第73話 討伐準備2

「いや、だ~か~ら!部屋は別々です!」

「ごめんなさいね~。この子、文句ばかりで。」

「お姉さんぶるんじゃない!俺は小人族ハーフリングです!」

「でも6歳に代わりはないよね?」

「ぐぬぬぬ。」


 俺たちが悶着しているのは、カンパグナ村の冒険者が多く泊まる宿屋のカウンターだ。

 俺は種族をエルフから小人族に偽っている。コヨウ村のエルフたちに正体がばれないようにするためだ。

 だが、年齢までは偽れない。それは冒険者ギルドの年齢調査が厳重であり、すり抜けることが難しいと判断したからだ。それでも種族を偽ることに抜け穴があるのは、被差別者が多く従事する職業だからだろう。ギルドはわざと抜け穴を作っているのだ。

 それでも年齢制限は変わらず厳しく精査される。何故ならば、子どもが冒険者になることは、ほぼイコールで死を表すからだ。奴隷や荷物持ちポーターという例外は存在するが、基本的にギルドは生存に関しては福祉が行き届いた組織なのだ。あくまでも俺調べではあるが。


「お客さん、小人族ハーフリングなんですかい? 確かにお宅らは成長が早いがね、君はずいぶん身長が高いな。」


 店主の言う通りである。小人族にハーフという言葉がつくのは文字通り、普人族の半分ほどの身長の種族だからだ。それに対して、俺の身長は平均的な6歳児の身長の枠を大きく越えない110センチ程度だ。単純に倍にすると220センチ。普人族であれば巨人症を疑われる高身長である。


「同族にも驚かれます。」

 準備していた言い訳をひょうひょうと言う。


「へぇ。まぁいいけどさ、僕はまだ6歳なんだろう? 年の離れたお姉さんと一緒の部屋は恥ずかしいかもしれないけどね、防犯のことを考えたら一緒の部屋がいいよ? この兎人のお姉さん、B級なんだろう?」

「ぐぎぎぎ。」

 何も言い返せない。


「それにフィルはお金が足りていないんだろう? ここは僕が出すからさ、同じ部屋に泊まろう?」

「おや、お小遣いが足りていないのかい? それならなおさらだよ。」

「そうなんですよ~。クエストを旅行か何かと勘違いしちゃって。」

「そりゃ大変だ。あっはっはっはっは!」

「うふふふふ。」

「ぐぬぬぬ。」


 確かに俺は金欠だ。だがそれはお小遣いではなく、魔物の素材を瑠璃に全て貢いでいるからだ。何か瑠璃という名前が源氏名に思えてきた。

 悪魔だ。兎の形をした悪魔がいる。こいつは最初からこれを狙っていたのだ。わざわざアルシノラス村から離れた場所のクエストを受注したのも、全てこの一泊のため。この一泊のために周囲の村のギルドを渡り歩き、それっぽい報酬のクエストを探し、俺のところまで持ってきた。恐ろしい女だ。ここまでするのか。


「決まりだねぇ、フィル。いい夜にしようね?」

 後半のセリフを耳元でしてくる。


「お前の思い通りになると思うなよ。とりあえず昼は依頼者とのミーティングだ。」

 俺は声にドスをきかせる。


「必死にイキってるフィル、かわええ。」


 無敵かよお前。

 トウツがお金をカウンターに乗せるのを、背伸びしながら眺める。トウツが後ろに回り込み、自然な動作で抱っこする。


「おい。」

「店主さん、私たちを仲がいい異種族姉弟と思ってるみたいだからねぇ。カモフラージュだよ。」


 俺は無言で体を捻って降りる。


「いけず。」

「言ってろ!」

「ああ、お客さん!ちょっと待ってください!」

 店主が呼び止める。


「はい、何でしょう?」

「その子ですよ、その子。すいません。うちは使い魔は部屋に入れられない決まりになっているんです。」


 瑠璃が『え、わし?』と言って立ち止まる。


「すいません。こいつは俺の友達なんです。中に入れることは出来ませんか?」

「え、友達? 使い魔が?」

 店長が目を丸くする。


 使い魔を友達感覚に思う人間って、珍しいものなんだろうか。


「へぇ、ですが僕、ごめんな。衛生面のことも考えるといけないのよ。」

 店主が申し訳なさそうに俺を見る。


 言われてみればそうである。瑠璃は獣型の魔物だ。毛が落ちたり他の客に病気を移したりすると大変なのだろう。

 瑠璃は今、イルカみたいな尻尾を普通の犬の尻尾に変えて目立たないようにしている。


「すまない、そういうわけなんだ。瑠璃、我慢しているか?」

『む。仕様がない外で過ごそう。』


「使い魔用の宿舎はそっちです。追加料金はもう兎人のお姉さんにもらってるから、連れてってやりな、僕。」

「はい、わかりました。」

 少し残念だが、俺は瑠璃を使い魔用の宿舎に連れて行った。


『フィオ!ちょっと見学に行ってくるね!』

『わかった。いってらっしゃい。』

 ルビーが飛んでいく。


 新しい場所に来ると、ルビーは大体見学と称して色んなところをうろつく。単なる遊びではなく、避けるべき危険をある程度把握してくれている。


「さ、ギルドに行こうかねぇ。」

「そうだな。」

 部屋の点検も早々に切り上げ、俺たちは宿を出る。


 二人とも亜空間リュックやポーチ持ちなので、荷物を整理する時間が必要ないのだ。


「おい、兎人じゃねぇか!」

「良い体してんな。」

「ねえちゃん、いくらだよ!」

 下卑た顔をした男たちが声をかけてきた。


 宿から出てきたということは、冒険者なのだろう。身体にはプレートや魔物の皮を身に着けている。B級以上の魔物の素材を使った装備はない。おそらくCかD級のパーティーだろうか。

 トウツはそれを無視する。


「おいおい。無視はないだろ。」

「知ってんだぜ? お前ら万年発情期なんだろう?」

「俺たちが手伝ってやるよ。ウィンウィンじゃねぇか。」

 男たちは絡むのをやめない。


 逃げて。トウツじゃなくて男たちの方が。


「おい、何とか言えよ。」

 一人の男がトウツの肩に手をかけようとする。


 男の手が消し飛んだ。


「え、な? え、熱い?」

 男が間抜けな声を出す。


 見ると、上腕から先がトウツさんの手にあった。一瞬の居合で手を斬り飛ばし、奪ったのだ。


「おま、ふっざけんな!」

「手が!俺の手がああああ!?」

「手前、どうしてくれんだ!」

 男たちがわめき叫ぶ。


「トウツ!やり過ぎだ!」

 俺も一緒になって叫ぶ。


「フィルは僕に味方してくれないの?」

 トウツが冷徹で硬質な声で言う。


「いや、俺はお前の味方だけどさ、小突くくらいでよかっただろ!? 腕を斬るまでしなくても!」

「東の国には、嘘をついた人間は口が悪いから口を縫い付ける。窃盗犯は手が悪いから手を斬り落とす。レイプ魔はあれを斬り落とす。そういう国があったよ?」

「ここはエクセレイ王国だよ!?」

 どういう理論だよそれ!


「頼む!許してくれ!謝るから俺の腕を返してくれよ!」

 男が泣き叫ぶ。


「返したところで、治す方法はないよね?」

 トウツが男の手を怪訝な顔で観察する。


「き、教会に!教会に行けば何とかしてもらえる!」

「おいふざけるな!」

「俺たちにそんな金ねぇよ!」

「プールしてあるパーティーの金があるだろうが!」

「あれはお前だけの金じゃねぇよ!」

 男たちが醜い争いを始める。


 それを見ていると、俺の中からも同情心が引いていく。

 教会に行けば助かるというのは本当だ。教会には必ず一定以上の実力をもつ回復役ヒーラーがいる。冒険者が回復役を大切にするのは、ここに有能な人材を吸われて冒険者になる回復役が少ないからだ。

 ただし、教会には欠点がある。重傷者への治癒の料金がべらぼうに高いのだ。彼らは慈善事業で行っているわけではないから当然といえるだろう。


「フィル、どうする?」

「……何がですか?」

「ん~。お人よしのフィルは、セクハラ大魔神も助けてあげるんじゃないかなって。」

「…………。」


 手を抑えて苦悶の声をあげる男と目が合う。正直、気は乗らない。乗らないが、ここで見捨てると今日の夢に出てきそうな気がした。


「おっさん。」

「ひゃえ? 俺のことか?」

「そうだよ。おっさん、今、持ってる金はどれだけある?」

「え、えっと、財布に3万ギルトだ。」

「そっちじゃない。お前の全財産だよ。」

「お、俺の全財産を奪う気かよ!」

「早くしろ。出血多量で死ぬぞ。腕の鮮度も落ちる。くっつけられなくなる。」

「は、はい!言います!言いますから!60万!俺の全財産は60万だ!」


 少ない。いや、冒険者にしてはため込んでいる方か。クエストで手に入れた金をその日の酒代に吸われる暮らしをしている冒険者はごまんといる。身近な例だとゴンザさん。


「わかった。50万だ。それでお前の手をくっつけてやろう。」

「横暴だ!俺の手を斬り落としたのはその女じゃねぇか!」

「俺の大切なパーティーメンバーに手を出そうとしたのはそっちだろう? お相子だ。」

「ふざけんな!そんな金払えるか!」

「51万。」

「は?」

「52万。」

「おいちょっと待て。」

「53万。」

「わかった!わかった!払うから腕を治してくれ!早く頼む!」

「まいどあり。」


 俺はトウツから男の腕を受け取り、男の横に立つ。


「いきなりくっつけると、血がめぐっていない血管に血が押し寄せてきてえげつないくらい痛いぞ。紐かなんかで縛れるか?」

「靴紐がある!」

「借りるぞ。」


 俺は男の靴紐を外し、肘に縛り付ける。手を男の腕に接着し、回復魔法をかける。


超回復ハイ・ヒール。」


 男の腕から血がとまる。俺はその血にも浄化魔法をかける。浄化された血は男の体内に回帰していく。輪切りにされた腕の傷口は、みるみるうちになくなっていき、最後はただの白い線になった。これが師匠だったら白い線すら残さない。


「すまないが傷は残る。生娘でもないし、あんたは冒険者だから怪我自慢の種にでもしてくれ。」

「お、お前!超回復が使えるのか!浄化魔法まで!どこのパーティーのもんだ!」

「まだパーティーには入ってないよ。しばらくはこの宿にいるから。53万、耳をそろえて出しなよ。」

「え、あ、ああ。わかったよ。畜生。」


 男たちはすごすごと宿に戻っていった。おそらくクエストに出かける前だったのだろうが、トウツというハプニングに出くわして戻ることにしたのだろう。


「トウツ、俺は甘いのか?」

 彼らが消えてから、俺は呟く。


「いんや~、金銭を要求したのは正解だったよ? 冒険者は優しいだけじゃ、食い物にされるだけだからねぇ。無償の愛を切り売り出来るのは宗教家だけだよ。」

「そうか。それと、お前もたいがい性格が悪いな。」

「ん~。何のこと?」

「腕の傷口だよ。俺が処置し易いように切断面が綺麗だった。回復魔法を後でかけられること前提で斬っただろ。」


 彼女は再生能力がある魔物をいつもわざと荒く斬っている。再生を遅らせるためだ。いつもはそれだけ徹底した戦い方をしているのに、今回はわざと切断面を綺麗にしていたのだ。


「そうだねぇ。上手くいけば教会に駆け込んで、正規の値段で処置してもらって借金こさえてくれればなぁと思ってたよ?」


 やっぱこいつ、生まれる種族を悪魔と間違ってるんじゃない?


「でもまぁ、今回はフィルが治したでしょ? 優しいねぇ、フィルは。」

 トウツが俺の頭をなでる。


「子ども扱いすんな年下。」

「村ではお姉ちゃんと呼ぶんだよ?お・に・い・ちゃん。」


 俺は無言でギルドの方へ歩き始めた。

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