第113話 社交パーティー4

 チャンスは直ぐにやってきた。


 煌びやか鎧に身を包んだ従者を引き連れ、グラン公がエイブリー姫の元へ来たのだ。


「エイブリー第二王女姫殿下。挨拶が遅れたことを陳謝いたします。」

 神経質な顔をしたまま、グラン公が頭を下げる。


「殿方が不用意に頭を下げるべきではありません。私はまだ小娘です。」

「ご謙遜を。姫殿下の手腕は諸所から聞き及んでおります。」

「ありがとう。私への挨拶が遅れたのは式の進行上、仕様がないこと。気にしていません事よ。」

「寛大な応対、痛み入ります。」


「何か疲れるやり取りだな。」

「馬鹿。」


 隣のイリスに耳打ちすると、罵倒が返ってきた。何故だ。


「イリス第三王女殿下もご機嫌麗しゅうございます。」

 グラン公が膝をついて挨拶する。


「ご健勝で何よりですわ。グラン公。」

 イリスが大人のような笑顔で返す。


「では、エイブリー姫殿下はこちらの方へ。領地での税収が気になっていたのでしたかな。」

「ええ、それだけでなく冒険者や魔法使いの配置も。」

「ほう、何故?」

「国防の観点、とだけ。」

「姫殿下の進言があれば、我が領地も更に安全になる。あり難いことです。」

「お上手ですこと。」

「本心ですとも。」


 そう話しながら屋敷の奥へ進もうとするので、俺はグラン公の視界に入る。進路を妨害しないと思われない、ぎりぎりの位置取りをする。不敬と受け取られなければいいが。


「ほう、貴方は確か、かの伝説の元宮廷魔導士マギサ・ストレガ様の弟子か。そなたのような素晴らしい才に出会えることを幸運に思うぞ。」

「ありがとうございます。」

 俺は礼をする。


 イリスと一緒に練習しておいてよかった。もししていなかったら、今日のパーティーで色んな人に不敬を働いていただろう。


「姫殿下とグラン公爵様がお許しになるならば、発言の許可をいただきたく存じます。」

「確かイリス姫殿下と同世代と聞き及んでいる。この歳で社交マナーを心得ているのは素晴らしい。よい、許可する。」

「ありがとうございます。もしよろしければ、私も奥の間へ同行してもよろしいでしょうか。」

「ならぬ。却下だ。姫殿下との会談は、私の領地の未来を左右するもの。例え姫殿下の肝いりであろうとも、間者の可能性が僅かでもあるならば許可は出来ない。」


 ほぼノータイムで返答が来た。判断が早い。

 なるほど、エイブリー姫がこの人を評価しているのはこういうところか。職務に忠実かつ、誠実。


「私はオラシュタット魔法学園に通っております。」

「知っておる。それがどうした。」

「担任はリラ・セーニュマン教諭です。」

「…………。」


 グラン公のこめかみが、わずかに動いた。

 どういった感情かはわからない。が、揺り動かすことには成功したようだ。

 しばらく顎を撫でながらグラン公が考える。

 5秒ほどして、彼はエイブリー姫に向き直る。


「申し訳ございません、姫殿下。彼の同行を許可しても宜しいでしょうか。」


 よし!釣れた!


「ええ、構いませんわ。」

 エイブリー姫が穏やかにほほ笑む。


「寛大な配慮、痛み入ります。ではこちらへ。」


 グラン公が歩き出す。後ろを付いていくのはエイブリー姫と俺以外にはイアンさんだけだ。メイラさんはその場に残る。最低限の護衛のみということだろう。

 何か後ろでイリスが困った顔でトウツを見上げているが、まぁトウツが何とか場をもたせるだろう。女の子に害はないし、小さい男の子が関わらなければあいつは常識人だ。




「では、この応接間でしばしお待ちを。」


 客間に俺たちを通したグラン公はそう言って、一度退室した。

 客間とは言っても、天井は吹き抜けかと思うくらい高いし、ソファの周囲には豪華絢爛な調度品があり、壁には写実主義の流麗な絵画が所せましと並んでいる。

 財力を見せつけるためだろうか。はたまた、単にグラン公の集積趣味だろうか。


 俺は直ぐに壁に張り付き、聞き耳を立てる。


「おい、貴様。」

「イアン、いいのよ。」

「しかし姫様。」

「彼は悪いことはしないわ。」

「……は。」


 エイブリー姫がイアンさんを抑えてくれた。


「あ、ありがとうございます。」

 慌てて礼を言う。


「いいのよ。何か考えがあるのでしょう?」

「はい。」

「それはこの国のため?」

「長い目で見れば、そうなるはずです。」


 上手くいけば、リラ先生のために何かが出来る。リラ先生が喜べば、アルが喜ぶ。アルが喜べば、自信を取り戻して魔法を再び使い始めるかもしれない。あの子には天武の才がある。どのような分野に進もうとも、間違いなく国益へ繋がるはずだ。


「ではいいわ。許可します。ただし、収音魔法などを使えばすぐにばれるくらいには、ここのセキュリティは厳重ということだけ教えておきます。」

「わかりました。」


 収音魔法など要らない。俺にはこの耳がある。カイムとレイアにもらった、このエルフの耳が。壁の振動に意識を集中させて、聞き耳を立てる。

 本当、俺の持つ技能って窃盗犯シーフ向けが多いな。


「……!……っ!」


 わずかに声が聞こえ始めた。どうやら誰かが言い争っているらしい。低い音だ。ということは成人男性同士が言い争っているのか。

 森生活から離れて長い時間が過ぎているので、ブランクがある。音のピントを合わせるのに四苦八苦する。


「何故わからんのだ!」


 聞こえた。ガラール元公爵の声だ。


「お前には伴侶が必要なのだ!跡継ぎがいない公爵家など、誰が支援するというのだ!」

「エイブリー姫殿下の覚えはいいはずだ!父上も会場での姫殿下の様子は見ていただろう!」


 もう一人は本命のグラン公だ。よし。


「あの方は才媛だが、女性だ!それも第一王女ではない!」

「だが、この国はこれから間違いなく彼女を中心に回っていく!」

「私がお前よりも何年この世界にいると思っているんだ!彼女のような人種は周囲に足を引っ張られて失脚するのがオチだ!」

「父上!周囲に人がいないとはいえ、不敬ですぞ!」


 何かこれ、聞いていい話なのかな……。


「とにかく!何が不満なのだ!妻を娶る。それだけのことだろう!」

「何度も申し上げておりますが、セーニュマンご令嬢以外にはいませぬ!」


 おや?


「いい加減辟易したわ!仕事が出来るから我慢していたものを。まさか30過ぎまで一人の女性に入れ込むとは!」

「セーニュマンご令嬢は聡明なおひとだ!きっと良き妻になる。私の統治も支えてくれるはずだ!」

「お前は頭がいいのに、何故これに関してだけは視野が狭いのだ!元々ミザール家とセーニュマン家は釣り合いが取れていないのだぞ!」

「彼女の姓がミザールに変われば些末なことだ!」

「その些末の後始末にどれだけの手間がかかると思っているんだ!」

「もう代替わりは終わったのだ父上!今代の当主は私だ!私が決定する!」


「フィル君は何で正座して壁に耳を当てているの?」

「いえ、背筋が伸びる会話内容でしたので。」

「あら、そう。私に報告しておいた方がいいことはある?」

「いえ、ないかと。」


 ミザール元公爵が貴女への不敬ギリギリのラインを攻めていましたなんて、言えない。

 耳に人の足音が混ざり始めた。

 屋敷の従者がもてなしにこの部屋へ向かっているのだろう。

 俺は静かに立ち上がって、イアンさんの隣に立つ。

 俺が座ると同時にメイドたちが入室してきた。


「いい耳をしているのね。」

「ありがとうございます。」

「まるで小人族ハーフリングじゃないみたい。」

「はて、何のことでしょう。」


 イアンさんを間にしてよかった。怖くてあの桜色の瞳が見られない。

 だが、そのうち話さなくてはいけないだろう。シュレ学園長とフィンサー先生を味方に引き込んだ。次に味方へ引き込みたいのは、この人だ。


「紅茶でよろしかったでしょうか?」

「構わないわ。」


 メイドたちがてきぱきとティーセットを準備する。動きによどみがない。

 俺はそれをぼうっと眺めながらイアンさんと一緒に棒立ちになる。棒立ちとはいっても、イアンさんみたいに綺麗な立ち姿ではないと思うけども。


「姫殿下、待たせてしまって申し訳ありません。」

 謝りつつ、グラン公が入室してくる。


 先ほど盗み聞きをしてしまったので、何となくグラン公の顔を見ることが出来ない。神経質な顔をしているが、意外にもこの人は熱量のある人間なんだと、人物像としての認識を更新させる。

 なるほどねぇ。この人がリラ先生と。


 エイブリー姫がグラン公と治政について議論を交わしている。姫様は意外なことに、魔法ジャンキーとしての側面を見せずに、円滑に話を進めている。

 なるほど、こっちが本来の彼女か。いや、魔法ジャンキーの方が素で、こちらは実務用の側面といったところか。

 無駄な雑談も話の脱線もなく、決定事項だけがどんどん積み上がっていく。頭がいい人間の会話というのは、速度が速すぎてついていけない。

 かろうじてわかるのは決定したその内容項目のみ。


・亜種の魔物が増えている。対応マニュアルを騎士や冒険者、憲兵に通知すべし。

・大きな魔物大反乱スタンピートの兆候がある。軍備と食料の備蓄を増やすべし。

・一般市民の退路を改めて確認。道路を作る予算はエイブリー姫が動かせる範囲で国から支援しても構わない。

・高額の褒賞金を餌に、力のある冒険者を出来るだけ集めておく。

・市民が避難した場合の受け入れ先の確保。その財源の確保。

・緊急マニュアルとして、有事の際には犯罪者を奴隷に墜として戦力に数えてよい。

・これらの通達をミザール家の権力が及ぶ範囲で行う。

・なお、必要な際はエイブリー第二王女の名前を使ってもよい。

・エトセトラ、エトセトラ。


 2人の話を聞いていると、エイブリー姫が異変に気付いていることがわかる。

 俺はアラクネ討伐の時に、事前調査で影もなかったのに現れたレッドキャップや、共喰いする怨霊騎士リビングメイルを思い出す。

 彼女はその原因の大元が、魔王に類するものであることまでたどり着けているのだろうか。

 わからない。

 が、少なくともこの会話を聞く限りは彼女が味方であることがうかがい知れる。


「ふむ。話はこれでまとまったということで、よろしいでしょうか?」

「ええ、構わないわ。グラン公には動いてもらうことが多くあるけども。」

「構いません。冒険者の不審死は我が領でも増えており、懸念していたところでした。」

「ありがとうございます。」

「もったいなきお言葉。」


 グラン公が俺の方を向く。


「さて、フィル・ストレガといったかな?」

「はい。」

「貴君の用件を聞かせてもらおうか。」


 部屋の中にいる人間の視線が一斉に俺へ向く。

 うへぇ。やめてくれよ。緊張する。


「では、一点だけ。ミザール公爵は、リラ先生を愛しておいでですか?」

「まぁ。」

 エイブリー姫が可愛らしい声をあげる。


 周囲のメイドたちも口に手を当てて、目に好奇心が宿る。女性ってこういう話、本当に好きだよね。


「それは……大切なことかね。」


 気のせいだろうか。グラン公の仏頂面が崩れているように見える。


「はい。お世話になっている先生なので。」

「……ああ、愛している。」


 エイブリー姫が小さく「きゃー。」と声を上げて足をばたばたさせ、イアンさんにたしなめられる。

 ミザール公の後ろでは、主にばれないようにメイドたちがミュートでガッツポーズをしていた。何だ、この空間。


「要件はそれだけかね?」

 ミザール公がこめかみに手を当てて、ひねり出すように言葉を吐き出す。


「はい、ありがとうございました。」


 グッドニュースをアルに持って帰れそうだ。

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