第95話 学園生活7

「もう!もう!」

「ごめんて。ほんとごめん。許してください。」


 今日は休日の朝だ。

 そして俺は今、アルに部屋のベッドの上で謝り倒している。

 魔力切れをした俺が倒れたと思い込み、心配したアルが寮の管理人に訴えたのだ。

 管理人のおじさんはすぐに魔力切れだと気づいたらしい。だが、何故魔力切れを起こしたのかが不明であり、眠っている人間を襲うタイプの魔物の仕業なのかと深夜に大騒動したとのことだ。

 久々にトウツが身近にいない環境だったし、シュレ先生の様な強い存在が間近にある環境だったから、うっかり安心して日課をしてしまったのだ。

 そりゃそうだよな。目の前でいきなり人が気絶したらパニックになるよな。


「フィルがいきなり青い顔して倒れるから心配したんだからね!」

「ちゃんとお休みって言ったけども。」

「どうしてお休みって言って気絶になるのかわかんないよ!」


 はい。そうですね。俺が悪うござんした。


「もう心配させないでね?」

「ああ、しないよ。」

「本当?」

「本当さ。」

「本当に本当?」

「もうマジ本当。任せてくれ。」


 だからその上目遣いをやめてくれ。

 性別を誤認するから。


「だったらいいけど。」

 そう言ってアルは矛を収めた。


 優しいなぁ。

 今まで周りの人間は出した矛で誰かの胴を貫かなければ収まりがつかない人ばかりだったから、アルの優しさに安心してしまう。

 もう俺の今世のメインヒロインはこいつでいいんじゃないかな。

 茜、前世ではありがとう。俺な、君の他に大切な人見つけたんだ。


「フィルは今日、何するの?」

「んー。学園外に用事があるからお出かけかなぁ。」

「いいなぁ。僕は近くに親がいないから、外に出る許可もらうの難しいんだよね。」

「そっか、そりゃ大変だな。」

「外で何するの?」

「んー。パーティーメンバーと相談会。」

「パーティー!? フィルはもう、冒険者してるの?」

「まぁね。」

「でも、中等部からじゃないと冒険者にはなれないんじゃ。」

「ちょっと裏技を使ったんだ。」

「ふわ~。」


 何だその反応。可愛いかよ。結婚したい。


 そして、言えない。

 裏技が奴隷に墜ちることだなんて、言えない。


「そういうわけだから、外行ってくるな。」

 俺はいつものワイバーンローブを着て仕度する。


「いってらっしゃい。」

「行ってきます。」


 トウツが行ってきますのちゅーを要求した気持ちが、今なら少しわかるぞ。まさに今その気持ちだ。

 今日は、あの兎にも少しはボディタッチも許してやろうか。

 そんなことを考えながら、男子寮を出た。

 学園の外に出る前に、寄るところがある。

 女子寮だ。

 覗きじゃないよ?


 男子寮と女子寮はキャンパスの端から端まで横断しなければいけないらしい。そしてキャンパスの中央には教師棟が鎮座している。

 学生の男女が密会して、間違いがないようにするための配慮だろう。貴族の子女が多く通っているのだ。そこらへんのセキュリティは完璧のはず。


「何だこの洒落乙な寮は。男女差別じゃない?」


 女子寮を見て思わずそう思ってしまう。

 だが、よくよく考えてみればこれも普通なのかもしれない。

 男子は家を継ぐだけでなく騎士になるという選択肢もある。一方、女子はここを卒業することは、イコールで嫁に入ることなのだ。在学中に結婚が決まって卒業する貴族の子女も多くいるらしい。見目を綺麗にすることは、この世界の女性の生きる術なのかもしれない。

 ただ、魔法がある以上、女性でも多くの人間が軍属にいるような気はする。


 お城かと見まがうほどの白塗りの壁。美しい流線形の屋根。所々、花をモチーフにしたレリーフが施されている。何となく、美的感覚が男性ではなく女性っぽい美術家の作品なのかと思ってしまう。図書館棟を見た時にも似たような感想を思い浮かべたのだが。


「ん?」


——第67期生 卒業制作——

——追記 第68期生、第69期生、第70期生——


「え“。」


 もしかして、この寮全部、魔法で作ったのか?

 生徒が? ここの卒業生が?

 卒業制作のスケールが違いすぎんだろ。国一番の魔法学校というのもわかるというものだ。

 俺はうきうきしながら寮の壁を観察する。

 なるほど、なるほど。男子寮が無骨なわけだ。卒業制作にこんな綺麗なもの、男の人は作ろうなんて発想には中々至らないよな。


 寮母の人が警戒しながら話しかけるまで、俺は壁に残った魔力の痕跡をひたすら観測し続けた。


「——クレアちゃん? ごめんなさいね。今日は家族のところへ行っているみたいなの。」

 寮母の女性が言う。


「そうですか。元気そうにしてましたか?」

「心配して来てくれたの? ありがとうねぇ。」


 寮母の人はにこやかに俺を送り出してくれた。

 それもそうか。都には両親が来ている。おそらく、ことが事なので教師もクレアを両親の元に返した方がいいと判断したのだろう。

 今、クレアは家族水いらずで過ごしている。優しいレイアやカイムのことだ。ちゃんとクレアを甘やかしているところだろう。

 俺は心の中にあったわだかまりが少し溶ける。


「よし。」


 それじゃあ、行こうか。

 平日は学園生活。

 だが、休日を文字通り休むわけにはいかない。今日はいいクエスト日和だ。




「え、都にエルフいるの。私引きこもる。」


 開口一番ヒッキー宣言したのは、ダークエルフのフェリだった。


「だよなぁ。都だからエルフも当然いるとは思ったけども、まさか護衛でがっつりいるとはなぁ。」

「ギルドでは目立ってたねぇ。男女のエルフ2人組。巷ではダークエルフが居ついたから調査にきたとか言われてるけども。」

 トウツが俺に追従する。


「うう。」

 部屋の隅でいじけるフェリ。


 何だか可哀そうになってきたので、後ろに行って頭をなでてやる。

 フェリの肩が少し跳ねた。


「……何でトウツも横に正座してるんだ?」

「ん~? 順番待ち。」


 俺は無言で台所のパンを食し始める。


「僕、フィオのそういう空気読んだうえで読まないところ良くないと思うなぁ。」

「言ってろ。」


 トウツとフェリもテーブルにつき、朝食をとり始める。俺の椅子の脇には、瑠璃が寝そべっている。


「瑠璃も来週から、俺と一緒に住めるぞ。」

「わふ。」


 俺に撫でられた瑠璃が上機嫌になる。


「なるほど。使い魔になればフィオの寮に住めるんだね。よっしゃ、フィオ。僕をペットにしないかい?」

「その発想が出るお前がこえぇよ。」

「そういうフィオだって、勝手に奴隷になったくせに。」


 その選択肢をとらざるを得なくしたのはお前なんだよなぁ……。


「ああ、それと相談することがあるんだ。」


 2人はきょとんとした顔で俺を見た。




「——なるほどねぇ。学園の人間かぁ。」

「マギサお婆ちゃんはシュレ学園長に関しては大丈夫と言ったのだろう。だったらいいのでは?」


 トウツもフェリも、シュレ学園長に関しては信頼して味方に引き込むという心づもりでいるようだ。

 ちなみに二人とも、半年ほど師匠の家に住んでいる間に師匠のことをお婆ちゃんと呼ぶようになっていた。

 何か俺、クレアたちよりもこいつらの方が家族らしいことしてるよなぁ。


「やっぱシュレ先生は信用するしかないよなぁ。」

「というか、そこは味方に引き込まないと、私たちでは出来ることに足かせが多すぎると思うわ。」

「フィオは慎重すぎるねぇ。」

「わかってるよ。でも俺はなるべく安全に処理したいんだよなぁ。」


 2人には魔王が復活、あるいは出現することは話してある。だが、俺が死ぬ未来予測に関しては話していないので、リラックスした感じで話を聞いてくる。


「う~ん。じゃあシュレ先生とは連絡をとっておくかなぁ。」

「そうなったら必然的にフィンサーとかいう人も味方になるんでしょう?」

「そうなる。」

「ウォバルおじさんの知り合いだから、心強いと思うなぁ。」

「そうだよな。」


 一応、パーティーとしての意見は固まった。

 シュレ学園長とフィンサー先生を味方に引き入れる。

 そのために、俺が巫女であることと今の境遇について話さなければならない。

 シュレ先生が俺のもたらす情報よりも、エルフとのコネクションを優先する場合がある。その場合、最悪待っているのは俺の死だろう。まぁ、でもそれでいい。

優先順位をはき違えさえしなければいいのだ。そして俺の最優先事項はクレアの命だ。


「来週、フィンサー先生に話してみるよ。あと、何とかしてクレアと接触しないとな。」


 獅子族の男のそばに、俺もクレアもいた。俺が死ぬときにクレアがそばで慟哭していた。ということは、俺と妹は一定の人間関係にあったといえる。

 何とかして妹と交友をもたなければならない。

 学園での最初の課題はそれだろう。

 幸い、同じクラスだし、クレアはロスやアル、イリスと仲がいいこともわかっている。接近するのは難しくはないだろう。


「よしよ~し。それが決まったなら、フェリちゃんは家に置いて僕とクエストデートといこうじゃないか、フィオ。」

「いや、ソロで行く。」

「え。」

「お前らに借金返さないといけないだろ。それが最優先だ。」

「え~。別にいいのに。むしろもっと借金しよ~? そして僕に依存して生きていこうよ~。」


 怖えよ。


「絶対、嫌。ただ、俺は年齢制限で素材の売買が出来ないからそこだけ頼む。」

「え~。週末はフィオと一緒だと思ったのに~。」

「すまん。埋め合わせはするから。」

「ちゅーして。」

「え“。」

「ちゅーして。してくれたら許す。」

「嫌だ。」

「無利子のところを利子一割に上げようかなぁ。」

「汚ねぇ!」


 はい、とトウツが目を閉じて静止する。

 そのポーズのまま動かない。

 え、なにこれ。俺が何かしないとこのままなの?

 ぐ、ぐぬぬぬ。


 俺はトウツのそばに近寄る。

 視界の端でフェリと瑠璃が「え!? するの!?」みたいな顔で見てくる。

 トウツの顔を両手で優しく包んで、頬にキスを落とす。


「ん~?」

「……口は無理。俺が元いた世界では、頬は友情の証という意味だって。それでよければ。」

「む~。よし、及第点にして進ぜよ~う。」


 お許しが出たらしい。

 振り返ると、フェリも同じポーズで固まっていた。

 え、もう一回するのか……。


 結局俺は、フェリの頬にもキスして出ていくことになった。

 男としては嬉しいが、何か想像していたモテ期とは全然違う気がする。

 何故だ。

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