第10話 森返し
夢を見ていた。
いたずらを共有する悪友のように、ルビーと一緒に魔法を考えたひと時。
こちらの世界にきて俺は日が浅い。とてつもなく短いが、間違いなく大切な思い出。
ふと周りを見ると、俺はカイムに抱かれて森の奥深くを移動している最中だった。
先頭を長老が歩いている。長老とはいっても、見目は若いのでテンポよく足を動かしている。
というよりも、エルフ全体が山を歩きなれているのだろうか。足元には大きい岩や木の根元など、障害物が多くある。であるのに関わらず、彼らは平地を歩くようにするすると進んでいく。
『ルビー。俺はどのくらい寝てた?』
『フィオ!起きたの!?』
すぐ横に炎が弾けてルビーが現れる。
心配してずっとそばにいてくれたのだろうか。
『魔力切れを起こしていたのか。』
一日目の魔法練習のあと起こした、魔力切れ。
練習では4発ほど打って魔力切れになったのだが、どうやら俺は本番に強いらしい。一発の魔法に自分のもてる魔力を総動員して触媒にしたようだった。
ちらりとカイムを見る。何でもないように俺を抱いて歩いている。よかった。大きな怪我はないようだ。
『寝ていたのは3時間ほどだよ!魔力切れを起こしはしたけど、だいぶ回復してる。意味わかんないくらい優秀だね、君は。転生者はみんなこうなのかな。』
『さあ、他の転生者を見たことないから、わからないね。』
『違いない。』
となりでルビーが笑う。
『今、どこに向かっているんだ。』
『森の奥。この方角はおそらくバトルウルフの棲み処だよ。』
『俺を狼に食わせるのか?』
『そうなるね。』
『なんでまたそんなことを?』
『エルフは自然を愛する種族。自分たちが生まれた場所は森や川という自然なんだ。だから彼らは死んだら自然に帰ることが正しいと思っている。彼らは墓を建てない。それは自然な死に方ではないから。』
『狼に食われるのは自然なことなのか。』
『この上なく自然だよ。最後には土に帰るのだからね。』
『なるほどなぁ。』
そういわれると、墓を作る人間は変な生き物かもしれないと思えてくる。
『差別的な死に方をしなくて済みそうだ。』
『君を悪魔の子と呼ぶ奴はいたけども、エルフは憎悪で動き続けることはない種族だよ。本来は争いを好まない種族だからね。君を悪しざまに言った連中も、今は頭を冷やしているはず。彼らは感情に任せたのではなく、君が危険であるという合理的な理由で贄に選んでいるよ。』
『クレバーなこって。』
ますます、こんな掟がある理由がわからなくなる。
先ほどの長老の耳打ちが気になる。俺のねらいを看破していた。理性的な主導者だ。
『これから俺はどうなる?』
『バトルウルフのテリトリーに放り込むだろうね。バトルウルフは好戦的な魔物だけど、勝てない戦いに挑むような頭の弱い連中じゃない。エルフたちの贄の儀式もなんとなく理解している。君を食べるとしたら、エルフたちが下山を始めてからだろう。』
いるのか。魔物。
『そのテリトリーに着いて、エルフたちが下山を始めるまでにあとどのくらいある?』
『おそらく2時間。』
『わかった。じゃあ俺はもう一度寝るよ。』
『何で?』
『いや、エルフたちは俺を置いて帰るんだろう?』
『そうだね。』
『ということはさ、バトルウルフに勝てば俺は生き残れるわけだ。』
ルビーが目をまん丸にして僕を凝視する。すげえ。人間の顔の構造だと、そこまでは目を見開けないぞ。
『そっか!でも、いや、それは。ううううう。バトルウルフ相手には魔力が。でも……。』
『勝てそうか?』
ルビーは俺を見て、何かにすがるような顔つきをする。
『かなり厳しい。いや、無理だと思う。』
『そうか。』
『バトルウルフ一体なら君は勝てると思う。』
『うん。』
『でも、あいつらは群れで行動するんだ。』
『俺の世界の狼もそうだったよ。』
『今から使役魔法を覚えるのは無理だし。』
『うん。』
『戦っている間に魔力が尽きるだろう。』
『なんとなく、そうだろうとは思ってた。』
『僕が、エルフだったら君を助けたのに。』
ルビーが宝石のような赤い瞳を潤ませる。
『いいよ。かまわない。そこまで望むなんて、虫が良すぎる。』
『でも!』
『ルビー。もう一つ頼まれてくれないか?』
『君は頼みごとが多すぎる!』
ははっ、とルビーを見て俺は笑う。
『俺の最期の戦いを見ていてくれ。俺を覚えていてくれ。君の大切な友達の死にざまを。妹を守り切った兄の姿を。』
『…………わかった。見る。見守る。君の最期を、ちゃんと見守るよ。友として。』
『転生してよかった。君と友達になれた。ありがとう、ルビー。』
『こちらこそ。』
俺とルビーはこぶしを突き合わせた。触れることはできないけど、何かが触れたような気がした。
しばらくして目が覚める。
一定の間隔で感じていた揺れが収まったからだ。
見ると、エルフたちの行進が止まっていた。
周りは深い、深い樹林だ。木の大きさが俺のいた世界とは規模が違った。俺が小さいからではない。明らかに五十メートルはあるだろう樹木がそこには広がっていた。
大きな水音がする。近くに川があるのだろうか。
そして岩場が点在している。こちらも巨大だ。まるで小石のように十数メートルはある岩が転がっている。その岩場を灰色の点が右往左往している。
狼だ。バトルウルフたちがテリトリーに入ってきたエルフたちを警戒しているのだろう。目視できるだけでも十数頭はいる。
「カイム。最期の別れを。」
長老が今世の父親の方を向く。
「はっ。」
カイムが俺を平らな岩の上に横たえる。まだ薄いであろう、俺の髪を一撫でする。彼は自分の額と俺の額を合わせる。
腰に刺している短剣を抜き、俺の腰に麻の紐でくくりつけた。
『エルフの儀式だね。最愛の存在に、自分が普段使いしているものをあげるんだ。婚姻や葬儀の場で行われる。』
隣でルビーが話す。
そうか。この人にとって、俺はちゃんと家族だったんだな。
そう思うと、エルフの掟への怒りがするすると俺の中でほどけていくような気がした。
カイムが静かに俺から背を向け、森の出口の方へと歩き出した。
長老や他のエルフたちが無言で彼についていく。
カイムは一度も振り返ることなく、森を後にした。
エルフたちの姿が見えなくなると、入れ違いに灰色の影が俺に近づきだした。
『やぁ、団体何名様ですか?』
聞こえるわけがないと思うが、俺は神語で彼らに話しかけた。
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