第71話 その魔物は

「いや~、今日はいい感じに討伐できたな!」

「いや本当だぜ!奴隷様様だな!」

 そう叫びながら森をのし歩くのは、D級冒険者の集団である。


「いや~、やっぱボスは天才っすよ!二束三文の奴隷を買って囮にするなんてな!」

「そうだろう、そうだろう!俺は天才だからな!ガハハハッ!」


 男たちが大声を出す度に、奴隷の少年はびくりと体を震わせる。他の奴隷たちは全員囮となって死んだ。この下卑た笑みを浮かべる男たちが魔物と接敵する度に、奴隷たちが減ったからである。

 男たちは魔物がいるエリアで大声を出すことが危険であることは知っている。腐ってもD級。E級という最も死亡率の高い階級を生き残った集団なのだ。だが、奴隷という盾を持っている男たちはそれに安心しきって大声で喋りながら町への帰路についている。

 魔物たちは人間を襲うことの次に、生き残ることを優先としている。狙う集団が弱い者を放逐してくれるのならば、それに越したことはないのだ。


「しかし、よりによってこんな細っこいガキが生き残るたぁな。」

「だよなぁ、女残しておけばよかったぜ。」

「あほか!抱けるようなやつなんていなかったろうが!」

「娼婦に出来る奴隷は高いからな!」

「違いねぇ!」


 少年は悔しくて仕様がなかった。両親が借金の形に自分を売り払い、奴隷になった時点でまともな人生になるとは思っていなかった。

 だが、これほどの仕打ちを受ける道理はない。何も残せず、無為に食い物にされる。男たちが憎かった。そして何よりも、無力な自分が憎かった。自然と男たちを見る目が険しくなる。


「おいおい、一丁前に喧嘩売ってんのか?」

 冒険者の一人が気づき、少年に毒づく。


「魔物に食わせる前に、俺が殺してくれようか? ああ!?」

「よせ、そいつはまだ役割がある。」


 腐っても冒険者。リーダーの男は自分たちが生き残るために無駄なことをさせなかった。


「ち、命拾いしたな。」

「おい、感情に任せて行動するなよ。そのうち手前のせいで俺らみんな死ぬぞ。」

「ちっ。わかってるよボス。」

「わかってるならいいんだよ。おい斥侯スカウト!状況は!」

「魔物の足跡はねぇ!しばらく安全だぜ!」

 斥侯が後ろを振り向く。


 そこにリーダーの姿はなかった。


「おい、ボスはどこ行った?」

「は? 知らねぇよ。」

「お前、さっきまでボスと話してたろうが!」

「知らねぇって!あの人無駄に慎重だからいつも一番後ろ歩いてるだろ!俺は前見て歩いてたんだよ!」


 二人の言い争いを見て、他のメンバーも焦り始める。このパーティーで知能がそれなりに高いのはリーダーの男だけだったのだ。とたんに統率が乱れ始める。


「おい!ガキ!お前も後ろ歩いてたろうが!ボスのこと見てたんじゃねぇのか!おいガキ!どこ向いてんだおい!」

 一人の男が奴隷の少年の胸倉を乱暴につかむ。


 だが、奴隷の少年は虚ろな目で上を眺めるのみだった。冒険者たちが少年の様子に違和感をもつ。その目に映るのは絶望。男たちはその目を何度も見たことがあった。見捨てた奴隷たちがしてきた目だ。

 だが、まだ死が確定していないこの少年が、その目をするのは何故?


 ぽちゃん。


 上から水滴が落ちてきた。

 いや、水滴ではない。その雫は赤い色をしていた。

 男たちは少年と同じように上空を見る。

 そこには壊れたマリオネットのように体がねじ切れたリーダーがいた。蜘蛛の巣の中央に張り付けられ、顔の半分がえぐられている。関節はあり得ない方に捻じ曲げられている。冒険者たちは人が死ぬ姿を多少なりとも見る者ばかりだ。だが、その死に方は異常だった。

 恐怖が伝染する。


「おい、まさか。」

「タラントか?!」

「馬鹿!タラントはここまで賢くねぇ!」

「あ、アラクネだ!」

「嘘だろう!? こんな森の浅いところに!?」

「逃げるぞ!はし!?」


 叫んだ男が足首から茂みに引き込まれて消えていく。茂みの奥から男の断末魔が聞こえた。殺されたのだろう。


「おい!おい、おいおいおいふざけ!あぎゃ。」


 その男は首を引っ張られ、空中に宙づりにされる。糸がすでに首へかかっていたのだ。


 少年はただ見ていた。この冒険者パーティーはリーダーを最初に殺された時点で、もっと先の話をすれば斥侯が気づけていない時点で詰んでいたのだ。その証拠に、男たちが気づいた頃には全員の体に糸が巻き付いていた。

 男たちは騒音をまき散らし過ぎたのだ。アラクネの音による感知網に引っかかるほどに。少年は奴隷の中では賢かった。自分では逃げても無駄だと判断できるくらいには。


 女が茂みから現れた。残った餌に戦闘能力がないと確信しているからだ。ただの女ではない。その女の下半身は異形だった。半身蜘蛛の化け物、アラクネ。神に挑み、神に堕とされた成れの果て。


「きれい。」

 少年は思わず呟く。


「キレイカ。オマエタチハミニクイナ、ニンゲン。」


 その後、カンパグナ村のギルドには通達が来た。D級冒険者パーティー7名の全滅判定を確認。

 木にわずかな粘性の高い糸の付着を確認。

 山の奥を根城にしていたはずのアラクネが、浅いところに巣くい始めた可能性を念頭に調査されたし。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る