第96話 都での初クエスト
「フィル、どのクエストにする~?」
「わからん。どれにすればいいんだ?」
「新しいところ来ると、目移りするよねぇ。」
俺は今、トウツと一緒にクエストを選んでいるところだ。
ギルド内は、アルシノラス村やカンパグナ村よりもにぎわっていた。
流石、都オラシュタットだ。人口の多さも人口密度も段違いである。もちろんそれは、冒険者の数にも反映される。
ただ、ここは都市部のため、クエストの内容は山村とは毛色が違う。
目に多くつくのは要人警護のクエストだ。
冒険者の中にはならず者も多いため、この様なクエストは安全なのだろうかと思うが、そこはギルドがちゃんと身辺調査をしてくることになっているらしい。
クエストの発注者に貴族や商家が目立つ。発注元が金持ちである。当然、クエストの報酬も気前のいいものが多い。これは、頑張れば借金をトウツとフェリに返す算段もつけれるかもしれない。
だが、修行も大事だ。
いつか来る未来、獅子族の男と戦って生き残るだけの術を手に入れる。
目移りするが、ここはまず討伐依頼を優先しよう。都周辺に出てくる魔物の特徴も、早めに把握しておきたい。
ゴンザさんが言っていた。その土地に出てくる魔物も知らないで、要人警護の依頼を受けるな、と。要人と一緒に死体になって帰ってくる冒険者をごまんと見た、と。
「うーん、
「フィルはそれにするの~?」
「んん、迷ってる感じ。」
「僕らが今まで討伐したのとは違う系統が多いからね~。」
そう言うトウツは、既に討伐クエストの紙を壁からはがしていた。
「それは?」
「ん~? ロックゴーレムの討伐依頼。」
「ロックゴーレムかぁ。何でそれにしたの?」
「身体強化無しで、大きい岩が斬りたいんだよね~。ちょっとした腕慣らしかなぁ。」
何で魔法使わずに生きた岩を斬れるんだ。意味がわからんわ。
俺は
ううむ。
「もうそれにしたら~?」
「何で?」
「迷う時間がもったいない。」
「お前は買うものを決めてから買い物をするタイプだな。」
「何言ってるかわかんないけど、多分そーだよ。リビングメイルは動きが単調だけど、戦いやすい人型の魔物だし、何よりもゴーストタイプの魔物は初めてでしょう? 経験しといて損はないと思うけど~?」
「……よし。」
トウツに後押しされ、俺は死霊騎士討伐依頼の紙を壁からはがした。単体でD級。群れている場合はC級の依頼だ。
「これの受注、よろしく。」
俺は紙をトウツに突き出す。
ここのギルドマスターとは、まだ既知の仲ではない。トウツに行ってもらった方がいいだろう。
「りょ~。」
そう言って、トウツは受け付けへ歩いて行った。
都に出てくる魔物はトウツが選んだロックゴーレムや、俺が選んだリビングメイルなど、無機質な魔物が多い。
理由は、ゴブリンやオークなどの直接的な害意のある魔物は都市整備をするときに、昔の貴族や冒険者が根絶やしにしたからだ。
そういった生理的嫌悪を覚える魔物をまとめて駆除した結果、オラシュタットには多くの人間が居つくことになる。
古今東西、金持ちが最初にお金をつぎ込むのは娯楽ではない。安全だ。そして金持ちが集まるところには職が増える。職があるところには人が増える。
初代の王はこれを狙ったのだろう。魔物の駆除もインフラの一部なのだ。
多くの騎士や冒険者の血を犠牲にして、この都は安全な環境を手に入れた。
ただ、その結果として多くの死者が生まれることになる。その死者はゴーストタイプの魔物として今もクエストの依頼が出るほど現世に縛られている。
ある者は
特定の魔物が根絶やしにされているとはいえ、都にクエストは多くある。
理由は単純明快。そもそも魔物が多くいる群生地に都を建てたからだ。魔物がもたらす経済効果はとてつもないものがある。だが、素材によっては生ものであり、保存が効かないものもあるため、いっそのこと地産速達できる環境にしてしまえという発想である。
初代の王が魔法で成り上がり、魔法で興った国特有の発想である。危機と隣人になり、その隣人から甘い汁を吸うが、場合によっては死すら享受する。
この世界に生まれて、たくましい人間を多く見てきたが、それはもしかしたらこの国固有の風土なのかもしれない。
テーブルで一人、のんびりと冷えたアールグレイを飲む。アルシノラス村やカンパグナ村のように、物珍しいからと俺に話しかける人間はいない。都会の人間は良くも悪くも無関心。それは異世界に転生してもかわらないようだった。
「おまたせ~。受領してきたよ~。」
「さんきゅ。」
俺はトウツからクエスト依頼受領書を貰う。
「いったんお別れだねぇ。行ってきますのちゅーは?」
「人前でするか阿呆。」
「えー。」
この兎、いい感じに調子にのってやがる。
「まぁ、冗談はいいとして、パーティーとしてはフェリちゃんも含めて訓練しとかないとねぇ。」
「そうだよな。現状だと3人パーティーの意味がない。2人とも、俺とは連携の訓練してるけど、瑠璃とはあんま出来てないだろ。」
「あの子、何だかんだ心の底から信頼してるのはフィルだけだよね~。」
「そうなのか?」
「気づいてなかったの? ああ、あと、僕らには見えないルビーちゃんくらい?」
ううむ。思った以上に瑠璃が交友関係に奥手すぎる。世紀単位で孤独だったから仕様がないと言えば、仕様がないのかもしれない。
「そこのところは考えておくよ。」
「頼むよ~。フィルにとってあの子は友達かもしれないけど、周囲から見ればただの使い魔だからね。使い魔を御しきれていない
「肝に銘じておくよ。」
「よろし~い。」
そう言って、トウツはクエストに出発した。
「よし、俺も行くか。」
俺はギルドを出る。
空は快晴。絶好のクエスト日和だ。
俺はギルド前に待っていた瑠璃と合流する。
『よしよし、わが友。調子はどうだい。』
『良好だとも、わが友。』
『わが友。ルビーは今、どこにいる?』
『わが友の頭上に腰かけておるよ。』
俺は頭の上を撫でるふりをする。
『喜んでおるよ。』
『そうか。』
俺は笑う。
瑠璃も笑う。
多分、ルビーも。
「出発しよう。都での初クエストだ。」
『楽しみじゃのう。』
俺たち歩みを進めた。
俺たちは荒野にたどり着いた。
森とは勝手が違うフィールドにとぎまぎする。
渓谷や断崖など、視界を遮るものはいくらかあるが、森に比べると見晴らしがいい。
良すぎると言った方がいいか。俺の小さな体躯は森ではメリットだったが、潜伏できる場所の少ないフィールドではデメリットだ。正面衝突する状況がどうしても増えるからだ。
見ると、他の冒険者がロックゴーレムと戦っている姿も容易に観察できる。
お、固さに苦戦してるっぽいな。身体強化のかけ方が甘い。あれじゃあ傷もつけられないぞ。後衛も火力不足っぽいな。でも退路は確保してるようだし、ロックゴーレムよりも足の遅い種族はパーティーにいないみたいだ。
手助けはいらないようだ。
他人のクエストに乱入するのはご法度だが、こう見晴らしがいいとついついお節介を焼きたくなってしまう。7歳児なのに。
「よしよし。死霊騎士はどこかなっと。」
『わが友。乗るかの?』
「ありがとう。」
俺は瑠璃の背中にまたがり、前傾姿勢になる。
すぐに瑠璃が駆け出す。
足元を見ると、蹄になっている。荒野で動きやすい足に変形させたのだろう。胴も縦に太くなり、犬というよりも馬に近い形をしている。
『少しは乗り方が上手になったな。わが友。』
「流石に何度も乗っているからね。」
瑠璃は出会ってから多くの魔物を吸収することが出来た。
変化があるとすれば、コンパクトな体で機敏に動く力を手に入れたということだろう。アスピドケロンみたいに巨体でごり押しするスタイルを捨てたわけではない。
瑠璃と出会って数年、巨体を生かして戦う相手がいないだけである。結果として、瑠璃は身軽に体を動かして戦う術を覚えた。
数世紀湖の底に沈んで、孤独に学び、孤独に戦ってきたのだ。瑠璃はアスピドケロンとしての戦い方以外をあまり模索していなかった。
アラクネを吸収したこともあり、今は俺と一緒にハイスピードの戦いに切り替えている。
ただ、今後魔王という存在を相手取るにあたって、アスピドケロンという瑠璃の過去の姿はきっと出番が出てくる。そのための準備はしておかなければならない。
「渓谷だ。依頼場所はおそらく、この辺だな。黒い魔素が多いし、間違いないだろう。」
瑠璃が俺を静かにおろす。
周囲には、アンデッド種が生息する場所特有の陰気な雰囲気が流れている。俺は視覚的にダイレクトに見れるわけだから、おどろおどろしい感覚が一層強く感じられる。瑠璃と初めて戦った時に、彼女の体内で
とと、骨人といえば。
俺は亜空間リュックから二振りのハーフソードを取り出す。瑠璃の体内にいた元B級冒険者。その成れの果ての片割れが持っていた短剣だ。
色んな武器に慣れておかなければならない。今日はこれを使うことにする。
当時はトウツがあっという間に倒してしまったようだから、この魔剣の力はよくわかっていなかった。
長剣は爆発魔法の付与があった。今もリュックの中で眠っている。
こっちの付与魔法は至ってシンプルだった。錆びにくい、刃こぼれがしにくい、頑丈である。字面だけだとしょぼく見えるかもしれないが、雑に長く扱えるというだけでもかなりのアドバンテージがある。特に俺みたいな債務者には。
そして継戦能力がある。俺みたいにまだ総魔力が少ない人間にとって、武器強化なしに振るえる武器というものは有り難い。
いつかの昔、瑠璃の前で倒れた人間が使った魔剣。しっかりと活用させてもらおう。
渓谷の下には、銀の鎧がふらふらと歩いている。
人の動きのように見えて、そうではない。
それもそうだ。あの中に人はいない。死んだ冒険者や騎士の亡霊が、自分の体と同じ形をした鎧を仮住まいにして現世に縛り付けられているだけなのだ。
実体がないので、関節もあやふやだ。人の様に歩いているように見えて、時々鎧の関節が人ではありえないような方向に捻じ曲がる。胴体も、とても脊髄が支えているようには見えず、時々ぐりんと変な角度に回転している。
「戦い辛そうだけど、強くはなさそうだな。」
『わが友、油断は大敵である。』
「お前で思い知ってるから大丈夫だよ。」
『ふむ、当時わが友を本気で殺しにかかって良かった。経験が生きておるな。』
「お前のブラックジョーク。角度が鋭利すぎない?」
俺は瑠璃と共に、渓谷の下へと跳び下りた。
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