第131話 実地訓練2

小悪魔インプだ!迎撃しろ!」


 ヴラットが大声で叫んだ。

 上空や木々の間から、薄黒いグレーの羽が生えた醜悪な小人が飛んでくる。蝙蝠のような翼をしているのに、羽虫のような羽ばたきと羽音をしているのでエルフ耳に五月蠅い。

 数は30を越えているだろう。大群だ。この様子だと、どんどん数を増やしていくだろう。


「耳や指を必ず守って。小悪魔インプは小さくて非力な代わりに獰猛で部位攻撃が得意だ。千切られても取り返せば耳や指くらいなら保健室のハイレン先生がくっつけられるらしいけど、嫌だろう?」

「わ、わかった!」

「うん。」


 俺の指示に従い、ノルマル君やシュリちゃんが慌てて防御の構えをとる。


「ぎゃあああああああ!」

 高等部のクライヴが手をおさえて叫びだす。


 指を噛まれたのだろう。


「ほら、ああなりたくないだろう?」

 火球で小悪魔を撃ち落としながら言う。


 焦げた小悪魔が俺たちの足元にべちゃっと叩き落される。


「ひぃ。」

 シュリちゃんが小さく悲鳴をあげる。


「怖がってる暇なんて、ない!」


 クレアが風魔法でここら一帯に渦巻いた風をおこす。

 小悪魔たちは空中でのコントロールを失う。


「ナイス。」

「俺も!」


 火球を放つ俺の横で、ベヒトが小悪魔たちを切りつける。

 ノルマル君とシュリちゃんは怯えて見ている。普通の初等部2年はこんなものだろう。


「くそ!くそ!」


 ヴラットたちも慌てて応戦しているが、このままでは厳しいだろう。何故ならば——。


「ギャギャギャ!」

 森の茂みからコボルトたちが飛び出してきた。


 ——喧噪につられて漁夫の利を狙う魔物が出てくるからだ。


「くそ!ルーラット!早く魔法を出せ!」

「無理だよ!魔力を練る暇もない!」


 そりゃ、セオリー通り隊列を組まなければこうはなるだろう。

 ヴラットたちの本来の役割は、そのルーラットが魔法を発動する時間稼ぎのはずなのだ。

 助けてもいいが、それをしたら彼らは落第決定だ。自力で頑張ってもらう。フィンサー先生が「入学時に弾けばよかった。」と言った連中だ。このくらいの扱いでいいだろう。

 俺の仕事は、彼らの代わりに初等部生を守ること。


「このおおおお!」

 スカンプが一体のコボルトに斬りかかる。


「あ、馬鹿!」

 俺が叫ぶ。


 コボルトがスカンプの長剣を受け止めた。その剣がみるみるうちに腐食していく。


「な、何だよこれぇ!」

「コボルトは精霊の成りそこないの魔物です!強い個体には金属腐食の加護があるんですよ!」

「そんなこと知らねぇよ!」


 魔物学の必須講義でやってたろうが!

 思わず内心で悪態をつく。

 前衛のクライヴとスカンプが機能しなくなり、班のメンバーがどんどん追い込まれていく。

 周りを見ると、クレアは上手く小悪魔をさばき、コボルトと距離をとっている。ベヒトは余裕がない。シュリちゃんとノルマル君は身を守るので手一杯だ。


「ヴラット班長!焼夷弾を出して教師に助けを呼びましょう!」

「はぁ!? 出来るわけないだろう!そうなりゃ俺たちは落第だ!」

「単位も大事ですけど、命の方が大事です!」

「ふざけんな!小坊のガキは黙って言うことを聞け!」


 ふざけるなと言いたいのはこっちだ!年端の行かない子どもの命もかかってるんだぞ!

 エルフ耳が音を捉えた。足音だ。おそらく手練れ。教員だ!


「ヴラット班長!巡回の教員がこっちに来ています!おそらく異常に気付いたのかと!」

「「なんだと!?」」


 驚く高等部生。

 それに反して、初等部の面々は安堵の表情を見せる。


「ここを切り抜けば安全です!討伐ではなく、持久戦に持ち込みましょう!」

「そんなことできるか!一時撤退をする!」

「どうして?!」

「え!?」

「そんな!」


 ヴラットの判断にその場の全員が慌てる。


「教員に保護されたら俺たちの成績は打ち止めだ!それは出来ない!お前ら行くぞ!」


 彼の扇動に、高等部生がはっとして一斉に逃げ始める。

 泡を食ったのは、初等部の面々だ。この場にいる小悪魔とコボルトを10歳に満たない子どもに擦り付ける気かよ!


「待ってくれ!待ってくれよぉ!」

 指を食われて抑えているクライヴが取り残される。


「クライヴ先輩、一緒に迎撃しましょう!」


 俺は風魔法で周囲の魔物を一斉に切り刻む。

 隣でベヒトが「すげぇ!」と叫ぶ。


「俺に出来るわけないだろ!指が痛いんだよ!」

「何もしなければもっと痛い目に合うんだよ!しっかりしろぉ!」

 叫びながらクライヴの腹を蹴る。


「くそ!くそ!」


 泣きながら怪我をしていない手に剣を持つクライヴ。


「ギャギャギャ!」


 小悪魔の数が一斉に増える。クライヴの血の臭いに釣られてきているのだ。


「クレア。」

「何?」

「小悪魔を風魔法でけん制できるか?」

「——多分。」

「頼んだ。ベヒト、クライヴ先輩、クレアを守って。」

「え!?」

「お前はどうすんだよ!」

「——コボルトを全員倒す。」


 身体全体を一気に身体強化ストレングスをかける。流れる様に体重移動し、重力に逆らわないように倒れる方向へ高速移動する。


「ギギ?」


 いきなり目の前に現れた俺に、コボルトが怪訝な顔をする。

 敵が応戦する前に、俺は双剣でコボルトを3つに輪切りした。


「切る前に気づかれるんじゃ、トウツに遠く及ばないな。——次。」


 クレアを中心にして、円形に高速で走り回る。すれ違いざまにコボルトをどんどん斬りつけていく。最初のコボルトを輪切りにしたのは恐怖を植え付けるため。他のやつは動脈のみを的確に斬っていく。コボルトたちが恐慌状態に陥っていく。

 それでいい。判断能力を失え。俺に恐怖しろ。お前らは狩る側じゃない、狩られる側なんだ。それを自覚しろ。

 十数体が地に伏した時点で、コボルトたちが撤退を始める。それを見た小悪魔たちが恐怖し、森の奥へと去っていく。


「すげえ!すげえよ!フィル!」

「うわぁ!助かった!フィル君ありがとう!」

「僕のお父さんみたいだ!」


 ベヒトとシュリちゃん、ノルマル君が駆け寄る。クレアはおどおどして駆け寄るか迷っている。可愛い。


「待って。最後まで警戒。」

「おっとと。」


 俺の言葉に、すぐにクレアとベヒトが反応する。流石だ。


「……待てよ。」

 クライヴが口を開いた。


 周囲にはもう、彼以外の高等部生はいない。完全に見捨てられた形だ。


「お前そんな強いなら、何で手伝わなかったんだよ!もっとヴラットに意見言えばよかっただろ!最初から戦えよ!」

「……俺たちは貴方たちの実地訓練の見学役です。高等部生のミッションに、初等部生を守る項目もあったはずです。クライヴ先輩は、護衛相手に守ってもらうつもりなんですか?」

「……くそ!くそ!ふざけんなよ!そんなに強い癖に!知ったような顔しやがって!くそ!」

「弱いのが悪い。」

 横からクレアが口を出した。


 クライヴが呆けた顔で俺の妹を見る。


「証明したいなら、強くなるしかない。認めてもらいたいなら、強くなるしかない。守りたいなら、強くなるしかない。生き残るためには、強くなるしかない。——ねぇ、貴方はどうして、強くなろうとしなかったの?」


 クレアの鬼気迫る感じに、クライヴが口をぱくぱくさせて二の句を繋げないでいる。


「クレア、それは言い過ぎだ。」

「どうして? 私は間違ったことは言ってないわ。」

「目的がないと人は強くなれないんだよ。俺と君には、それがある。」

「じゃあ、どうしてその人は目的がないの?」

「それを考えるのはクライヴ先輩だ。俺たちじゃない。」

「フィルはどうして、そこの人を庇うの?」

「庇ってはいないよ。」

「嘘。」

 そう言って、クレアは下がった。


「なぁ、フィル。先生がこっちへ駆けつけてるんだろ? まだ来ないのか?」

 ベヒトが言う。


「——言われてみれば。どういうことだ?」


 俺は慌てて地面に耳をつける。横ではクレアが同じようにしていた。


「フィル、エルフみたいなことしてる。」

「そういう探知魔法なんだよ。」

「そうなの?」

「そうだよ。」


 嘘である。実妹に定期的に嘘をつかないといけないというのは辛いね、本当に。

 神経を耳に集中させて、音と魔素の動きに集中する。

 足音は2つ。片方は革靴。もう片方は金属音がする。もしかして、全身鎧フルメイル

 だが、教員に鎧を着こんでいる人はいなかったはずだ。教員は制服がローブ代わりになっており、それがそのまま魔術的な装備になっているはずだ。それに足音がおかしい。2人でこちらへ真っすぐ走っているわけではない。先頭を走っているのは革靴の人物だ。後ろに続いているのは鎧の人物。革靴の挙動がおかしい。蛇行しているし、時折走る速度を変えたり急な方向転換をしたりしている。もしかして——逃げている?

 俺は慌てて目線を上に上げる。森の奥をジッと睨み、魔素を読み続ける。じわじわと森の奥から黒い魔素が染み出してくるのが見え始めた。

 ——悪寒がした。そして、俺はこの悪寒の本元を知っている。出会ったことがある。


「逃げろぉ!ここに強力な魔物が来る!道しるべに沿ってスタート地点へ走れ!」

「ど、どういうこと!?」

「いいから、逃げろ!」

「ひぃい!」


 クライヴが立ち上がり、一目散に逃げ出す。腹が立つが、一番正しい判断だ。


「ベヒト!」

「わかった!」


 ベヒトがノルマル君とシュリちゃんの手を引いて、一緒に逃げ出す。


「クレアも!」

「嫌よ。」

「どうして!?」

「フィルはここで戦うんでしょう? 私もここに残る。」

「——っ!」


 怒りに顔が赤くなるのがわかる。

 だが、クレアの足元を見てそれがすっと引いていく。ガタガタと震えている。彼女は優秀な狩人になりつつある。彼女なりに、今から来るものが危険だと察知しているのだろう。

 それでも残ろうとするのは、俺が死ぬことへの恐怖。託宣夢を正夢で終わらせないためへの抵抗だ。


「——クレア。」

「何?」

「お前は俺より弱いだろ。今は、まだ。」

「——そうだけどっ。」

 クレアが唇を噛む。


「ここに君がいたら、俺が本気で戦えない。もしかしたら、君のせいで死ぬかも。邪魔だ。逃げてくれ。」

「っ!」


 クレアが涙目になって俺を睨みつけてくる。

 だが、すぐに踵を返して森の入り口へ向かって走り始めた。


「——いい子だ。」


 クレアとすれ違いに、茂みから人が飛びだしてきた。

 植物学のゼータ・ダシマ先生だ。


「先生!」

「フィル君!? 危ない!逃げなさい!」

「——もう遅いです。」


 茂みから、ゆっくりとそいつは顔を出した。

 旧式で傷だらけの、近衛騎士の全身鎧フルメイル。醜悪な怨念と黒い魔素の塊。蟲毒のように煮詰まった怨嗟がとぐろを巻いて、俺に突き刺さってくる。


 死霊高位騎士リビングパラディンだ。


「よう、久しぶり。前会った時より禍々しくなった?」

「ギギャガガガ!」


 俺の挨拶を無視して、そいつは突進してきた。

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