第74話 討伐準備3
ギルドに到着した。
道行く人たちは、俺たちのことをちらちらと見る人が多い。兎人と得体の知れない格好をした
ただ、俺たちが足を向ける方向がギルドだと分かると、皆一様に興味を無くす。やはり冒険者は変わり者の集まりということなのだろう。
また、異種族同士の組み合わせというものが、冒険者以外では中々起こらないということもある。
冒険者は異種族に対して耐性のある人間が多い。
というのも、パーティーを組む時に自分が持たない長所をもつ人物を探すことが多いからだ。自然と自分以外の種族を探すという選択肢も現れてくる。力持ちが欲しければ巨人族やドワーフ。弓の名手であればエルフ。魔法使いであれば魔女の末裔など。
それでも同じ種族同士で組むパーティーの方が多いのだが。
そんなことをつらつらと考えつつ、俺たちは両開きのドアを開けた。
アルシノラス村もたいがい田舎だが、ここも負けじと田舎だった。ただ、こちらの方が小奇麗にしてある。受付の数はアルシノラス村よりも少なかった。あっちはエルフの森があり、魔物が多いからだろう。
トウツ曰く、こちらの方が危険な魔物が少ないとのこと。アラクネ以外は修行相手にもならないだろうとのことだ。
「こんにちは。依頼を受理しに来ました、アルシノラス村の冒険者のトウツです。依頼主は現在、不在でしょうか?」
トウツが真面目な口調で受付嬢に話しかけた。
トウツが真面目な口調で受付嬢に話しかけた。
トウツが真面目な口調で受付嬢に話しかけた。
「あのさ、僕が真面目なことするたびにその顔するの、やめてくんないかなぁ。」
視線で穴が開いちゃうよ、と彼女は付け加える。
そんなこと言われても、何度見ても驚いてしまうのだから仕様がない。俺とマンツーマンで話す時は真面目の真の字もないくせに。トウツのくせに。
「申し訳ございません。現在は待機していないようです。伝令に呼びに行かせますので、今しばらくお待ちください。」
「分かりました。向かいの酒屋で食事をとりながら待ちます。フィル、いこっか。」
「その男児に話しかけるようなお姉さん
「すいません、この子、ませてるんです。」
いいお姉さん風にトウツが言う。
むきー!
俺たちはそのまま、ギルドの外に出る。
男たちがふらふらとトウツに吸い寄せられる。忘れそうになるのだが、こいつはもてる。パーティークラッシャーになりかねないので、今までソロをしていたくらいにはもてるのだ。その上、万年発情期だと周知されている種族である兎人。男が寄らないわけがないのだ。
トウツが無言で闘気を飛ばす。
男たちは危険を察知したのか、すごすごと離れていく。腐っても冒険者。引き際はわかっているのだろう。
「今のでよかったかい?」
にんまりしながらトウツが俺を見下ろす。
「腕斬り飛ばすよりかは、まぁ。」
俺は肯定する。
「我慢したんだからさ。お昼ご飯はフィルが、あーんってしてほしいな~。」
「……一回だけな。」
さっきの惨状を思い出し、俺は肯定する。
トウツが目をぱちくりさせて俺を見る。
「何だよ、その目は。」
「いや、我儘言ってみるもんだな~って。」
「無益な殺生はしないでくれよ、本当に。」
一瞬、トウツが真面目な顔をして立ち止まる。先ほどの受付でのやり取りとは違った種類の、シリアスな雰囲気。
「どうした?」
「いや、昔の大切な人がね、フィルと同じことを言ってたなぁって。ほんの少しノスタルジックな気分みたいな?」
「何言ってるかわかんねぇよ。大切な人? そいつ10歳以下の男の子だったりしないよな?」
「…………。」
「おい。」
そんなやり取りをしつつ、俺たちは酒屋に入店した。
「うっわ。盛況だねぇ。」
「この村は都に直接繋がっているらしいからな。」
この村は都の真南に位置する村だ。この村自体に経済的な影響力のあるものを生産する力はほとんどない。だが、流通と商人の力を借りて発展し続けているらしい。魔物のレベルが低いことも、ここがそれなりに繁栄している理由だ。ここで腕慣らしをした冒険者が、一獲千金を求めて強力な魔物がいるエリア、つまりは都へ上っていくのだ。
俺が通う予定の学園も、そこにある。
「冒険者が多いねぇ。」
「そうだな。」
そこかしこに、装備で身を固めた冒険者たちが、がたいのいい体を寄せ合って食事している。店の壁には「店内で喧嘩は罰金1万ギルト。設備の破損は全額負担」という張り紙がそこかしこに張ってある。ということは、定期的に守れない客もいるということなのだろう。宿の前でトウツに話しかけた連中を思い出す。
その他にはクエストの受注案内の張り紙も大量に張ってあった。食事が終わった冒険者たちが、眺めたり取ったりしている。向かいのギルドと提携しているということだろう。
「僕、適当に注文しておくから、席とっておいてね~。」
「わかった。」
俺はテーブルの隙間をうろうろする。子どもが一人で歩くのが珍しいのだろう。「僕、大丈夫?」と話しかけるお姉さん冒険者。「冷やかしは帰れ!」という酒に酔った男。「そのお面、ちょっと見せてくれないか。」と話しかける研究者肌っぽい魔法使い。それらに適当に返事しながら空いたテーブルを探す。
見つけた。
が、すでに一人座っている。
他のテーブルを見ると、多くの人々が相席している。なのに、そこだけ四人掛けのテーブルを一人で独占していた。
俺は前世のクラスメイトのがっ君を思い出す。がり勉でコミュ障のがっ君。実はクラスのために花の水やりを欠かさずしてくれていた心優しいがっ君。きっと今頃は公務員だね、がっ君。
などと下らないことを考えつつ、俺はその男性だか女性だかわからない人物に話しかける。
「すいません。相席いいですか?」
「何? 貴方。」
聖水を思わせる細くて綺麗な声だった。それでいて、擦りガラスを通したような少しハスキーさが残る不思議な声。
女性だ。全身をローブで包み、フードを目深に被っていたので気づかなかった。というか、この人よく見るとかなりの美人さんだ。少し幸薄そうな雰囲気があるが。薄幸美女とかいうやつだろうか。身近にトウツとかいう美人がいなければ、うっかり惚れているところだった。
絹のような白い髪がフードからこぼれていて眩しい。瞳は優し気な水色をしていた。
「いえ、あの。相席させていただくと助かります?」
何故か疑問形になる。
そこはそれ、美人への耐性がないから勘弁してほしい。この世界で綺麗な女性とはたくさん関わりをもったが、未だに慣れない。
その女性は周囲を見渡した後、しばらく考え込む。相席ってそこまで考え込む事案だっけ。
「貴方、私を見て何も思わないの?」
また女性が口を開く。
「見て、とは。」
女性ですよね?
「ああ、耳が見えないからわからないのか。」
女性は少しだけフードをずらす。
尖っていた。耳が。しかも肌は白ではなくこげ茶色にわずかな紫を落としたような色。
この人、ダークエルフだ。エルフたちが忌み嫌う、元同胞の成れの果ての種族。
相席をする人がいないことの意味がわかった。皆エルフ種同士のごたごたに巻き込まれたくないのだ。
「ダークエルフさんだったんですね。で、相席は大丈夫ですか?」
構わずに俺は問う。
ダークエルフのお姉さんが困った顔をする。肌の色も相まって、エキゾチックに見えて綺麗だ。
「いや、普通私は避けるでしょう?」
「俺もお尋ね者みたいなものなので、迷惑をかけるのはお互い様だと思いますよ?」
「貴方、可愛い顔して何やらかしたの?」
「そうですね。強いて言えば原罪でしょうか。」
「変な子どもね。」
「子どもって、よくわかりますね。俺は小人族ですけど、確かに子どもです。」
「小人種は小さくても普通に老けるからね。」
「ああ、なるほど。」
自然な動作で俺は座る。
座ってしまった俺をとがめようとしたのだろう。彼女は一瞬口を開こうとしたけど、すぐに閉ざす。
「どうなっても知らないからね。」
「そこも含めて自己責任で大丈夫です。連れも多分、何も言わないと思うので。」
ダークエルフのお姉さんが顔をしかめる。
「連れがいるなら、尚更駄目よ。迷惑をかけてしまうわ。」
「ちなみに連れは国外追放を受けた身なので、一切の配慮はいりません。」
お姉さんが絶句した。
落ち着いた大人の女性があ然とする姿は新鮮なので、少し面白い。
「もう、勝手にするといい。」
「助かります。俺の名前はフィルといいます。冒険者見習いのようなものでしょうか。」
「…………名乗らないでおく。」
「優しいんですね。」
俺はニコニコと笑った。
「変な子ども。」
そう言って、彼女は食事を続けた。
エルフの中には一定数の徹底したヴィーガンがいる。
魔物と戦うためには体を作らなければいけないので、戦闘職のエルフは肉を食べる。
だが、それ以外のエルフはヴィーガンでいることが多い。
彼女が食べている食事は野菜ばかりだった。シーザーサラダに植物性油のドレッシングだろうか。色とりどりの豆もある。豆腐もある。
豆腐もある。
「豆腐!」
思わず俺は声を荒げる。
一瞬近くの席の人たちがこちらを見るが、目の前のお姉さんの肌色を見ると、すぐに顔をそむける。
「ちょっと、声。」
「あ、すいません。」
たしなめられ、声を小さくする。
「豆腐、知ってるの?」
「知ってます。昔食べたことがあるので。」
嘘は言っていない。嘘は。
「昔って、貴方かなりの年少に見えるけども。」
「細かいことは気にしなくていいです。今は豆腐ですよ。豆腐。」
「豆腐の方が小さいことだと思うけど。」
お姉さんが困り顔になる。
アキネさんやミロワさんで何となく思ってたことだけども、俺は女性の困り顔が好きなのかもしれない。
「それ、この店のメニューにあるんですか? メニュー表はどこです? これですか? どこに書いてあります? いくらかなぁ。俺金欠なんですよね。」
「残念だけど、これは私の私物。ここは持ち込みありだから。」
「……神は死んだ。」
「……それ、教会の前で言わないでね。」
そうか。ないのか豆腐。そうだよな。トウツが言っていた。ハポンは鎖国に近い外交状況だから、味噌も高級品なんだ。ならば豆腐も高級品に違いない。
「うう。味噌も米も手に入らないし、俺の食生活が整う日は来るのだろうか。」
ジビエばっかりの食事は嫌だ。俺はもっと胃に優しい食事をしたい。
「貴方、ハポン食ファンなの?」
お姉さんが質問を重ねてくる。
俺との交流を避けようとしていた割には、話しかけてくるなぁ。事情があって話せないだけで、けっこうお喋り好きな人なのかもしれない。
「そうですね。好きです。俺は胃が小さいので、ヘルシーな食べ物が合うんですよ。」
それっぽい理由をでっちあげる。
「そう。流通ルート、いる?」
「いります!あ、でもそれトップシークレットの情報網ですよね。いくらで売ってくれますか? ちょっとお家帰って貯金箱もひっくり返すので。」
お家は70キロ西だけども。
「いらない。」
そう言って、お姉さんは紙に走り書きをし始める。
「これ、ハポンと取引のある船が泊まる漁港。どうしても欲しいなら、ここに行くといい。ただ、船は頻繁に行き来しているわけじゃないみたいだから、必ず手に入る保証はない。」
「かたじけない……かたじけない。この恩は一生忘れません。」
「たかが食べ物に大げさじゃない?」
「食べ物の恨みは怖い。食べ物の恩は尊い。」
「何を言ってるのか意味がわからない。」
奇遇だね。俺もわからん。
「お~、フィル。ここにいたのね。ハンバーグセットだけどよかっ、ん?」
現れたトウツとお姉さんの目が合う。
しばらく見つめ合ったあと、トウツがこちらを見る。
「浮気?」
「浮気も何も、俺はお前と付き合ってないからな。」
「私と会って出る感想がそれなの。」
お姉さんが少し驚く。トウツが座るのを見てまた驚く。
「いいの? 私がエルフに見つかったら面倒なことになるわ。」
「
トウツがにへら、と笑う。
お姉さんがトウツと俺を交互に見る。そしてしばらく思案した後、合点がいったかのように得心顔をする。
「なるほど。君がハポン食を手に入れようとしているのは、このハポン出身に見える兎人のお姉さんのためか。」
「それだけは絶対ないです。俺が食べたいだけです。」
「え。」
お姉さんがまた驚く。
「いただきま~す。」
「頂きます。」
「え、でも。食事の祈りもハポン式だし。貴方たちなんなの本当。」
「フィル。あ~ん。」
「くそ。約束覚えていやがったか。ほらよ。」
「!?」
食事が終わるまで、ダークエルフのお姉さんは俺たちを見て混乱しっぱなしだった。
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