第81話 帰路
俺が復調したのを確認すると、5人でてんやわんやと森を練り歩いた。
レッドキャップたちの討伐証明である。
ゴブリンは基本、耳をそいでギルドに提出すれば討伐扱いされる。
ただし、レッドキャップは死体を丸ごと持って行った方がいいのだ。耳だけだと判別が難しいが、体ごと持っていけば、査定ですぐにレッドキャップだとわかるだろう。
トウツがせん滅したというゴブリンキングがいる巣に行くと、そこは死屍累々だった。普通のゴブリンがほとんどだったが、レッドキャップの死体も何体かあった。
フェリと一緒に惨状を見て絶句する。
ソロB級は本当に恐ろしい。もう全部あいつ一人でいいんじゃないかな。
瑠璃には吸収させなかった。
レッドキャップたちは、歴戦の経験からくる猛者である。
だが、種族としては普通にゴブリンやオーガそのままなので、瑠璃が吸収しても普通のゴブリンと変わらないのだそうだ。
オーガに関しては、強靭な筋肉をもっていたのでいくらか吸収させた。ゴブリンメイジも吸収させる。劣化版とはいえ、闇魔法が使えるようになったらしい。何だこの万能生物。
それに加えてアラクネ・マザーを吸収したことで、瑠璃の戦力は大幅に上がったといえるだろう。
まだまだアスピドケロンにはほど遠いけども。
オーガに突き刺した長剣も回収した。
フェリの爆発魔法の余波を食らっても平気なようだった。
流石、古のB級冒険者の愛剣。たったの2人で過去の瑠璃と戦っただけはある。
俺の体調も良し。素材の回収も良し。一行は安心しきって帰路についていた。
『のう、フィオ。』
「何だ? 瑠璃。」
『アラクネ・マザーの体をの、少しずつ操ってみたのじゃがな。』
「どうした? 新しい戦術でも考えたか?」
『それがの、あやつは戦闘だけでなく、繁殖も出来る魔物だったじゃろう?』
「そうだな。」
俺は大量の子蜘蛛を操っていたアラクネ・マザーを思い出す。
アラクネがアラクネ・マザーと進化する条件は、体力と魔力の一定以上の向上が条件とされる。
理由は、強くない個体が子蜘蛛を産むと、その子蜘蛛に食われるからである。
タラント種の出産は膨大な体力と魔力を消費する。子どもを産んだ後の親は死に体だ。それを子蜘蛛は「手ごろなたんぱく質があるぞ。」と襲って食べてしまうのだ。
強力なアラクネは、その子蜘蛛を返り討ちにして、逆に食べてしまう。
この世界で魔物を倒すと、存在の力を一部吸収することが出来る。
俺もアラクネ・マザーを倒したことで魔力が回復し、死にかけだった状態がかなり良くなった。流石A級の魔物である。
自ら産んだ子蜘蛛を返り討ちに出来る体力がある母親アラクネは、成長した我が子を定期的に食してさらに力を高める。
それこそが普通のアラクネがB級であり、アラクネ・マザーがA級である差だ。
子蜘蛛を軍隊として使役出来ることもあり、別名災害級とされるAに名を連ねるのだ。
「で、それがどうしたんだ?」
『それがの。』
「何だよ、煮え切らないな。」
『……出来るんじゃよ。』
「出来るって何が?」
『出産、わしも出来るみたいなんじゃ。』
「…………マジ? それってキメラ同士で?」
『キメラ同士は元から出来る。異種族とも交配可能になったみたいなんじゃ。』
「えぇ……。」
『機能を動かしてみてわかった。古代種の魔物と違って見分しやすかったわい。マザーと名前に付くだけはあるの。多分、子種をもらえれば産める。』
子種という生々しい表現に絶句する。
「……その話は、寝かせようか。」
『そうじゃの。話すべきことじゃなかったの。忘れとくれ。』
早々忘れられねぇよ。
「ねぇ。フィルは使い魔と話せるの?」
「あっ。」
俺って何でこんなことになるんだろう。
ノルマみたいに墓穴を掘ってしまう。クエストが終わってほっとしてしまい、フェリの前で話すなんて。
「えっと、まぁ、はい。そう。」
「そうなの。そこらへんの話は、帰ってからしてちょうだいね。」
「わかりました。」
俺、この人の奴隷、辞められるのかなぁ。
——木に、もたれかかっている人を見た。
左腕から血を噴き出している。
いや、腕はもうすでにない。肩から先がごっそりなくなっていた。
右足はひしゃげていて、まるで逆関節のように変形していた。
残った右手にはくすんだ銀色のガントレット。髪は赤。額から血。強面。
ルーグさんだった。
「……よう。」
小さな声で彼は言う。
放っておけば、亡くなるだろう。ポーションも尽きているようだ。このまま静かに自分の死を待っていたのだろうか。
「待ってください。今、処置します。」
俺は瑠璃に彼の目の前まで運んでもらう。
「待って、フィル。」
後ろからトウツが呼び止める。
「何?」
「そいつはフィルにレッドキャップたちを擦り付けたんだよ?」
「そうだな。擦り付けたのは彼のパーティーメンバーであって、彼じゃない。」
「そいつはパーティーのリーダーだよ?」
「でも、死にかけている。」
「あの場で応戦せずに、逃げた結果でね。あの場に残っていれば、僕たちと共闘して生き残ることができた。」
俺は後ろを向く。
トウツの赤い瞳と目が合う。
兎特有の、ずっと見つめていたら心がぶれそうになる赤い目。
彼女はこうして、時々俺に非情になれと促してくる。心配してくれているのだろう。俺は幸せ者だ。他の有象無象の命よりも、お前が大事なのだとトウツの赤い瞳が訴えてくる。
俺はルーグさんに向きなおす。
「全員、死んでいるんですね。」
視界の端に、赤錆びた刃の面々が散らばっていた。文字通り、体の部位が地面に無造作に散らばっていたのだ。ルーグさんの足元にはスキンヘッドの男の上半身があった。
「いつかは死ぬべき運命だったやつらだ。」
「死んだ仲間を悪しざまに言うんですね。」
俺はリュックから出そうとしたポーションを引っ込める。
「強盗、強姦、殺人。悪いことと名のつくものは一通りやった奴らだよ。そんな社会の屑どもが集まって出来たパーティーが俺たちだ。神様ってやつは、人の行いをちゃんと見てるんだな。真っ当な金の稼ぎ方を覚えて、やっとBランクまで上がってからのこれだ。あいつらにしては上等な死にざまだったぜ。」
ルーグさんが静かに笑う。
「……使うかどうかは自分で決めてください。」
俺はリュックからもう一度出したポーションを、彼の足元に置く。
「フィル、それ。お師匠様の作った、とっておきだよね。いいの?」
「いいんだよ。」
俺はトウツの方に向き直る。
「もしルーグさんがそれを飲んで、ギルドに戻ったらクエスト報酬の500万ギルトはもらってください。」
「いらねぇよ。俺たちはこのクエストで糞の役にも立ってねぇ。冒険者の不文律だぜ? 報酬の分け前は最も活躍した人物に決定権がある。」
「じゃあ俺が決めます。アラクネにとどめを刺したのは俺ですからね。生きるか死ぬかは自分で決めてください。俺は貴方の人生を決定づけるなんて御免です。」
俺は瑠璃の背中に乗る。
「おい、そこの兎人の女。お前は違う意見だろう? 俺を殺していかねぇのか。」
「……祖国にいたときの僕なら、君の首は今頃落ちてるね。」
「物騒なこって。」
「でも、今日の所は我慢するよ。僕はフィルの理想のお姉さんでいたいんだ。」
「——け、そうかよ。お前ら、逆だったんだな。そっちのガキがお前の
「そうだねぇ。その通りだ。」
「トウツは変態だけど、糞よばわりされるいわれはないぞ?」
「そういう事言ってるんじゃないんだけど。」
え、じゃあどういうことを言っているんだ?
「行こう。私はその男の顔はこれ以上見たくない。」
フェリさんが言う。
「そうだね。その通りだ。行こう。」
トウツさんも言う。
俺たちはカンパグナへ向かう。帰るのだ。
歩きながら、何度もルーグさんのいる方を振り向いた。ルーグさんはポーションを見つめたまま、動かなかった。彼の姿が小さな点になるまで、ポーションに手を伸ばすことはなかった。
「ん?」
先頭を歩くトウツが急に止まった。
「どうしたんだ?」
「どうしたの?」
俺とフェリが聞く。
「ん~。自信はないけど、ちょっと気になることがあるから、寄り道してい~い?」
「ああ、構わないけど。」
俺の返事を聞くや、トウツは脇道の茂みに入っていく。
正直、ゴブリンアサシンに
だが、トウツが先頭なのだ。よっぽどのことがない限り大丈夫だろう。
トウツを先頭に、俺たちは草をかき分けて進んでいく。
茂みから抜けて視界が広くなった時、そこは一面の白い世界だった。巨大樹に張り付いた白、白、白。珠のような白が蜘蛛の糸で張り付いている。糸で作られた白い繭が大量にあった。
「これって。」
「アラクネやタラスクが作る、お弁当だね。」
お弁当。ということは、これ全部非常食なのか。中には他の魔物や、捕まった冒険者たちが入っているのだろう。
「瑠璃ちゃん、瑠璃ちゃん。僕のお願いを聞いてもらってい~い?」
『嫌じゃ。』
「瑠璃は嫌と言っているぞ。」
「まさか断られるとは思わなかったなぁ。」
トウツが驚く。
今まで俺にした所業を数えてみろ。断られた理由がよくわかるぞ。
「このお願いを聞いたら、フィルが喜ぶと思うよ~?」
『本当か。やろう。』
「やるだって。」
大丈夫か、瑠璃。君ちょっとちょろすぎない?
「あの繭をもって降りてきて。優しく、そっとね。」
『あいわかった。』
瑠璃が翼の生えた
その姿、気に入ったのか?
「ねぇ、あの使い魔、何?」
フェリが聞いてくる。
「キメラです。」
「キメラ。道理で。テイム出来るのね、あの種族。」
「フィルは例外的な存在だからねぇ。史上初なんじゃないの~? キメラをテイムしたの。」
よせやい、褒めるな。照れる。
瑠璃が慎重に繭をもって降りてくる。
海星の五本の足で器用に繭をつかんでいる。
前世でやったUFOキャッチャーを思い出す。あれ、クレーンの力が弱いんだよなぁ。瑠璃みたいにしっかり持とうぜ。しっかりと。
俺たちの前に繭が置かれる。
はっと気づく。
繭の周囲にある、弱々しいが確実に流れている魔素。このパターンは見たことがある!
俺は繭に飛びつくと、ナイフで丁寧に表面だけを縦に切っていく。サクサクと、丁寧に、中身を傷つけないように。
繭が開いた。
その隙間から、人間の顔が見えた。
俺よりも少し年上の少年だった。栄養状態が悪く、やせ細っている。服はボロボロだ。スワガー奴隷商で見た、奴隷着だ。麻痺毒を食らって動けなくなっているのか。弱々しいが、寝息をたてている。
生きている。
生きているのだ。
アラクネ・マザーにとどめを刺した時にわかなかった達成感が、遅れてわいてくる。
「ルビー、トウツ、瑠璃、フェリ。」
俺は後ろを振り向く。
4人は怪訝な顔をして俺を見た。1人海星だから顔がわからないけど。
「俺、このクエスト受けて良かったよ。」
きっと俺はいい笑顔をしていたと思う。
アラクネ討伐クエストが、終わった。
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