第114話 社交パーティー5

「エイブリー姫殿下。報告申し上げたいことがございます。よろしいでしょうか。」

「ええ、構わないわ。」


 俺がエイブリー姫に話しかけたのは、ミザール公の応接間から戻る最中のことである。廊下には人がおらず、俺たち以外には近衛隊長のイアンさんしかいない。

 エイブリー姫がミザール公の用意した付き人を断ったからだ。

もしかしたら、俺が話したいことがあることに気づいていたのかもしれない。

 師匠をさとり妖怪に思えた時が多々あったのだ。この人はあの人の血筋。十分にあり得そうだ。


「イアンさん、聞き耳をたてている人間はいますか? 俺の出来る範囲で調べて、一応安全だと思いますが。」

「……いないな。私の警戒範囲には。」

「ありがとうございます。エイブリー姫殿下。イアンさんは信用に足る人物ですか?」

「貴様、我が忠誠を疑うか。」

「その忠誠を評価するのは、イアンさんでも俺でもなく、エイブリー姫殿下だと思いますけど。」

「……貴様の言う通りだ。」


 イアンさんが引く。

 気難しい人だと思っていたが、何となくこの人の扱い方が分かってきた気がする。


「イアンは私の幼少より忠誠を誓っています。その忠誠に嘘はありません。私が保証しましょう。」


 一瞬、イアンさんの表情に喜色が混じる。が、すぐに真顔に戻る。

 この人の真顔と警戒顔以外を初めて見た気がする。


「ありがとうございます。では先に結論を。俺はエルフの巫女です。」

「————へぇ。詳しく。」


 桜色の瞳が、俺を射抜いた。




「今日は有意義な一日だったわね。」

「はい。ミザール領もしばらくは安泰かと。」


 帰りの馬車の中、エイブリー姫の言葉にイアンさんが返答する。

 エイブリー姫が、俺の方をちらりと見る。それに対して俺は小さく頷いて返した。

 結論から言うと、エイブリー姫は既にシュレ学園長と繋がっていた。俺が欲する情報と彼女の欲する情報は合致しており、俺が新しく託宣夢を見た時にはすぐに彼女へ情報がいくホットラインも出来た。

 あまりにも円滑にことが進んだ。姫様の頭にはおそらく、既に絵地図が完成していたのだろう。俺との会話はほとんどがただの確認作業だった。


「あんた、イヴお姉さまと一緒に何話したのよ。」

 向かいに座るイリスが話しかけてくる。


「ん、秘密。」

「何よそれ。クレアとの関係もそうだけど、あんた秘密が多過ぎよ。」

「そうか? 俺はなるべく正直に生きてるつもりだけど。」

「本当?」


 イリスが眉をひそめる。

 本当だよ。失敬な。


「トウツ・イナバ殿、話しかけてもよろしいか。」

 イアンさんがトウツに話しかける。


「ええ、いいですよ。」


 意外な組み合わせの会話だ。少し驚く。


「もし貴殿がよろしければ、近衛に志願してはどうだろうか。貴殿ほどの実力であれば問題ないだろう。私からも推薦状を書こう。」


 まさかのヘッドハンティングである。

 これはいいのだろうか。俺は慌ててエイブリー姫の顔を見る。

 彼女はすまし顔をしている。

 ……これは姫様の指示である可能性が濃厚だな。そういえばこの人は魔法ジャンキーではあるが、人材発掘のスペシャリストでもあるのだ。ソロB級のトウツをみすみす逃すような人ではない。俺のついでにトウツの素性も調べて、向こうはシロと判断している。

そもそもイアンさんが姫様に確認をとらずにヘッドハンティングなんてするわけがない。


「申し訳ございません。私には大事なお守がありますので。」

「おい。」

「誰もフィルのこととは一言もいってないよ~?」


 ぐぬぬ。

 だが、彼女が断った事実に少しだけほっとする。


「ふむ。出過ぎた提案だった。忘れてくれ。」

「いえ。あっさり引き下がるんですね?」

「貴殿のような人間はこだわりが強い。それを曲げる手段を私はもたぬ。」


 この人は近衛を束ねる長だ。癖のある部下も多く抱えているのだろう。ドルヴァという、ガタイのいい貴族至上主義のような彼の部下を思い出す。そして、すぐ隣には森育ちで平民出身のメイラさんという部下。部下同士ですら争いの種がありそうだ。

 その煌びやかなフルメイルの集団にトウツが入る。

 …………異物感しかないな。

 やはり彼女には奔放な冒険者が合っているように感じる。俺の勝手な印象だけども。

 トウツは、昔ハポンのお殿様を守るお庭番だったという。ということは、今のメイラさんに近い立場のはずだ。何というか、想像がつかない。


「あら残念。貴女が護衛に入れば、私は寝食を安心して暮らせると思ったのに。」

「イアンさんほどの武人を抱えておきながら、ご謙遜を。」

 トウツがにこやかに返す。


 うーん。やっぱりこの姫様、トウツと相性が良いよな?


「姫様、そろそろ学園です。」

 メイラさんが話す。


 今日ずっと無言でたたずんでいたので、急に喋りだしたものだから驚く。


「あら、イリスとフィル君は仕度をしなさいな。」

「あの、この服は?」

「その服はもらっておきなさいな。」

「いえ、返します。」


 宮殿のオーダーメイドの服なんてもらえない。これで俺を何人奴隷に出来ると思っているんだ。


「ですが、今日みたいにフィル君を社交の場に呼ぶことが今後あるかもしれません。宮殿に呼ぶこともあります。一張羅くらいは、あった方がいいのでは?」

「……有難く頂戴します。」


 大丈夫だよね? これを恩に着せて何か要求とかしないよね? 服を着せて恩に着せるなんて特殊詐欺もいいところだよ? 無料ただほど怖いものはない。この姫様のことだから尚更である。


「では、ごきげんよう。」


 姫様が挨拶する横ではイアンさんとメイラさんが目礼する。

 学園の校門でイリスと2人たたずむ。


「……帰るか。」

「そうね。」

「女子寮まで送るよ。」

「何でよ。」


 イリスが嫌そうな顔をする。


「イリスは女の子だろ。何かあったらいけないからさ。」

「たいていの不審者は自分で撃退できるわ。」


 相も変わらずこのミニマム姫様はつっけんどんである。


「イリスは確かに強いよ? 俺が心配なのさ。君の身に何かあると思ったら夜も眠れない。俺が守りたいからついていく。駄目か?」


 イリスが口をぱくぱくさせる。

 何それ? 池の鯉の真似?


「か、勝手にすれば!」

「はいはい。勝手にします。」


 全く。女児のエスコートも大変なものである。




 ————ペガサスが引く馬車の中は静かなものである。時々、わずかな揺れがあるのみ。

 車内にはエイブリー第二王女、従者のイアン、メイラ。そしてトウツ・イナバのみである。


「さて、本題ね。兎さん、私に何か話したいことがあるのでしょう?」

「第二王女殿下は、私の国の殿を思い出させる御仁ですね。」

 トウツが目を細めて返答する。


「あら、東の果てとはいえ、私の耳にも良き治政者であるとの話が来ておりますわ。誉め言葉として受け取ってもいいのかしら。」

「御意に。」

「で、要求は何かしら。そしてその見返りに、貴女は我が国のために何をしてくれるの? トウツ・イナバ。否、ハポン国城主お庭番頭目の娘、トウツ・イナバと呼べばよろしいでしょうか?」

「そうですね。では————。」


 桜と赤の視線が交錯した。

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