。
「レイミアお姉様に報告しなきゃ!こいつらは危険よ!下手すればエクセレイの勇者パーティーよりも!」
「その、レイミアと四天王について教えてくれないかな」
「くっ!」
追いすがった俺に、慌ててピューリがナイフを投擲してくる。
抜刀。
ナイフを空中にて叩き落とす。
叩き落とされたナイフはそのまま下へと落ちていく。つい先ほどまでは、彼女が自由自在に操っていたものである。
「どうしてナイフのコントロールが利かないのよ!」
「簡単だよ。あんたら吸血鬼の固有魔法、血液のコントロールだろ?」
「ひっ」
ピューリが青ざめる。
怯えている様が可愛らしいが、俺は心を鬼にする。こいつはコーマイの人間を殺しすぎている。ここで殺すべき敵だ。
「ナイフの鉄分に、わずかに混ざり物があった。あんたの血液だな? 普通の魔法使いには気づけないだろうけど、俺の目は特別性だから気づけたよ。変装を俺に看破された時点で、固有魔法のカラクリもバレると予想すべきだったな。魔力のパスがあんたとナイフを繋いでいた。俺はそれを紅斬丸で断ち切っただけだ」
「他人の魔法を一瞬で切る? そんな事出来るわけない!」
「出来るんだよ。あんた、ストレガを舐めすぎだ。師匠は俺よりも早く出来る」
ピューリの背筋がぞわりと逆立つ。
そこでようやく彼女は目的を下方修正する。この外敵の排除を主目的ではなく、自身の生命の保護に切り替える。ここで最も最悪な事態は、自分が死に、目の前にいるフィル・ストレガという新しい脅威をレイミアと魔王に報告できない事である。
「くそ、くそ。今が夜でさえあればお前など」
ピューリは歯噛みする。
「変装魔法を過信したな。それとも、吸血鬼とバレたくないからあえて日中に俺たちを王宮へ呼んだのか? どちらにせよ、あんたはここで詰みだ」
確信する。目の前の女は、少なくとも知将ではない。俺が悠長に会話をしているのが、トウツの護衛待ちのためだという事にすら気付いていない。魔力の流れで分かる。地上の魔人族の生命反応が次々とその数を減らしている。トウツが順調に敵を斬り伏せているようだ。
吸血鬼もコウモリのように超音波で状況判断に優れていると聞いた。
だが、目の前の
この程度の頭の回転である。おそらくこの女は重要な情報を持っていない。
レイミアとやらの捨て駒の内、一人だろう。
生け捕りにして情報を吐かせるよりも、コーマイの人々を一人でも多く救う方が優先だ。
「さて、夜まで俺から逃げることが出来るかな? 多分、あんたが太陽に焼かれるのが先だぞ」
「ぬかせっ!」
ピューリは全力でその場を離脱した。
「キャー!何なのこの人たち!」
「人が!人が死んだぞ!」
「人殺しだ!」
城下の街は阿鼻叫喚だった。
変装したピューリの部下達が国民を虐殺し始めたからだ。スズメバチ族の姿をした兵士達が、手当たり次第に目についた人間を殺す。
彼らは計画を前倒しすることにした。国をまとめて潰し、全て
だが、彼らは自分たちの計画が頓挫していることに気付いていない。既に城外へ出ようとしていたゾンビ達は全て、フェリに封じられているのだ。ボスであるピューリ・ヴィリコラカスも機能していない。国民が一人でも
「
ジゥークがスズメバチ族の姿をした吸血鬼を弾き飛ばす。
「え、ジゥーク様!? 何故騎士を攻撃するのですか!?」
市民が慌てて声をあげる。
「よく見ろ!王城から来るスズメバチ族の騎士は全て魔人族か吸血鬼の偽物だ!この国は中から食い荒らされている!市民に伝えよ!スズメバチ族の騎士を見かけたら逃げよと!」
襲いかかる敵を弾き飛ばしながらジゥークが叫ぶ。
「は、はい!」
返事をして、転がるように市民が逃げる。
「大変そうですわね、義によって助太刀いたしますわ」
家屋の上から声が聞こえた。
丈の長い露出の少ない修道服。カラスのクチバシの様な面妖な仮面。女性にしては引き締まりすぎた筋肉質な肢体。灰のような髪色。
ファナ・ジレットである。
「聖女殿か!助かる!」
「お互い様ですわ。
眼前を通る吸血鬼を浄化魔法が付与された火炎放射が襲う。
苦悶をあげて女吸血鬼が叫び声をあげる。浄化魔法が吸血鬼の変装を暴く。吸血鬼が浄化魔法と太陽光を一身に浴びて、怨嗟を叫びながら灰になる。
「ほ、本当だ。吸血鬼だ!」
「嘘だろう?」
「逃げろ!逃げろー!」
蜘蛛の子を散らすように市民が逃げる。
「市街地戦は困るわね。何も爆破出来ないわ」
「後衛に専念して下さいませ」
「分かったわ。瑠璃、大きい姿は市民が驚くから、犬のままの姿で戦いなさい」
「わん」
瑠璃は既にワイバーンの姿からいつもの犬型の姿に切り替えている。
メキメキと、背中からオリハルコンブレードが生える。
「これはこれで、目立ちそうね」
「他の姿よりましですわ。この子の変身パターン、何でグロテスクなものが多いんですの?」
『何でじゃ!我が友はいつもかっこいいと言っておるぞ!』
瑠璃がギャンギャンと叫ぶが、残念ながらここに
「一人でも多く市民を救いますわ。信仰のために」
「信仰のためではないけど、分かったわ」
『あいわかった』
3人は行動を開始した。
「死ね!死ね死ね死ね!この!死んでよっ!」
ピューリ・ヴィリコラカスがでたらめにナイフを投擲する。
それを俺はさらりとかわし、かえす刀で弾き落としていく。向こうもナイフは無限じゃないはずだ。
「それは無理。まだ死ねない」
「ひっ!」
抜刀。
俺の一閃はギリギリでかわされた。蝙蝠に化けて体をバラバラにしたのだ。
「体の体積を増やすのは悪手だろ。
聖なる炎が蝙蝠達を焼き尽くす。
「あ“あ“あ“あ“あ“!おのれおのれおのれ!下等な畜生の分際で!」
敵は怒りつつも、冷静に撤退を選択する。流石にファナの猿真似では日光遮断魔法を壊すまでには至らない。遠距離で変装魔法を解除出来るまでになるには、まだ修行が足りないようだ。
強くなればなるほど分かる。師匠との距離を。あの人、何で森に引きこもってたんだよ本当。
「お、ま、た、せ〜」
気の抜けた声と一緒に、オレンジのドレスが高速で浮上した。
その影が通り過ぎた瞬間、ピューリの胴体が両断される。
「かっはッ」
空中でピューリが吐血する。
「フィル、抱っこ」
「風魔法で自分で飛べるだろ!」
「ドレスが邪魔」
「早く着替えなさい!」
「えっち」
「俺が悪いの!?」
そう叫ぶと、トウツがばっとドレスを脱ぎ捨て、亜空間ポーチに収納する。
「うわわ!」
俺は慌てて両手で目を覆う。
慌てて覆ったから指の隙間が空いてるけど、仕様がないよね。トウツがいきなり脱ぐんだもん。それに敵がいるんだから目を瞑るわけにはいかない。仕様がない、仕様がない。俺は悪くない。
と思ったら、普通に忍者服を着ていた。
何だそれ。
何だそれ!
「残念だった〜?」
「べべべ別に残念じゃないしっ!?」
「死ねぇ!」
ピューリが叫びながら大量のナイフを取り出した。やはりあの黒いマント、亜空間マントになっているのか。
俺とトウツはさらりとナイフをかわす。
「トウツ!」
「へ〜い」
刀身をカチンとぶつける。俺の浄化魔法がトウツの刀に移る。これで吸血鬼だろうが、再生が追いつかないだろう。
「こっの!」
戦うかと思いきや、ピューリ・ヴィリコラカスは逃げ出す。思ったより冷静だ。
「甘いな。空中だろうが、トウツは俺より速い」
ヒュンと隣から風切り音が聞こえる。
横にいたはずのトウツが音を置き去りにしてやつの真横に現れる。
「貴様!」
「舜接・斬」
迎え撃とうとしたピューリが縦に両断される。
「まだだ!」
慌てて再生しようとするが、浄化魔法が付与された刀傷だ。明らかに再生が遅い。
「落ちろ。
「がっ!」
再生に集中するピューリを、上空からの大気の圧力で真下へと叩き落とす。
抵抗しようとする度に、一緒に落ちるトウツに切り刻まれる。やはりトウツが前衛の時は魔法に集中できるから戦いやすい。俺たち3人は落ちていく。市街の外れへ。
瑠璃がオリハルコンブレードで最後の魔人族を切り刻んだ。
「おお!異国の英雄の使い魔がやったぞ!」
「流石だ!」
「でも何の魔物だ!?」
街の人々が口々に瑠璃達を褒め称える。
それを見てジゥークが頭を抱える。悠長に見学をするのではなく、全員避難して欲しかったのだ。途中からは地元の冒険者も混ざって乱戦になった。例の報告にあったゾンビを
もし市街地戦にゾンビが混ざっていたら、この野次馬も途中から参戦してくれた冒険者も、ゾンビの仲間入りだっただろう。
彼らがこの国にいない時にこれが起こっていたらと思うと、ぞっとする。
「君たちがいてくれて助かった。礼を言う」
「構いませんわ。でも、どうしますの? 国の再建は出来ますの?」
「中枢の王族貴族が幾人か亡くなったが、どうにかする。いや、するしかない」
不安要素が多すぎる。国民は王族に間者が多く混じっていたことを知ってしまった。今後新しく国王を擁立したところで、それを「新しい王はあの人か。はいそうですね」とあっさり飲んでくれるとは思わない。しばらくは疑心暗鬼になるだろう。国民を束ねる何かが必要だ。だが、まずは破壊された王城と城下町の修復、そして死者への弔いや怪我人の治療が先である。
「あの女王の偽物はどうなったか、分かるか?」
「フィルとトウツが行きましたわ。おそらく大丈夫ですわ。瑠璃、2人の援護をお願いしますわ」
「わん」
瑠璃が翼を生やし、飛んでいく。
「さて、では怪我人を一か所に集めてくださいな」
「手伝ってくれるのか?」
「当たり前ですわ。わたくしは聖女ですのよ?」
ファナはウィンクを飛ばした。
が、ペストマスクが邪魔で怪しい人にしか見えなかった。
「がふっ」
ピューリ・ヴィリコラカスが吐血した。
目が朦朧としている。
地面に仰向けに横たわる彼女の上には、浄化魔法が付与された風が吹きつけられている。フィルが地面に張りつけにしているのだ。血が足りていない。血が足りないのは、吸血鬼にとって文字通り死活問題だ。攻撃手段と回復手段の両方を失っているに等しい。
身動ぎするたびにトウツが体を切り刻む。
「この。私にこんなことして、ただで済むと思っているの? 下等生物が」
「それ、三下が吐く台詞だね〜」
「がぁあ!」
トウツがピューリの胴に刀を突き刺し、ぐりぐりとかき混ぜる。
「トウツ、下がってくれ」
「フィル、拷問出来るの?」
赤い瞳が俺を見つめる。
しばらく俺とトウツは見つめ合う。足元ではピューリが逃げようと画策するが、その度にトウツが刀を手足に突き刺す。
「大丈夫だ。任せてくれ」
「わかった」
すっとトウツが引く。
「かはっ。ふん、拷問官が変わったところで私は口を割らないわ。レイミアお姉様を裏切るなんて、絶対にない」
「そうか」
俺はそっと、彼女の頬に手を触れる。
そして日光遮断魔法を解除する。
「あ、が、ぎゃああああ!」
顔が半分だけ太陽に焼かれながら、ピューリが地面を這いつくばる。
「言え!レイミアは何者だ!四天王とは誰のことだ!どこにいる!」
「ぐ、ふ、うふふふふ!レイミア様はお前達を殺す!絶対に私の弔いのためにあなた達を殺しに来るわ!いずれ神祖に到達する方よ!」
「なるほど、ということはまだ神祖じゃないんだな? だったら殺せる」
ピューリの目がかっと見開く。
「あ、あんた達、もしレイミア様が神祖だった場合でも戦うつもりなの?」
「当たり前だろ」
「狂ってる。あんた達、狂ってるわ!」
燃え続ける顔の側面を手で押さえながら、ピューリが叫ぶ。
「どうやって神祖にたどり着くつもりなんだろうな、お前のお姉様とやらは」
「何を言って?」
「お前らは言ってしまえば神祖のデッドコピーなんだろ? 劣化はし続けても、進化は難しい。同族を作れば作るほど、始まりの吸血鬼である神祖の血は薄まる。つまり、弱体化するんだ。あんたらが完全な縦社会なのは、それが原因だろ。親には契約的にも、純粋な力でも敵わない」
俺はわざと例外を話さない。吸血鬼の中には薄まった血を乗り越えて、強靭に進化する者も当然いる。
「うるさい!うるさいうるさいうるさ、あ“あ“あ“あ“!」
今度は片足の日光遮断魔法を解除する。ピューリがまるで炎天下のアスファルトの上にいるミミズのようにみっともなく地面を転げ回る。
「フィル、えげつないことするねぇ。え、僕は将来フィルといたす時こんなプレイしないといけないの?」
「しないよ」
「どうかなぁ、もっとソフトなプレイなら僕も全然いいけど」
「トウツ、黙ってくれ」
「でも僕はどっちかというと攻めたい方だからなぁ」
「トウツ」
「フィル、目が据わってるよ」
言われてハッとする。
紅斬丸の刀身に自分の顔を映す。
何だこの顔。酷い顔だな。まるで悪党だ。
ピューリの拷問を始めて、一切見なかったトウツの顔を見る。
寂しそうな顔をしていた。いつもは余裕な表情をしているのに、怯えたような目で俺を見ている。宝物を取られそうな、童女のような表情。
そうか、ダメだ。このままではダメだ。俺は人の心を持ったまま、こいつらと戦うんだ。人の心を持ったまま、この女を、殺す。
「ピューリ・ヴィリコラカス。今からあんたを殺すよ」
「ふ、ふふふふふ!私が死ぬ? そんなわけないじゃない!私は特別!特別なの!下劣な人間をやめて、吸血鬼になったの!それからずっと私は捕食者なのよ!あなた達の捕食者!分かったら私を見逃しなさい!今ならレイミア様に口利きしてあげるわ!あなた達二人は温情で同じ檻の中で飼ってあげるわ!」
「残念だけど、お前は特別じゃないよ」
「じゃあお前は特別だというの!?」
ピューリが泡を飛ばしながら叫ぶ。
口元が半分、焼け爛れているのが痛々しい。
これはもう無理だな。彼女から情報は得られない。
「特別じゃないよ、俺は。お前は特別でも何でもない人間に殺されるんだ」
俺は彼女のへそに手を置く。
全ての日光遮断魔法を解除する。
「あっっっがっ!?」
ピューリが悲鳴にもならない苦悶の声をあげて燃え盛る。
びくびくとお腹が跳ね上がり痙攣する。燃える時間が長い。数人の吸血鬼を殺してきた。彼らは太陽を浴びるとすぐに灰になった。でも、彼女の再生能力が高いのが災いし、燃えては再生してを繰り返す。地獄だ。生き地獄がそこにあった。
そうだよ。あんたは特別じゃなかったんだ。吸血鬼も、半不死身も、転生者も、不老も、全部全部特別だ。でも、ただのピューリ・ヴィリコラカスは特別じゃないし、ただのフィオ・ストレガも特別じゃないんだ。
「私は特別なのよ、私は、とく、べ……つ」
太陽に手をかざしながら、最後まで彼女はプライドをねじ曲げずに死んだ。
ただの灰の塊がそこに残った。死ぬ前は美しい女性だったが、今は跡形もない。
「ある意味、幸せな死に方だったねぇ」
トウツが後ろから覆いかぶさりながら言う。
「そうか?」
「勘違いしたまま死ねたんだよ。悪党の死に様にしては、上等じゃない?」
「そうかな。そうかも」
俺はトウツの腕を抱きしめる。
市街地の方から、瑠璃が駆け寄ってくるのが見える。
コーマイでの最後の戦いが、終わった。
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