第132話 実地訓練3

 死霊高位騎士リビングパラディンが刺突してきた。


 俺は下に沈んでかわし、足元を斬りつける。

 が、身体強化ストレングスで強化し、やつは受け止める。そのままローキックをしてきたので後ろに下がる——ところに呼吸を合わせて前進し、剣を横なぎに振ってきた。


「くっ!」


 双剣で慌てて受け止めるが、手元に強力な鈍痛がくる。武器強化ストレングスごしでもわかる敵の膂力りょりょく。魔剣で良かった。普通の剣だったら一発の重さと魔力量の差で剣ごともっていかれていた。

 全力で更に後ろへ下がり、ゼータ先生の横につく。


呪縛蔦アイヴィーバインド。」


 ゼータ先生の魔物蔦が高速で生い茂り、やつの足首に絡みつく。

 やつはすぐに蔦を剣でさばき、飛びのく。


空気砲エアロカノン。」


 飛びのいた先に空気の塊を発射する。

 やつはあっさりその塊を斬り飛ばすが、足元の蔦に捕まる。


「フィル君!」

「はい!」


 俺たちは全力で脱出した。

 戦うかあんなもん!トウツ、フェリ、瑠璃の誰かがそばにいれば別だが、無理だ。あんな化け物、逃げるが勝ちである。


「あれが件の死霊高位騎士リビングパラディンか!驚いたよ!」

「知ってるんですね!」

「都では有名だ!」


 走りながらゼータ先生と情報共有する。


「倒せそうですか!?」

「無理だ!私は金魔法と契約した植物型の魔物の使役くらいしかできない!契約している魔物植物にあれを倒せるものはいない!」

「でも、このまま逃げてもクレアたちに追い付いてしまいます!」

「何だって!?」

「時間稼ぎしましょう!」

「だが——。」

「知ってます。先生、魔力切れが近いですね?」


 ゼータ先生が俺たちの所に来なかったのは、こいつと戦っていたからではない。自分で倒せないと踏んで、他の教師が合流するまで引き付けていたのだ。

 そして他の教師より先に俺たちと合流してしまった。


「時間稼ぎも、短時間しか出来ないよ?」

「俺がします。」

「それは危険だ。」

「でも、俺が時間稼ぎ。先生が援軍を連れてくる。それが確実です。」

「正気かい?」

「俺はストレガですよ?」

「——すぐに人を呼ぶ。」

「よし。」


 俺たちは一斉に立ち止まった。

 後ろでゼータ先生が通信魔法を使い始める。俺たちがいる座標を近くの先生に報告しているのだろう。


「こいやぁ!」

 鬨之声ウォークライで挑発する。


 やつは素直に俺に斬りかかってきた。

 横にローリング——したら真下に振り下ろしたはずの長剣が直角にカーブして俺についてきた。


「この!」


 双剣で受け止める。

 見ると、肘や手首が変な方向を向いている。鎧の中身は人間じゃないから、不規則な剣の使い方が出来るのか!


火球爆散フレアボム。」


 俺とやつの間を爆破して、無理やり距離をとる。剣術は向こうが上。相手の土俵で戦う必要はない。長剣を亜空間リュックから素早く取り出し、双剣とスイッチする。

 やつの鎧がギシギシと音を立てる。身体強化で距離を縮めるつもりだ!

 やつの足元から盛大に土柱が舞う。

 肉薄して、剣を低く横に薙いでくる。俺の低身長に合わせて技を変えてきた!

 俺はそれを長剣で受け止める。


「爆散。」


 長剣が爆発した。瑠璃の体内にあった、爆発魔法が付与された長剣だ。

 やつがたたらを踏んで後ろに下がる。


「今ので無傷とか、どんな耐久だよ!」


 休憩させる間髪を入れず、俺は踏み込む。身長の低さを逆手にとり、やつの長い足を執拗に狙う。次々と捌かれ、気づいたらこちらが攻撃をかわす側になる。向こうは剣の爆発を警戒し、つばぜり合いが起こらないように立ち回る。


「学習している!?————いや、生前を思い出しているのか!」


 死霊高位騎士のでたらめな剣術が、どんどんエクセレイ王国騎士団の正統派へと形を変えていく。いや、取り戻していく。人間の関節を無視したトリッキーな動きも対処が難しかったが、正統派で隙のない、理詰めな剣術に防戦一方となる。

 横合いからゼータ先生が飛び出してきた。


茨鞭ドルンフエット。」


 茨の鞭でやつの腕を絡めとる。


「先生ナイス!火球ファイアーボール!」


 やつは茨に捕まった手の剣を放し、逆の手に持ち替え、火球を真っ二つに切り裂く。

 何だそのかっこいいの!敵がすることじゃないだろ!


「自由を奪う。隆起岩ブルゲロック。」


 土魔法で岩場を生成し、周囲の平な地面をボコボコにしていく。足を使わせたら駄目だ。長剣が使いづらいよう、閉所を増やす。ダシマ先生の魔物植物は不意打ちアンブッシュが得意なはず。そして蔦や茨が生えやすい土壌を地面だけでなく壁にもして立体的な攻撃をする!

 俺は長剣ををクルクルと回した。

 持久戦に持ち込むんだ。他の教師が来れば、俺たちの勝ちだ。


「どこからでも、来い!」


 そう叫ぶと、岩が切り刻まれてやつが飛び込んできた。


「真っすぐ来るのかよ!?」


 魔力の反応がなかった。ということは、トウツと同じで素の力で岩を斬ったのか!


「こんの!」


 長剣で受け止めるのが精いっぱいで、前蹴りへの反応が遅れる。

 蹴り飛ばされた俺は地面をバウンドしながら距離を保つ。

 岩から茨が大量に突き出てやつを攻撃するが、尽く切り刻んでいく。


「——化け物かよ。」


 これは……戦うべきじゃない。


「もう一度撤退しよう、フィル君!」

「了解です!」


 ゼータ先生と一緒にもう一度退路に走る————が。


「お、何だ騒がしいな?」

 茂みから学生が現れる。


 実地訓練している他の班!?

 こんな時にっ!


 横を見ると、死霊高位騎士リビングパラディンが俺たちを無視してそっちへ向かう。


「このっ!」

「待て!罠だ!」


 後ろで先生が叫ぶ。


「間に合えぇ!」


 俺はその生徒の前に立ち、長剣を頭上にかざす。

 やつはその剣ごと叩き斬り、俺の肩に刀身がめり込む。


「がっ!」


 肩甲骨が陥没し、僧帽筋がぶちぶちと千切れる音が体内からする。遅れて、自分の目の横で、肩から血液が噴水のように噴き出した。


「いってぇえ!」

「お、おい!大丈夫か!?」

「いいから逃げろぉ!」

「え?」


 生徒たちの目線が、いきなり出血して倒れた俺から、生きた鎧に移る。そして表情が驚きから恐怖へと変わる。


「う、うわぁああ!」

火球爆散フレアボム。」


 身体強化で自身を守る余裕がないが、生徒たちが逃げる時間を稼ぐために、俺とやつの間の空間を爆破する。

 やつは爆発をものともせず、踏み込んで剣を振り下ろす。


「くそっ!」


 ローリングしてかわし————た先に人の靴があった。小さい靴だ。

 初等部の子どもが逃げ遅れたのか!


「君!早く逃げて!」

「——フィル?」

「お前!? アルか!?」


 くそ!よりによって!


「フィル君その子を連れて逃げなさい!」

「でも、先生が!」

「大人の心配をするんじゃない!」

 ゼータ先生の声に怒気が混じる。


 ゼータ先生が蔦と茨でやつと応戦する。だが、先生は前衛ではない。長くもたない!

 くそ!くそくそ!また俺は無力なのか?

 いや、後悔している暇なんてない!ここは戦場なんだ!


超回復ハイヒール。」


 俺は肩の怪我を修復にかかる。


「まだ戦う気か!? 逃げなさい!」


 俺の意図に気づいたのか、ゼータ先生が怒鳴る。

 無視して俺は治療に専念する。骨が繋がるために、ボコボコと隆起して体積を増やす。体積が増えるたびに神経が痛み、死にたくなるような幻痛が俺を襲う。ミチミチと音を立てて筋肉が繋がっていく。


「フィル、戦うの?」

 横でアルが言う。


 その目が虚ろな闇を灯している。


「戦うよ。じゃないと、誰かが死ぬ。」

「でも、フィルが死んじゃうよ。」

「その時はその時だ。」

「僕は嫌だよ。フィルが死ぬのは。」

「俺もアルが死ぬのは嫌だからな。それよりもアル、逃げろ。」

「どうして?」

「どうしてって、お前——。」


 そこでようやく気付く。

 アルの周囲にある白い魔力がバイブレーションしている。アルの小さな体が、まるで震源地のように膨大なエネルギーを発している。そのエネルギーが俺の表皮の魔力にまで干渉して、肌がビリビリと振動する。

 俺が渡した魔力隠しのストールも羽織っている。それでこの存在感。一体、何がどうなっているんだ?


「まずい!逃げなさい!」


 ゼータ先生が足をおさえている。

 太ももを斬られたのか!

 やつがこちらへ猛スピードで駆けてくる。前衛と回復が出来る俺を先に潰すつもりだ!


「このっ!」


 俺は怪我していない方の手でナイフを持つ。

 せめて、アルだけでも————そのアルが、俺の前に立つ。


「アル、あぶな!?」


 アルが一瞬で死霊高位騎士リビングパラディンの足元に現れた。やつの剣をアルが蹴りでかちあげる。と同時に、俺の目の前に土柱があがる。

 一歩であの距離を詰めたのか!?


「フィルを殺すなぁああああ!」


 アルがソバットを放つ。

 やつはそれを剣で受け止めるが、剣をへし折って鎧の胴体に足が突き刺さる。遅れて衝撃破が嵐のようにうねり、やつが森の奥へ吹っ飛ぶ。

 アルがまた高速で移動し、吹っ飛ぶやつにすぐに追いつき、大木に叩きつけてめり込ませる。


「——何だありゃ。」


 ビックリ人間ショーかよ。


「フィル、大丈夫!?」


 ズザザッと、アルが一瞬で目の前に現れる。


「うわぁ!急に現れるなよ!びっくりするだろ!」

「ご、ごめん。」

「いや、いいけど!」

「フィル、どうしよう!? どうしよう!?」

「どうするも何も、いけるぞ!そのまま倒そう!」

「それが——。」


 アルが慌てた顔をする。

 俺は一瞬疑問に思うが、すぐに理由に気づく。


「魔力切れか。」


 俺の言葉に、アルが泣きそうな顔でうなずく。


「ごめん、フィル。」

「いいさ。よく時間を稼いでくれた。おかげで肩がくっついたよ。」


 視界の端で大木がメキメキと倒れるのが見える。やつが起き上がったのだ。


「後は俺と先生がする。安心して寝てろ。」

「本当?」

「本当だとも。俺はお前のルームメイトだぜ?」

「——ストレガとは言わないんだね。」

 そう言って、アルは意識を手放した。


 俺はアルを木の根元に寝かせる。


「とんでもない子ですね。」

 ゼータ先生が太ももを蔦で縛りながらこちらへ来る。


 回復用の魔物植物か。


「ええ、自慢のルームメイトです。」

「君も、とんでもない子ですよ。」

「ありがとうございます。じゃあ植物学の成績、上げてくれませんか?」

「交渉しなくても、君の評価は秀です。」

「あざっす。」


 森の奥から、ガチンガチンと石を踏み砕く音が近づいてくる。

 やつが近づいてくる。


「勝算ありますか? 先生。」

「残念ながら、ないですね。アルケリオ君のおかげで、やつは剣を失っていますが。」


 俺は手元の折れた自分の長剣を見る。瑠璃の体内にいた、いにしえの冒険者の忘れ形見。


「——ごめんよ。」


 それを亜空間リュックに放り込み、双剣に切り替える。


 やつが森の陰から、現れる。錆びた鎧が、鈍い光を不気味に照らしている。


「来いよ!引導を渡してやる!」

 鬨之声で挑発する。


 死霊高位騎士リビングパラディンが加速した——と思ったら、横に吹っ飛んだ。

 赤い影が突然横から現れ、突き飛ばしたのだ。


「ギリギリ間に合ったみたいだな。」


 それは二本足で歩く、竜だった。赤い鱗が太陽の光に反射している。


「誰!?」

「ショー先生!」


 隣でゼータ先生が叫ぶ。

 助けに入った人物は、マギ・アーツ担当教師で竜人族リザードマンの、ショー・ピトー先生だった。

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