第372話 魔軍交戦69 肉塊2

 起動したアーキアは、すぐさま跳躍した。


 否。肉の塊でしかないそれは、弾んだと言った方が正しいか。

 食いでのある獲物のいる方へ真っ直ぐと。

 何となく見つけた捕食対象は、巨大な岩石の塊。エイブリーが操るゴーレム達である。針の城から、一直線に。途中、城壁をくり抜き王宮の側に着弾した。挨拶がわりにゴーレムを2、3体削り取って捕食する。味を確かめる。味の発生源が王宮だと気づくと、ついでに王宮も削り取る。

 味とは、味覚のことではない。食べたものの情報である。情報といっても、詳細なことはわからない。エネルギーが大きいか、小さいか。アーキアが認知できるのは、たったそれだけである。


 アーキアは単細胞である。

 頭が悪いという意味ではない。文字通り、この巨躯を持ちながらも生物としての機能が一つしか備わっていないのである。

 生存するために食べる。

 それだけが、アーキアに搭載された機能である。

 魔王が元いた世界から持ち出した「単細胞生物」という概念を、トトがこの世界流にアレンジして落とし込んだ怪作である。「考える」というコストパフォーマンスの悪い機能がない。それゆえに特化できる。


 次に食いでのあるものはどこか。

 できるだけエネルギーの大きいものを食べたい。

 ただ、生きるために。

 都の中央から、再び西へ方向転換する。

 見つけたのだ。よりエネルギーの大きな対象を。







「あれ。どう見てもこっちへ来てるよねぇ」

「やめてよね。あんたの嫌な予感って当たるんだから」

「その度にビッグハントになったのよね……」


 地上へ降りたルークの独り言に、キサラとアルクが返答する。


 ルークが眉をひそめた。


「あれ。こっちへ直進しているわけではない?」


 アーキアという怪物は、まっすぐ跳んでくるかと思えば時折蛇行するような動きを見せている。何かに気を取られているのか。はたまた、そもそも真っすぐ動けないのか。

 都の中心部を抜ける瞬間、エイブリー姫が操るゴーレムをさらに一体破壊した。


「姫様のゴーレムを壊して回っている? でも、それなら中心部で戦い続けるでしょう?」

「あぁ!」


 アーキアの体から、触手のような物体が飛び出た。鞭のようにしなり、都のギルド本部を破壊した。建物内部から冒険者達が弾き飛ばされる。それらを押しつぶし、辺りに血が飛び散る。


「回復に徹していた冒険者達だね」

「……最悪ね。復帰したらかなりの戦力になる面子ばかりよ」

「ギルドを守っていた連中も腕利きばかりよ」

「理不尽すぎる。何だあの生物は」


 アーキアが更に加速した。蛇行が減り、直線運動のように近づいてくる。


「魔力か」

「そのようね」


 ルークの言葉にキサラが反応する。


「魔力が多いものを優先して攻撃している」

「姫様のゴーレムを最初に破壊したのは、そういうことね」

「ということは、次に狙うのは」


 アルクが頭上を見上げる。

 その先には、砦の上でイリス達と話し合っているアルケリオがいた。


「あの子が狙いか!」

「まずいわね。ストレガ様がいない今、魔王を倒せる可能性があるのなんて、貴方とあの子くらいのものよ」

「死守しなければならないわね!」


 アルクが魔法で跳びあがり、砦の上へ行く。


 逃げる魔王。追うエクセレイの戦士達。それを追うアーキア。

 追いつき勝ちを拾うが先か。

 追いつかれ全滅が先か。


 時間との勝負が始まった。







「これ以上は無駄だ!それが何故わからん!」

 ショー・ピトーが叫ぶ。


父上ライコネンが死んだ。我々の長がここを死地に選んだということは、ここもまた我らの死地だ!」

 ダンデ・アンプルールが、ピトーの拳を跳ね返し叫ぶ。


「逃げて再興しようとは考えないのか!?」

「これは懺悔だ!父上の前に、強者として立ちはだかることができなかった我々息子達の悲願!」

「手前が置いてきた女子ども達はどうなる!?」

「見くびるなよ」


 前蹴りでピトーが後方へ弾き飛ばされる。


「女子どもであろうが、誇り高き獅子族の子らだ。男衆がいなくなるだけで死ぬようなやわな種族ではない」

「……そうかよ」


 自分はゴメンだ。帰るところがある。

 ピトーはそうとっさに考える。

 後方の都中心で、大きな爆発があった。新手の敵が出てきたようだが、それを確認する余裕ができるほど、獅子族は手ぬるい敵ではない。


「糞。あっちにはヒルがいるっていうのに」


 中心部では、婚姻したばかりのヒルがいる。得意の回復魔法で後方支援を担っている。彼女の性格だ。恐らく王宮が陥落でもしない限り逃げないだろう。


 ピトーは呼吸を整えて構えなおす。


「ほう。付き合ってくれるのか」

「お前と同じだよ。俺も引いちゃならねぇ。この先には、お前らも魔物も、一匹たりとも通さん」

「かたじけない」

「面倒な種族だな。お前ら」


 激しく決闘する二人の周囲では、獅子族が着々とその兵の数を減らしていた。







「よいしょっと。手がかかるにゃん」


 シーヤ・ガートはどさくさに紛れて都の外へ出ていた。

 針の城に残っていた魔物は全て、アーキア起動の生贄にされている。もぬけの殻という状態である。その上、魔物の指揮を魔王エイダン・ワイアットも四天王トト・ロア・ハーテンも執っていない。

 魔物達はただ、無作為に人間に襲い掛かるか人里から逃げるかのどちらかである。

 獅子族は都を死地に選んだ。吸血鬼、魔人族、ワーウルフは魔王の逃走へ同行している。

 彼女は戦場を散歩するかのように、ここまでたどり着いたのである。


「正直、道中で死ぬかと思ったけども。相変わらず私は悪運がいいにゃん」


 すんすんと、小さい鼻を動かして臭いを探す。


「ビンゴ♪」


 土中から二人の石像を発見した。

 ウォバルとゴンザである。


「私を散々働かせた罰にゃん。石になって休めると思うにゃん?」


 石化解除ポーションを二人の石像に叩きつける。

 瓶が盛大に破裂した。

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