第82話 そして3人パーティーへ
「すまんかった。」
そう言って頭を下げたのは、カンパグナ村のギルドマスターであるシーヤ・ガートさんだった。
目の前に可愛らしい猫耳がふさりと降りてくる。眼福じゃ。
今回のクエストは不備が多かった。
Bプラス程度の難易度であるはずのアラクネ討伐がアラクネ・マザーであったこと。
新手であるゴブリンキングを中心とした、ゴブリンの群れ。しかも歴戦の個体であるレッドキャップも複数いたこと。
高難度で死亡率の高いクエストを発注する場合、ギルドは出来るだけ正確な情報を冒険者に提案する努力目標がある。これは義務ではない。ギルドはあくまでも事務仕事が主であり、クエストの難度設定や調査などは善意でやっているようなものなのだ。
だが、それはそれ。
俺たちは甚大な被害を受けた。俺は死にかけたし、ポーションの在庫も尽きた。赤錆びた刃にいたっては全滅判定だ。
翌日になった今でも、ルーグさんはギルドに現れていないらしい。
「にゃんと言ってください。」
「……何といったかの?」
シーヤさんが思わず顔を上げる。
「にゃんと言ってください。それで水に流します。」
「……意味が分からぬが、それでお主たちが矛を収めるならば、いくらでも言おうぞ? ただ、後ろの2人はそれでいいのかの?」
「今回、一番ひどい目にあったのは致死量の呪いを食らったフィルだからねぇ。僕は構わないよ。」
「私も構わないわ。試したい魔法を実戦で使うことができたし。いいサンプリングだったわ。」
後ろの女性陣が言う。
収めるも何も、俺たちは最初から矛を構えてなどいない。
この仕事は命がけ。いつ死んでも仕様がない。明日は我が身。
心づもりくらいはしているのだ。
「では、こう言ってください。『クエストの情報間違えたにゃん。許してにゃん。』と。」
「く、くえすとの情報をまちがえた、にゃん? 許して、にゃん?」
困惑ぎみにシーヤさんが言う。
困り顔が童女の様に見えて非常に愛らしい。
「俺は今、この世界に生まれて一番異世界を感じている。」
ビヴァ、異世界。フォーエバー、異世界。これこそファンタジー。これこそ幻想物語だ。猫耳少女の「にゃん。」だぞ。幻想以外の何物でもない。
「な、何を言っているんじゃ? この小人族は。」
「気にしないでねぇ、ギルマスさん。でも、猫耳でいいなら僕でもいいよね、フィル?」
「お前は兎耳云々以前に、トウツだし。」
「理屈になってなくない?」
いやだってトウツだし。変態だし。ショタコンだし。
「何にせよ、お主らのおかげで助かったわい。」
「にゃんって言わないんですか?」
「お主、しつこいのう。いや、しつこいにゃん。」
付き合いのいい方だ。流石ギルドマスター。
「タルゴも喜んでいた、にゃん? 今は再び稼働し始めた流通の仕事に追われていて、ここには来れなかったがの、にゃん。クエスト報酬のお金と千両役者の仮面はどうするにゃん? ここですぐに手渡すにゃん? ちなみに、報酬のお金はギルドが更に上乗せする予定にゃん。」
とってつけたような「にゃん」が洗練された「にゃん」となっていく。
流石は猫人族。
ご先祖様の血を忘れていないようだ。
素晴らしい「にゃん」をありがとうございます。
「予定通り、お金は全て赤錆びた刃に。」
「……あそこは恐らく、全滅判定じゃの。」
「ルーグさんが生きているのは確認しました。」
「そうじゃが、まだギルドに顔を出しておらぬ。」
「それでも待ってください。いつまでも来なかったら、クエストの残り報酬は頂きます。」
「それがいいかの。トウツとフェリファンの口座に振り込んでおく。」
「それでお願いします。」
報酬の受け取りはスムーズにいった。
「それにしても、最近のクエストは例外が多いのう。」
千両役者の仮面を手渡しながら、シーヤさんが言う。
「何がですか?」
「いやの、ギルドの事前調査と合わない依頼が増えてきておるのじゃ。この村だけでなく、他の地域や他の国でもの。今回のレッドキャップなんざ最注意の魔物だというのに、事前情報が欠片もなかった。まるで、突然何もない所から魔物が出てきたかのようじゃ。丁度、レギア皇国の大反乱のようにの。」
「……俺たちだけじゃなかったんですね。今回みたいな事案。」
「済まぬの。それも含めて教えておくべきだった。今後、ギルドの事前調査は一つの指標と思っておった方がいいかもしれんのう。」
俺たちは「千両役者の仮面」だけを持ち、ギルドの外に出ていた。
はす向かいの酒屋に入り、食事を注文する。
初めてこの村に来た時と比べると、店の客入りは少なくなっていた。
俺たちがアラクネ・マザーを退治したので、低級の冒険者がクエストに出発したのだ。
時期に、この村の経済は元通りに動くことになるだろう。
「これからどうする~?」
トウツが言う。
「やることは山積みですね。この仮面の検証と、奴隷契約の解除。瑠璃と一緒にアラクネの力を使ったトレーニング。宿の解約。なくなったポーションの補充。やることずくめです。」
「あら、私は奴隷契約の解除はしないわよ?」
「……今、何と言いましたか?」
「解除しないと言ったのよ。契約を。」
フェリが俺を見下ろしながら言う。
「ちょっと待ち~。それは僕も聞いてないなぁ。」
「さっき思いついたことだもの。言ってないわ。」
トウツとフェリが対峙する。
虎と龍が見える。ついでにハムスターも。
何だこれ。
それとルビーはそのポジション気に入ったの?
「ちょっと待ってください。奴隷契約はこのクエストの間だけという話だったはずです。」
「口約束ではね? 書面は違うわ。普通の奴隷契約の準拠に則っているわ。契約主と従者の合意が形成された場合のみ、契約解除よ。借金奴隷なんかは労働で借金を返した時に、自動で契約が解除される仕組みね。でも、フィルは条件をつけなかったでしょう?」
そうなのだ。
彼女のことを信頼して、クエストが終わったら解除してくれるものだと思っていた。
まさか、こんなことになるなんて。
「いや、でも何で解除しないんですか?」
「決めたの。私、フィルのパーティーに入るわ。」
「俺のパーティーに? それは——。」
それは、願ってもないことである。
俺がパーティーリーダーか否かというのは置いておいて、金魔法の使い手がいないのは確かなのだ。俺は火・水・風・土・光魔法を優先して体得している。トウツは前衛特化だ。
彼女が仲間に加わってくれるのは、間違いなくプラスだ。
今回の戦いで、俺よりも火力が高いことがわかった。
魔法使いに求められるものは火力。彼女はそれを、俺以上に満たしている。
でも、奴隷契約を続行しなくてもいいのでは?
疑問が俺の頭を駆け巡る。
「どうして契約を続行するんだい? 僕は納得いかないなぁ。」
トウツが渋い顔をする。
「理由はたくさんあるわね。そうね、大きく絞れば3つになるわ。1つ目は、経済的な問題。」
フェリが指を一本立てる。
「フィルは今回のクエストを達成したので、報酬として千両役者の仮面を手に入れたのね?」
「そうだね。」
「私とトウツの報酬は?」
「あ“。」
完全に忘れていた。
「おや、おやおやおや~?」
トウツがニヤニヤし始める。
俺は警戒態勢を強くする。
「つまり僕は今、フィルの借金取りということだねぇ。どうしようかなぁ。借金の肩に何をもらおうかなぁ。やっぱりフィルのは「言わせねぇよ。」いいのかなぁ? フィルは今、僕に借金があるんだけど。口答えできる立場なのかなぁ?」
ぐぬぬ。
ウェイターの人が昼食を持ってくるが、食べる気になれない。
「フィルもトウツも最後まで話を聞いて。フィルは私に借金を返さなければいけないわ。今回のクエストに相当する金額を私に払うの。約130万ギルトね。」
妥当な金額だ。
もし赤錆びた刃のメンバーが全員生き残っていたら、1人辺りそのくらいの金額になっているだろう。
俺はフェリとトウツ、2人の女性に対して合計260万の借金をこさえたことになる。ひも男かなにかかな?
「次が2つ目。その兎人の女のことよ。」
「え、僕?」と、トウツが自分を指さす。
「奴隷契約は、聞くだけだと残酷な契約に聞こえるわ。でも、奴隷を守る仕組みもたくさんあるの。これは、奴隷売買を国が管理したからこそ生まれた利点ね。奴隷は主人の所持品扱いよ。つまり、他人に傷つけられたら器物破損扱いになるわ。」
「それはつまり、どういうこと?」
俺が疑問を言う。
「性交渉も器物破損扱いになるわ。」
俺と瑠璃とルビーが一斉にババッとトウツを見る。
彼女の顔には絶望が張り付いていた。
「え、ちょっと待って。それは——。」
「奴隷を買うのは貴族が多いからね。自分の従者を他所の貴族のお手付きにされないようにするために出来た法律よ。この兎がフィルに何かしたら、すぐに私へ伝わるわ。奴隷魔法の契約でパスがつながっているからね。そして、すぐに罪状を突き付けて彼女を訴えることができるわ。奴隷印は物的証拠として扱うことができると、法律にも明記されているわ。ちゃんと理由があるからお金がかかるのよ。あの契約。」
「待って、フィルはどうなの? 奴隷だよ? フィルはそれでいいの?」
トウツが俺に懇願する。今まで見たことないくらい弱り切った顔をしている。
あまりにも愛らしい顔をするので、うっかりトウツに味方しそうになる。
心を鬼にしなければならない。ここでフェリを味方にすれば、俺は今後安心して毎晩、質のいい睡眠を得ることができるのだ。
「俺、一生フェリの奴隷でいいです。」
「そんな……。」顔面蒼白のトウツ。
「いや、流石に一生は……。」困惑顔のフェリ。
「トウツはその……。幼い男の子が好きな人なんだろう?」
恥ずかしいのか、オブラートに包んだ表現を使うフェリ。
「フィルが大人になれば、もう安全でしょう? それまでの奴隷契約だと思っていたのだけど。」
「俺、不老の薬飲んだんですよ。」
「嘘!? 何で!?」
混乱するフェリ。
俺は無言でトウツを指さす。
「いや~。」と、照れながら自分の耳をいじるトウツ。
しばらく怪訝な顔をしたが、その理由に察しがついたのか、顔が引きつるフェリ。
「え、あれって下手すれば町一つ買える値段するわよね? どうやって?」
ぶつぶつとフェリがつぶやく。
「そういうわけで、俺を出来る限りそばに置いてください。ご主人様。」
テーブルのそばを通りかかった冒険者が、ぎょっとした顔でフェリを見ていた。
子どもにご主人様と呼ばせている、いい歳した女性。そりゃあ引かれるわな。
頬を赤くして恥じらうフェリ。すごい。暗色の肌なのに朱がさしているのがわかる。
「そういえば、3つ目の理由は何ですか?」
恥じらう彼女は愛らしいが、これ以上は可哀そうというもの。
俺は話題転換をする。
「それは——。私は今までソロで冒険者をしていたのだけど。」
「はい。」
「パーティーを組んでくれるのはおろか、まともに人扱いしてくれる人も少なかったの。」
「はい。」
苦労してきたんだろうなぁ。
人一倍優しい彼女のことだ。要らない苦労も抱え込んできたのだろう。
「フィルも、トウツも、私と普通に接してくれるでしょう?」
赤らんだ顔で、上目使いに俺たちを見る。
その表情はやめろ。惚れる。
フェリは指遊びをしながら話を続ける。
「それに、命をかけて守ってもらったことなんて、初めてだったのよ。だから、私も、仲間に入れてほしい。」
恥ずかしさが頂点に達したのか、フェリはローブで顔を隠した。
ローブの隙間から俺を覗いてくる。
可愛すぎかよ。
「え、フェリちゃんは処女なの?」
この兎、何言ってやがる。
「え、ちょ、な、なぁ?」
ぐるぐる目になって混乱するフェリ。
「そっかー。何となく感じてたけど、フェリちゃん混血だよね? ダークエルフだから不貞を働いたのかと思ってたけど、親が異種族とできちゃった系なんだねぇ。おぼこい反応も納得だよ~。」
「俺はお前にドン引きだわ。」
デリカシーの「デ」すら、こいつにはないのか。
「と、とにかく!」
フェリが机を優しく叩く。
「私は金魔法使いです。フィルは今、金欠なのよね?」
「え?」
「なのよね!?」
「は、はい!」
「私なら、ポーションを普段から自作しているわ。金銭面でも足しになるわよ。戦闘に関しても、そこの肝心な時にいなかった兎さんよりも役に立つわ。」
ぴくりと、兎耳が跳ねる。額に青筋。
この金魔法使い、俺に出来なかったトウツを煽ることに成功しおった。すげえ。
「どうかしら?」
「……よろしく頼む。」
俺は右手を差し出す。フェリと握手する。
俺の彼女へのひも男バロメーターが増えている気がするが、そこには目をつむることにする。
「トウツ。」
「…………。」
「おい、トウツ……。」
トウツは静かに手を出す。女性陣二人は柔らかな笑みを浮かべながら握手している。
いや、これ笑ってないな。お互い手に
左手を乗せている机がミシリと軋む。
「へいへい。ストップ、ストップ。」
瑠璃と一緒に待ったをかける。
え、このパーティー大丈夫?
人間関係劣悪すぎない?
「僕は優しいからね。フィルが言うなら我慢するよ。」
「大事な奴隷が言うことだもの。主人としては望みを聞かないとね。」
「そういうわけだよ。これからもよろしくね。リーダー。」
「ちゃんとこの兎の手綱を握るのよ。これは主人からの命令です。」
え、俺がリーダーなの。嫌だなぁ。
パーティーメンバーに後衛専門が新しく入った。
俺の財産がマイナス260万になった。
俺が冒険者登録できるまで、あと6年と半年。
ルビーと離れるまで、半年。
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