第70話 ネクストクエスト

「才能があるのに相変わらず馬鹿だねクソガキ。」


 そう師匠が言ったのは、その日の夕食のことである。

 その場には師匠の使い魔も、ルビーも瑠璃もトウツもいる。トウツは用事でうちに来た時、ついでにご相伴にあずかることがある。俺の料理が食べたくてふらっと寄ることもある。

 ちなみにトウツを呼び捨てにしているのは「敬語をやめる」という約束を守っているからだ。


「なんだとこの糞ばばああああああああああ痛い!?」

 右足の脛に激痛が走ったので、思わず俺はテーブルの下にうずくまる。


 見ると、テーブルの脚がぐにゃりと変形していた。このばばあ、錬金術でテーブル変形させて俺の足に突き刺しやがったな。


「何するんですかばばあ師匠!」

「ふん。お仕置きされてもばばあ呼ばわりをやめない胆力は評価しようさね。」


 今度は床から木枝の槍が突き出して、左足の脛を殴打した。


「あだだだだだだ!」

 俺は床を転げまわる。


 魔法を展開する初動が早すぎて、師匠の攻撃は相変わらずかわすことができない。普通の魔法使いは魔力が展開して魔素に作用する瞬間が観測される。一定以上の実力者はそのスピードが異常に早いのだが、師匠のはもはや瞬間移動レベルで魔力を操っている。


『フィオ、大丈夫~?』

『今のはわが友も悪い。』

 ルビーと瑠璃が横から言う。


『だ、大丈夫、大丈夫。回復ヒール。』


「あたしゃそんなくだらない怪我を治すためにお前に光魔法をすすめたんじゃないんだけどね。」

 糞ばばあがスープを口にふくむ。


「おのれ。絶対にお前を超えてやる。絶対にだ。」

「憎まれ口をたたく余裕があるなら大丈夫さね。」


「というよりも、何で俺はいきなり罵倒されたんですかね、師匠?」

 俺は話を戻す。


「そんなの簡単さね。お前さん、そこの兎人の娘からもらったポーションを飲んだだろう? ナハトから聞いたよ。」


 やはりというか、知っていたのか。


「そうだけど。」

「齢をとらないようにするためかい?」

「そうだけど。」

「馬鹿だねぇ。」

「だから何でそうなる!?」


 師匠はステーキをナイフで上品にカットしながら話す。


「そりゃ当り前さね。不老ポーションが止める年齢は肉体年齢だけさね。精神年齢は変わらず成長する。あのポーションが不死の効果まで持たないのはそれが原因だね。魂は変わらずきちんと自分の年齢をカウントしているのさ。だから、肉体年齢が死ぬだろうという時期になったら魂がこの世にいることを諦めるのさ。つまり、七歳になったらお前さんの魂はちゃんと七歳になる。火の妖精とは予定通りお別れということさ。」

「…………嘘でしょう?」

「嘘じゃないさね。ちなみにそこのすまし顔の兎人の娘もそれを知ったうえでお前に飲ませたんだろうよ。飲む日を今日に限定したのも、時間を縛ることでお前の判断能力を奪うためだろうねぇ。」


 俺は静かに食卓を立った。食事中にうろつくのはマナー違反だが、今回だけは許してほしい。


「騙したなああああああああああああ!俺を騙したなあああああああああああああ!許さない!絶対にだ!!ふざけんな馬鹿野郎ッ!」

 力いっぱい俺は叫ぶ。


 俺に指をさされたトウツが「てへっ。」と笑う。

 可愛さで誤魔化せると思うなよ!

 何が「てへっ。」だ。こっちは「イラッ☆」だよ!

 何か怪しいと思ってたんだよ!嘘じゃん!トウツの阿呆!馬鹿!変態!俺とルビーのためにも準備したポーションだ!? 俺に本心から好かれてもらうだ!?

今俺はお前が大っ嫌いになったよ!


「お前!これどうするんだよ!お前!これ!俺、大人になれないじゃん!結構楽しみにしてたんだぞ!エルフってみんな美形だからさ!」

 カイムみたいな美丈夫になる予定だったのに!


「フィオは今が一番綺麗だよ。」

 謎のイケヴォでトウツが言う。


「ふざげんなああああああああああ!」


『うう。あと一年でフィオと喋れなくなるの? 見えなくなるの? 嫌だよう!嫌だよう!』

 ルビーが泣きだす。


「ああ、ごめんなルビー。泣かないでくれ。トウツもルビーに謝れやごらあ!」

「ごめんね~。でも損失といえばフィオが大人になれないくらいだからいいんじゃないの?」

「大ありだよ!また一から方法を模索しなきゃいけないのかよ!」

 俺は地面に四つん這いになって慟哭どうこくする。


「飯が不味くなるから早く座りなクソガキ。」

「……師匠はいつも通りでいいですね。」

 俺は素直に座る。


 この家のヒエラルキーの頂点は何だかんだいって婆なのだ。


「トウツは一か月俺に触らないでくれ。」

「え。」

「触ってきたらルビーと瑠璃と一緒にギルドに保護してもらう。」

「そんな。」

「俺は本気だぞ。」

「酷い。」


 酷いのはお前だ。まさかここまでしてくるとは思わなかった。完全に誤算だった。


『心配するな、わが友。もしもの時は、わしがルビーの翻訳をすればよい。』

「そうは言っても瑠璃、直接話すことが出来るか出来ないかって、かなり大きいと思うんだよ。」

『それもそうだが。』

 瑠璃は渋い顔をする。


「そんな怒れるフィオたんにご提案がありま~す。」

「もう喋んなお前。」

「塩対応すぎない? フィオたんが怒るのもわかってたから、こっちはご機嫌取り用のクエストをもってきたんだよ?」

「…………一応聞いておく。」

 つまらない依頼だったら承知しないからな。


 トウツがクエストの依頼書をテーブルに置く。ルビーや瑠璃と一緒にのぞき込む。


依頼内容:アラクネの討伐

適正冒険者ランク:A級パーティーもしくはB級パーティー2組以上

報酬:現金150万ギルト、魔道具「千両役者の仮面」。請負パーティーが複数の場合、報酬の分配はパーティー同士で要相談。討伐した魔物の素材も同様とする。

備考:アラクネは敏捷性が高く、探知能力が異常に高い魔物である。知能もある。協調性のない冒険者は全滅判定の原因となりえることを考慮されたし。


「アラクネって、体が蜘蛛と人間の半分になってるやつだっけ?」

「そうだねぇ。神様に織物勝負しかけて怒らせて蜘蛛に転生させられた哀れな種族だねぇ。」

「神様に勝負仕掛けるとか、ロックな種族だなぁ。」

「ロック?」


 この表現はここでは通じないのか。


「型破りって意味と言えばいいのかな?」

「そっかぁ。型破りかぁ。どちらかと言えば蛮勇がぴったりくるけども。」

「確かにそっちの方が合うかもな。」

「まぁでも、ジャンルが織物とはいえ神様と互角に勝負した種族だし、相手として不足はないと思うけどねぇ。」

「そんな化け物、今の俺が相手していいのか?」

「転生した本人じゃないよ。あくまでもその子孫のどれか、だねぇ。」

「なるほど。」


 それでもA級が適正ランク。転生したアラクネ本人はどんな化け物なんだ。出来れば一生出会いたくないものである。


 それにしても半分人間か。

 四足歩行などの魔物相手の戦闘経験は多いが、対人の経験は少ない。最近はゴンザさん、ウォバルさん、トウツに組手の相手をしてもらっているが、命の取り合いをしたことはない。ゴブリンは人形だが、まともな体術の使い手なんて当然いなかった。深層のゴブリンは体術も扱えると聞いたけども。初めて戦うタイプなので、不安がないわけではない。


「依頼内容もそうだけど、重要なのはこっち。」

 トウツが報酬を指さす。


「150万。魔物一体でその値段って多いのか少ないのかわからないな。」

「まぁ、普通に少ない方だね。A級以上を対象にしているけど、パーティーは大体四人以上が多いから。」

「となると一人当たり40万弱。うわ。命かける割には、安い?」

 しかもA級が受理しない場合はB級複数パーティーで更に割ることになる。


「そういうこと~。ま、その代わりにこの魔道具と、アラクネの素材の権利を依頼者が放棄しているんだろうけど。」

「千両役者の仮面?」

「変装の魔道具だよ。僕も昔見たことがある。この依頼はこれを転売するだけで元をとれるなんてレベルじゃないね。貴族がお忍びで遊ぶときに使われるやつさ。流通はしていないから、とても高価な魔道具だよ。ストレガのおばあちゃんが隠密の付与魔法エンチャントをかければ、よっぽどのことがない限り完璧な変装ができるよ。」

「なるほど。」


 それは確かに、俺にうってつけの魔道具だ。

ルアークに認められているとはいえ、俺はまだ正体がばれるわけにはいかない。これは是非とも欲しい。


「というわけで、おさわり禁止令はこれで終わりね。へいかも~ん。」

 トウツが手を広げて受け入れ態勢になる。


「お触り禁止令の一か月を三週間にまけてやろう。」

「いやちょっとまって。それはおかし~よ。僕、よその町まで行ってこの依頼見つけたんだよ~? 一週間!一週間ならフィオ・ロスも耐えれます。」


 フィオ・ロスってなんやねん。


「駄目だ。二週間なら許してやろう。」

「そこを何とか。十日はどう?」

「十五日だな。」

「うそうそ!二週間でいいです!」


 必死過ぎて怖いわ。

よく考えたらトウツは町一つ買えるポーションを俺に貢いでいる。出世返しするとはいえ、恐ろしいほどに俺に執着している。子どもエルフの魅力って恐ろしい。


「で、このクエストはどこで受注できるの?」

「ここから70キロほど離れた町、カンパグナだね。」


 俺はこの仮面が手に入った後のことを想像する。顔を自由にいじることができるということは、魔法学園での生活もかなり楽になるだろう。何よりも、今使っている狐のお面を使わなくてよい。この世界でしばらく過ごして気づいたことは、ギルドや冒険者の人間は変な人間への耐性が高いが、一般人はその限りではないということ。

 時々村で野菜やお肉、香辛料のお使いに行くときに、物凄い視線を集めてしまったことを思い出す。


「…………このクエスト、受けよう。」


 蜘蛛退治の始まりだ。






「ずいぶんとまた、手を出すのが早かったね。性悪兎。」

「なんのこと~?」


 フィオが日課の魔力枯渇をし寝静まったころに、マギサとトウツは2人で酒盛りをしていた。

 窓の縁では、カラスのナハトと猫のジェンドが二人の様子を怪訝な目で伺っている。


「あの薬のことだよ。判断が早かったじゃあないかい。わたしゃ、二次性徴が止まる頃にあの薬を盛ると思ってたんだがね。」

「そりゃあ、無理だねぇ。フィオは多分、下手するとそのころには僕よりも強くなってるかもしれない。確実にあの子に薬を飲ませるなら、出来るだけ早い方がいい。おばあちゃんもそれを望んでたんでしょう? フィオの安全のために。」

「ふん。」

「親の心子知らず、かぁ。フィオはもっとマギサおばあちゃんが心配していること、気づいてあげるべきだと思うけどなぁ。」

「あのガキが甘えてきたらぞっとするね。気持ち悪い。」

「師弟そろって素直じゃないなぁ。」

「お前さんは自分の欲に素直すぎだよ。」


 マギサが小さなグラスに入った酒をあおる。


「なんにせよ、あのクソガキが成長するまでは、お前が守るんだよ。」

「いいけど、フィオってそこまで特別な存在なの? おばあちゃん程の大魔法使いが保護しようと思うほど?」

「直にわかるさね、お前さんも。」

「?」


 グラスに残った琥珀色の酒を見つめるマギサを、トウツはいぶかしげな赤目で眺めていた。

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