第112話 社交パーティー3
バルコニーから広間へ戻ると、俺は直ぐに貴族たちに囲まれた。
どこから情報を持って来たのか、学園での成績を褒めそやしてくる者もいた。
彼らの目は俺を見ているようで、師匠や後ろ盾のエイブリー姫を見ているようだった。自分を通して他人ばかりを見る瞳。賛辞を送るが、目の前の小人族の為ではなく自分のため。
そんな感情が透けて見えるようで気持ちが悪かった。
エイブリー姫やイリスはすごい。この環境に幼少から身を置いて性格が歪まなかったのだ。魔法ジャンキーや多少のつっけんどんな態度くらいは可愛いものと思えてきた。
俺は無難な受け答えで返答していく。メイラさんに教えられた位の高い貴族たちに関しては、とりわけ丁寧に対応する。
隣では、イリスが大人顔負けの気品に満ちた対応をしている。さっき青ざめていたのが嘘みたいだ。
「イリスはすごいな。」
「あんた今日、気持ち悪いわよ。」
「いやすごいよ。イリスは偉いなぁ。偉い偉い。」
「何その小動物見るような顔。むかつく。」
周囲を見ると、貴族の男と踊っているトウツが見えた。彼女は踊りの経験はないはずだが、男の動きに上手に合わせている。
ぱちりと、彼女と目が合う。
トウツは流れるように自然な動作で男の手を外して一礼し、俺たちの方へ戻ってきた。
「よかったのか?」
「誰かさんが捨てられた子犬みたいな顔してるからね〜。」
「誰のことだ?」
「フィルはポーカーフェイスの練習した方がいいと思うよ。」
「……よくわからないけど、練習しておくよ。」
「いや、やっぱしなくていいや。」
「どっちだよ。」
「そのままの方が可愛いからね〜。」
「さっきから何言ってんだお前。」
相変わらず不思議な兎である。
その後も、俺とイリスは代わる代わるくる挨拶の対応に見舞われた。隣ではトウツが全ての踊りの誘いを断っていた。それを見ていると、少しずつ心が穏やかになっているのが自分でもわかった。
「フィオには自分から僕を好きになって欲しいんだよね。」
ふと、いつかトウツが言っていた言葉を思い出す。
あれ、もしかして俺、どツボにハマり始めているのか? いや、それはない。ないはず。だってトウツだぞ? どこの世界に自分に服毒した相手に惚れる阿呆がいるのか。
「グラン・ミザール公爵の入場でございます!」
装飾用の煌びやかな鎧を着た騎士が大きな声でフロアに告知した。音楽と、ダンスと、貴族たちの会話が一斉に止まる。
エイブリー姫を除けば最も階級の高い人物。その上今日の主催であり、集まる名目は彼の誕生パーティーなのだ。
階段の上から多くの従者を引き連れて降りてきたのは、30過ぎ位の神経質そうな男だった。目元が険しく、デスクワークばかりする人間特有の表情筋が引きつった感じ。高校一年生の時の年配の担任を思い出した。
従者の多さは確か、財力の高さを見せる意味があったと思う。ぞろぞろと大量に引き連れていて、仕事を采配するのが逆に大変そうだ。屋敷内ニートがいそう。
だが、これもまた貴族の仕事。市井の人間に従者という職を与えることで社会を支えているのだ。知れば知るほど、この国の貴族がプライドの高いだけの公務員に思えてくる。
俺が宮殿で着替えさせられた時も、必要以上に多いメイドがいたように思う。あれ、ただの賑やかし要員もいただろ、絶対。
「イリス、聞いていいか。」
「いいけど。」
「あの従者の数は多い方なのか?」
「多いわね。王族以外ではトップに近いわ。」
「なるほど。」
ミザール公爵が階段を降り切る。
「あれが今代のミザール公爵。」
「彼が在位してからは税収が安定したそうな。」
「領地の防衛も良好で、民の信頼も厚いとか。」
「いやいや、彼に社交の力はないよ。派閥を広げることは出来ないだろうね。」
俺のエルフ耳が周囲の話し声を拾う。
ミザール公爵が拡声魔法で話し出す。
「紳士淑女諸君。本日は私のために集まり頂き、大変感謝いたす。特にエイブリー第二王女殿下は、本来私の方が出向かなければいけない所をご足労頂き感謝申し上げます。」
エイブリー姫が上品に公爵へ礼をする。
このやりとりで、何となく公爵が王権派寄りの人間だと感じる。
「遠路より来た人々にも感謝する。本日はささやかではあるが、ミザール家として恥じないもてなしを準備したつもりだ。存分に楽しんで帰って頂きたい。では、乾杯。」
一斉に周囲の大人たちがグラスを掲げる。
シンプルなスピーチだった。
「えらい短いな。」
「そうね。特別短いわ。お姉様もいるのに、ここまで自分の仕事をアピールしない人も珍しいわ。」
「エイブリー姫は、自分の評価基準で人を見るだろうしな。」
「それにしても、これだけの物を準備して、ささやかとはね〜。謙遜も行き過ぎれば皮肉だね。」
「どういうことだ?」
俺はトウツに尋ねる。
「テーブルに乗っている調度品やワイン一本で、フィルを借金漬けにして飼えるよ。」
「マジで?」
「うん、マジで。」
最近、トウツが日本由来の言い回しに順応している気がする。
「ちょっと。フィルを飼うだなんて、あんた何言ってるのよ。」
イリスがトウツに言う。
「フィルは飼えるよ〜。」
トウツが笑って言う。
はい。絶賛ダークエルフに飼われております。
「意味がわからないわ。あの調度品でフィルを買えるって言うの?」
「そうだね。具体的に言えば260万ギルトくらいの負債を抱えさせれば買えるね〜。」
イリスが目を丸くして俺を見る。
俺がフェリとトウツに負担してもらってる借金額じゃねえか。
「この話はやめようか。」
イリスの教育に悪い情報が入りそうな気がする。
「え、ええ。」
イリスも釈然としない感じに引き下がる。
「あら、ここに居たのね。」
エイブリー姫が合流してきた。
「もう話はいいのですか?」
「ええ、既知の貴族とは全て話せましたわ。後はパーティーが落ち着いた頃に屋敷の奥でミザール公と対談して終わりです。」
トウツの問いに姫様が答える。
「イヴお姉様、お疲れ様。」
「ええ、イリスもしっかり出来ていたわよ。」
イリスの顔がぱっと華やぐ。
「皆さん、今日は私の
突然、初老の男性が壇上に上がり話し始めた。
「ガラール元公爵ね。」
隣のエイブリー姫が言う。
ということは、ここの領地の先代の統治者か。よく見ると、グラン公爵に近しい顔立ちをしている。いや、グラン公がガラール元公爵に近い顔の方が、適切な表現か。
近くでグラン公爵が少し驚いた顔をしている。予定になかった動きなのだろうか。
「改めて、この場を借りて告知しておこうと思う。グラン・ミザールは後日、妻を娶ることに決まった。随時結婚式の招待状も所君に行き渡るだろう。その日を楽しみに待って頂きたい。」
周囲の大人たちがそれぞれ、拍手をする。
口々に「やっとか。」だとか「ここも安泰だ。」などと聞こえてくる。
グラン公は30過ぎに見えた。この世界で言えば、結婚適齢期をとうに過ぎている。公爵家の長男がまだ結婚していなかったという事実に驚いた。
「あの人、未婚だったんだな。というか、何でこの場で発表したんだ?」
「あんた、馬鹿なの?」
イリスが俺の疑問に反応する。
「どういうこと?」
「あの人よ。リラ先生との婚約を破棄した人は。」
「え“。」
あの人が? リラ先生と?
頭の中で、子どもに慕われているリラ先生と仏頂面のグラン公の組み合わせがどうにも一致しない。俺が想像する夫婦像に、この取り合わせがどうにも合致しないのだ。
「グラン公は貴族としての公務に忠実すぎるが故に、婚約を突っぱねていたそうね。セーニュマンの令嬢との婚約を破棄したのも、不思議とは思わないわ。」
エイブリー姫が言う。
俺は壇上の近くにたたずむグラン公を見た。連想するのはアルの顔。
どうにかしてあの男に接触出来ないだろうか。
このパーティーでの新しい目標が1つ出来た。
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