第98話 都での初クエスト3

「ふうむ。死霊騎士リビングメイルがねぇ。」


 そう呟いたのは都オラシュタットのギルドマスター、ラクス・ラオインさんだ。

 有翼人スカイピープルで、おそらく鷹に類する種族だろう。

 有翼人は鳥だけでなく蝙蝠や有翼竜人など、種類の幅が広い種族だ。魚人や虫人などと並んで、種族間でも見た目が違うものが多い。

 ラクスさんはその中でも、かなり鳥に近い姿をしている。顔はくちばしのついた鳥そのものだし、見た目が鳥類に近すぎるので人間とほぼ似たような手に、逆に驚く。ただ、肌は普人族のそれではなく、鳥特有の固そうな地肌であり指は3本だ。

 羽は茶色でぼさぼさしており、俺の報告レポートを老眼鏡で見ている。けっこう齢を召した方なのだろうか。獣に近いタイプの獣人は顔で年齢がわからないのが困る。

 獣に近い獣人への差別は根強い。それでも都オラシュタットのギルドマスターへ成り上がったこの人は、仕事が出来る人間なのだろう。


「はい。異常事態かと思います。少なくともD級以下のパーティーは活動に制約を設けた方がいいかと。」

「ふむ、小人族の少年よ。それをするにしても裏付けをとれてからだ。情報の提供には感謝する。すぐにギルドの調査隊を送ろう。掲示板にも注意書きを出す。つまりは、現状は自己責任ということになる。」

「ありがとうございます。」


 思った以上に、簡単に信じてもらえて拍子抜けする。

 俺は今、トウツと一緒にギルドへ死霊騎士の報告をしたところだ。

 職員に話しかけると、すぐにギルドマスター室に通されたので驚いた。


「割と急ピッチで対応してくれるんですね。」

 隣でトウツが言う。


 こいつがちゃんとした敬語を使うと、毎回驚いてしまう。


「ふむ。こういった報告は最近増えていての。気づかないやつは気づかないが、明らかに例年よりも増えてきておる。それも毎年のペースで、だ。職員にもこういった報告が冒険者から上がればすぐにわしにあげるよう言ってある。」

「なるほど。」


 道理で早いわけだ。

 カンパグナ村のギルドマスター、シーヤさんも似たようなことを言っていた。この緩やかな異変は、都でも変わらないようだ。


「何か質問はあるか?」

 ラクスさんが促す。


「では、一つだけ。この話とは別件なのですが、人探しをしています。エイダン・ワイアットという人がどこにいるか知っていますか?」

「エイダン? S級の男か。これはまた懐かしい名前が出たな。やつが活躍したのは大分昔だが。」

「そうなんですね。」

「そうとも。冒険者にしては珍しく、魔物を相手にしたクエストではなく戦争屋としてのクエストで活躍した男だ。傭兵でなかったのも謎だし、騎士にならなかったのも謎とされる男だな。」

 戦争に参加するなら、冒険者よりも傭兵の方が実入りのいい仕事が来る、とラクスさんが付け足す。


 謎だらけだ。


「すまないが、わしが知っていることはないな。この冒険者を必要とする国は山ほどあるが、どこも情報をつかめていない。」

「そうですか。ありがとうございます。」

「他にも何か気づくことがあったら報告してくれ。今日は助かった。クエスト報酬も少し上乗せしておこう。えーと——パーティー名はなんだったかな?」


 そうラクスさんに尋ねられ、俺とトウツは顔を見合わせる。

 そう言えば考えてなかった。




「すっかり忘れてたよ。」

「そうだな。普通パーティー名がないと認知されないよな。」


 ギルドの外に出て、歩きながらトウツと話す。


「というか、フェリと2人でしばらく活動してただろ? その時に考えなかったのか?」

「ん~。でも、このパーティーはフィルが成人したらリーダーになる予定だしねぇ。」

「え。」

「え?」

「トウツがリーダーしてくれるんじゃないの?」

「どうして~?」

「うちのパーティーでタイマンが一番強いのはお前だろ。」

「何言ってんの~? 僕もフェリちゃんも、フィルがいるから集まったんだよ? 僕らはてっきりフィルがリーダーになるつもりでいたんだけど。」

「マジ?」


 そうだったのか……。

 ご主人様だし、フェリに押し付けられないかな。俺が何かのリーダーになる器だとは、到底思えないんだけど。


「フィルはもう少しストレガのネームバリューを考えた方がいいと思うよ~。フィルを抑えて僕かフェリちゃんがリーダーになったら、『ストレガの弟子の前にしゃしゃり出るあいつは何だ。』と、僕ら言われちゃうよ。」

「そっか。言われてみればそうだな。」

「フェリちゃんはダークエルフだから目立っちゃいけないし、あのギルドマスターだって、フィルのレポートをすぐに信頼したのはフィルが『ストレガ』だからだよ?」

「そうだよな~。」


 普通に考えて、ギルドのトップが7歳のレポートを受け取るなんておかしいことである。


「それにしても、共食いする死霊騎士か~。きな臭くなったねぇ。」

「俺が報告した個体。トウツならタイマンで倒せそうか?」

「多分、大丈夫。でも、これからまだ成長するんだよね、そいつ。」

「そうなるな。」

「やばいよね~。何がやばいって、僕らも倒した敵の魔力は吸収していくわけだけど、死霊騎士は疲れ知らずだから昼夜戦うことが出来る。今こうしている間にも、強くなっているかも。」

「それはやばいな。無理してでも討伐すべきだったか?」

「いんや。瑠璃の力を借りて逃げるのが手一杯だったんでしょう? むしろ、リスクよりも安全をとったフィルに僕は安心したねぇ。」

「そう言ってもらえると助かるよ。」


 あのまま、あの死霊騎士と戦っていたらどうなっていただろう。

俺はトウツのように頭でシミュレーションして敵の自力を測るなんてことは出来ない。魔力量は視ることは出来るが、実力を推し量ることはできないのだ。


「フェリを外に出す方法を考えないとね~。きな臭くなってきた。」

「だな。」

「あとパーティー名も考えておいてね。」

「俺のネーミングに期待するなよ。」


 あの爆弾魔錬金術師は、俺たちのパーティーのメイン火力だ。出来ればクエストには帯同してもらいたい。

 ちなみに彼女は今、暇を持て余してひたすらポーションの精製と学園の本を読み漁っている。


「おい、こっちだ!」

「待ってよ!」


 小さい子どもが脇を駆け抜けた。

 とは言っても、俺の方が小さいのだが。


 見ると、大人子ども問わず、多くの人が参道に出てきて何やら見物し始める。

 少し前までは歩きやすい道に人がぎゅうぎゅうになって詰まりだす。


「何だ?」

「何だろうね~。」

『窮屈じゃの。』


 瑠璃がイビルラットに変身して、俺の肩に乗る。

 周囲の人間が一瞬驚くが、使い魔とわかるとすぐにめあての場所へと移動する。


「気になるな。」

「上から見てみようかね~。」


 2人で跳躍し、ギルドの屋根の上に登る。

 既にギルドの屋根やバルコニーには見物客が出てきていた。

 屋根に飛び乗るのは非常識かと思ったが、けっこうみんな乗るんだね。屋根の上。


「よう、見ない顔だな。新入りか?」

「はい。アルシノラス村から来ました。」

「お、おう。」


 質問してきた屈強な冒険者の男は、返事をしたのがトウツではなく俺だったことに少し驚く。


「これは何の集まりなんですか?」

「そっか。最近来たばかりじゃ知らねぇよな。クエスト帰りだよ。我が国ナンバーワンの冒険者パーティー。S級の魔法英雄団ファクティムファルセだ。」

「S級!?」


 俺は水と光魔法で望遠鏡を作り、慌ててのぞき込む。


「うお!? 何だその魔法!?」


 隣で数名の冒険者が驚くが、俺は気にせずに水のレンズに目を通す。

トウツが後ろから俺を抱き上げて、一緒にのぞき込んでくる。

 最近は抵抗するのも面倒なので、このくらいの接触は多めに見るようにしている。


 その一段は天井が吹き抜けになっている馬車の上から民衆に手をふっていた。

7人の男女パーティーだ。

 最初に目についたのは筋骨隆々の大男。次に目についたのは、見目麗しい2人の男女。世が世なら、どちらもアイドルをしているだろう。小人族ハーフリングの少女もいる。いや、あれは成人女性か。いかにもな風貌の老人の魔法使いもいる。


「どうだい? この国の最強パーティーを見た感想は?」

 男の冒険者が聞いてくる。


「みんなかっこいいですね!」

 子どもっぽく返答する。


「そうだろうそうだろう。」

 男は自分のことのように喜んでうなずく。


「質問、いいですか?」

「いいってことよ!」

「あの大きい人は?」

「ゴン・バーン様だな。タンク役だ。都でバーン様に傷をつけられる冒険者はいねぇって話だ。」

「あっちのかっこいい剣のお兄さんは?」

「パーティーリーダーのルーク・ルークソーン様だ。今代の勇者を名乗っておられる。」

「勇者!」


 いたのか、勇者。おとぎ話の中だけの話かと思っていた。


「その隣の美人のお姉さんは?」

「キサラ・ヒタール様だな。魔法使いだ。ちなみに、後ろの老人がヒタール様の師匠のヴェロス・サハム様だ。回復役ヒーラーだな。」

「僕と同じ小人族の女の人は?」

「何だい坊主、小人族だったのか。あの人はアルク・アルコ様だな。彼女も魔法使いだ。後ろの二人はボウ・ボーゲン様と、ソム・フレッチャー様だ。どちらも弓兵アーチャーだな。」

「魔法使いが2人に弓兵が2人?」


 俺は思わず疑問を呈する。


「面白いだろう? 前衛は勇者のルークソーン様とタンク役のバーン様だけでいいっていう配置なんだよ。つまり前衛の攻撃はルークソーン様一人のみ。かっこいいよな!」

「はい!」


 話している間に、S級パーティーの魔法英雄団ファクティムファルセはギルドの前を通る。

 周りでは、男の冒険者はヒタールさんやアルコさんの名前を叫んでいる。民衆の女性はそれぞれ男のメンバーに黄色い歓声をあげている。勇者のルークソーンさんには、とりわけ大きい歓声があがる。


「お兄さん、教えてくれてありがとう!」

「おう!ようこそ都へ!」


 挨拶をして、俺とトウツは屋根から跳び下りて帰路につく。


「……フィルが考えていること、何となくわかるよ~。」

 降りるやすぐに、トウツが話しかける。


「何だよ。言ってみろよ。」

「あれがS級? あれが勇者? 思ったよりしょぼいって思ってるでしょ~?」

「そこまでは思ってねぇよ!」

「じゃあ、どこまでは思ってたの?」

「……後衛の数が多いよな。」

「そうだねぇ。弓兵2、魔法使い2、おまけに回復役。いたせりつくせりだねぇ。」

「あれ、前衛が一人で十分という意味じゃなくて逆に思えたんだよなぁ。」

「これだけ援護しないと危ない?」

「そう。」


 そうなのだ。

 あのパーティーが弱いとは全く思わない。誰を相手にしても、俺ではタイマンで勝てないだろう。回復役のおじいちゃんのサハムさんなら、相手になるかもしれないが。

 だが、圧倒的な強さは感じなかった。

 仮にロットンさんのパーティー、導き手の小屋ヴァイゼンハッセと比較しよう。もちろん、そのまま比較すれば魔法英雄団に軍配が上がるだろう。だが、人数を同じ7人にしたらどうか。剣士のロットンさん、弓兵のライオさん、魔法使いのシャティさんがあと一人ずついれば、互角かそれ以上になりそうな気さえするのだ。


「実際、トウツはどう思うんだ? あのパーティー。」

「リーダーの優男以外は、負ける気がしないねぇ。」

「ルークソーンとかいう人は、流石に難しいのか?」

「開けたフィールドなら向こう。それ以外なら僕が強いね。」

「なるほど。」


 トウツはソロとはいえ、B級である。


「う~ん。」

「S級にしては、って感じの顔してるねぇ。」

「そうだな。失礼な物言いになるかもしれないけど、名前負けという印象がある。」

『初めてフィオたちがわしを討伐しにきたメンバーの方が怖いのう。』

「瑠璃もそう思うか?」


 俺の肩で、ネズミの姿をした瑠璃が可愛らしくうなずく。

 ただのイビルラットではなく、翼のような耳、黒い体色、ラピスラズリの瞳やイルカのような尻尾はそのままだ。


「ま、プロパガンダ用のパーティーだから仕様がないよねぇ。」

「プロパガンダ?」

「そう。国民に国勢をアピールするために作られた偽の勇者パーティーだよ。人心を掌握するために、どこの国もやっていることだねぇ。」

「マジか。」

「御伽噺の勇者とは全くの別物だね。」

「なるほど。」


 そうなると、見方が変わってくる。

 彼らは本物の英雄ではなく、国に英雄であることを押し付けられた偽物なのだ。

 ルークソーンという爽やかな青年は、笑顔で民衆に手を振っている。


 その優雅に風ではためくマントの背中が、もの悲しく見えてしまった。

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