第72話 討伐準備
「うぇ? アラクネって人間並みの知能があるのか?」
俺はトウツに尋ねる。
今、俺たちはカンパグナ村に向かって走って移動している最中である。70キロの移動だ。当然、間には魔物が現れるエリアもある。走るついでに現れる魔物を切り伏せ、路銀代わりにしていく。
ファンタジーの世界だから馬車とかを期待していた俺が馬鹿だった。トウツに「慣らしには丁度いい距離だねぇ。」と言われて「そうだよねぇ。俺、修行中の身だもんねぇ。」としか返せなかった。
「人間ほどはないよ? 人間の子どもくらいかなぁ。でも人語はある程度操るねぇ。」
それを聞き、俺は魔物というものが分からなくなる。
「え、じゃあ魔物とは何ぞ?」
「いきなり哲学の質問? ごめんね、それ、ハポンでは流行ってない学問なんだよね~。」
「いや、そうじゃなくて、言葉が通じるならそれって魔物じゃないんじゃ?」
そう俺が返すと、トウツは唇に人差し指をつけて「ん~。」と考え込む。ちなみに、この間俺たちは時速30キロ程で走っている。俺は
「じゃあ聞くけどさ、仮に瑠璃が神語を使えなかったとしたら、フィオはこの子を使い魔にしてた?」
それを聞くと、今度は俺が考え込む番になる。確かにきっかけは瑠璃に会話手段があったからだ。だが、俺が瑠璃のことを友達として好いているのはその心だ。ただ、他者とのふれ合いに渇望していた心優しい生き物。それが瑠璃に抱く俺の印象。
瑠璃は冒険者を殺している。そのことについて思うことがないわけではない。いつか瑠璃と共にそのことに向き合わなければいけない日がくるかもしれない。
そして仮に彼女と話すことができなくても、俺の決断は変わらないだろう。
「する。絶対する。こいつは俺の大切な友達だ。」
『わが友……!』
隣で瑠璃が並走しながら尻尾をぶんぶんとふる。
「それは何で?」
「仮に瑠璃が喋れなくなっても、こいつは心優しい魔物だからだ。」
「そうだね。使い魔として認められるのは危険性のない魔物に限られている。昔から人間と共に歩んだ歴史の深い魔物たちは総じて魔獣と呼ばれる。でも、その魔獣たちもほとんどは人語を介さないんだよ?」
「それは——。」
ますます魔物の定義がわからなくなる。動物との差異は?
「じゃあ、人語を操るとしよう。でも、そいつは必ず人間に対して敵対的である。会話はできる。でもそいつはこちらを食料としか考えていない。敵としか考えてない。僕らがゴキブリを潰すのと同じ感覚で殺してくる。さぁ、フィオはこいつらと有効的な関係を結ぶことができる?」
「無理だな。」
俺は即答する。
何となく基準点が見えてきた。
「でもそれって、魔物かそうでないかは人間次第じゃないか?」
「それがあるから獣人は苦労したんだよねぇ。」
なるほど。昔師匠が言った「獣人は表立っての差別はない。」というのはそこか。
「なまじ、普人族の差別に抗って戦争しちゃったもんだから、更に蔑視が加速してねぇ。大変だったらしいよ。大昔のことだから僕は知らないけども。長寿種には生き証人もいて、当時のことをまだ恨んでいる人もいるらしいね。」
そうか、この世界は俺が元いた世界と違って生き証人が長く居続ける世界なのだ。過去を水に流そうの理屈は通用しないのかもしれない。
「その戦争、どうなったんだ?」
「痛み分けだね。お互いの戦死者がえげつなくなった。冒険者の数も減って、防衛力も低下。結果的に魔物に潰される町村が激増した。」
「そりゃひでぇ。」
目も当てられないとはこのことである。
「特に酷いのはゴブリンの被害でね。男が戦争に出かけて村に女子どもしかいなかったものだから。後はフィオの想像した通りだよ。」
「——その後、和解はしたのか?」
「形だけね。ただ、戦場にいた者同士は早くから和解していたみたい。故郷が魔物に襲われている人が多くて、目の前の敵より先にそこへ戦力を投入しなければいけなかったからねぇ。」
「相手も同じ状況だったから、上の意向を無視して談合したのか。」
「そうなるねぇ。」
本当に、この世界の人間たちはたくましいな。俺も早く染まって強い人間になりたいものだ。
「魔物の定義の話に戻るけどさ、結局の所アラクネは人語を操るけど、和解できない種族ってことか?」
「そうなるねぇ。人語が使えるだけで文明は捨ててるし。あ、文明のあるなしも魔物と獣人の定義付けによく使われるね。」
「なるほど。」
「アラクネの場合は神様への憎しみが潰えない種族だからねぇ。僕ら
「そりゃまた、難儀な種族だな。」
「そうだね。ゴブリンといいアラクネといい、この世界は業の深い種族が多すぎるよ。」
そう言って、トウツが加速する。
俺は慌てて身体強化で彼女に追いすがった。
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