第97話 都での初クエスト2

 風魔法で上昇気流を作り、俺と瑠璃はふわりと舞い降りた。


 瑠璃は背中に滑空できるタイプの鳥類の翼を生やし、それで風を帆の様に受けていた。

 なにそれかっこいい。俺も変身したい。


 死霊騎士リビングメイルのがらんどうなヘルムの中で、魔素が人魂のようにゆらりと煌めいた。

 俺たちを敵と判断したのだろう。


 死霊騎士はオートで人を襲う。

死後の魂があの世へ行くことを拒絶することでこの世へと残る。その執着はやがて怨念となり、生者を道連れにしようと襲い掛かるのだ。

 だがそこに理性は残っていない。漠然と現世を、まるでゲームのNPCのように自身が死んだ場所付近でうろつき、近づいた者を自動的に襲う。ただそれだけの魔物だ。


 光魔法の使い手に頼めば、簡単に処理できる魔物ではある。

 だが、光魔法の使い手を大量に動かすとなると、どうしても教会の僧侶やシスターを動かさなければならない。その為にはお布施がいる。それも大量にだ。


 積極的に民間人を襲う魔物ではないため、今でも細々と刈られ続ける魔物なのだ。

 とれる素材も、生前の冒険者や騎士の鎧や装備のみ。そして、そこそこの値段がつく装備をした死霊騎士はとっくの昔に刈られつくしている。


 それでも依頼がまないのは、ひとえに人の心だろう。

 かつて亡き騎士たちの忠誠に報いるために、貴族は継続して討伐依頼を出している。

 今回の俺の仕事は、討伐というよりも葬儀に近いのだろう。


「行きたいんだろう? あの世に。手伝ってやるよ。」


 俺がそう言うと、目の前の死霊騎士3体が一斉に動き出した。


『わが友。』

「ここは俺がソロで。」

『あいわかった。』


 俺は踏み込んで死霊騎士に肉薄する。

 身体強化は使わない。素のままの自分でどこまで出来るか試したい。

 手前の死霊騎士が剣を横なぎに振るう。

 俺は姿勢を低くしてかわし、足元を斬りつける。鎧ごと脛を切断したのを後ろに見ながら、次の死霊騎士に接近。

 2体目はランスによる刺突。

 俺は体を回転させながら体面積を減らし、回転の力を利用して敵のヘルムを斜め下から斬りあげる。

 3体目は上段から剣を振り下ろしてきた。

 俺はそれを双剣で受け止め、上に突き上げて空いた胴体に2本の短剣を突き刺す。

 すぐに通り抜け、距離をとる。

 敵を瑠璃と挟み撃ちに出来る形に包囲した。


 3体のうち、1体から魔力が霧散して上空に浮き上がる。

 その靄は人のような形を形成し、俺に何かを訴えようとするが、力なく霧散し消え去っていった。

 俺の勝手な解釈かもしれないが、その靄の顔みたいな部分が「ありがとう。」と言っているように見えて仕方なかった。

 敵前なので構えをとくわけにはいかず、俺は目をそらさずに目礼した。


「倒れた1体はヘルムを斬り飛ばした個体。図鑑を読んで予想した通りだ。魂が人の形だからこそ、人型の鎧に寄生した。だったら、寄生先が人の形を保てなくなると消えてしまう。残りの2体は足を斬って、胴に穴を空けただけだ。これだと討伐にならない。」


 であれば、人の形を保てなくすればいい。恐らく、人間が生命活動をできないくらいに破損させればいい。

 頭を潰すか、胴体を破壊して、上半身と下半身を切り離す。

 今度は身体強化をかけて距離をゼロに詰め、残った2体の死霊騎士を真っ二つに切断した。


『ふむ。上々じゃのう。』

「ああ、いい感じだ。」


 B級以上のクエストばかり経験していたから麻痺していたが、C~D級は問題なくクリアできるのだ。

 少し、安心する。

 俺は、ちゃんと強いのだ。この世界の基準でも。


「次に行こう。瑠璃。」

『あいわかった。』

「ルビーもな。」

『宙返りしよるわい。』

「ははっ。」


 見えなくても、何となく小さい友人がどんな様子なのかがわかる。


「瑠璃。例の移動法をやってみよう。」

『あれはわが友の身体の負担が多くないか?』

「大丈夫。鍛えてる。」

『ふむ。やってみようかの。』


 瑠璃が体を変形させる。手裏海星メタル・デス・スターの体をベースに、平べったくなる。

 そのまま俺の背中に張り付く。

 星を背負った小人族ハーフリング。見てくれが本当に謎である。


「うっかりリュック吸収しないでよ。」

『任せろ。』


 瑠璃はそのまま海星の体から蜘蛛の糸を射出する。

 渓谷の断崖の壁に糸を張り付け、一気に糸を回収する。俺の体は壁に向かって猛スピードで引き寄せられる。


「うおおおおおおお!」

『わが友、対ショック!』

「おらぁ!」


 身体強化をかけて、渓谷の壁にズダァンッと張り付く。


「足がびりびりする。」

『慣れじゃの。』

「靴の装備考えた方がいいかも。ワイバーンのローブで大体事足りてたけど、他の装備も考えないとなぁ。」

『そうじゃの。』

「よっしゃ、どんどん飛ぶぞ。瑠璃。」

『あいわかった。』


 俺たちはひたすら渓谷をワイヤーアクションで飛びまくった。

 異世界に来て楽しいことはたくさんあったが、これは五指に入るかもしれない。


「いやっほおおおおおう!」

『魔物が群がるぞ、我が友。』

「ごめん……。」


 しばらく空中散歩を楽しんでいると、真下に死霊騎士の群れが見えた。


「たくさんいるな。」

『地形が一本道になっておる。』

「おそらく、退路を断つために殿を務めた騎士たちだろうな。」

『わしには理解できぬ。他の個体のために自らの命を捨てるなど。』

「俺は瑠璃がそうなったら、たぶん一緒に死ぬと思うぞ?」

『抜かせ。わしも同じじゃ。』


 俺と瑠璃は笑顔になる。

 いや、瑠璃は絶賛海星中だから顔がわからないけど、たぶん笑っている。


「降りよう。」

『上から一方的に攻撃できるぞ?』

「それじゃあ練習にならない。」

『あいわかった。』


 糸を地面に飛ばし、地面に垂直に降下する。

 地面に着弾。

 子どもの体重だが、かなりの速度で地面に衝突した。地面が陥没し、周囲に砂塵が巻き起こる。


「こんな風にね、かっこよく誰かの危機に駆け付けるのが小さい頃の夢だったんだ。物心がはっきりした瞬間冷めたけどね。」

『今も子どもじゃろうに。』

「そうかな?」

『そうじゃよ。』


 そりゃ数世紀生きている瑠璃からしたらそうかもしれないけどさ。というか、お前一生のほとんど湖の底やん。俺とあんま変わんないやろ。


 死霊騎士の群れが突っ込んでくる。


「瑠璃。囲い網。」

『あいわかった。』


 瑠璃が犬型に変身しながら背中から飛びのく。

 俺たちは左右に散開し、死霊騎士の群れを囲む。時計回りに走りながら火球ファイアーボールを群れに打ち込んでいく。反対側では瑠璃もフレンドリーファイアしないように、器用に手裏海星を投げつけて死霊騎士を切断していく。

 死霊騎士の中には、弓やボーラなどの飛び道具を使ってくるものもいたが、俺たちは難なくかわす。死霊の生前の記憶を頼りに攻撃しているようだが、恐らく生前の彼らとは比べ物にならないくらい精度が悪いのだろう。


「仕上げだ。瑠璃!」

『あいわかった。』


 あっという間に、死霊騎士たちが一か所にまとめられてしまった。

 瑠璃が円形に走り回っている間に死霊騎士たちを糸で巻き付けてしまったのだ。


「一丁上がりだな。」

『そうじゃな。』

「この作戦、使えそう?」

『敵がわしらより速かったら意味がないのう。』

「そうだよなぁ。」

『糸はやはり、アラクネのように設置して罠として使う方がいいのう。』

「その種族の使い方が、結局一番理にかなってるんだな。」

『それに関してはわしに任せとくれ。どうにか形にする。』

「そうだな、頼む。アラクネがお前くらい賢い魔物じゃなくてよかったよ。」

『あのアラクネは神祖から血筋が遠いやつじゃろう。オリジナルのアラクネに近いやつほどやばいからの。その場合は覚悟せにゃならんのう。』

「考えたくもない。」

 俺は舌を出して顔をしかめる。


「とと、とどめを刺さないと。」


 二人で身動きできない死霊騎士を仕留めていく。

 ただの鎧になったそれらを、亜空間リュックに詰め込んでいく。


『クエスト分は終わったじゃろう? まだするかの?』

「魔力に余裕がある。もう少し粘ろう。」


 死霊騎士は狩りすぎて問題が起こる魔物ではない。どんどん倒してしまおう。




「瑠璃、ストップ。ここにも死霊騎士がいる。」

『あいわかった。』


 俺たちは再度移動し、死霊騎士を発見した。

 渓谷の上からやつらを見下ろす。


「……どういうことだこりゃ。」


 そこにあったのは蟲毒だった。

 死霊騎士同士が斬り合い、殺し合っている。

 たった今、剣をもった死霊騎士が槍使いの死霊騎士を横なぎに切り裂いたところだった。その死霊騎士に、すぐさま次に同族が襲い掛かる。


『どうなっておるのじゃ? あの種族に同族殺しの特性などあったかのう。』

「いや、ない。ないはずだ。同族同士で殺すメリットなんて、あの種族にはない。怨念にかられて生者を殺す。あいつらに組み込まれている思考はそれだけのはずだ。同じ死者を殺すなんてありえない。」

『では、あれはなんじゃ?』

「俺にもわからない。」


 周囲には、既に十数体の死霊騎士だった空の鎧が散乱している。


「ちょっと待て。何だあれは。」

『どうしたのじゃ?』

「数が多いから魔力の量が多いのかと思ってたけど、違う。ほとんどの魔力があの一体から感じる。」

『わしには見えぬが、おかしいのかの?』

「異常だ。あんなの、単体でD級なわけない。」


 その死霊騎士の個体は、周囲の同族を全て殺し終えた後、こちらの方を見た。

 背筋に悪寒が走る。

 そして違和感の正体に行きつく。

 俺が倒した死霊騎士の魔力は全て霧散して消えていた。おそらく、鎧に閉じ込められた魂ごとだ。

 あの個体が倒した他の死霊騎士たちからは、その気配が見えなかった。

 吸収したのだ。同族の魔力を。その怨念を。

 ヘルムの奥から、怨念、殺気、害意、執着、怨嗟、憤怒、あらゆる負の感情が視線に乗って俺を貫く。


「あれはやばい!」


 初めてワイバーンと対峙したときほどの危機感。こいつは明らかにD級じゃない!ビッグネームハントのそれだ!


『わしもやばいと思うぞ。』

「瑠璃!海星蜘蛛ひとでぐも!」

『あいわかった!』


 瑠璃がすぐさま俺の背中に張り付き、糸を射出。

 死霊騎士が渓谷の壁を垂直に駆け上がってくるのが肩越しに見える。


「ゴーストとはいえ、そこまで物理法則超えること今までしなかっただろうが!」


 俺は瑠璃にバフをかけながら毒づく。


『移動速度が他の個体とは段違いじゃの。逃げの一手で正解じゃ。』

「逃げきれるか!?」

『任せおろう!』


 瑠璃が空中で加速する。俺も風魔法で追い風を送り、死霊騎士には向かい風の設置魔法を発動する。

 ぐんぐん死霊騎士の姿は小さくなっていき、豆粒ほどになるとやつは俺たちの追跡を諦めた。


 オラシュタットの入り口近くに降り立つ。


「何だったんだあれは。」

『余りにも他の鎧と毛色が違ったのう。』

「似ている。」

『何にじゃ?』

「アラクネ討伐の時だよ。依頼時はアラクネだったのに、蓋を開ければアラクネ・マザーだった。しかもレッドキャップつきだ。今回もそうだ。ただの死霊騎士討伐だったのに。それの上位存在みたいなのが来た。」

『猫人属のギルドマスターも似たような事例が増えたと言っておったのう。』

「……魔王。」

『その可能性は大いにあるのう。』

「帰ってパーティーメンバーと情報を共有する。学園やギルドに報告するかは、その後考えよう。」

『——そうじゃの。』


 俺と瑠璃は背後を気にしながらオラシュタットへ帰った。


 出来ることは全てしているつもりだ。

 でもこれでいいのか?

 頭の中には、疑問がとぐろを巻いて、鎌首をもたげ続けていた。

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