第253話 始まる最悪9
「瞬接・斬」
アズミ・イガが暴徒を斬り伏せた。
「何故、私達が他所の国のために戦わなければいけないのです?」
彼女は憮然とした顔で呟く。
切れ長の目をしたアジアンビューティーなのだが、人相に気の強さが表れている。
「仕様がないだろう。若がエクセレイに恩を売るチャンスだとおっしゃったのだから」
ハンゾー・コウガは渋い顔をして言い返す。
「お主ら〜、余に聞こえておるところで堂々と上司への苦言を呈すでない」
「若こそ、わがまま言って戦場に出たんですから、絶対怪我しないで下さいよ。私のキャリアに傷がつきます」
「余よりもキャリアが大事か!?」
アズミのあんまりな言いように、トウケン・ヤマトが声を荒げる。
飄々としているが、ロッソが高等部へ進学した後に、あっさりと中等部で首席をとっている。
彼は武家の生まれだ。そして国は武士を中心に回っている。つまりは武力が中心である。だからこそ学問が重要であると彼は考え、エクセレイで学べるものを全て祖国へ持って帰るつもりなのである。その飽くなき意欲が、彼を戦闘でも学問でも成績トップに押し上げている。
「大体、恩を売る相手ってあの第二王女ですよね? 意味なくないですか? どうせこの騒動の原因なんだから失脚しますよ。失脚」
「何を言うておる。むしろお手柄じゃろう」
トウケンは暴徒を蹴り飛ばしながら言う。
「考えてもみよ。この騒動が魔王本人と事を構える寸前に起きたとしたら」
「……いくらエクセレイでも落ちますね」
「そうじゃ。実際、そのタイミングでこれが起きるように仕組まれていたのだろうな。魔王の存在が露見した瞬間の内側からの刺客。本来はエクセレイに宣戦布告をし、そこで刺客が動き出すよう組み込まれていたはずじゃ。これだけ多くの洗脳魔法、発動条件を統一しておかないとまともに動くわけがない」
トウケンはつらつらと語る。
「それにアズミよ。時間外勤務はそろそろ終わりそうじゃ」
トウケンがほくそ笑みながら、王宮の方角を見る。
そこから煌びやかな
シャティ・オスカだ。
水色の髪を靡かせ、颯爽と歩く。騎士団のマントは彼女の髪色に合わせてセルリアンブルーに統一されている。
「エクセレイの虎の子騎士団じゃな。どんな魔法か見ものじゃ。ハンゾー、よく見ておいてくれ。出来れば見て盗んで、祖国へ持ち帰る」
「御意」
ハンゾーが頭を下げる。
「ハポンの使者の方? 尽力感謝」
シャティが言う。
「何、国交友好のためじゃよ」
「そう」
トウケンは飄々と、シャティはぶっきらぼうに返す。
「裏切り者の洗い出しに時間がかかった。けど、十分取り戻せる。都の安全はあなた方にかかっている。いい?」
ズドンと、騎士達がロッドを地面に突き刺し返事とする。彼らは魔法使いとしては騎士団の中でも選りすぐりだが、フィオやシャティみたいにロッドなしで雷魔法を使えるわけではない。
シャティから直接教えを乞うことがなければ体得はできなかっただろう。
だが、完成した。雷魔法で統一された騎士団。エイブリー姫が彼らの他の業務全てを外し、魔法の研鑽のみを厳命した部隊である。
「雷撃隊、前へ」
騎士達が横一列に隊列を組み、前へ出る。
「薙ぎ払って。
暴徒鎮圧が、一気に加速した。
「おい、人員が足りねぇぞ!」
「仕様がないじゃねぇか!持ち回りの衛兵も市中に回されたんだ!」
都の外壁の警備達は奔走していた。市中で暴れまわる暴徒が冒険者や騎士達に押し返されたのだ。結果として敗走し、都の出入り口に殺到することになる。
もうすでに十数名に逃げられた。これ以上、危険人物を都の外に逃がすことは出来ない。
「くそ!手が足りない。どうすりゃいいんだ!」
「そっちに行ったぞ!」
冒険者の男が、衛兵を魔法で突き飛ばしながら突貫してくる。
が、その男は外壁を魔法で飛び越えようとした瞬間、体が真っ二つに分かれた。
「登場が遅れてごめんよ」
「あ、あんたは!」
衛兵たちが歓喜する。
勇者ルーク・ルークソーンが到着したのだ。
「民衆よ!僕が来た!」
ルークは拡声魔法を通して叫ぶ。
「我々の都を荒らした暴徒はこれ以上、一人も逃がさない!僕の剣にかけて!」
ルークがもつ剣先から魔法が飛び出て、手前にいる暴徒を数名無力化する。
もはや、魔王の手先には逃げ道すら残っていなかった。
「ルークが戻ってきましたか」
エイブリーは息を吐き出しながら椅子に座った。
「姫様。休まれてください」
イアンが提案する。
「この状況を作ったのは私よ。都の住民全員が床についてから寝るわ」
「ですが、心労がたまっております。明日もおそらく、姫様の責任を追及する貴族達が押し寄せるでしょう」
「魔王に比べれば、彼らのプレッシャーなんて何もないに等しいわ。お願い。今は身体を動かした方が安心するの」
「……では、自分だけで抱え込むのはおやめください。他の王族も巻き込みましょう。彼らも、この脅威は見過ごせないはずです。今こそ、王と協力すべきです」
「……そうね。お父様も魔王には関心を持っていた。少し、他人を頼ろうかしら」
「それがいいかと」
「ねぇ、イアン」
「何でしょう?」
「本当に、このタイミングで良かったのかしら。私は恐ろしいの。もっと少ない死者で済む方法がいくらでもあったはずなのよ。これでよかったのかしら。フィル君にも、クレアちゃんにも、酷いことをしたわ。怖い。怖いわ、イアン」
桜色の瞳が震えている。
「この件について最も情報を集めていたのは姫様です」
エイブリーがイアンの目を見る。
「最も正しい決断を下せるのは、最も情報を集めた人物です。今回の件では姫様でした。私は、他の誰が口を出そうが、姫様の決断が正しかったと誇示いたします」
「……そう。ありがとう、イアン」
「もったいないお言葉ですよ、イヴお嬢様」
エイブリーが笑った。
俺の眼は、犯人の痕跡を確実に手繰り寄せていた。
見える。
毒の瘴気。
人を殺した後に残る鉄の臭い。
そして、よく見知った魔力の気配。
俺は家屋の上から跳躍し、河川の近くに着地する。
石畳に整備された防水堤のすぐそばに、その女性はいた。
手先には大量の返り血を浴びている。
まるでお手玉で遊んでいるかのように、毒薬の塊を川に投げ込んでいる。
女性の手が止まる。
そして、ゆっくりとこちらを見る。
口元を震わせながら、俺は声を出す。
「何してんだよ、ノイタ」
ノイタの目が、きょとんと疑問を浮かべる。
「あ、フィル!これはね、大事なお薬なのだ。みんなを幸せにするために必要だって、パパが言ってた!」
彼女が見せる笑顔は、天真爛漫そのものである。悪意、敵意、害意の一切がない、清々しい純真。
横に、音もなくトウツとフェリ、瑠璃が着地する。ノイタの背後には、ファナが駆け寄ってくるのが見える。
「その水を飲めば、人が死ぬんだぞ?」
「それがどうしたのだ?」
「どうしたって……」
「だって、そうなれば幸せになれるでしょう?」
「何を言っているんだ」
「体があるってことは、悲しいことだってパパが言ってたのだ」
「おい、ノイタ」
「魂だけになれば、みんな争わない。みんなと仲良くお喋りできるって」
「どういう理屈なんだよ。わけわかんねぇよ」
「幸せになる方法だよ?」
「そのために、人を殺すのか!?」
「だって、そうすれば幸せでしょう?」
「シュミットさんも、タルゴさんもか!」
「鍛冶屋のおじさんと、商人のおじさん!いい人たちだったのだ!だから二人共幸せに出来てよかったのだ!」
屈託のない笑顔で彼女は浮かべる。まるでお手伝いを親に褒めてもらう童女のよう。
「死んだら終わりなんだぞ。二度と、会えないんだぞ?」
「それでいいのだ。パパに頼まれた人をみんな幸せに出来たら、ノイタも一緒に
絶句する。同時に、吐き気をもよおした。ノイタという少女を作り上げた人物。彼女を裏で操る人間の邪悪さに。魔王か、はたまた魔王軍の誰かか。嫌悪と怒りで心がどうにかなりそうだ。
「そうだ、フィルも!」
「俺が……どうしたんだ?」
「ノイタがやってる事見つかったら、見つけた人も幸せにしないと!ノイタずっと思ってたのだ。フィルはとっても優しいやつだから、早く幸せにしないとって!」
ノイタの魔力が練り上がる。俺の魔眼が、彼女の周囲にある黒い魔力を観測する。その魔力は歪だった。殺意がない。害意がない。悪意もない。あるのは角が取れた丸くて柔らかい闘気と、慈愛に満ちた波動のみ。
この国の要人が誰にもばれずに殺されていく理由がわかった。護衛の騎士が争った形跡もなく殺されたのも、都の悪意探知魔法に彼女が引っかからなかったのも。
彼女は善意で人を殺していたのだ。悪意がない闇討ちは、武に精通した人間でも対処が出来ない。警護に当たっていた騎士の警戒をすり抜けるわけだ。
これが武に秀でていたレギアが滅んだカラクリ。あの国の魔王軍の、吐き気をもよおす戦略。
「フィルはどうだ!? ノイタに幸せになって欲しいか!?」
楽し気に、ノイタが手を広げる。
「そうだな。俺はノイタに、最高に不幸になって欲しいよ」
「……どうして?」
寂しそうに、ノイタがこちらを見る。
こっちが聞きたいよ。
なぁ、俺はどうすればいいんだ? 神様。
悲しみに顔を歪めたノイタが、殴りかかってきた。
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