第373話 魔軍交戦70 肉塊3
「ふいー。何かいい夢見た気がするぜ!ガハハハッ!」
「そうかい? 私は身も固まるような嫌な夢を見た気がするがね」
「物理的に固まってたにゃん。お前ら」
石化が解けたゴンザとウォバルに、シーヤは開口一番突っ込んだ。
この極限状態の戦場で、あまりにもいつも通りな二人に、変な溜息が出てしまう。
「そういやそうだった!変な竜に石にされたんだっけか!」
「いやあれは牛だろう?」
「というか麒麟か?」
「何だろうな?」
「それはどうでもいいにゃん」
両手を脇に追いやるジェスチャーをシーヤがする。目線で魔物が襲って来やしないかと警戒は怠らない。ここは針の城の真下。手薄になっているとはいえ、敵の総本山なのである。
彼女の視線を追い、ウォバルが異変に気付く。
「魔物が少ないね」
「そういやそうだな。あぁ!? 俺たちどのくらい石になってた!?」
「それ聞くの、遅すぎにゃん」
「いいからシーヤ、スリーセンテンスで詳細プリーズ!」
ゴンザが太い指でわきわきと指を動かす。
「魔王負傷。マギサ・ストレガ死亡。魔王追撃中、にゃん」
「マジか…………いや。……マジか」
ゴンザが呆然と呟く。
隣では、ウォバルが神妙な顔で髭をいじっている。
「あの婆さん。死ぬんだな。殺しても死なないかと思ってたわ。いや、ほんと。マジか。どうすればいいんだろうな。ほんと」
「魔王が逃げているということは、相打ちに近いところまではもっていたんだね」
「そうにゃん」
「それで俺らか」
シーヤの同意に、ゴンザが即座に反応する。二人は既に、魔王追撃のための手駒がエクセレイ側に残されていないことを察していた。猫の手も借りたい状況である。いわんや、石化していた中年冒険者をや。
「なるほど。魔王を追いかけてとどめを刺せばいいんだな」
「どちらの方角だい?」
「それがにゃ。ちょっとそれどころじゃないにゃん」
「それどころ? 今、魔王以上に大事なことがあるのかよ?」
「む」
三人が問答していると、微かな地響きが鳴った。
「やばいにゃん。近づいてきてる」
シーヤの額に汗が伝う。
「おいおい。おいおいおいおい。何だこりゃ、何だぁ? この存在感」
「まずいね。この近づいているの、魔王本人とは別なのかい?」
「そうにゃん。四天王アーキアとかいうやつらしいにゃん」
「エルドランを半壊させたやつか!」
「巨人たちが手足も出ないのも納得だね。これはまずい」
「止めないと、魔王どころじゃないにゃん。先にこの国が堕ちる」
「そりゃぁ、止めなきゃなんねぇな」
「だが、私達だけでは無理だな」
「そこよ。それが問題だ。他に戦力は?」
ゴンザとウォバルの視線に、シーヤは居づらそうな雰囲気を見せる。それを見て二人は察した。あれと戦えるまともな戦力はないのだ。それもそうだ。そんな余裕があるなら、今頃大挙して魔王のとどめに多くの人間が飛び出している頃である。誰かが都から飛び出してくる気配はない。自分の命を守ることに精一杯なのだ。
「あのアーキアとかいう化け物がどんな原理で動いているかはわからないにゃん。倒し方も、一切が不明。でも、少なくとも都からは離さないと」
「俺たちベテランの仕事だな!なぁリーダー!」
豪快な笑いに、ウォバルは苦笑で返す。
「三人で出来ることだけでもしようか。まぁ、囮にはなるだろう」
「援軍ならあるぞ!」
「「「!?」」」
背後から溌剌とした声が聞こえた。三人は慌てて声のある方を振り向く。
そこには、虫のような人間のような人物が仁王立ちしていた。
「輝いてる俺、参上ぉおー!」
3人が振り返ると、そこには外骨格が七光りしたハンミョウ族の男がいた。軽薄な雰囲気とは裏腹に、上等なローブを羽織っている。
場末の冒険者か、成金か、意外性に賭けて貴族のお坊ちゃんか判断に困る男である。
「……えぇと、初めまして」
いち早く珍妙な乱入者に気を取り直したウォバルが挨拶をする。
「あぁ!俺と君たちは初めましてで間違いないな!」
虫人族の知り合いなどいない。3人は混乱する頭で同じことを考えている。
「コーマイ国の人だね。援軍というのは?」
「ふふぅーん!それはだな!」
ぐりんとハンミョウ族の男の首が回る。文字通り、回った。人間ではありえない首の可動域に、シーヤの猫耳が逆立つ。
「あ、あれ?」
ハイテンションな男が一気にトーンダウンした。
訝しむ三人に、ハンミョウ族の男がもう一度振り向く。
「ふはは!」
一体何がおかしいのか、男は笑う。
「すまん!俺の足が速すぎて全員置いてきてしまったわ!ははははは!」
「一国の王が単独先行すんなや!」
黒く、長い影がハンミョウ族の男を後ろからどついた。
一応3人は臨戦態勢に入るが、相手に敵意がないことには気づいている。
「わーお」
気づいたゴンザが声をあげる。
それもそのはず。ハンミョウ族の男に突っ込みを入れた女性は、体長がゆうに10メートルはあるのだ。ムカデ族だ。普人族のような顔をしているが、強靭な外骨格の顎が彼女が虫由来の子孫であることを強調している。
「すまないね。私はムナガってんだ。ムナガ・ノーシカ・センチピードさ。そして、この阿呆はパス・ガイドポスト・コーマイ。うちらの国の国王さ」
「国王でしたか。なるほど」
「そうか、国王だったか」
「「「……国王!?」」」
時間差で3人が素っ頓狂な声をあげる。
本来は不敬な反応であるが、ハンミョウ族の男、もといパスは「はーっはっはっは!いい反応だ!俺、輝いてるッ!」と決め台詞を述べている。
仁王立ちする彼の数十メートル背後には、憤怒に塗りつくされた表情のムカデ族の男たちが大挙して駆け寄ってきていたのだった。
「切り上げ時、だな」
「逃げるの?」
「命を拾ったのはお前だ。不出来な娘」
挑発するフェリファンに、四天王キリファは乗らない。
両者の数十メートル横で突風が吹きあがる。四天王アーキアが通過したのだ。
「うかうかしていると、我々もあれに食われるからな。全く、あれが
父キリファの独白に、フェリファンは訝しむ。
あの四天王アーキアの存在は、魔王軍が一枚岩で作ったものではないのか。疑問がよぎる。が、目の前の男は考え事しながら対峙できるほど生易しい金魔法使いではない。
それは娘であるフェリファンが一番よく知っている。
脇を見ると、冒険者達が疑惑の目を自分へ向けている。
会話を聞かれた。
敵の四天王の男が父親。
この戦いが終わったとして、自分は平穏に過ごせるのか。よくない未来が頭をよぎる。
キリファの肩越しに、瑠璃が猛スピードで駆けてくるのが見える。魔物を蹴散らして、こちらの増援に来てくれたのだ。
「精々、この戦いで生き残ることだな」
「こっちの台詞よ。貴方を殺して母さんの墓にぶち込んであげるわ」
「……同じ墓に入れてくれるのか」
「貴方のためじゃないわ。母さんのため」
「そうか」
キリファが金魔法で家を圧縮して折り畳み、道を作る。
横に滑り込んできた瑠璃が表情で「追わないのか?」と訴える。フェリファンは黙って首を振る。
「無理して止めても、被害が拡大するだけよ。……?」
よく見ると、瑠璃が見ている方は、キリファのその先である。先ほどアーキアが家屋を蹴散らして向かった方角。
「みんなが気になるのね。行きなさい。私はすることがあるから」
「がだじげない」
犬の喉を震わせて、しわがれた声で瑠璃が答えた。
フェリファンの目が丸くなる。この場にはフィオがいないというのに、彼女は肉声で話してくれたのだ。
「少しは、信用してくれたということかしら」
フェリファンはほくそ笑み、歩き出した。
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