第133話 実地訓練後始末

「初めまして。」

「初めまして。ごめんなさい。」


 初手、平身低頭である。

 理由?

 今、目の前にいる人物がヒル・ハイレン養護教諭だからだ。

 俺は何度かこの人にお世話になっているのだが、いずれも意識がない状態で運ばれて迷惑をかけている。俺の治療で魔力切れを起こして、特別休暇を取らざるをえなくしたこともある。

 そして、今日こんにちまで俺はそのお礼を言い損ねていたのである。

 視線はブリザードである。パーフェクトフリーズである。絹のような金髪を腰近くまで流しており、金の瞳を極寒のように凍らせて俺を見てくる。

 その視線にひたすら耐える俺。膝にはアルの頭がある。要は膝枕の体勢。

 実地訓練の日は怪我する児童生徒で保健室は満杯なのである。ベッドが足りないため、俺たちはソファに通された。肩がえぐれた初等部生をこんな扱いは普通しないのだが、「いいんじゃね? ストレガの弟子だし。」というピトー先生の一言でこの扱いが決まった。世知辛い。


 ちなみに、死霊高位騎士リビングパラディンはピトー先生を見た瞬間退却していった。ルークさんやアルクさんの言う通り、勝てない戦いはしない魔物のようだ。こちらにも余裕がなかったので、追うことも敵わなかった。


「……あの、ごめんなさい。」


 いたたまれなくなり、また謝る。謝ってこうべをたれれば、そこにはアルの寝顔がある。この圧倒的に居苦しい空間に唯一ある癒しに、俺のSAN値が回復する。


「……生きて帰ってきたのでよしとしましょう。」

 目を瞑り、ため息をしながらハイレン先生が言う。


「ありがとうございます。」

「ゼータ先生とショー先生、どちらかがいなければ死んでいたのですよ?」

「はい。」

「何度死にかける気ですか?」

「はい、すいません。」

「今度来るときはまともな怪我して来なさい。」

「はい、必ずや。」


 ところで、まともな怪我って何?


「本当にわかっているんだか。」

 眉をひそめるハイレン先生。


 美人が怒ると、本当に怖い。

 ハイレン先生が椅子から立ち上がり、白衣をはためかせる。戸棚からてきぱきと包帯や薬草を取り出す。


「貴方は自力で回復魔法が出来るみたいだから、魔法での処置はしません。というか余裕がないわ。今日は治癒魔法を使う機会が年間で一番多い日だから。衛生処置と魔法薬草マギ・ハーブの処方をして、回復魔法の手助けはしてあげるわ。」

「ありがとうございます。」

「肩、出して。」

「はい。」


 服を脱ぎ、肩を出すとハイレン先生が顔をしかめる。


「初等部でこんな怪我してくる子はいないわよ、普通。」

「いや~。」

「褒めてないわ。」

「すいません。」

「治癒魔法が上手いのが尚更腹が立つわね。」

「上手いんですか?」

「貴方、わかってないの? この処置を見たら教会が将来的には枢機卿のポストを準備して勧誘に来るわよ。」

「よくわかんないので冒険者で例えてもらえますか?」

「お金払うからうちのギルド近辺で活動してください。A級冒険者の席と指定常駐冒険者の席も準備します。」

「うお、すっご。」

「はぁ。」

 ハイレン先生がため息をつく。


「貴方、もっている能力と常識の乖離が激しいわね。」

「「森暮らしが長いものですから。」」

「ハッ!」


 何故ハモったし。


「シャティがよく言い訳に使うと言っていたわ。」


 うげぇ。


「でも実際、師匠はこういうこと教えてくれなかったんですよ。」

 肉体年齢に引っ張られ、本当の子どもの様に拗ねた声が出る。


「そう思うのなら、もう少し常識を勉強しなさい。」

「善処します。」

「しないわね、これは。」

「……うーん。」


 膝の上でアルが悩ましい声を出す。起き抜けの顔も可愛いなぁ、こいつは。


「お早う、アル。」

「おふぁよう、ふぃる。」


 かすれた目をくしくしとこするアル。小動物みあるのな、お前な。


「身体は平気か?」

「う、うーん? 平気? 平気かなぁ。何かちょっと重い気がする……は!あの鎧は!? フィル大丈夫!? ダシマ先生は!?」

 アルががばっと上体を上げる。


「フィル!肩の怪我は大丈夫!? ちゃんとお腹と繋がってる!?」

 あわあわと叫ぶアル。


 可愛いかよ。


「大丈夫だよ。アルのおかげでな。」

「僕の……おかげ?」

「覚えてないのか? 死霊高位騎士リビングパラディンをぶっ飛ばしたんだぞ、お前。あれ、A級の魔物だぞ。しかも名前付きネームドだ。」

「えーきゅう。ねーむど。あっ。」

「思い出したか?」

「僕、もしかして使えた?」

「ああ、ばっちり使えてたぞ、魔法。」

「僕、魔法で戦えてたの?」

「ああ、ちゃんとコントロール出来てた。」

「誰も傷つけてない?」

「むしろ、俺もゼータ先生も助けられたよ。もしかしたら、あの森にいた他の生徒も。」

「そっか……そっかー。」


 ぼふっと、俺の膝にアルがまた頭を落とす。

 俺はつい愛おしくなり、頭をなでる。


「もう、子ども扱いしないでよ。」

「いや、頑張ったよ、アルは。すごい頑張ってた。」

「ありがとう。フィルもすごかった。」

「それほどでも。」


「フィル!」


 バアン!と扉を開けて保健室に飛び込んできたのは、クレアだった。


「よう。」

「あ、クレア!」


 俺とアルに目が合い、クレアの目が真ん丸に開く。こちらへ走りこんできて、俺たちに抱き着いてくる。


「おおう。」

「わわ、どうしたのクレア!?」

「よかった!よかった……!死んでない!二人とも!」


 クレアが俺たちを抱きしめたまま、泣き出す。

 泣くクレアと、それを困った顔で見つめるアル。

 ハイレン先生はそんな俺たちを、コーヒーを飲みながら眺めていた。

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