第223話 vsブルードラゴンモドキ6

『何を呆けておる!攻撃に転じんか!』


 下から声が聞こえた。


「瑠璃!?」

『こっちじゃ!』


 見ると、瑠璃が子犬の姿になって翼を生やし飛んでいた。


「うおー!瑠璃!良かった!良かった!」

 俺は瑠璃に飛びついて抱き着く。


『本体を小さくしてかわしたんじゃ!何をしてるんじゃ!抱き着いとる場合か!早く!』

「でも、瑠璃死んだと思ったから!良かった!良かったよう!」

『阿呆!よく見ろわが友!』


 胸元にいる瑠璃の、小さな肉球に頬を張られて見る。

 そこには傷ついて余裕がない偽青龍海牛ブルードラゴンモドキがいた。

 フェリの爆撃で外装に罅が入っている。先ほどのオリハルコン吐息ブレスの連撃で外装が薄くなっている。


「……チャンスか」

『相手も余裕がないの。逃げるかもしれん』

「それはさせない。お前がここまで体を張ってくれたんだからな」


 やつが身体をひねって雲から離れる。


「雷が嫌だから、雲から離れようとしているのか。トウツ!ラウさん!」

「なぁに~」

「む、某か」


 ラウさんは自前の翅で飛び、トウツは風魔法で浮遊している。


「出番です!」

「お~け~」

「任せおろう」


 トウツとラウさんが風魔法で加速した。


「フィル!大丈夫か!?」

「パスさん!そちらは!?」

「リュカの角がはじけ飛んだ!」

「リーダーのかわし方が下手すぎる」

吐息ブレス4発同時に上手くかわしただろう!?」

「何か大丈夫そうですね!?」

「フィル君!」

 ジゥークさんが現れる。


 何故か、自前の翅で飛んでいる。


「ジゥークさん、文化蜻蛉テラネウラは!?」

「集中して狙われた。よき使い魔だったのだが」

「そうですか……」

「それより、前衛の二人が行ったのだな。援護しよう」

「俺も行く。リュカはもう厳しい。地上へ送っていいか?」

「はい、大丈夫です」

「無念だ」


 そう言うと、リュカヌさんが雲の下へと降りていく。

 偽青龍海牛ブルードラゴンモドキにはもう、逃げる敵を狙撃する余裕もないようだ。トウツとラウさんの攻撃を必死に迎撃している。

 そこにジゥークさとパスさんが加わる。


「フィル、わたくし達も助けてくれませんこと!?」

「ここ、足場が小さすぎね」

「人の十字架に勝手に乗って言うことではありませんわ!」


 見ると、ファナが十字架から火魔法を逆噴射して飛んでいる。十字架の左右の腕に、ファナとフェリがそれぞれ乗っている。


「早く助けて下さいな!貴方達みたいに風魔法は使えないから飛行が苦手ですの!」

「すまんすまん。瑠璃」

『ここ、収まりがいいのじゃがのう。仕様がないの』

 瑠璃が胸元で愚痴りながら変身する。


『変態・ワイバーン』


 瑠璃の姿が赤い亜竜に変わる。

 その背の上に、ファナとフェリが乗る。


「最後の仕上げをする。援護を頼む」

「わかりましたわ」

「任せて」

『わしはちょっと余裕がないの』

「任せとけ、瑠璃」


 俺はそう言って、亜空間ローブからアーマーベアの素材を取り出す。


「フェリ、加工を頼む」

「わかったわ」

 フェリの錬金が始まった。




「かったい!オリハルコン薄くなったのに!」

ひびを狙えばいい」


 わめくトウツの隣で、ラウが偽青龍海牛ブルードラゴンモドキの額にある罅を狙う。


飛蝗掌底ひおうしょうてい!」


 ガバン、と破砕音が鳴る。

 額の罅が大きくなり、額に広がる。


「なるほど~、そこがねらい目ね。瞬接・斬」


 トウツが額に更に連撃を加える。


「オオオオンン!」


 偽青龍海牛ブルードラゴンモドキが逃げようとするが、雲に逃げ込むとフェリの爆撃を食らうことを学習している。

 結果として、明るい雲の上を一直線に逃げるのみだ。

 視認が容易。トウツたちは当然、逃がさない。


「先ほどの連撃で吐息ブレスはほぼ打ち止めのようだな。これ以上外装が減ると、我々の攻撃を受けきれないと判断したのだろう。む?」

 ジゥークが異変を感じて構える。


 偽青龍海牛ブルードラゴンモドキの翼の先が鋭利な刃物のように変形する。5枚の翼に、人間の指のような5本の先端。計25本のオリハルコンブレードだ。

 翼で飛ぶことを諦め、魔力のみで浮いて攻撃に転じる。

 もはやこの怪物に、敵を倒した後のことを考える余裕など、ない。


「わ~お。これ、僕ら3人で捌かないといけないの? 重労働すぎない?」

「フィル君には早くきてほしいな!ははは!」

「パス君、笑っている場合ではないと思うのだが」


 3人はぞっとする。

 もしフィルの初撃で翼を一枚落としていなければ、このブレードがあと5本増えていたのだ。


 3人と偽青龍海牛ブルードラゴンモドキの死闘は続く。




「よし、出来たな」

「これで何とかするしかない」

 ふんすと、鼻から息を出す。


 手には巨大なランス。

ランスというには、作りがシンプル過ぎる。まるで裁縫用の針をそのまま長くしただけのような、不格好な槍。でも、それでいい。このランスの役割に無駄な装飾はいらないのだ。

これをもって、やつの方へ飛んでいく。


「その場で受注生産できるのは助かるな」

「金魔法は、そういう魔法だから」

 フェリがほほ笑む。


 表情に余裕がない。魔力が厳しいのだろう。それは後ろのファナも同じだ。


「下がっていてくれ。瑠璃もかなり消耗している」

「もう一度、雲を爆破してもいいけど」

「それは流石に向こうも警戒しているみたいだ。見ろ。もう雲に全く近づいていない」

「よほど雷と爆破に懲りたのね」

「翼を捨てて、また海に潜りそうかもな」

「ふふ」

「行ってくる」

「行ってらっしゃい」

「いってらっしゃいまし」

『わが友、武運を』

「おう!」


 瑠璃の背中から飛び出し、ワイバーンの帆を羽ばたかせる。


「待っていろ、モドキ野郎!」




 その偽青龍海牛ブルードラゴンモドキは壮絶なラッシュを繰り広げていた。きりもみ回転しながらオリハルコンブレードで次々とトウツ達を切りつける。手数があまりにも多い。

 トウツも、パスも、ジゥークも、攻撃をさばくのがやっとである。

 トウツはハポンの刀匠が鍛えた刀でしか受け止められない。ジゥークは魔法で強化した自身の角。パスに至っては、オリハルコンブレードを受け止める術がないのでかわすのみである。ぎりぎりで体術にていなし、回避している。


「うおお!スタミナが尽きる!これはまずいぞ!フィルはまだか!?」

「喋る余裕があるということは、まだ数時間は戦えそうだねぇ~」

「いやそんなないぞ!?」

「攻撃をさばくのに集中しろ!」

 愚痴をこぼすパスとトウツをジゥークが叱咤する。


「そんなこと言われてもな~」


 足元、頭上、横なぎ、回転しながらの連撃。これほどまでに立体的かつ高速、そしてオリハルコンという当たり負けしない強靭な攻撃は、トウツもハポンでは経験がなかった。

 祖国で8つの頭をもつ竜と死合った経験はあるが、あれよりも手数は更に多い。もっとも、あの魔物は吐息ブレスに呪いと何でもありの暴竜だったが。


 地面がないことも、これほどのデメリットになるとは思わなかった。対人戦では、よっぽどのことがなければ地中から攻撃はこない。来るにしても地響きである程度予想がついた。

 だが、飛行戦は足元からも攻撃がくる。下段ではなく真下から突き上げてくる攻撃。

 宙で一回転しながら刀でオリハルコンブレードをいなす。


「ハポンの糞おやじのしごきも、こういう所で役立つのは腹が立つねぇ。空中戦はフィルと模擬戦しといてよかった。足元からの攻撃も瑠璃ちゃんとの訓練で慣れてるし。早くフィル……お、来たね」


 視界の端から、よく見知った気配が近づいてくる。わずか10歳ながら、恐ろしいほどの魔力の存在感。本人はあれでまだ足りないと思っているようだが、特殊な訓練を受けたトウツからすれば、あれは怪物である。

 もっとも、それを言っても信じないのがあの大人子どもの妙な悪いくせではあるのだが。


「悪い!待ったか!?」

「一日千秋といったところかなぁ」

「やっと来たか!危うく切り刻まれるところだったぞ!?」

「一番うまくかわしているように見えたがなっ!」


 この戦いの中でジゥークがどんどんパスに対して遠慮がなくなっているのが、トウツにはわかる。男というものは、何故か戦うと仲良くなる不思議な生き物である。それはフィオに関してもそうだ。この大人子どもは魔物相手にすら、友情を感じる節がある。美徳ではあるが、魔王との戦いではいらない感情である。自分が横で律してあげなければ。


 そう、トウツは心中で独りちる。




「一旦距離を置きます!」

「おうよ!」

「へ~い」

「む、わかった」


 俺の号令に従い、3人が一斉にやつから離れる。それに何とかして追いすがろうとする偽青龍海牛ブルードラゴンモドキ。向こうにも余裕はない。必死にブレードを操作してこちらを切りつけてくる。

 一定の距離を保っても、吐息ではなくブレードで攻撃してくる。

 これ以上オリハルコンの外装を減らしては危険だと考えているのだ。


「敵の弱点は!?」

「あ~そこ」

 トウツが指さす。


 そこは偽青龍海牛ブルードラゴンモドキの額だった。


「ラウちゃんの掌底とジゥークさんの角と僕の斬撃でだいぶ大きめの罅がある。フェリの攻撃で全体が痛んでたのが大きかったけどね」

「でかした」

 俺は不格好なランスをトウツに見せる。


「……オリハルコンの化け物をアーマーベアの槍で? 正気?」

「オリハルコンじゃないところは、ただの海洋生物だろう?」


 俺はやつの額をちらりと見る。

 額の大きな罅。その下には、青い地肌がてらてらと光っている。ぶつぶつとした四角い、青い細胞のようなものがどくどく波打っている。


「あそこは柔らかそうだ」

「喋ってないで助けてくれフィル!トウツ!切り刻まれる~!」


 後ろではパスさんが叫びながら攻撃をかわしている。

 何か余裕なさそうだけど、無難にかわせている。ほんとすごい人だ。


「行きます!」


 俺は強くランスを握った。

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